学位論文要旨



No 128161
著者(漢字) 萩山,満
著者(英字)
著者(カナ) ハギヤマ,ミツル
標題(和) 接着分子CADM1によって媒介される神経‐マスト細胞相互作用 : 細胞間接着力を規定する分子機構とその機能的意義の解析
標題(洋)
報告番号 128161
報告番号 甲28161
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3820号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 畠山,昌則
 東京大学 講師 狩野,光伸
 東京大学 准教授 秋山,泰身
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
内容要旨 要旨を表示する

マスト細胞は生理的に小腸や呼吸器粘膜、皮膚の真皮、硬膜、大脳を含む全身の様々な器官や組織に存在する。その分布は一見したところ無秩序であるが、注意深く観察するとマスト細胞は血管や神経周囲に好んで局在している。事実、そのいくつかは様々な器官の結合組織において、神経線維に近接して存在する。この神経とマスト細胞の近接した関係は神経免疫のメカニズムの機能的な単位として考えられ、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞間接着分子cell adhesion molecule-1 (CADM1) のトランス・ホモフィリック結合によって媒介される。

本研究では、4つのCADM1アイソフォーム (a-d) の選択的スプライシング・パターンがマウス大脳の発達に伴って顕著に変化する、つまり生後14日まで (発生期) では主にCADM1bとCADM1cを発現し、生後14日以降 (成熟期) ではそれに加えて、それまで発現が見られなかったCADM1dが発現することを見出した。個々のCADM1アイソフォームが神経‐マスト細胞相互作用にどのように関係しているか調べるため、神経とマスト細胞の共生培養系を用いた。この共生培養系は神経とマスト細胞の解剖学的、機能的関係をあらわしたモデルとみなされている。内在性にCADM1cを発現する神経芽腫細胞株Neuro2a細胞にCADM1b (Neuro2a-CADM1b) あるいはCADM1d (Neuro2a-CADM1d) をそれぞれ外来性に発現させ、発生期あるいは成熟期における脳神経を模倣した細胞を作製した。Neuro2a、Neuro2a-CADM1b、Neuro2a-CADM1d細胞から神経突起を伸長させ、 内在性にCADM1cを発現するマウス骨髄由来マスト細胞 (bone marrow-derived mast cells; BMMCs) と外来性にCADM1cを発現させたBMMC由来細胞株IC-2細胞 (IC-2CADM1c) とそれぞれ共生培養した。

近赤外のフェムト秒レーザーパルスを顕微鏡下で培養液中に集光すると、熱や化学的変化を随伴せず、狙い定めた1細胞のみに衝撃力を負荷することが可能であるため、神経‐マスト細胞の接着力をフェムト秒レーザー誘導衝撃力によって定量した。神経突起に接着したBMMCを標的として無作為に選択し、標的BMMCが神経突起から乖離するまで照射を漸近的に繰り返した。乖離した際のレーザー照射点と標的BMMCまでの距離 (Lmax to detach) を測定した。Lmax to detachのヒストグラムを最小2乗法によって正規分布に近似し、その平均値によって細胞間接着力を評価した。BMMCsはNeuro2a、Neuro2a-CADM1b神経突起よりも強固にNeuro2a-CADM1d神経突起に接着し、Lmax to detachのヒストグラムをガウス分布に近似するとNeuro2a-CADM1d細胞におけるLmax to detachのヒストグラムが二峰性を示すことを見出した。神経突起上のCADM1アイソフォームの局在を調べるため、green fluorescent protein (GFP) を結合させて可視化すると、CADM1dは神経突起上でクラスターを成して分布することを明らかにした。また、CADM1は細胞膜上で二量体を形成することでその機能を発揮するため、クロスリンク反応を行った。CADM1dクラスターにおいて、CADM1dはシス・ホモ二量体を形成しているのではないかと考えられた。CADM1dクラスターに接着したBMMCsと接着していないBMMCsの2つのグループに分けてフェムト秒レーザー照射アッセイに供したところ、CADM1dクラスターによって神経‐マスト細胞の接着力が有意に上昇することを明らかにした。

次に、3タイプの細胞とIC-2CADM1c細胞 の共生培養系にそれぞれカルシウムイオン指示薬Fluo-8-AMを入れた後、ヒスタミンによってNeuro2a細胞を特異的に刺激し、細胞内カルシウムイオン濃度 (intracellular Ca2+ concentration; [Ca2+]i) の変化を観察した。神経活性後、神経突起に接着したいくつかのIC-2CADM1c細胞では[Ca2+]iの上昇が見られた。神経活性に対するマスト細胞の応答率はNeuro2a、Neuro2a-CADM1b細胞よりもNeuro2a-CADM1d細胞の共生培養系で有意に高いことを見出した。また、神経突起上のCADM1dクラスターでは接着に依存した神経‐マスト細胞の刺激伝達の上昇が起こるのではないかと考えられた。CADM1dにred fluorescent protein (RFP) を結合させて可視化し、RFPシグナル陽性の神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞をCADM1dクラスターに接着しているものと接着していないものの2つのグループに分けた。神経活性に対するマスト細胞の応答率は前者のグループほうが有意に高いことを明らかにした。さらに、神経活性に対してマスト細胞が応答することによって観察された[Ca2+]iの上昇が実際にマスト細胞の機能とどのような関連があるか調べるため、神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞の細胞内顆粒動態を観察した。共生培養系にキナクリンを添加し、細胞内顆粒を可視化した。その共生培養系にヒスタミンを添加したときのみ、神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞内で、いくつかの細胞内顆粒が検出できなくなった。ヒスタミン添加後の細胞内顆粒の消失はNeuro2a細胞よりもNeuro2a-CADM1d細胞の共生培養系で多く観察された。神経に発現するCADM1dは神経‐マスト細胞の接着力を上昇させるだけでなく、マスト細胞の脱顆粒も促進させると考えられた。

以上の結果から、CADM1dは神経‐マスト細胞相互作用を強化する特異的なアイソフォームであることを明らかにし、脳が発達するにつれてCADM1dが発現してくる事実をもとに、脳成熟に随伴して神経‐マスト細胞相互作用が強化される可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアトピー性皮膚炎、脱毛症、喘息、過敏性腸症候群といった多くの神経原性炎症の病態形成に関与すると考えられている神経‐マスト細胞相互作用の分子的背景を明らかにするため、神経‐マスト細胞の共生培養系を用いて、cell adhesion molecule-1 (CADM1) を介した神経‐マスト相互作用における接着力と機能的コミュニケーションの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.CADM1は細胞外の傍膜領域で選択的スプラシングを受け、少なくとも4つの膜貫通型アイソフォーム (a-d) をもつ。RT-PCRによって様々な週齢のマウス大脳におけるCADM1 mRNA発現を調べたところ、マウス大脳においてCADM1の選択的スプライシングは発生時期特異的に制御されることを見出した。CADM1スプライシング・パターンは生後7日と14日の間で顕著に変化していた、つまり生後14日まで (発生期) は、主なアイソフォームはCADM1bとCADM1cであったが、生後14日以降 (成熟期) はそれに加えて、それまでほとんど検出されなかったCADM1dの発現が見られた。

2.海馬神経細胞を2週間初代培養し、RT-PCRによって各培養日数におけるCADM1発現パターンを調べたところ、マウス大脳と同様にCADM1のスプライシング・パターンが顕著に変化した。CADM1スプライシングがsingle cellレベルで起こったと考えられ、海馬神経においても、CADM1dは複雑な神経ネットワークが構築してはじめて発現が見られた。

3.神経‐マスト細胞の接着力をフェムト秒レーザー誘導衝撃力によって定量した。野生型C57BL/6Jマウス骨髄由来培養マスト細胞 (BMMCs-WT) とCadm1欠損マウス骨髄由来培養マスト細胞 (BMMCs-CADM1-/-) をそれぞれ神経ネットワーク上に播種し、神経‐マスト細胞の接着力を比較したところ、BMMCs-WTはBMMCs-CADM1-/-よりも有意に接着力が強かった。神経‐マスト細胞の接着におけるCADM1の重要な役割について再確認しただけでなく、フェムト秒レーザーによって生物学的環境を反映した細胞間接着力を測定することに成功した。

4.神経‐マスト細胞の接着に対するCADM1スプライシングの影響を調べるため、内在性にCADM1cを発現する神経芽腫細胞株Neuro2a細胞にCADM1b (Neuro2a-CADM1b) あるいはCADM1d (Neuro2a-CADM1d) をそれぞれ外来性に発現させ、発生期あるいは成熟期における脳神経を模倣した細胞を作製した。この3タイプの細胞とBMMCs-WTの共生培養系を用いてフェムト秒レーザー誘導衝撃力によって両者の接着力を評価した。BMMCs-WTはNeuro2a、Neuro2a-CADM1b神経突起よりも強固にNeuro2a-CADM1d神経突起に接着し、接着力のヒストグラムをガウス分布に近似するとNeuro2a-CADM1d細胞のヒストグラムが二峰性を示すことを見出した。

5.神経突起上のCADM1アイソフォームの局在を調べるため、green fluorescent protein (GFP) を結合させて可視化したところ、CADM1dは神経突起上でクラスターを成して分布することを明らかにした。また、CADM1は細胞膜上で二量体を形成することでその機能を発揮するため、クロスリンク反応を行った。CADM1dクラスターにおいて、CADM1dはシス・ホモ二量体を形成しているのではないかと考えられた。

6.CADM1dが神経突起上でクラスターを成すため、Neuro2a-CADM1d細胞のヒストグラムが二峰性を示したと考えられた。CADM1dクラスターに接着したBMMCs-WTと接着していないBMMCs-WTの2つのグループに分けてフェムト秒レーザー誘導衝撃力によって接着力を定量したところ、神経突起上に分布するCADM1dクラスターによって神経‐マスト細胞の接着力が有意に上昇することを明らかにした。

7.神経‐マスト細胞の刺激伝達に対するCADM1スプライシングの影響を調べるため、細胞内カルシウムイオン濃度 (intracellular Ca2+ concentration; [Ca2+]i) の変化を観察した。上記の3タイプの細胞とIC-2CADM1c細胞の共生培養系を用いた。ヒスタミンによってNeuro2a細胞を特異的に刺激したところ、神経突起に接着したいくつかのIC-2CADM1c細胞では[Ca2+]iの上昇が見られた。神経活性に対するマスト細胞の応答率はNeuro2a、Neuro2a-CADM1b細胞よりもNeuro2a-CADM1d細胞の共生培養系で有意に高いことを見出した。

8.神経突起上のCADM1dクラスターでは接着に依存した神経‐マスト細胞の刺激伝達の上昇が起こるのではないかと考えられた。CADM1dにred fluorescent protein (RFP) を結合させて可視化し、RFPシグナル陽性の神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞をCADM1dクラスターに接着しているものと接着していないものの2つのグループに分けた。神経活性に対するマスト細胞の応答率は前者のグループほうが有意に高いことを明らかにした。

9.神経活性に対してマスト細胞が応答することによって観察された[Ca2+]iの上昇が、実際にマスト細胞の機能とどのような関連があるか調べるため、神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞の細胞内顆粒動態を観察した。共生培養系にキナクリンを添加し、細胞内顆粒を可視化した。その共生培養系にヒスタミンを添加したときのみ、神経突起に接着したIC-2CADM1c細胞内で、いくつかの細胞内顆粒が検出できなくなった。ヒスタミン添加後の細胞内顆粒の消失はNeuro2a細胞よりもNeuro2a-CADM1d細胞の共生培養系で多く観察された。神経に発現するCADM1dは神経‐マスト細胞の接着力を上昇させるだけでなく、マスト細胞の脱顆粒も促進させると考えられた。

以上、本論文はCADM1dが神経‐マスト細胞相互作用を強化する特異的なアイソフォームであることを明らかにし、脳が発達するにつれてCADM1dが発現してくる事実をもとに、脳成熟に随伴して神経‐マスト細胞相互作用が強化される可能性を示した。本研究によって、CADM1スプライシングが神経‐マスト細胞相互作用を制御する分子的メカニズムのひとつである可能性を示し、神経原性炎症の病態形成の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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