学位論文要旨



No 128167
著者(漢字) 大熊,加惠
著者(英字)
著者(カナ) オオクマ,カエ
標題(和) 子宮頸癌に対する放射線治療とヒトパピローマウイルス
標題(洋)
報告番号 128167
報告番号 甲28167
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3826号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 准教授 朝蔭,孝宏
 東京大学 講師 秋本,崇之
 東京大学 講師 磯山,隆
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

子宮頸癌は本邦では年間8000人が罹患し、その1/3が死亡に至る癌である。罹患原因として、ヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染が明らかにされており、子宮頸癌患者におけるHPV感染率はほぼ100%とされている。近年世界的にHPVに対する予防ワクチン接種が推奨され、先進国においては罹患率の低下も認められるようになってきた。それを受け本邦でも子宮頸癌検診の啓蒙とともに2009年よりワクチン接種が開始され、今後の成果が望まれるところであるものの、依然として罹患率・死亡率の改善を要する疾患である。根治的治療法としては、外科的手術のほか、放射線治療も選択肢の一つであるが、放射線治療とHPVとの関連について、2004年琉球大学より放射線治療後1カ月の時点でHPVが検出された症例については予後が悪いという報告がなされた。治療後1カ月の時点では放射線治療の反応は終息したとは言えず、例えばこの時点で悪性細胞が残存していてもその後消失することもしばしばみられる。そこで、経時的にHPVの検出の有無を調査することでHPVは将来的には消失するのか、治療早期にHPVが消失する症例については具体的にどのような時期に消失するのか、その時期が早いほど予後がいいのかなど、さらなる検討が必要と考えられた。

2.目的

子宮頸癌に対する根治的放射線治療において、治療経過におけるHPV検出の変化を経時的に調べ、その消失時期と予後との関係を調査することで、HPVが将来的に子宮頸癌治療におけるバイオマーカーとなりうるのかを検討する。

3.方法

I. 2008年12月から2011年11月において当科で根治目的の放射線治療を行った72症例について、治療前~中~後でのHPVの検出の有無を前向きに調査した。検体採取は当科初診時(治療前)・放射線治療中・治療後1カ月、さらに2-3カ月ごとに行った。HPV検出については、QIAamp DNA Blood Mini Kit (QIAGEN, Venlo, the Netherlands)を用いてDNA抽出した後、WHO (World Health Organization) HPV LabNetで推奨されているPGMY-CHUV法の標準操作手順に従ってHPVタイピングを実施した。この手法では、HPVのうちのL1領域をPCRで増幅させることによってそのタイプを調べるもので、32種類のタイプを同定することが可能である。放射線治療は標準治療に基づき、外照射+小線源治療を行うことを前提とした。FIGO(the International Federation of Gynaecology and Obsterics) stage IB1以上の症例については化学療法を基本的には併用したが、高齢者症例や腎機能不全症例、化学療法を希望されなかった症例では放射線単独治療を行った。外照射は病変部が4cm未満のFIGO stage I-II症例は30.6Gy/17分割まで全骨盤照射を行い、4cm以上もしくはstage III-IVAの症例では41.4Gy/23分割まで全骨盤照射を行った。これ以降は中央遮蔽を用いた照射を行い、外照射の合計で50.4Gy/28分割となるようにした。外照射を開始して3-4週後に小線源治療(腔内照射)を行った。1週間に1-2回の割合で、タンデム1本とオボイド2本を用いた。1回線量は病変部に6Gyであり、4-7回施行した。治療後は放射線治療医と婦人科医の双方で治療後の経過観察を行った。当科では初めの1年は1-3カ月ごと、次の2年は3-4カ月ごとに外来で経過観察し、再発や転移のチェックを行った。

II. はじめの35症例については、腔内照射3-4回目に治療直前に病変部の組織生検を行い、悪性腫瘍残存の有無について病理学的判定を行った。その際残存ありと判断された場合には腔内照射の追加を行い、2回連続して病理学的に残存なしと判断された時点で治療を終了した。この時のHPVの有無についても調査した。

III. さらに、HPVが検出されなかった症例においては治療前に採取した病理組織検体を専門の病理医とともに観察した。HPV感染細胞においてはHematoxilin-Eosin (HE)染色にてEctopic chromosome around centrome (ECAC) が認められるという報告をもとに、実際にはHPVの感染があった可能性を調査するものである。また、全72症例について、治療前生検検体の細胞構築を調査しその特徴を観察した。

4.結果

I. 72症例の内訳は、年齢の中央値は61歳(29-88歳)、88%(63人)が扁平上皮癌、6% (4人)が腺癌、7% (5人)が腺扁平上皮癌だった。1例の子宮頸部高度異形成(CIN3)のほか、FIGO stageIA1 1例、IB1 7例、IB2 7例、IIA 8例、IIB 13例、IIIA 2例、IIIA 2例、IIIB 13例、IVA 7例、IVB13例だった。HPVについては、16型が37症例47%を占めた。続いて、52型(7例;10%)、58型(7例;10%)、18型(6例;8%)、33型(5例;7%)、44型(2例;3%)、59型(2例;3%)、31型(1例;1%)、39型(1例;1%)、56型(1例;1%)、66型(1例;1%)、68型(1例;1%)が検出された。このうち10例(14%)では複数のタイプによる感染があった。一方13例(18%)では治療前からHPVが検出されなかった。HPVが検出された59症例については、全て治療後半年以内に検出されなくなった。治療中に検出されなくなったのが20症例、治療後に検出されなくなったのが39症例だった。

無再発率は1年で79%だった。全72症例中、再発は12症例で認められ、2症例が局所再発、2症例が局所再発+骨盤内リンパ節再発、8症例が遠隔再発だった。再発症例について要因を検討したが、年齢(60歳未満、60歳以上)、FIGO分類(1-2、3-4a、4b)、腫瘍径(<4cm, >/=4cm)、リンパ節の有無、遠隔転移の有無、病理組織分類(扁平上皮癌、それ以外)、血清ヘモグロビン(Hb)値(<11mg/ml, >/=11mg/ml)については再発の有無に関して有意差は認められなかった。一方、HPVが検出されなくなる時期(治療中、治療後)とHPV検出の有無については有意な結果となった(χ2検定:p=0.048, 0.02)。

さらに、HPVについてA.治療中に検出されなくなった症例(20例;28%)、B.治療後に検出されなくなった症例(39例;54%)、C.元々HPVが検出されなかった症例(13例;18%)、の3群に分けてその要因を検討した。年齢(60歳未満、60歳以上)、FIGO stage (1-2、3-4a、4b)、リンパ節転移の有無、遠隔転移の有無、病理組織分類(扁平上皮癌、それ以外)については統計的に因果関係が認められなかった。再発の有無に関してはやや関連が示唆されたが、有意とは言えない結果となった。無再発率について、カプランマイヤー法で検討した。A群とB群についてはLog-rank検定でp=0.08と有意ではなかったものの、A群とC群についてはp=0.0037と有意な結果となった。

II. 追加の腔内照射を検討した35例については、臨床病期は CIN 1例(3%)、FIGO stage IA1 1例(3%)、IB1 6例(17%)、IB2 3例(8%)、IIA 4例(11%)、IIB 9例(26%)、IIIA 1例(3%)、IIIB 5例(14%)、IVA 2例(6%)、IVB 3例(9%)だった。いずれの症例も前述したHPVの経時的観測を行った全72症例に含まれる。年齢の中央値は60歳(29-84歳)で、94%(33人)が扁平上皮癌、3% (1人)が腺癌、3% (1人)が腺扁平上皮癌だった。15人(43%)は放射線治療単独、20人(57%)が同時化学療法併用の放射線治療を行った。

病理検体で悪性細胞残存が認められたために行った追加治療の回数とA、B、Cの3群について有意差は認められなかった(p=0.5)。また、追加治療の有無とA、B、Cの3群についても有意差は認められなかった(p=0.08)。

III. HPVが治療前から検出されなかった13症例の治療前HE染色プレパラート観察において、HPV感染を示唆するECACは12症例で認められ、HPVはこれらの症例でも感染していたことが示唆された。72症例全体の病理学的所見をみたところ、その細胞構築によって(1)浸潤がわずかな扁平上皮癌、(2)小~大胞巣状の扁平上皮癌、(3)帯状の扁平上皮癌、(4)乳頭状の扁平上皮癌、(5)細胞浸潤が高度な扁平上皮癌、(6)極小胞巣状の扁平上皮癌、(7)扁平上皮癌以外、の7つのカテゴリーに分類できた。このうち(1)~(4)群と(5)~(7)群を比較したところ、有意に(1)~(4)群の方が予後は良好だった(比例ハザード:HR=0.3, 95% CI=0.09-0.8, p=0.02)。さらに、HPV検出の有無と病理カテゴリー上の予後との関係についても、有意差を認めた(p=0.006)。

5.考察

現在までに報告された同様の研究においては、治療後HPVの消失が見られなかった症例で予後が悪いと結論づけられている。当研究においては、いずれの症例も治療後半年以内に消失を認めた。治療中にHPVが消失した症例と比較して、治療後にHPVが消失した症例の方が予後は悪い傾向にあったものの、それ以上に、HPVが元々検出されなかった症例の予後が悪いという結果を得た。

HPVが検出されなかった原因として、(1)現行のタイピングで検出可能な型ではなかった、(2)検体採取が不適切だった、(3)PGMY法の限界で偽陰性となった、(4)HPV感染はなかった、という4点が考えられる。病理組織観察ではHPVの感染があったことが示唆された。もし実際にはHPV感染があったと仮定すると、今回のWHO推奨の検出法ではHPVが検出されないことがあり、それらの症例は予後が悪かったと言える。HPV感染は子宮頸部の発癌に関与するものの、その後遺伝子不安定性の蓄積により発癌が促進され、必要でなくなったHPVが脱落した状態となるものもある。こうした癌でHPVが検出されなかったのかもしれない。これらより、子宮頸癌検診においてHPV検査のみではなく細胞診も依然として必要であると考えられた。

さらに病理学的細胞構築も予後との関係が示唆された。現在の子宮頸癌の治療においては、臨床病期や組織型を用いて治療方針が決定されているが、HPVの検出の有無や癌細胞の細胞構築についても考慮すべきなのかもしれない。特に、HPVが治療前に検出されず、予後不良を示唆する特徴的な細胞構築を認めた場合には注意が必要である。こうした症例では、照射線量の増加や治療後に化学療法を追加するなど、治療の個別化を図ることで子宮頸癌治療の成績向上を期待できるのかもしれない。

6.まとめ

子宮頸癌の根治放射線治療におけるHPV検出の有無について、前向き調査を行った。治療後にHPVが検出されなくなる症例は、治療中にHPVが検出されなくなる症例よりも予後が悪かった。しかし治療前からHPVが検出されない症例はさらに有意に予後が悪かった。HPV検査は子宮頸癌治療における新たなバイオマーカーとなる可能性がある。また、治療前の病理検体の細胞構築を検討することも予後判断の一助となり、さらに治療法の改善につながりうることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトパピローマウイルス(HPV)の長期感染が原因である子宮頸癌において、根治的な放射線治療によるHPVの反応を経時的に調査したものであり、下記の結果を得ている。

1.根治的放射線治療を行った子宮頸癌72症例について、治療前、治療中、治療後にHPV検査を行ったところ、13症例(18%)で一度もHPVが検出されず、残りの症例は治療前にHPVが検出された。このうち、20症例(28%)では治療中にHPVが検出されなくなり、39症例(54%)では治療後6カ月以内にHPVが検出されなくなった。

2.既出の論文では症例によってはHPVが治療後も検出され続けていたが、HPVの検出法によっては、経時的に検査を行うことでHPVは全例で検出されなくなることがわかった。

3.治療前から一度もHPVが検出されなった症例については、病理学的検討を行うと、HPVは感染していたにも関わらず検出されなかった可能性が示唆された。

4.HPVが検出されなくなる時期について、A:HPVが治療中に検出されなくなった症例、B:HPVが治療後に検出されなくなった症例、C:HPVが一度も検出されなかった症例、の3群に分けると、無再発率について、A→B→Cの順に治療成績がよかった。特にA-C間については統計学的に有意差を認めた。既出の論文ではHPVが検出されなかった群については、予後との関連については除外されて検討が行われていたが、この群が最も予後不良という新しい見地が得られた。

5.今回の研究におけるHPV検出については、PGMY-CHUV法という、HPV L1領域を同定する手法を用いたが、これはWHO推奨のものである。この手法においてもHPV感染があるにも関わらずHPVを検出できない可能性があることから、子宮頸がんのスクリーニングにおいては子宮頸部細胞診も用いるべきと考えられた。

6.HPVが検出されなかった原因としては、HPVは子宮頸部の癌化を誘導するものの、子宮頸癌となった時点でHPVの機能はもはやあまり必要とされず、遺伝子不安定性が蓄積して発癌が促進されるため、HPVを伴わないまま癌の増殖が進んだためと予想された。

7.こうした遺伝子不安定性が高度な癌ほど治療抵抗性を獲得している可能性が高く、HPVが検出されない症例では予後が悪いという結果になったと考えられた。

8.子宮頸癌における細胞構築については、(1)浸潤がごくわずかな扁平上皮癌(26%)、(2)小~大胞巣状の細胞構築の扁平上皮癌(31%)、(3)帯状の細胞構築の扁平上皮癌(8%)、(4)乳頭状の細胞構築の扁平上皮癌(8%)、(5)細胞浸潤が高度の扁平上皮癌(3%)、(6)極小胞巣状の細胞構築の扁平上皮癌(11%)、(7)扁平上皮癌以外(13%)の7群に分類し、(1)~(4)群と(5)~(7)群の間においては予後に有意差が認められた。この分類法についてはさらに症例を増やすことで子宮頸癌のリスク因子として役立てる可能性があると考えられた。

9.子宮頸癌に対する放射線治療において、HPVの検出の有無や検出されなくなる時期によって予後が異なることから、HPVがバイオマーカーとなることが示唆された。また、病理所見でも予後が予測される可能性も得られた。これらを用いて、より重点的な治療が必要と考えられる症例を選び出し、放射線治療の線量を増加させたり化学療法をさらに加えたりするなど、治療の個別化を図ることで将来的に治療成績が向上する可能性があると考えられた。

以上、本論文は子宮頸癌に対する放射線治療におけるHPVの検出や治療前病理組織の詳細な検討を行うことで、今後治療成績の向上を図れる可能性があることが示唆された。以上の点より学位の授与に値すると考えられる。

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