学位論文要旨



No 128165
著者(漢字) 稲野,祥子
著者(英字)
著者(カナ) イナノ,サチコ
標題(和) 拡散テンソル画像を用いた脳白質の加齢性変化の検討
標題(洋)
報告番号 128165
報告番号 甲28165
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3824号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 講師 林,墾
 東京大学 教授 笠井,清登
内容要旨 要旨を表示する

本研究の背景と目的

拡散テンソル画像は白質の微細構造の変化を鋭敏に捉えることができる。過去の研究から白質線維の変性によりFA(fractional anisotropy)の低下、MD(mean diffusivity)の上昇を認め、AD(axial diffusivity)の低下は軸索の損傷、RD(radial diffusivity)の上昇は脱髄などと関連していることが分かっている。

本研究の目的は、脳白質線維の加齢性変化およびその性別差(年齢と性別の交差)について、大規模データを用いることで、より詳細に解明することである。

1. TBSSによる脳白質のFA、MD、AD、RDの加齢性変化についての解析対象と方法

計857人の健常者を対象とした(男性:547人、女性:310人、年齢幅=24.9-84.8歳)。

MR画像は3.0-T MR装置を用いて撮像した。拡散テンソル画像は13軸で撮像した。

FSL 4.1を用いて、TBSS 1.2で処理を行った。歪み補正後、脳を抽出、FDTを用いて拡散データにテンソルモデルをフィッティングし、FA、MD、AD、RDマップを作成した。全被験者のFAデータをFNIRT1.0を用いてMNI152標準空間上にレジストレーションした。空間正規化したすべてのFA画像を平均化し、スケルトンへと菲薄化した。最後に空間正規化した各被験者のFAデータをスケルトンへと投影した。MD、AD、RDのデータについても同様に空間正規化し、FAスケルトンへ投影した。

スケルトン平均のFA、MD、AD、RDについては、スケルトン平均のFA、MD、AD、RDを従属変数、性別およびスキャナを因子、年齢を共変量とし、年齢と性別、年齢とスキャナの交差を考慮に入れ、共分散解析(ANCOVA)を行った。年齢とスケルトン平均のFA、MD、AD、RDとの関係は、単回帰分析および二次回帰分析を用いて評価した。P < 0.05を統計学的に有意とした。

ボスセルワイズの解析はノンパラメトリック検定により行った。FA、MD、AD、RDが年齢と有意に相関する領域を確認し、次に年齢と性別の交差のある領域を確認した。正負2つのtコントラストを計算、FWEを用いて多重比較補正し、P < 0.025を統計学的に有準とした。繰り返しの回数は5000とした。

結果

スケルトン平均FA、MD、AD、RDの共分散解析では、年齢の主効果が有意であった(FA, F(1,851) = 170.0; MD, F(1,851) = 128.2; AD, F(1,851) = 19.8; RD, F(1,851) = 185.3, いずれもP < 0.0001)。年齢と性別の交差はなかった。単回帰分析では、年齢とFAに中程度の負の相関(R2 = 0.18, P < 0.0001;r = -0.42、MD、RDには年齢との間に中程度の正の相関を認めたが(MD, R2 = 0.14, P < 0.0001;r = 0.38)(RD, R2 = 0.19, P < 0.0001;r = 0.44)、ADでは年齢との相関はほとんどなかった(AD, R2 = 0.02, P < 0.0001;r = 0.16)。二次回帰分析では、FA、MD、AD、RDと年齢、いずれの間にも有意な相関を認めた(FA, R2 = 0.18; MD, R2 = 0.16; AD, R2 = 0.04; RD, R2 = 0.21, いずれもP < 0.0001)。また、ADと年齢の傾き、RDと年齢の傾きを比較したところ、RDの年齢に対する傾きが有意に大きいことが示された。

ボクセルワイズの解析では、FAと年齢が負の相関を示す領域を多数認めた。脳梁膨大部などでは、FAは年齢と正の相関を示した。一方、MD、AD、RDでは年齢と正の相関を示す領域を多数認めた。FAが年齢と負の相関を示す領域の中では、大部分の領域でRDと年齢の正の相関を認めた。年齢と性別の交差が有意な領域は認めなかった

考察

全脳の解析では、RDの年齢に対する傾きは、ADの年齢に対する傾きより有意に大きく、加齢によるMDの上昇は、主にRDの上昇に伴うものであると思われる。局所の解析では、FAと年齢が負の相関を示す領域の大部分でRDと年齢の正の相関を認めた。これは軸索の変性が起こると必ず続けて髄鞘の変性が起こるのに対し、髄鞘の変性が起きても、軸索の変性は必ずしも起こるわけではないことによると考えられる。

2. FAが加齢により上昇/低下している領域ごとの解析

FAが加齢に伴い上昇/低下した領域に分けて、年齢との相関について評価することとした。

方法

TBSSによるボクセルワイズの解析において、FAが年齢と有意な正の相関を示した領域と、負の相関を示した領域をそれぞれROIとし、FA、MD、AD、RDの平均値を算出した。

各ROIのFA、MD、AD、RDの平均値と年齢との関係を、単回帰分析および二次回帰分析を用いて評価した。P < 0.05を統計学的に有意とした。

結果

1. FAが年齢と正の相関を示した領域

単回帰分析では、FA、ADと年齢の間に中程度の正相関を認めた(FA, R2 = 0.17, P < 0.0001;r = 0.42)(AD, R2 = 0.24, P < 0.0001;r = 0.49)。MDと年齢にはほとんど相関はなかった(MD, R2 = 0.03, P < 0.0001;r = 0.19)。RDと年齢の間には弱い負相関を認めた(RD, R2 = 0.04, P < 0.0001;r = -0.21)。

二次回帰分析では、FA、MD、AD、RDと年齢のいずれの間にも有意な相関を認めた(FA, R2 = 0.18; MD, R2 = 0.04; AD, R2 = 0.26; RD, R2 = 0.04, いずれもP < 0.0001)。

2. FAが年齢と負の相関を示した領域

単回帰分析では、FAと年齢の間に比較的強い負の相関が認められた(FA, R2 = 0.40, P < 0.0001;r = -0.63)。MD、RDと年齢の間には、中程度~比較的強い正の相関を認めた(MD, R2 = 0.31, P < 0.0001;r = 0.56)(RD, R2 = 0.38, P < 0.0001;r = 0.62)。ADと年齢の間には弱い正の相関がみられた(AD, R2 = 0.06, P < 0.0001;r = 0.25)。

二次回帰分析では、FA、MD、AD、RDと年齢のいずれの間にも有意な相関を認めた(FA, R2 = 0.41; MD, R2 = 0.33; AD, R2 = 0.08; RD, R2 = 0.40, いずれもP < 0.0001)。

考察

MDとADは、FAが年齢と正の相関を示す領域、FAが年齢と負の相関を示す領域のいずれにおいても年齢と正の相関を示したのに対し、RDはFAが年齢と正の相関を示す領域では年齢と弱い負の相関を、FAが年齢と負の相関を示す領域では年齢と比較的強い正の相関を示した。

FAの上昇は、神経変性疾患の交差線維領域において、選択的に保たれている線維と変性している線維との混在が原因として考えられている。本研究でも、交差線維領域におけるFAの上昇は、同様の機序が働いているものと考えられる。

3. VBAによる脳白質の加齢性変化についての解析

空間的な広がりを把握するため、引き続いて、VBAによる解析を行うこととした。

方法

すべての被験者のFAデータをFNIRT1.0を用いてMNI152標準空間上にレジストレーションした。2 mm ×2 mm × 2 mmのボクセルサイズにリサンプリング後、空間平滑化を行った。

MD、AD、RDのデータについても同様に空間正規化し、リサンプリング後、空間平滑化を行った。

ボスセルワイズの解析は、ノンパラメトリック検定で行った。FA、MD、AD、RDが年齢と有意に相関する領域を確認し、次に年齢と性別の交差のある領域の確認を行った。片側t検定を用いて、正負2つのtコントラストを計算し、FWEを用いて多重比較補正後、P < 0.025を統計学的に有意とした。繰り返しの回数は5000とした。

結果

FAでは年齢と負の相関を示す領域を多数認めた。放線冠後部などに年齢と正の相関を示す領域を認めた。MDでは年齢と正の相関を示す領域を多数認めた。ADでは年齢と正の相関を示す領域を多数認め、年齢と負の相関を示す領域を若干認めた。RDでは年齢と正の相関を示す領域を多数認め、年齢と負の相関を示す領域はほぼ認めなかった。いずれにおいても年齢と性別の有意な交差は認めなかった。

考察

加齢性変化において、VBAでの解析結果はTBSSによる解析結果とおおむね一致していた。FAでは、TBSSでの解析と同様、交差線維の領域に相当すると考えられる放線冠後部に年齢と正の相関を示す領域を認め、前項で挙げた機序によりFAが上昇しているものと推察される。これ以外のTBSSによる解析でFAが年齢と正の相関を示す領域は、VBAではFAと年齢の正の相関も負の相関も示さず、FAの上昇は空間的に比較的限局しており、またこれらの領域は比較的線維が保たれているのかもしれない。年齢と性別の交差は、TBSS、VBA、いずれの解析においても認めず、脳白質の加齢性変化の過程には性差はないと考えられる。

結 論

本研究では加齢に伴うFAの低下やMDの上昇は、加齢に伴うADの変化よりもRDの上昇と強く関連していることが分かった。この結果は、白質の加齢性変化は髄鞘の変性とより強く関連していることを示唆している。ボクセルワイズの解析では放線冠後部に加齢とともにFAの上昇する領域を認めたが、これは、交差線維領域において、加齢性変化を受けやすい線維と受けにくい線維が混在していることによる影響と考えられる。

本研究においては、TBSSによる全脳・局所解析、VBAによる解析、いずれにおいても年齢と性別の交差は見られず、脳白質の加齢による変化の過程に性差はないと示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

拡散テンソル画像は白質の微細構造の変化を鋭敏に捉えることができる。過去の研究から白質線維の変性によりFA(fractional anisotropy)の低下、MD(mean diffusivity)の上昇を認め、AD(axial diffusivity)の低下は軸索の損傷、RD(radial diffusivity)の上昇は脱髄などと関連していることが分かっている。本研究は未だ議論のある脳白質の加齢性変化およびその性差(年齢と性別の交差)についてより詳細に解明するため、拡散テンソル画像による大規模データを用いて解析したものであり、以下の結果を得ている。

1.TBSSを用いた全脳野スケルトン平均の解析では、FAは年齢と中程度の負の相関、MD、RDはいずれも年齢と中程度の正の相関を示し、ADは年齢とほとんど相関しなかった。また、RDの年齢に対する傾きはADの年齢に対する傾きより有意に大きく、加齢に伴うMDの上昇は主にRDの上昇に伴うものだと考えられる。これは白質の加齢性変化は髄鞘の変性と関連していることを示唆している。

2.ボクセルワイズの解析ではFAが年齢と負の相関を示す領域を多数認め、MD、AD、RDに関しては年齢と正の相関を示す領域を認めた。これらの結果は過去の報告と概ね一致している。

3.TBSSを用いたボクセルワイズの解析ではFAが年齢と正の相関を示す領域も認めた。これらの領域にROIを取り、FA、MD、AD、RDの変化を調べたところ、FAが年齢と負の相関を示す領域ではRDが年齢と正の相関を示していたのに対し、FAが年齢と正の相関を示す領域ではRDは年齢と負の相関を示した。TBSSによる解析でFAが年齢と正の相関を示した領域のうち、交差線維領域についてはVBAによる解析でも年齢と正の相関を示し、それ以外の領域については年齢と正の相関も負の相関も示さなかった。このことからFAの上昇は空間的に比較的限局しており、また、過去の神経変性疾患についての報告も参照すると交差線維領域については選択的に保たれている線維と変性している線維とが混在していることが予想される。いずれにせよ、TBSSによる解析でFAが年齢と正の相関を示した領域については線維が比較的保たれている領域なのかもしれない。

4.TBSSによるスケルトン平均、ボクセルワイズの解析、VBAによる解析、いずれにおいても年齢と性別の有意な交差は認めなかった。このことから脳白質の加齢性変化の過程に性差はないと考えられる。

以上、本論文は大規模データを用いた拡散テンソル画像による解析から、これまで議論のあった脳白質の加齢性変化およびその性差について明らかにした。本研究は今後の脳白質の加齢性変化の解明についての研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク