学位論文要旨



No 128164
著者(漢字) 石田,尚利
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,マサノリ
標題(和) 非外傷性院内死亡患者における死後CT所見の検討
標題(洋)
報告番号 128164
報告番号 甲28164
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3823号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 准教授 伊藤,大知
 東京大学 准教授 宇於崎,宏
 東京大学 講師 磯山,隆
内容要旨 要旨を表示する

近年、死因究明の補助的手法の一つとして、死後画像診断の活用に対する関心が高まっている。日本では、Ai(オートプシー・イメージング)として一般にも知られるようになった。死後画像には、生体では見られない死体現象や心肺蘇生術などの影響による所見が加わる。死後画像の特徴的所見を研究し確立させていくことは、的確な読影に不可分な要素となる。

本研究においては、以下の三つの点に関して非外傷性院内死亡患者における死後CT所見を検討した。

一つ目は、「上腹部臓器内ガスの評価」を行った。非外傷性院内死亡患者の死後CT画像を用いて肝・腎・脾・膵内ガスの発生状況を心肺蘇生歴や抗生剤投与歴、菌血症の有無、いくつかの死因と絡めてこれらの関係性を分析した。その結果、心肺蘇生施行と肝・腎内ガス発生に相関を認めた。心肺蘇生非施行下では、肝・腎・脾・膵の各間において臓器内ガスの発生程度に相関が認められた。なお、肝内ガス発生と死後時間経過に相関は認められなかった。心肺蘇生非施行下においては、上腹部臓器内ガス発生には共通の機序が関与し、腐敗の進行は各臓器で同様の速度で進む可能性があるということを示唆すると考えられる。また、心肺蘇生により肝・腎内ガス発生が増加する可能性があることが判明した。

二つ目は、「心大血管の血液就下と生前血液検査との関係」について検討した。死後CTにおける心臓や大血管の血液就下の所見 (HHGV) と、生前の血液検査所見(赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値、プロトロンビン活性度、活性化部分トロンボプラスチン時間、フィブリノゲン値)との関係について分析した。HHGVなしあるいは不明瞭なHHGVの症例群と明瞭なHHGVの症例群との間で上記6つの生前血液検査値に差が見られるかどうか検討した。その結果、フィブリノゲン値でのみHHGVなしあるいは不明瞭なHHGVの症例群と明瞭なHHGVの症例群との間で有意差が認められた。死後CTにて明瞭なHHGVの症例群では、HHGVなしあるいは不明瞭なHHGVの症例群に比して、有意に生前のフィブリノゲン値が高かった。その他の血液検査項目では、HHGVの明瞭さによる差は認められなかった。死後CTにて明瞭なHHGVの所見を認めた場合、生前はフィブリノゲン高値を呈する状況であったと推定できると考える。この点は、死後CT画像の特徴的な所見から生前情報を得るという意味で重要な結果であると思われ、例えば生前情報不明の死亡において死因に関する情報を得る観点からも有益であろうと考える。

三つ目は、「甲状腺の死後変化」について検討した。死後CTにおける甲状腺を評価し、さらに同一症例での生前CTにおける甲状腺の所見との比較を試みた。その結果、生前CTと比較して死後CTにて甲状腺CT値の低下を認めた。なお、生前CTと死後CTの甲状腺CT値から死後経過時間の推定はできなかった。死後、甲状腺CT値が低下する可能性が示されたが、このことは過去の文献を参考にすると、死戦期あるいは死亡に際し甲状腺濾胞から甲状腺ホルモンが血中に放出され、甲状腺のヨード含有量が減少することを反映した所見である可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、昨今関心が高まっている死後画像診断に関し、読影に不可欠な死後画像に特徴的な所見を明らかにするため、非外傷性院内死亡患者における死後CT所見を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 上腹部臓器内ガスの検討の結果、心肺蘇生施行は肝および腎内ガス発生と関係が認められた。心肺蘇生が主因とは限らないが、心肺蘇生が肝および腎内ガスを増やす可能性があると考えられた。

2. 上腹部臓器内ガスの検討の結果、心肺蘇生非施行下では肝・腎・脾・膵の各間においてガス発生程度に相関が認められた。心肺蘇生非施行下では臓器内ガスの主因は腐敗と考えられ、ガス発生は同様の速度で生じうる可能性が考えられた。

3. 心大血管における血液就下の所見と生前血液検査の検討の結果、心大血管における明瞭な血液就下の所見は、生前のフィブリノゲン高値と関係していた。したがって、死後CTにて心大血管の明瞭な血液就下の所見を認めた場合、死亡時にフィブリノゲン高値の状況であったと推定できると考えられた。

4. 生前CTと死後CTでの甲状腺の検討の結果、死後に甲状腺CT値が低下する可能性が示された。死戦期あるいは死亡に際し、甲状腺のヨード含有量が減少する、すなわち甲状腺ホルモンが放出されることを反映した所見である可能性が考えられた。

以上、本研究は非外傷性院内死亡患者における死後CT所見を検討したものであり、上腹部臓器内ガス、心大血管の血液就下、甲状腺CT値について死後画像に特徴的と考えられる所見を明らかにした。本研究は、とりわけこれまで少なかった非外傷性や心肺蘇生非施行の症例を対象にしており、黎明期にある死後画像診断の領域に一定の重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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