学位論文要旨



No 128160
著者(漢字) 吉田,朗彦
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,アキヒコ
標題(和) 低悪性度骨肉腫とその脱分化現象の病理診断に関する研究
標題(洋)
報告番号 128160
報告番号 甲28160
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3819号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 間野,博行
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 準教授 中尾,和貴
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 講師 河野,博隆
内容要旨 要旨を表示する

要旨

本研究では低悪性度骨肉腫と総称される傍骨性骨肉腫と低悪性度髄内性骨肉腫の病理診断について取り扱う。これらは骨肉腫亜型の中では最も頻度が高く(5%)、いずれも同様の組織像、臨床経過、遺伝子異常(MDM2とCDK4遺伝子の増幅)を有する。低悪性度骨肉腫は通常型とは異なる治療法を必要とするが、正確な病理診断が難しい。成熟した骨梁と異型に乏しい細胞像のため、低悪性度骨肉腫はしばしば良性病変と誤診され不適切に治療される傾向にある。また低悪性度骨肉腫は15%程度において高悪性度肉腫に増悪(脱分化)することがあり、こうした脱分化型骨肉腫の正確な診断も容易ではない。

第2章においてわれわれはまず、MDM2 とCDK4 の遺伝子増幅が低悪性度骨肉腫に特異的で、これと形態的に類似した良性病変には認められないことから、MDM2/CDK4の免疫染色を使って両者を分けることができるのではないかと仮説をたてた。そこでわれわれは23例の低悪性度骨肉腫(傍骨性14例、髄内性9例)と、これに組織像が類似する良性病変40例(仮骨性筋炎11例、線維性骨異形成14例、骨軟骨腫6例、線維形成性線維腫1例、florid reactive periostitis 4例、Noraの病変3例、turret exostosis 1例)を免疫染色した。その結果、低悪性度骨肉腫は16例(70%)がMDM2陽性、20例(87%)がCDK4陽性であった。すべての低悪性度骨肉腫はどちらかあるいは両方のマーカーで染色され、13例(57%)では両方とも陽性であった。染色はほとんどの症例でびまん性であり、過半数の症例でどちらかの抗体で中等度か強い染色が得られた。MDM2とCDK4の染色は低悪性度骨肉腫の組織学的亜型によらず認められた。逆に、40例の良性病変中、陽性像が見られたのは1例のみであった。したがって、これらの二つのマーカーを組み合わせれば、感度100%、特異度97.5%の正確性をもって低悪性度骨肉腫を診断することができることが判明した。

第3章では脱分化型骨肉腫について取り扱う。脱分化骨肉腫における脱分化成分はしばしば高悪性度骨肉腫の形態を呈し、通常型骨肉腫と組織像から区別することはできない。低悪性度骨肉腫とその脱分化した腫瘍はMDM2とCDK4の遺伝子増幅およびこれに起因する蛋白過剰発現により特徴づけられているが、通常型骨肉腫においてはこうした異常は稀と考えられている。われわれはMDM2とCDK4の免疫形質を調べることで高悪性度骨肉腫が通常型なのか脱分化型なのか区別できるのではないかという仮説を立てた。われわれは、81例の原発性高悪性度骨肉腫と26例の再発性・転移性高悪性度骨肉腫をMDM2とCDK4で免疫染色し、この染色結果をそれぞれの組織像と注意深く対応し、とりわけ低悪性度骨肉腫成分が共存していないかどうかに注意を払った。MDM2とCDK4の共陽性所見は7例で認められ、注意深い組織学的検索の結果、うち6例において低悪性度成分の共存が認められた。1例は既知の脱分化型傍骨性骨肉腫であったが、残り5例における低悪性度成分はもともとの病理診断時には認識されていなかった。11例においては、MDM2とCDK4どちらかのマーカーのみに陽性を示し、また残り89例ではどちらのマーカーも陰性であったが、これら100例の骨肉腫のうち、低悪性度成分が確認された症例は1例もなかった。定量的PCRにて検索したMDM2とCDK4の遺伝子増幅状態は、概ね免疫形質と合致した。このデータから、MDM2とCDK4の高悪性度骨肉腫における共発現所見は、低悪性度骨肉腫から二次的に増悪した脱分化型骨肉腫に特異性が高いことが判明し、免疫染色によって高悪性度骨肉腫の亜分類が可能になることが分かった。

第4章では、高分化型ないし脱分化型脂肪肉腫の中に、低悪性度骨肉腫様の組織像が混在する珍しい肉腫のタイプを9例紹介する。これらの腫瘍は中高年者の後腹膜や深部軟部組織に発生し、骨格との連続性は認められなかった。肉眼的には、脂肪形成性成分と骨形成性成分からなる二相性を示し、骨形成性成分は全体の5-50%を占めていた。組織学的に、脂肪形成性成分は典型的な高分化型脂肪肉腫の像を呈していたが、一方骨形成性成分は、成熟した骨梁と異型に乏しい紡錐形細胞の疎な増殖からなり、組織像のみからは骨原発の低悪性度骨肉腫と区別のつかない像を呈していた。9例は全例MDM2とCDK4で免疫染色陽性であった。染色は紡錐形細胞のみならず骨細胞や骨芽細胞にも認められ、これらの成熟骨が反応性ではなく腫瘍性であることを示唆した。3例においては、低悪性度骨肉腫様組織に隣接して、高悪性度骨肉腫への増悪が認められ、骨腫瘍で良く知られている低悪性度骨肉腫の脱分化現象に類似していた。これまで報告されたことのない脂肪肉腫のこの亜型は病理診断上注意を要する。低悪性度骨肉腫様成分が仮骨性筋炎のような良性の化生と間違われたり、また逆に脂肪形成成分が正常脂肪と間違われたりして、この腫瘍が適切に治療されない恐れがあるからである。文献的に骨外性低悪性度骨肉腫として報告されている症例は、実際には今回詳述したような脂肪肉腫の亜型かもしれない。また高分化型脂肪肉腫と低悪性度骨肉腫とは、どちらもMDM2とCDK4の増幅で特徴づけられる腫瘍であり、これらの組織像のハイブリッドな発現は、遺伝子異常と形態との緊密な関連を示唆する可能性があり興味深い。

以上の研究を通して、われわれは低悪性度骨肉腫(第4章で述べたような軟部発生例を含め)およびその脱分化現象の諸相を明らかにした。MDM2とCDK4の免疫染色は、遺伝子増幅を反映する実用的な手法として、今後も日常の病理診断に活用され肉腫の正確な診断に寄与すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、骨肉腫の稀な亜型である低悪性度骨肉腫およびその増悪であるところの脱分化型骨肉腫の正確な病理診断を可能にするため、これらの腫瘍の特徴的な臨床病理学的知見を明らかにするとともに、遺伝子データに基づき免疫染色法の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.低悪性度骨肉腫と、これに組織像が類似する良性病変多数例をMDM2とCDK4で免疫染色したところ、低悪性度骨肉腫は大部分がMDM2陽性ないしCDK4陽性であった。逆に、良性病変はほぼすべてこれらの染色で陰性であった。したがって、これらの二つのマーカーを組み合わせれば、正確に低悪性度骨肉腫を診断することができることが示された。

2.多数例の高悪性度骨肉腫をMDM2とCDK4で免疫染色し、この染色結果を組織像と注意深く対応したところ、MDM2とCDK4の共陽性所見は低悪性度成分の混在と対応することが示された。したがって、MDM2とCDK4の免疫染色を用いて、高悪性度骨肉腫のなかから脱分化型骨肉腫を正確に抽出することができると考えられた。

3.定量的PCRにて30例の骨肉腫のMDM2とCDK4の遺伝子増幅状態と免疫染色結果を対応させたところ、概ね合致する結果が得られ、免疫染色は遺伝子増幅を検出する簡便かつ有効な手法であることが示された。

4.高分化型ないし脱分化型脂肪肉腫の中に、低悪性度骨肉腫様の組織像が混在しうることが明らかにされた。これらは全例MDM2とCDK4で免疫染色陽性であった。また稀には高悪性度骨肉腫への脱分化が生じることが示された。

以上、本論文は低悪性度骨肉腫や脱分化型骨肉腫の正確な病理診断を可能とするため、特異的遺伝子異常に基づく有効な免疫染色法を開発し、また特徴的な臨床病理学的知見を明らかにした。本研究は日常診療において困難をきわめる骨肉腫亜型の正確な病理診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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