学位論文要旨



No 128154
著者(漢字) 藩,龍馬
著者(英字)
著者(カナ) バン,タツマ
標題(和) 自然免疫系活性化における核酸認識受容体の同定とその制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 128154
報告番号 甲28154
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3813号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 川口,寧
 東京大学 連携教授 中釜,斉
内容要旨 要旨を表示する

免疫系は、外来の病原体や異物を非自己として認識し、排除することで生体の恒常性維持に必須の役割を果たしており、その破綻は感染症や自己免疫疾患などの様々な病態の発症に影響を及ぼす。免疫系は、無脊椎動物や植物にも存在する自然免疫系と、脊椎動物にのみ存在する獲得免疫系に大別される。自然免疫系は、微生物や外来の異物の侵入を逸早く察知し、抗原提示およびサイトカインの産生を介した獲得免疫系の活性化の促進、またその他様々な免疫応答を惹起することで生体防御応答の最前線を担っている。自然免疫系におけるウイルスや細菌など病原体侵入の察知は、その病原体に特有の分子構造パターン(pathogen-associated molecular pattern; PAMP)を、Toll様受容体(Toll-like receptor; TLR)に代表される種々のパターン認識受容体(pattern recognition receptor; PRR)が認識することによって為されると考えられている。PRRによるPAMPの認識により、PRR下流のシグナル伝達経路が活性化され、I型インターフェロン(interferon; IFN)や炎症性サイトカインの誘導などの免疫応答が発動されることが知られている。現在まで、様々な病原体由来のPAMPが報告されているが、その中でも細菌やウイルス由来の核酸は、免疫応答を強力に誘導することが分かっており、それらの免疫原性核酸を認識する受容体やそのシグナル伝達経路、および関連する疾患の解析は近年急速に進展しつつある。自然免疫系における核酸認識受容体として、膜型受容体のTLR3/7/9、細胞質内受容体のDAI (DNA-dependent activator of IRFs)、RIG-I (retinoic acid-inducible gene I)、MDA5 (melanoma differentiation-associated protein 5)およびAIM2 (absent in melanoma 2)等が同定されているが、中でも、細胞質内DNA認識受容体については未だ不明な点が多く、複雑性に富み、その全貌は明らかになっていない。

そこで、本研究では、さらにDNA認識機構について明らかにすべく、細胞質内DNA結合タンパク質のスクリーニングを質量分析法(mass spectrometry; MS)によって検討し、DNA認識に関連する分子群の同定を目指した。このスクリーニングによって、HMGB (high-mobility group box)タンパク質(HMGB1, HMGB2, HMGB3)が候補分子として得られた。HMGBタンパク質はそれぞれ相同性が高く、N末端側に2つのDNA結合ドメインを有する核タンパク質として知られている。核タンパク質として機能する一方で、一部は細胞質に存在し、TLR9シグナル伝達経路に関与することが報告されている。様々な核酸を用いてHMGBタンパク質と核酸との結合について検討したところ、HMGBは、DNAのみならずRNAとも結合することが判明した。そこで、HMGBの核酸刺激による免疫応答の活性化における役割を検討したところ、Hmgb1(-/-)細胞ではDNAとRNAの両方の刺激において、Hmgb2(-/-)細胞ではDNA刺激に対する核酸刺激時における免疫応答が減弱することが判明した。さらに、全てのHMGB (HMGB1/2/3)をノックダウンした細胞においては、DNA及びRNAの両方の核酸刺激時における免疫応答が顕著に減弱することが明らかとなった。これらの解析から、HMGBによる核酸認識は、DNAとRNAの両方の経路に共通のものであることが示唆された。さらに、HMGBタンパク質は細胞質内核酸刺激のみならず、核酸認識TLRの刺激による免疫応答の活性化や、インフラマソームの活性化にも機能しているとことが明らかとなり、HMGBタンパク質はこれらの受容体シグナルにおいて共有される機構を調節しているものと考えられた。すなわち、HMGBタンパク質は核酸の「万能な監視役」として機能しており、より特異性の高い細胞質内受容体やTLRなどの核酸認識受容体による、個々の核酸リガンドの認識を介した自然免疫応答の活性化に必要だと考えられた。

これらの知見から、HMGBタンパク質の機能を阻害することができるならば、核酸による免疫系の活性化を抑制でき、さらには核酸の関与する、またはHMGBタンパク質の関与する病態を抑制できるのではないかと考えるに至った。このような発想のもと、上述の解析の中で、HMGBと高いアフィニティーを示すODN (oligodeoxynucleotides)が存在することが示された。そこで、このODNの配列に変異を入れて免疫原性(immunogenicity)を無くしたものを作製し、核酸を介した免疫応答への抑制効果を検討した。その結果、細胞質内核酸認識受容体や核酸認識TLRによる免疫応答を抑制できることが明らかとなった。さらに、自己免疫疾患や敗血症モデルにおいて、この非免疫原性ODNを投与することにより病態が軽減されることが示された。

これら一連の結果は自然免疫系における核酸認識機構の解明に新たな知見を供するものであり、HMGBの機能を制御する方法を開発することにより、自己免疫疾患等の治療応用に適用できる可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は核酸を介した免疫応答において重要な役割を果たしているDNA認識機構について明らかにすべく、細胞質内DNA結合タンパク質の同定と核酸免疫応答における役割を解析し、そこで得られた結果をもとに核酸を介した免疫応答の制御法の検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.細胞質内DNA結合タンパク質のスクリーニングを行い、HMGB (high-mobility group box)タンパク質(HMGB1, HMGB2, HMGB3)が候補分子として得られた。リコンビナントHMGBタンパク質を用いたプルダウンアッセイの結果、HMGBタンパク質は様々な免疫原性核酸と結合し、HMGB1及びHMGB3はDNA、RNAの両方と、HMGB2はDNAのみと結合することが示された。

2.HMGBの核酸刺激による免疫応答の活性化における役割を検討したところ、Hmgb1(-/-)細胞ではDNAとRNAの両方の刺激において、Hmgb2(-/-)細胞ではDNA刺激に対する核酸刺激時における免疫応答が減弱することが判明した。さらに、全てのHMGB (HMGB1/2/3)をノックダウンした細胞においては、DNA及びRNAの両方の核酸刺激時における免疫応答が顕著に減弱することが明らかとなった。

3.HMGBノックダウン細胞を用いた解析により、HMGBタンパク質は細胞質内核酸刺激のみならず、核酸認識TLR(Toll-like receptor)の刺激による免疫応答の活性化や、インフラマソームの活性化にも機能しているとことが示された。さらに、抗ウイルス応答においてもHMGBが重要な役割を果たしていることが示された。

4.プルダウンアッセイにてHMGBと高いアフィニティーを示したCpG-B ODN(oligodeoxynucleotides)の配列に変異を入れ、その免疫原性を無くした、ISM ODNを作製した。プルダウンアッセイの結果、ISM ODNは調べたODNの中でHMGB1タンパク質と最も強いアフィニティーを示し、HMGB2およびHMGB3とも結合することが示された。

5.ISM ODNで細胞を前処理することによって、細胞質内核酸認識受容体や核酸認識TLRによる免疫応答を抑制できることが示された。また、HMGB1タンパク質と高いアフィニティーを示すODNは、核酸刺激による免疫応答の抑制効果が高く、逆にHMGB1タンパク質とのアフィニティーが低いODNでは抑制効果が殆ど見られなかった。

6.ISM ODNのマウスへの投与により、核酸をアジュバントとするovalbumin特異的な適応免疫系の活性化を抑制できることが示された。さらにマウス疾患モデルの解析により、ISM ODNはEAE(experimental autoimmune encephalomyelitis)の病態を抑え、LPS(lipopolysaccharide)誘導性の致死性ショックにおける生存率を改善することが明らかとなった。

以上、本論文は、細胞質内DNA結合タンパク質として同定されたHMGBタンパク質が、核酸を介した免疫応答に汎く関与する共通のセンサーの役割を果たしていることを見出した。また、HMGBタンパク質の機能を阻害することによって、核酸による免疫系の活性化を抑制できるのではないかという仮説のもと、HMGBと高いアフィニティーを示す非免疫原性ODNを作製し、核酸を介した免疫応答への抑制効果を検討した結果、細胞質内核酸認識受容体や核酸認識TLRによる免疫応答を抑制できることが明らかとなった。さらに、このODNを自己免疫疾患の動物モデルなどに適用し、個体レベルにおいて病態が軽減されることが示された。これら一連の結果は自然免疫系における核酸認識機構の解明に重要な貢献を為すものであり、核酸やHMGBタンパク質が関与する疾患の治療応用に適用できる可能性があると考えられる。以上から、本論文の内容は学位の授与に値するものと考えられる。

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