学位論文要旨



No 128135
著者(漢字) 藤澤,興
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,コウ
標題(和) エンドセリン-1によってもたらされるエンドセリンA型受容体のサブタイプ特異的な細胞内動態とシグナル伝達が顎顔面の形態形成を制御する
標題(洋) Endothelin-1-mediated subtype-specific intracellular sorting and signaling of endothelin receptor type A regulate craniofacial morphogenesis.
報告番号 128135
報告番号 甲28135
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3794号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 講師 新井,郷子
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 松島,網治
内容要旨 要旨を表示する

エンドセリン-1(Edn1)は血管内皮細胞の培養上清より血管収縮活性を指標に分離精製された21アミノ酸からなる環状ペプチドである。Edn1の生理活性は血管収縮能のみにとどまらず、血管平滑筋細胞の増殖促進や癌細胞の転移浸潤など多岐に渡る。エンドセリンシステムは3種類のリガンド(Edn1,2,3)と2種類のGタンパク質共役型受容体(エンドセリンA型受容体(Ednra)、B型受容体(Ednrb))からなる。これら遺伝子のノックアウトマウスの表現型から、エンドセリンシステムは胚発生における神経堤細胞の増殖・分化に必須の役割を果たすことが明らかにされてきた。このうちEdn1/Ednraは頭部神経堤細胞に由来する顎顔面・頸部骨格や心臓・頸部大血管の形態形成を制御していることが知られている。

我々哺乳類を含む顎口類の顎は上顎骨・下顎骨と呼ばれる上下非対称な骨格構造が上下に接続された顎関節を有する。上顎骨・下顎骨はいずれも神経管菱脳部から第一咽頭弓内に遊走するEdnra陽性の神経堤細胞に由来するが、第一咽頭弓の腹側領域(下顎弓、すなわち将来下顎骨が形成される領域)ではEdn1が発現しており、Ednraを介してホメオボックス転写因子Dlx5/6やHand1/2を始めとする下顎特異的な遺伝子群の発現を誘導する。Edn1あるいはEdnraのノックアウトマウスはこれら遺伝子の発現が減弱もしくは消失し、本来下顎に形成されるべき下顎骨が上顎骨様の形態に置換されたホメオティック変異を呈する。逆に、Ednra遺伝子座にEdn1遺伝子をノックインし、上・下顎でEdn1/Ednraの両方が発現するように遺伝子改変されたマウスでは、本来上顎に形成されるべき上顎骨が下顎骨様の形態に置換される。これらの知見から、Edn1/Ednraシグナルは上・下顎の領域決定を行う分子スイッチの役割を担うと考えられている。

これまでGタンパク質共役型受容体(GPCR)に属するEdn1受容体であるEdnraは、低分子量Gタンパク質の一種であるGαq/11を介して下顎特異的な遺伝子群の発現を誘導することが明らかにされてきたが、詳細な分子メカニズムは一切が不明であった。私が所属する研究室ではEdnra遺伝子座にEdnraもしくはEdnrbのcDNAをノックインしたマウスを作成し、EdnraのノックインはEdnraノックアウトの表現型(下顎の上顎化)を完全にレスキューできるのに対して、Ednrbのノックインでは変異した下顎はほとんど正常化しないことを報告してきた。これら二種類の受容体はいずれもEdn1をリガンドとして認識しうるにも関わらず、顎顔面の形態形成における両者の働きが大きく異なることから、私はEdnrbが持たないEdnraの特異的な機能を明らかにすることが、Ednra下流の分子メカニズムを明らかにする大きな手がかりになると考え、以下の実験を行った。

まず、顎顔面の形態形成において必要なEdnraのアミノ酸配列部位を明らかにするため、Ednraとの相同性が特に乏しいEdnrbの細胞質内ループ(第二、第三、C末端領域)をそれぞれEdnraに置換した三種類のキメラ受容体を作製した。これらのcDNAをEdnra遺伝子座にノックインしたマウスを作製し表現型をEdnrbノックインマウスと比較したところ、第二、第三細胞質内ループを置換した受容体では表現型の変化が観察されないのに対して、細胞質内C末端を置換した受容体ではEdnrbノックインマウスに比べて表現型が大幅に正常化した。この所見はマウスの顎顔面の解剖学的な形態所見に加えて、下顎特異的な遺伝子発現(Dlx5/6, Hand2, Pitx1)の発現レベルが下顎で回復していることもマウス胚のwhole mount in situ hybridizationによって確認された。これらの結果から、Ednraの細胞質内C末端が顎顔面の正常なパターニングに必要なサブタイプ特異的ドメインであることが明らかとなった。

そこで、細胞質内C末端がEdnraにサブタイプ特異的性質を与える分子メカニズムを明らかにするため、Ednra、EdnrbおよびEdnrbの細胞質C末端をEdnraに置換したキメラ受容体(Cter)を培養細胞に過剰発現させ性質の比較を行った。まず、Edn1添加後の細胞質内のカルシウム濃度上昇、ERKのリン酸化、血清応答配列(SRE)の転写活性化はEdnra, Ednrb, Cterの各受容体間で有意な差は観察されず、Gαq/11を始めとする低分子量Gタンパク質によって活性化されるシグナル伝達の初期応答に関しては受容体間のサブタイプ特異性は存在しないと考えられた。

次に、Ednra,Ednrb,Cter各受容体の細胞質末端にEGFPを融合したcDNAを作成して培養細胞に過剰発現させ、受容体の総発現量をEGFPの発現量で、膜表面に発現する受容体量を細胞膜表面タンパク質に特異的なビオチン標識でそれぞれ調べることで、Edn1添加後の受容体の細胞質内動態について経時変化を比較した。EdnraはEdn1添加後も総発現量、細胞膜表面上の発現量ともにほとんど一定を保ったが、エンドソームの細胞膜表面へのリサイクルを阻害する薬剤であるプリマキンを添加すると細胞膜表面の発現量が顕著に減少した。一方、EdnrbはEdn1添加によって総発現量、細胞膜表面の発現量が大きく減少したが、細胞質内の受容体の分解を担うリソソームの阻害剤であるクロロキン、もしくはダイナミンの活性を阻害し受容体の細胞質内移行を阻害するダイナソアをそれぞれ添加することでこれらの減少は抑制された。以上の結果から、Ednraはリガンド結合後に初期エンドソームに取り込まれた後細胞膜表面にリサイクルされるのに対して、Ednrbは細胞膜表面にリサイクルされずリソソームに取り込まれ加水分解されることが示唆された。さらにCterはリガンド結合によって細胞膜表面の発現量は顕著に減少するものの、総発現量は一定を保ったことから、Ednrb同様に細胞膜表面にリサイクルはされないものの、リソソームでの分解はほとんど受けないことが示唆された。

さらに、Edn1添加による受容体のリン酸化を比較したところ、EdnrbはEdnraやCterと比較してセリン残基が強くリン酸化されることが明らかになった。そこでEdnrbの細胞質C末端のセリン残基をアラニン残基に置換した変異受容体を作製したところ、ほとんどリン酸化されない変異体が得られ、さらにこの受容体はEdn1刺激による分解は抑制されていたことから、Ednrbの細胞質C末端のサブタイプ特異的なリン酸化がEdn1刺激後の受容体の分解を引き起こしていることが示唆された。

最後に、CterはEdn1刺激後Ednrb同様に膜表面にリサイクルされないにも関わらず、ノックインマウスではEdnrbに比較して大幅に表現型が正常化したことから、Edn1刺激後に細胞質内に取り込まれた受容体がエンドソームに運ばれることが受容体のシグナル伝達にとって重要なのではないかと考え、ダイナソアを用いて受容体の細胞質内以降を阻害した時に下流のシグナル伝達がどのような影響を受けるのか調べた。Ednraを過剰発現させた培養細胞にEdn1を添加するとERKのリン酸化、SREの転写活性化が引き起こされるが、ダイナソアの添加によってこれらは抑制された。さらにwhole embryo cultureを用いて9.5日胚マウスにダイナソアを添加して培養するとEdn1/Ednraシグナルの下流遺伝子であるDlx6の発現が抑制された。これらの結果から、Ednraの細胞質内移行が下流のシグナル伝達に必要であることが示唆された。

以上の結果から、Ednraの細胞質C末端は顎顔面の形態形成において下流のシグナル伝達に必要なサブタイプ特異的なドメインであることが明らかになった。さらに、Edn1添加後のEdnraの細胞質内移行と、その後の膜表面へのリサイクリングが下流のシグナル伝達に重要であることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は有顎類の顎顔面の形態形成において上・下顎の領域決定を担うことが知られているエンドセリンA型受容体の細胞内情報伝達機構を明らかにするため、エンドセリンA型受容体遺伝子座に任意の遺伝子をノックインしたマウスを作成する系および培養細胞を用いてエンドセリンA型受容体のサブタイプ特異的な役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.エンドセリンB型受容体の第二、第三細胞質内ドメインおよび細胞質C末端をエンドセリンA型受容体に置換したキメラ受容体をエンドセリンA型受容体遺伝子座位ノックインしたマウスを作成し、顎顔面の骨格形態および遺伝子発現の解析を行った。その結果、エンドセリンA型受容体の細胞質C末端はA型受容体およびB型受容体のサブタイプ特異性を賦与する重要なドメインであり、エンドセリンA型受容体の下流の情報伝達に必要であることが示された。

2.エンドセリンA型受容体およびB型受容体の性質の違いを明らかにするため、両受容体がGαq/11下流のシグナル伝達経路を活性化しうるか、カルシウムイオンの細胞質内濃度上昇、MAPKファミリーのリン酸化、SREの転写活性を指標に比較したところ、両受容体間で優位な差は見られず、両受容体はGαq/11を活性化しうることが示された。

3.リガンド(ET-1)刺激後の受容体の細胞内動態を明らかにするため、エンドセリンA型受容体、B型受容体およびB型受容体の細胞質C末端をA型受容体に置換したキメラ受容体(以下Cter)のC末端にEGFP遺伝子を融合させた遺伝子を用い、細胞膜表面のビオチン標識後、GFP抗体で免疫沈降を行ない、総発現量および膜表面の発現量を定量化したところ、A型受容体はET-1刺激後細胞質に取り込まれるが再度細胞膜表面にリサイクルされる一方で、B型受容体はいったん細胞質に取り込まれるとリソソームで分解されることが示された。Cterは細胞膜表面へのリサイクルはされないもののリソソームでの分解は免れ、細胞質C末端が細胞質内での受容体の分解を制御していることが示唆された。

4.サブタイプ特異的な受容体の細胞内動態の機構を明らかにするため、ET-1刺激による各受容体のリン酸化を比較したところ、B型受容体でサブタイプ特異的なリン酸化が起こることが示された。B型受容体の細胞質C末端のセリン残基をアラニン残基に置換することでリン酸化が起こりにくい変異体を作製したところ、上記で観察されたようなB型受容体の細胞膜表面の発現量の減少や受容体の分解が起こらなくなったことから、B型受容体のリン酸化が受容体の分解を制御していることが示唆された。

5.ダイナミン阻害剤を用いてエンドセリンA型受容体の細胞質内移行を阻害したところ、受容体の下流で活性化されるシグナル伝達(ERKのリン酸化およびSREの転写活性化、下顎特異的な遺伝子の発現誘導)が抑制されたことから、エンドセリンA型受容体の細胞質内移行が下流のシグナル伝達に必要であることが示された。

以上、本論文はエンドセリン受容体のリガンド結合後の細胞内動態が受容体のサブタイプ特異性を担う重要な因子であることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった顎顔面の上・下顎領域決定におけるエンドセリンA型受容体の細胞内情報伝達機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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