学位論文要旨



No 128149
著者(漢字) 小柴,隆二
著者(英字)
著者(カナ) コシバ,リュウジ
標題(和) 細胞質内DNA認識受容体としてのRIG-Iファミリー分子の同定及び多機能分子HMGB1の免疫応答における役割
標題(洋)
報告番号 128149
報告番号 甲28149
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3808号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 畠山,昌則
 東京大学 教授 山梨,裕司
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 講師 張,京浩
内容要旨 要旨を表示する

パターン認識受容体(pattern recognition receptors; PRRs)は病原体を感知するセンサーであり、自然応答を惹起し、適応免疫への橋渡しをする重要な役割を担っている。PRRsは病原体特有の構造物である病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns; PAMPs)を認識し、I型インターフェロン(Interferon; IFN)や炎症生サイトカインの産生などを介し免疫応答を誘導する。PRRsはその局在様式から大きく分けて膜貫通型と細胞質型の二つのグループに分類される。前者としてはグラム陰性菌の細胞壁構成成分であるリポ多糖(lipopolysaccharide; LPS)を認識するToll様受容体(Toll-like receptor; TLR)4をはじめとするTLRsがあり、ウイルス、細菌、寄生虫など多様な病原体に由来する広範なPAMPsの認識に重要な役割を果たしている。後者としては細胞質内受容体であるRIG-I(Retinoic acid-inducible gene-I)、MDA5(melanoma differentiation associated protein-5)、DAI(DNA-dependent activator of IRFs)などが知られており、ウイルス感染など病原体感染により細胞質に放出された核酸を認識するのに重要であると考えられている。これまでに複数の核酸認識受容体が明らかにされているが、細胞質内DNA認識受容体については不明な点が多かった。また、私たちの研究によりHMGBタンパク質が様々な免疫原性核酸と結合し、核酸刺激時の免疫応答に必須な分子であることが明らかとなったが、HMGBタンパク質がどのように核酸を認識し、RIG-IやMDA5などの核酸認識受容体の活性化に関わっているか、その詳細は不明である。そこで本研究では、DNA認識受容体同定を目的として、これまで細胞質内RNA認識受容体として知られていたRIG-I及びMDA5の解析を、さらに、汎核酸認識受容体であるHMGB1(high mobility group box 1)タンパク質について、HMGB1コンディショナルノックアウトマウス(Hmgb1 cKO)を作製し、その生体内における役割を検討した。

まず、RIG-IおよびMDA5が細胞質内に暴露されたDNAの応答への関与を検討したところ、RIG-IまたはMDA5を発現させた細胞ではDNA刺激によってI型IFNが顕著に誘導されることが分かった。この結果と一致して、Rig-i遺伝子欠損マウス胎児線維芽細胞を用いてDNA刺激したところ、I型IFNの誘導が減弱することが判明した。しかし、そのときのインターロイキン(Interleukin;IL)-6などのサイトカインの誘導に際を認められず、RIG-I/MDA5がDNA刺激におけるI型IFNの誘導に特異的に関与している一方で、IFN以外のサイトカイン誘導にはほとんど関与しないことが明らかとなった。次に、DNA刺激による転写因子であるIRF3およびNF-κΒの活性におけるRIG-Iの役割について検討を行った。その結果、I型IFN誘導に重要とされるIRF3のDNA刺激による活性化はRig-i遺伝子欠損細胞で顕著に減弱していた。またこのとき、様々なサイトカインの誘導に重要とされるNF-κBの活性化はほぼ正常に誘導されており、DNA刺激によるI型IFNと他のサイトカインの選択的な誘導の違いと一致する結果であった。さらに、リコンビナントRIG-Iタンパク質を精製し、DNAの結合をプルダウンアッセイにより検討したところ、RNAのみならず、免疫原生をもつDNAとも直接結合することが明らかとなった。

HMGB1は核酸認識以外にも、細胞の分化、炎症との関わりが示唆されていた。そこで、本研究ではまず、Cre-エストロゲン受容体(Cre-ERT2)マウスと交配し、全身性Hmgb1 cΚΟ マウスを作製した。これまでのコンベンショナルなHmgb1-/-マウスは生後早期の致死性を示していたが、全身性Hmgb1 cKO には致死性、外見における異常を示さず、体重および免疫担当細胞の細胞集団においてもコントロールのマウスと差異は確認されなかった。また、とHMGB1はB細胞の分化に重要であることが示された。また、HMGB1はTCRや抗体などの遺伝子再編成への関与が報告されていることから、T細胞特異的またはB細胞特異的なHmgb1 cKOマウス作製した。T細胞特異的なHmgb1欠損マウスでは胸腺細胞、脾細胞におけるT細胞群の割合は正常であった。一方で、B細胞特異的なHmgb1欠損マウスでは脾臓が明らかに小さく、また、脾細胞におけるB細胞群の細胞数について顕著な減弱が見られた。さらに、ミエロイド系細胞においてHmgb1を欠失したマウスにおいては、LPS誘導性ショックに対し脆弱性を示すことが明らかとなった。

本研究における解析から、細胞質内DNA認識受容体について、その一端を明らかにした。また、Hmgb1 cKOマウスを用いることで、多機能分子であるHMGB1の生理的な役割について解析することが可能となり、HMGB1の機能について、新知見を得ることができた。HMGB1多彩な機能を有する分子であり、核酸認識受容体、自己免疫疾患や虚血・再還流などの炎症の病態、さらにはがん細胞の増殖などにも密接な関連があることが示唆されている。Hmgb1 cKOマウスを用いて、今後、これらの機能・病態についての検討により、自己免疫疾患や敗血症などの治療応用に役立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は自然免疫応答における細胞質内DNA認識受容体の同定を目的とし、細胞質内に曝露されたDNAによる免疫応答において、これまで細胞質内RNA認識受容体と報告されていたRIG-I/MDA5の関与ついて解析を試みたものである。さらに、様々な免疫応答に重要とされているHMGB1について、HMGB1コンディショナル欠損マウスを用い、生体内におけるHMGB1の役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.I型IFN受容体欠損由来のマウス胎児繊維芽細胞(MEFs)にRIG-IもしくはMDA5を過剰発現することで、DNA刺激におけるI型IFN遺伝子の誘導がコントロールの細胞と比較して増強した。また、RIG-I遺伝子欠損MEFsを用いた同様の解析の結果では、RIG-Iを欠損することでI型IFN遺伝子の誘導が減弱し、さらにRIG-I遺伝子欠損MEFsに対してsiRNA法によりMDA5の発現を低下することでI型IFN遺伝子の誘導がより減弱した。一方で、RANTESやIL-6などのサイトカインmRNAの発現誘導は、過剰発現細胞や欠損細胞の両方において野生型とほぼ同じ挙動を示した。RIG-IやMDA5は、細胞質内DNA刺激におけてI型IFNを選択的に誘導する細胞質内DNA認識受容体として機能しうることが示された。

2.siRNA法によりRIG-IまたはMDA5の発現を低下したヒト由来の細胞株であるHela細胞にDNA刺激を行った結果、コントロールの細胞と比較してI型IFN遺伝子の誘導が減弱される一方で、他のサイトカイン遺伝子の誘導に差が認められず、ヒト由来の細胞においてもマウス由来の細胞における検討と同様の結果を示した。

3.I型IFNの誘導に重要である転写因子IRF3のDNA刺激時における活性化をIRF3のリン酸化を指標にして検討した結果、その活性化はコントロール細胞と比較してRIG-I欠損MEFsにおいて減弱した。一方で様々なサイトカインの誘導に重要なNF-κΒは、κΒ配列を有するDNAに対するgel shift assayを行ったところ、RIG-I欠損細胞におけるDNA刺激によるNF-κBの活性化は、コントロール細胞と同様の挙動を示した。

4.精製したGSTtag融合RIG-Iタンパク質を用いてB-DNAによるプルダウンアッセイを行ったところ、RIG-IがB-DNAに結合することが示された。また、この結合は様々な核酸を用いることで阻害され、RIG-IがRNAに限らず様々な種類のDNAに結合することが示された。

5.Hmgb1遺伝子の近傍に2つのloxP配列を有する(Hmgb1 flox)マウスを2ライン作製した。さらにエストロゲンCre(CreERT2)マウスと交配して得られたマウスにタモキシフェンを投与することで、誘導的に様々な臓器や細胞でHMGB1が欠失されることが示された。またこのマウスにおいて外見、体重や各細胞群の細胞数に異常は確認されなかった。

6.Hmgb1 floxマウスとLck-Creマウスとの交配によりT細胞特異的にHMGB1を欠失したマウスを得た。そのマウス由来の胸腺および脾臓細胞群を解析したところ、CD4+, CD8+T細胞の割合に異常は確認されなかった。また、mb.1-Creマウスとの交配によりB細胞特異的にHMGB1を欠質したマウスでは、野生型と比べて脾臓の大きさが顕著に小さくなっていた。さらに、その脾臓における細胞群の解析を行ったところ、B細胞の数が顕著に減少することが示された。

7.Hmgb1 floxマウスとLys-Creマウスとの交配によりミエロイド系細胞においてHMGB1を欠失したマウスを得た。そのマウスはマウス敗血症モデルであるLPS誘導性ショックに対して脆弱性を示し、LPS投与による血中のTNF-αの産生は、コントロール群に比べて亢進していた。また、HMGB1を欠失した腹腔マクロファージではLPS刺激により誘導されるTNF-α mRNAは、HMGB1を発現しているマクロファージに比べて増強した。

8.Hmgb1 floxマウスとLys-Creマウスとの交配により得られたマウスより、腹腔およびM-CSF分化誘導マクロファージを調整し、CpG-B DNAによる刺激を行った。その結果、HMGB1を欠損したマクロファージにおいて、TNF-αおよびIL-6 mRNAの誘導がコントロール細胞と比較して増強することが示された。

以上、本論文は、細胞質内DNAによる自然免疫応答の解析から、これまでに細胞質内RNA認識受容体と考えられていたRIG-IやMDA5が、細胞質内DNA認識受容体としても機能することを明らかとなった。またDNA刺激におけるI型IFN以外のサイトカインの誘導に関与する他の受容体の存在が示唆され、さらなる解析が期待される。さらに、Hmgb1 cKOマウスを用いることで、多機能分子であるHMGB1の生理的な役割について解析することが可能となり、HMGB1の機能について、新知見が得られた。今後、HMGB1の多様な機能・病態についての検討より、自己免疫疾患や敗血症などの病態の理解が進むことが期待される。上記一連の結果より、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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