学位論文要旨



No 128153
著者(漢字) 中島,啓
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,アキラ
標題(和) 転写因子IRF3による遺伝子発現の新規制御機構とその免疫応答における役割
標題(洋)
報告番号 128153
報告番号 甲28153
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3812号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 特任准教授 崔,永林
内容要旨 要旨を表示する

インターフェロン制御因子 (Interferone regulatory factor:IRF) ファミリーは免疫応答や発がんの調節を担う転写因子ファミリーとして近年大きな注目を浴びているが、その名の通り、抗ウイルス自然免疫応答を担うインターフェロン (IFN) 応答を惹起する転写因子として同定されたものであり、哺乳類におけるIRFファミリーは、9つのメンバーから構成されている。その後の多くの研究から、免疫システムの多くの局面において必須の役割を果たしている事が明らかになっている。中でもIRF3は多くの細胞、組織で恒常的に発現しており、ウイルス感染時のI型IFN誘導に必須の転写因子であることが知られている。一方で、その他の生体防御反応におけるIRF3の役割については不明な点が多い。本研究は生体防御におけるIRF3の新たな役割を解明することを目的とし、IRF3欠損マウスを中心に据えて解析を行った。

まず、IRF3がDNA損傷によるアポトーシスの誘導に関与するかについて解析を行った。IRF3はウイルス感染時やDNA損傷時の細胞のアポトーシスを増強するとの報告があるが、それぞれの報告が異なった細胞株を用いてIRF3蛋白の過剰発現による解析を行っており、IRF3欠損マウス由来の初代培養細胞を用いた報告はない。また、IRF3のアポトーシス誘導における作用機序は全く不明であるのみならず、IRF3がアポトーシス誘導能をもつI型IFNなどを誘導し、2次的な作用によってアポトーシスが制御されるのか、もしくはIRF3が直接アポトーシス経路に関わるのかも明らかにされていない。そこで、私はIRF3欠損マウス由来のプライマリーな細胞(マウス胎児繊維芽細胞:MEF)を用いてアポトーシス機能を解析したところ、IRF3欠損MEFではDNA損傷による細胞のアポトーシス誘導が著明に減弱するが、この減弱はIRF3欠損MEFにレトロウイルスでIRF3蛋白を発現しても、正常に戻らないことを発見した。そのため、IRF3欠損マウスの作製工程を解析し直したところ、IRF3欠損マウスでは作製当時に単離されていなかった隣接遺伝子、Bcl2L12遺伝子が同時に欠損している事を発見した。すなわち、欠損マウスの作製時に用いたES細胞に於いて、相同組み換えを引き起こすために作製した遺伝子ベクターは、当時は予測しなかったBcl2L12遺伝子の欠損をも同時にもたらしたことが明らかとなった。Bcl2L12は2001年に同定されたBcl2ファミリー遺伝子であるが、現在までのところ、Bcl2L12 欠損マウスも作製されておらず、その機能に関しては一定の見解が得られていない。そこでBcl2L12及びIRF3の機能解明のため、Irf3-/-Bcl2l12-/ MEFを用いて、様々なウイルス感染や核酸刺激によるI型IFN誘導、およびDNA損傷によるアポトーシス誘導の解析を行った。その結果、これまでの報告通り、ウイルス感染によるI型IFN誘導にはIRF3が必須であり、Bcl2L12は関与していないことが明らかとなった。さらにDNA損傷による細胞のアポトーシスにはIRF3ではなくBcl2L12が必須の役割を担っている事を新たに明らかにした。

さらに私はインターフェロン応答以外のIRF3の役割について、特に自然免疫受容体シグナルによる適応免疫応答の誘導という視点に基づいて解析を行なった。すなわち、ウイルス感染時に活性化されたIRF3が自然免疫系活性化シグナルによる適応免疫応答の制御にどのように関わっているのかを明らかとすることを本研究の第二の課題とした。まず、私は、適応免疫応答に関わる遺伝子に着目し、ウイルス感染時にIRF3によって制御されるものをマイクロアレイ解析により網羅的に解析した。その結果、Th1/Th17細胞分化に重要な遺伝子であるIL-12p40が野生型と比較してIRF3欠損細胞で顕著に増強されている事を見出した。さらにIL12p40プロモーターにはIRFファミリー転写因子の結合配列であるISRE (IFN-stimulated response element) が存在したことから、IRF3がIL-12p40のプロモーターに直接結合するかをクロマチン免疫沈降法で検討したところ、ウイルス感染やRLR (RIG-I-like receptor) 刺激特異的にIRF3がIL-12p40 プロモーターに結合する事を明らかにした。このIRF3の結合によって、IL-12p40の誘導に必須の転写因子IRF5のプロモーターへの結合が阻害され、転写の抑制が引き起こされることが示唆された。さらに、このようなIRF3によるIL-12p40の抑制について、生体レベルでの重要性を明らかにするため、IRF3欠損マウスにウイルス感染を行い、T細胞応答を調べた結果、IRF3欠損マウスは野生型マウスに比べ、Th1応答が増強している事が分かった。これらの結果はRLR刺激で活性化したIRF3がIL-12p40遺伝子の発現を抑制し、適応免疫応答の制御を担っている事を示唆しており、実際にウイルス感染した状態では、IRF3依存的にTh1/Th17応答が抑制され、その後のバクテリアによる二次感染の感受性が著明に増大することも分かった。

本研究により、IRF3の生体防御における新しい役割が明らかとなった。すなわち、IRF3はDNA損傷時のアポトーシスには関与しないが、一方で、ウイルス感染時には自然免疫応答のみならず、適応免疫応答においても重要な役割を担っている事を明らかとした。一連の結果はウイルス感染による自己免疫疾患や重感染による病態増悪の分子機構の解明に新しい知見を提供し得るものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はウイルス感染時のI型インターフェロン (IFN) 誘導に必須の転写因子であることが知られている転写因子IRF3 (Interferone regulatory factor3) の新たな生理的機能を解明することを目的とし、IRF3欠損マウスを中心に据えて解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. IRF3がDNA損傷によるアポトーシス誘導に関与するかについて、IRF3欠損マウス由来のプライマリーな細胞(マウス胎児繊維芽細胞:MEF)を用いて解析したところ、IRF3欠損MEFでは野生型MEFと比較してDNA損傷による細胞のアポトーシス誘導が顕著に抑制されたが、この減弱はIRF3欠損MEFにレトロウイルスでIRF3蛋白を発現しても、正常に戻らないことを発見した。そのため、IRF3欠損マウスの作製工程を解析し直したところ、IRF3欠損マウスは作製当時に単離されていなかった隣接遺伝子、Bcl2L12をも欠損したマウス(Irf3-/-Bcl2l12-/- マウス)であることを発見した。

2. Bcl2L12及びIRF3のアポトーシス機能解明のため、Irf3-/-Bcl2l12-/- MEFにレトロウイルスでIRF3もしくはBcl2L12を発現させた細胞を用いて解析を行った結果、DNA損傷による細胞のアポトーシス誘導にはIRF3ではなくBcl2L12が必須の役割を担っている事を新たに明らかにした。一方でウイルス感染や核酸刺激に伴うI型IFN誘導にはこれまでの報告の通りIRF3が必須であり、Bcl2L12は関与していないことも確認した。

3. ウイルス感染時の適応免疫応答制御にIRF3が関与するかについて、IRF3欠損マウス由来の抗原提示細胞を用いた解析から、ウイルス感染に伴い、Th1/Th17細胞分化に重要な遺伝子であるインターロイキン (interleukin:IL) -12p40の発現誘導が野生型細胞と比較してIRF3欠損細胞では顕著に増強されている事を見出した。

4. IL-12p40プロモーターにはIRFファミリー転写因子の結合配列であるISRE (IFN-stimulated response element) が存在したことから、IRF3がIL-12p40のプロモーターに直接結合するかをクロマチン免疫沈降法で検討したところ、ウイルス感染やRIG-I様受容体 (RLR) 刺激特異的にIRF3がIL-12p40 プロモーターに結合する事を明らかにした。さらに、このIRF3の結合によって、IL-12p40の発現誘導に必須の転写因子IRF5のプロモーターへの結合が阻害され、転写の抑制が引き起こされることを見出した。

5. IRF3によるIL-12p40の誘導抑制について、生体レベルでの重要性を明らかにするため、IRF3欠損マウスにウイルス感染を行い、T細胞応答を調べた結果、IRF3欠損マウスは野生型マウスに比べ、Th1応答が増強している事が分かった。これらの結果はRLR刺激で活性化したIRF3がIL-12p40遺伝子の発現を抑制し、適応免疫応答の制御を担っている事を示唆している。

6. さらにウイルス感染などのRLR刺激で活性化したIRF3はバクテリア感染などToll様受容体刺激に伴って誘導されるIL-12p40の発現をも抑制する事を明らかにし、実際にウイルス感染した状態では、IRF3依存的にバクテリア感染に伴い誘導されるTh1/Th17応答が抑制され、その後のバクテリアによる二次感染の感受性が顕著に増大することも明らかとした。

以上、本論文はIRF3の生体防御における新しい役割を明らかとした。すなわち、IRF3はDNA損傷時のアポトーシス誘導には関与しないが、一方で、ウイルス感染時には自然免疫応答のみならず、適応免疫応答においても重要な役割を担っている事を明らかとした。一連の結果はウイルス感染による自己免疫疾患や重感染による病態増悪の分子機構の解明に新しい知見を提供するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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