No | 128155 | |
著者(漢字) | 日比谷,孝志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒビヤ,タカシ | |
標題(和) | EBウイルス関連胃癌における発癌機構 : LMP2Aに着目して | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128155 | |
報告番号 | 甲28155 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3814号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論>Epstein-Barr virus (EBウイルス)は1964年、バーキットリンパ腫の培養リンパ腫細胞内に発見された、二本鎖DNAをゲノムとするウイルスである。EBウイルスはin vivoでは口腔咽頭部の上皮細胞で増殖し、その後Bリンパ球に感染し、そのおよそ10%が潜伏感染細胞となる。潜伏感染細胞の状態ではEBウイルスのゲノムのうち、一部のみが発現される。 1990年にBurkeらによってEBウイルスの胃癌細胞への感染が報告された。胃癌細胞に感染したEBウイルスは単クローンであることが明らかになっており、EBウイルス関連胃癌発生の初期にEBウイルスの感染が起きており、発癌の過程に関与していると考えられる。 EBウイルス関連胃癌では発現している遺伝子はEBNA-1, LMP-2A, EBER-1, EBER-2, BARF0に限られている。リンパ球の不死化や線維芽細胞の形質転換に関連するEBNA-2、LMP-1の発現を欠いており、これらの遺伝子に依存しない発癌メカニズムの存在が疑われる。 組織学的には、EBウイルス関連胃癌はリンパ上皮腫様胃癌と通常型胃癌の二つに分類される。リンパ上皮腫様胃癌は著明なリンパ球浸潤を伴う低分化腺癌の組織像を示す。通常型胃癌では、中分化から低分化腺癌の組織像を示し、様々な度合いでリンパ球浸潤を伴う。 EBウイルス関連胃癌ではマイクロサテライト不安定性や癌遺伝子の増幅、癌抑制遺伝子の変異、消失の頻度が低い一方で、DNAのプロモーター部位のメチル化が非EBウイルス関連胃癌と比較し、広範な遺伝子に高頻度に存在していることが明らかになっている。メチル化亢進のメカニズムとして、LMP-2Aの関与が明らかになっている。EBウイルス関連胃癌においてはしばしばE-cadherinの発現低下が見られ、DNAメチル化と相関が報告されている。 microRNAは22塩基程度のnon-coding RNAで、転写後のmRNAを切断や翻訳阻害をすることで、蛋白の発現を抑制し、発生、細胞分化、増殖、アポトーシスといった様々な生物学的プロセスに関与しているが、EBウイルス関連胃癌におけるmicroRNAの発現の変化については報告は少ない。 上皮系の形質発現に関与するmicroRNAとしてmiR-200ファミリーが知られており、epithelial-mesenchymal transition (EMT)の強力な制御遺伝子であると考えられている。近年、miR-200プロモーター領域のメチル化による転写制御が報告されている。 <目的>本研究では、 1. EBNA-1, LMP-2Aトランスジェニックマウスを用いた各潜伏感染遺伝子の胃粘膜への影響。 2. DNAメチル化によるmicroRNAの発現の変化とEMTへの関与。 以上2点について検討を行った。 <材料と方法>(1)トランスジェニックマウスを用いた実験: EBNA-1及びLMP-2A遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作製し、生後12週、24週、56週、100週で解剖し、胃のパラフィン固定標本を作製し、HE染色、免疫組織化学的染色、quantitative real time PCR (qRT-PCR)で検討した。また、上記トランスジェニックマウスに化学発癌剤N-methyl-N-nitrosourea (MNU)を経口投与し、56週で解剖、同様に観察した。 (2)手術検体の検討: 東京大学医学部附属病院で切除されたEBウイルス関連胃癌19例、非EBウイルス関連胃癌35例のmiR-141発現量と、miR-141/200cプロモーター領域のメチル化をそれぞれqRT-PCRとメチル化特異的PCR (MSP)及びBisulfite sequencingにて測定した。 (3)胃癌細胞株を用いた実験: 6種類のEBウイルス陰性の胃癌細胞株MKN1、MKN7、NUGC3、TMK1、AGS、MKN74、及びこれらのEBウイルス持続感染株を用いた。miR-141/200cプロモーター領域のメチル化をMSP、Bisulfite sequencingを用いて測定した。miR-141の発現量はqRT-PCRにて測定し、miR-141の低下を認めたTMK1, AGS, MKN74のEBウイルス持続感染株に対し、5AZAdCを用いた脱メチル化、及びmiR-141導入を行った。miR-141、ZEB1, ZEB2, E-cadherinの発現をqRT-PCR、Western blottingにて測定した。また、MKN74へEBウイルス潜在感染遺伝子を導入し、miR-141の発現とプロモーター領域のメチル化をそれぞれqRT-PCRとMSPにて測定した。 <結果>100週で解剖したLMP-2Aトランスジェニックマウスの胃に浸潤を伴う低分化腺癌、粘膜内に限局した、少量の印環細胞様細胞を伴う腺癌を1例ずつ認めた。低分化腺癌ではDNA methyltransferase 1 (DNMT1)が背景粘膜の1.4倍発現していた。EBNA-1トランスジェニックマウスの胃粘膜内に異型細胞の出現を1例認めた。MNU投与マウスではLMP-2Aトランスジェニックマウスと対照群の非トランスジェニックマウスに腫瘍を認めたが、大きさ、組織型、腫瘍発生率に差を認めなかった。背景の胃底腺粘膜ではEBNA-1トランスジェニック、LMP-2Aトランスジェニックマウスに萎縮を認めた。胃癌手術検体ではEBウイルス関連胃癌では非EBウイルス関連胃癌と比較し有意にmiR-141の発現が低下しており、miR-200c/141プロモーター領域にはEBウイルス関連胃癌ではメチル化を認めたのに対し、非EBウイルス関連胃癌では症例によってメチル化の有無に差を認めた。胃癌培養細胞を用いた実験ではTMK1, AGSではEBウイルスが感染すると、miR-200c/141プロモーター領域のメチル化を認めなかったにもかかわらず、miR-141の発現が脱メチル化で変化を認めた。MKN74ではEBウイルスが感染すると、miR-200c/141プロモーター領域の著明なメチル化とmiR-141発現の低下、細胞接着性の低下を認めた。脱メチル化にてmiR-141発現の回復を認め、miR-141導入によりZEB1の発現低下、E-cadherin発現の増加を認めた。 <考察>LMP-2Aトランスジェニックマウスの胃粘膜に腫瘍形成することがわかった。この結果、EBウイルス関連胃癌の発癌にLMP-2Aが関与している可能性が示唆された。また、LMP-2A、EBNA-1がEBウイルス感染による萎縮性胃炎の原因遺伝子である可能性が明らかになった。DNMT1発現が亢進していることから、DNMT1がDNMT3の働きをサポートすることによって、DNAメチル化異常を引き起こし、癌の形成に寄与している可能性がある。 EBウイルス関連胃癌手術検体の検討によって、miR-141の発現がEBウイルス関連胃癌で有意に低下していることが明らかになった。胃癌細胞株の実験によって、EBウイルス関連胃癌が低分化な組織像を示す原因は、複数の要因によって引き起こされている可能性が示唆され、その一つにプロモーター領域のDNAメチル化によるmiR-141の発現低下によりEMTが引き起こされる経路があることがわかった。 今後の方針として、LMP-2A及びEBNA-1トランスジェニックマウス胃組織のDNAメチル化アレイを利用した網羅的解析を行う予定である。正常粘膜と比較し、メチル化の変化を解析することで、EBウイルスによるLMP-2Aを介したDNAメチル化による発癌機構の解明が期待できる。 | |
審査要旨 | 本研究では、EBウイルス関連胃癌において発癌に関与していることが疑われるEBウイルス潜伏感染遺伝子であるEBNA-1, LMP-2Aを胃粘膜に発現させたトランスジェニックマウスを用いた胃粘膜への影響、及びDNAメチル化によるmicroRNAの発現の変化とEMTへの関与の2点について検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.生後100週のLMP-2Aトランスジェニックマウスの胃に浸潤を伴う低分化腺癌と、粘膜内に限局した少量の印環細胞様細胞を伴う腺癌を1例ずつ認めた。低分化腺癌ではDNA methyltransferase 1 (DNMT1)が背景粘膜の1.4倍発現していた。 2.背景の胃底腺粘膜においてEBNA-1トランスジェニック、LMP-2Aトランスジェニックマウスに萎縮を認めた。 3.胃癌手術検体においてEBウイルス関連胃癌では非EBウイルス関連胃癌と比較し有意にmiR-141の発現が低下していた。 4.miR-200c/141プロモーター領域にはEBウイルス関連胃癌ではメチル化を認めたのに対し、非EBウイルス関連胃癌では症例によってメチル化の有無に差を認めた。 5.胃癌培養細胞では、TMK1, AGSではEBウイルスが感染するとmiR-200c/141プロモーター領域のメチル化を認めなかったにもかかわらず、miR-141の発現が脱メチル化で変化を認めた。MKN74ではEBウイルスが感染すると、miR-200c/141プロモーター領域の著明なメチル化とmiR-141発現の低下、細胞接着性の低下を認めた。脱メチル化にてmiR-141発現の回復を認め、miR-141導入によりZEB1の発現低下、E-cadherin発現の増加を認めた。 以上、本論文はLMP-2Aトランスジェニックマウスの胃粘膜に腫瘍形成することが明らかになった。この結果、EBウイルス関連胃癌の発癌にLMP-2Aが関与している可能性が示唆された。また、LMP-2A、EBNA-1がEBウイルス感染による萎縮性胃炎の原因遺伝子である可能性が明らかになった。DNMT1発現が亢進していることから、DNMT1がDNMT3の働きをサポートすることによって、DNAメチル化異常を引き起こし、癌の形成に寄与している可能性が示唆された。 EBウイルス関連胃癌手術検体の検討によって、miR-141の発現がEBウイルス関連胃癌で有意に低下していることが明らかになった。 胃癌細胞株の実験結果より、EBウイルス関連胃癌が低分化な組織像を示す原因は、複数の要因によって引き起こされている可能性が示唆され、その一つにプロモーター領域のDNAメチル化によるmiR-141の発現低下によりEMTが引き起こされる経路があることがわかった。 本研究では今まで明らかではなかったEBウイルス関連胃癌の発癌メカニズムの一つとしてLMP-2Aの関与の可能性を示唆し、DNMT1亢進を介したメチル化によって癌の形成を起こす可能性、microRNA発現に影響を与え、低分化な組織型を示すメカニズムの一つであることを明らかにしたことで、EBウイルスが胃癌を形成するメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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