学位論文要旨



No 128166
著者(漢字) 叶爾努爾,吐蘇甫汗
著者(英字) Yeernuer,Tusufuhan
著者(カナ) エルヌル,トスフハン
標題(和) 全身CT体積データを用いたメタボリック症候群の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 128166
報告番号 甲28166
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3825号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 講師 鈴木,崇彦
 東京大学 講師 林,墾
 東京大学 助教授 藤田,英雄
 東京大学 講師 長野,宏一朗
内容要旨 要旨を表示する

【背景】近年、内臓脂肪を起因とした高血圧、脂質代謝、糖代謝異常などの重複症状であるメタボリックシンドロームが世界的に重視されている、日本でも、2005年、メタボリックシンドローム診断基準検討委員会は日本肥満学会(JASSO)の提案した基準を日本のメタボリックシンドロームの内臓脂肪蓄積の診断基準とした。Body Mass Index (BMI)>25(男女とも)、腹囲:男性>85cm、女性>90cm、内臓脂肪面積>100cm2(男女とも)となっている。

しかし、これらの指標の内臓脂肪体積に対する精度はこれまでに多数例では十分に検討されてない。また、これらの指標は年齢、人種などによって脂肪の分布が異なる場合でも適用できるのかどうかは十分に検討されていない。内臓脂肪体積を基準として評価すれば、これらの指標の間の関係を明らかにすることができる。しかし、現在、内臓脂肪体積を簡単に計測する方法は存在せず、一検査あたり数百枚にのぼる画像を手作業で脂肪領域を囲って計測することが必要となる。多数の症例の内臓脂肪体積を求めるためには、何らかの自動計測ソフトウェアが必要である。

本研究ではまず内臓脂肪体積を自動計測するソフトウェアを開発し、放射線科医の手作業で囲われた内蔵脂肪領域により計測された内臓脂肪体積を基準として、自動計測ソフトウェアで計測した内臓脂肪体積の精度の検討を行う。次に検診受診者の内臓脂肪体積データを用いて内臓脂肪の各指標の精度についての検討を行なう。

一.基礎的研究

内臓脂肪体積を自動測定するソフトウェアの開発およびその精度の検討

【目的】

これまでのところCTデータから内臓脂肪体積を自動計測するソフトウェアは市場には存在しない。今回、当施設で高速多列CTを用いたPET/CT検診が行われることなり健常者のCT体積データが得られるようになって、はじめて内臓脂肪体積自動計測ソフトウェア開発の機会を得た。東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻放射線医学教室の画像情報処理・解析研究室ではコンピュータ支援検出(computer assisted detection ,CAD)ソフトウェアの臨床応用、評価、および追加学習を容易にするWebベースのCAD実行環境を構築し、Web ベースの統合的CAD 臨床使用・評価プラットフォーム「CIRCUS (clinical infrastructure for radiologic computation of united solutions) CS (clinical server)」を開発するプロジェクトを行っている。そして開発したCADソフトウェア群を臨床使用するとともに、CADソフトウェアの処理結果に対する医師の診断結果に基づくフィードバック情報を蓄積し続けている。本研究もこのプロジェクトの一部として、開発中のこのプラットフォームを利用して行われた。

本研究では内臓脂肪量を直接的に計測する手法として全身CT像の画像処理による内臓脂肪体積自動計測法を提案し、内臓脂肪体積を自動計測するソフトウェアを開発する。それに加えて、放射線医手入力により計測された内臓脂肪を真の内臓脂肪体積として真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積との比較を行う。

【対象と方法】PET/CT検診受診者のCT画像24例(男性12例、女性12例)を二次利用する。放射線医の手入力による脂肪組織該当のCT値領域を真の内臓脂肪領域とする。また、それらの体軸方向の積分により求めた体積を真の内臓脂肪体積とする。自動計測内臓体積は開発した体積自動計測ソフトウェアによって得られた体積とする。真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積を散布図(回帰直線およびPearson相関係)で評価した。

【結果】24症例の内臓脂肪体積の自動計算はすべてが正常に行われた。1例あたり平均計算時間は252.7秒であった。一方、放射線医による内臓脂肪領域の手入力は1例あたり3時間程度でかかった。内臓脂肪体積自動計測手法の評価では真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積と相関係数R2は男女ともR2=0.999(p<0.0001)となった。その誤差率は中央値で女性:1.27%、男性:0.58%であった。

【考察】真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積は良く相関し、臨床使用のための合理的な計算時間であった。体積自動計測ソフトウェアで腹部全体の内臓脂肪量を測定可能になったことから、内臓脂肪分布、呼吸や腸内ガスのシフトなどの影響を受けない、安定した結果を出すことが可能となった。このような内臓脂肪体積の安定した計測は、様々な研究での内臓脂肪量の測定のゴールドスタンダードとして有用である。今回の研究の対象ではなかったが、同時に撮像範囲内の皮下脂肪体積の自動計測も可能となっている。またCTの体積データが存在することから、将来的研究では内臓脂肪の分布、筋肉量、脂肪肝の定量化診断、その他の各腹部臓器の体積を自動計測するようなことも可能であると考える。

加えて,本計測ソフトウェアは、我々の研究施設で別途開発したWebベースCAD実行環境(CIRCUS)に導入済みであり、サーバ間のデータ移動などの煩雑な作業をせずにweb画面上での単純な操作のみで計測処理の実行および計測結果の閲覧が可能となり、計測ソフトウェアの利用が容易なものとなっている。

二.臨床的研究

内臓脂肪体積データを基準として内臓脂肪各指標の精度についての検討

【目的】内臓脂肪量の各指標の精度を検討するために、多数例において、BMI 、実測腹囲、内臓脂肪面積の3種類の内臓脂肪指標と内臓脂肪体積の相関を調べる。腹囲と内臓脂肪面積に関しては、臍レベルの決め方によって計測ごとに計測値が異なる可能性があるので、計測値の頑強性についても検討した。

【対象と方法】PET/CT検診受診者のCT画像654例(男性412例、女性242例)に対して、自作の体積自動計測ソフトウェアにより各症例のCT自動計測腹囲(以下CT腹囲)、内臓脂肪面積、内臓脂肪体積を計測した。さらにBMI、実測腹囲、内臓脂肪面積の各指標と内臓脂肪体積との関係、CT腹囲と実測腹囲の関係を相関散布図で男女別評価した。CT腹囲と内臓脂肪面積の計測値の頑強性を調べた。

【結果】

I内臓脂肪体積に対する各指標の相関について

1).内臓脂肪面積相関係数は男性:R2=0.747(p<0.0001)、女性:R2=0.818 (p<0.0001)となった。

2).実測腹囲男性: R2=0.597(p<0.0001)、女性:R2=0.631(p<0.0001)となった。

3).BMI男性: R2=0.499(p<0.0001)、女性:R2=0.562(p<0.0001)となった。

4).CT腹囲と実測腹囲相関係数のR2は男性R2=0.807(p<0.0001)、女性:R2=0.851(p<0.0001)となった。

II相関関係のまとめ

内臓脂肪体積に対する相関では内臓脂肪面積、実測腹囲、BMI の内臓脂肪指標と内臓脂肪体積に対する相関の強さは内臓脂肪面積>実測腹囲>BMIであった。内臓脂肪面積100cm2に相当する内臓脂肪体積は男性:3886cm3、女性約3329cm3であった。この内臓脂肪体積を基準とすると、男性3886cm3に相当する実測腹囲は88.3cm、女性3329cm3に相当する実測腹囲は90.1cmであった。同様にBMIは男性24.4、女性25.2であった。

III内臓脂肪面積とCT腹囲の頑強性について

1).内臓脂肪面積は平均誤差率の中央値は男性:4.61%、女性:4.34%(例、図3)。最大誤差率の中央値は男性:17.4%、女性:16.3%であった。

2).CT腹囲は平均誤差率の中央値は男性:1.03%、女性:1.03%、最大誤差率の中央値は男性:3.67%、女性:3.87%であり、内臓脂肪面積と比べると計測値の頑強性が高かった。

【考察】本研究での内臓脂肪面積、実測腹囲、BMI の内臓脂肪指標と内臓脂肪体積に対する相関の強さは内臓脂肪面積>実測腹囲>BMIであった。内臓脂肪体積と内臓脂肪面積が最も良い相関を示している。実測腹囲とCT腹囲は非常に良い相関があるので、腹囲の測定値の頑強性を調べるためにCT腹囲を実測腹囲の指標として用いた。臍レベル自体がミリ単位で位置を特定できるものではないので、計測時の数mmの位置ずれは当然に予想される誤差である。我々の結果ではこの数mmの計測位置の違いによって臍レベル内臓脂肪面積に大きな誤差が生じており、内臓脂肪面積の計測値の頑強性の低さを示している。一方、CT腹囲の方が位置ずれに対する誤差が相対的に小さく、内臓脂肪面積よりは計測値の頑強性が高いことを示している。臍レベルの断面では腹腔内領域に腸管、血管、筋肉などが不規則に分布しており、特に腸管内のガスの分布は不規則で、計測位置が数mmずれでもその断面内に含まれる内臓脂肪が腸管ガスによって他の断面内に移動させられて計測断面内の内臓脂肪面積は大きく変化する可能性がある。

三.【全体の結論】

本研究でははじめて実用的な内臓脂肪体積自動計測ソフトウェアを開発ことができた、1症例あたり計算時間は5分未満かかった。その結果は放射線科医の手入力により求められた体積ともよく一致した。開発した内臓脂肪体積自動計測ソフトウェアは臨床においても十分な実用性が認められた。このソフトウェアを応用した多数症例において内臓脂肪各指標と内臓脂肪体積の精度についての検討では、内臓脂肪面積が腹囲やBMIよりも内臓脂肪体積との相関が高かった。一方、腹囲の計測値の頑強性は内臓脂肪面積より高かった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はメタボリックシンドロームの内臓脂肪のBMI(Body Mass Index)、腹囲、内臓脂肪面積の各指標を内臓脂肪体積を基準としてその精度を検討するために、

1)基礎的研究は内臓脂肪量を直接的に計測する手法として全身CT像の画像処理による内臓脂肪体積自動計測法を提案し、内臓脂肪体積を自動計測するソフトウェアを開発した。それに加えて、放射線医手入力により計測された内臓脂肪を真の内臓脂肪体積として真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積との比較を行った。

自動計測ソフトウェアはCT画像の閾値処理からa)体幹領域を抽出し、b)筋肉領域および空気領域の抽出から内臓領域を確定し、c)その中の脂肪領域を求めて内臓脂肪領域として抽出した。

真の内臓脂肪体積と自動計測内臓脂肪体積は良く相関し、1例あたり計算時間は5分未満であった。加えて本計測ソフトウェアは別途開発したWebベースCAD実行環境(CIRCUS)に導入済みであり、サーバ間のデータ移動などの煩雑な作業をせずにWeb画面上での単純な操作のみで計測処理の実行および計測結果の閲覧が可能となり、計測ソフトウェアの利用が容易なものとなっていることを示した。

体積自動計測ソフトウェアで腹部全体の内臓脂肪量を測定可能になったことから、内臓脂肪分布、呼吸や腸内ガスのシフトなどの影響を受けない安定した結果を出すことが可能となった。このような内臓脂肪体積の安定した計測は、様々な研究での内臓脂肪量の測定のゴールドスタンダードとして有用である。将来的研究では内臓脂肪の分布、筋肉量、脂肪肝の定量化診断、その他の各腹部臓器の体積を自動計測するようなことも可能であると考える。

2)臨床的研究は自動計測ソフトウェアによって求めた内臓脂肪体積データを基準として内臓脂肪各指標の精度についての検討をした。多数例において、BMI 、実測腹囲、内臓脂肪面積の3種類の内臓脂肪指標の内臓脂肪体積に対する相関を調べた。腹囲と内臓脂肪面積に関しては、臍レベルの決め方によって計測ごとに計測値が異なる可能性があるので、計測値の頑強性についても検討した。

内臓脂肪面積、実測腹囲、BMI の内臓脂肪指標と内臓脂肪体積に対する相関の強さは内臓脂肪面積>実測腹囲>BMIであった。内臓脂肪面積100cm2に相当する内臓脂肪体積は男性:3886cm3、女性約3329cm3であった。この内臓脂肪体積を基準とすると、男性3886cm3に相当する実測腹囲は88.3cm、女性3329cm3に相当する実測腹囲は90.1cmであった。同様にBMIは男性24.4、女性25.2であった。内臓脂肪体積と内臓脂肪面積が最も良い相関を示している。今回の我々の研究結果は日本人の検診受診者集団でもBMIや腹囲、内臓脂肪面積が内臓脂肪量とよい相関があることを示し、これは従来の報告と一致した。

内臓脂肪面積は計測値の頑強性が低く、平均誤差率の中央値は男性:4.61%、女性:4.34%、最大誤差率の中央値は男性:17.4%、女性:16.3%であった。一方、CT腹囲は平均誤差率の中央値は男性:1.03%、女性:1.03%、最大誤差率の中央値は男性:3.67%、女性:3.87%であり、内臓脂肪面積と比べると計測値の頑強性が高かった。我々の結果ではこの数mmの計測位置の違いによって内臓脂肪面積は大きな誤差が生じており、内臓脂肪面積の計測値の頑強性の低さを示している。一方、CT腹囲の方が位置ずれに対する誤差が相対的に小さく、内臓脂肪面積よりは計測値の頑強性が高いことを示している。

この研究は腹部全体の内臓脂肪量を測定する体積自動計測ソフトウェアを初めて開発した。次にこれにより求めた内臓脂肪体積を基準とした内臓脂肪各指標の相関の強さを明らかにし、さらに新しい知見として、測定値の頑強性では内臓脂肪面積は腹囲よりも低いことを示した。また開発した内臓脂肪体積自動計測ソフトウェアは、内臓脂肪量の測定のゴールドスタンダードとして使用することを可能としただけではなく、将来的には内臓脂肪の分布、筋肉量の測定、肝の脂肪含有量定量化、その他の各腹部臓器の体積自動計測などの可能性についても示唆している。

本論文はメタボリック症候群の診断に必要な内臓脂肪量の測定の研究に重要な貢献をし、将来の人体の自動計測の方向性を示す先駆的な研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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