学位論文要旨



No 128168
著者(漢字) 尾上,剛士
著者(英字)
著者(カナ) オノエ,ツヨシ
標題(和) 肺定位放射線治療のさらなる治療精度向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 128168
報告番号 甲28168
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3827号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 講師 山本,希美子
 東京大学 講師 幸山,正
 東京大学 講師 村川,知弘
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景】

本邦において、肺癌は罹患率・死亡数ともに増加の一途をたどる疾患である。さらにCT装置などを用いた検診の普及により、早期肺癌の発見率が増加している。早期肺癌の標準治療は手術療法であるが、呼吸器合併症を含む内科的合併症や高齢のため手術が行えない患者に対しては放射線治療が選択されることが多いが、治療成績改善を目的として、肺定位放射線治療(SRT)が1990年代より臨床応用され始めた。現在までの肺SRTの治療成績報告では、局所制御率が80-95%と通常分割照射法をはるかに凌駕し、手術療法に匹敵している。当院では肺SRTのさらなる成績向上および有害事象軽減をめざし、回転型強度変調型を用いたSRT(VMAT-SRT)を開発、臨床導入を行った。VMAT-SRT計画は従来の三次元原体照射治療計画法と比較し、腫瘍部分の線量のさらなる均一化、危険臓器の線量の低減化が達成可能である。またVMAT-SRT治療中に同時にkV-X線を照射しコーンビームCT(CBCT)画像の取得が可能である。当院ではVMAT-SRT治療の治療中検証手法の確立を目標としていたが、以下の課題を抱えていた。

1)肺SRT治療中の肺腫瘍の三次元的な移動に関する検討がなされていない。また最適な治療計画CT撮像手法についての検討が必要である。

2)治療中のkV-CBCT撮像に数分かかるため、単純な三次元的な再構成では腫瘍辺縁部がぼやけた画像が得られ、肺腫瘍の呼吸性移動が評価できない。照射中の肺腫瘍の呼吸性移動評価のために、合理的な呼吸位相分け手法に基づくCBCT画像の四次元化再構成が必要である。

3)VMAT-SRT治療中の実投与線量分布作成のためには肺腫瘍の位置と照射野との関係、さらにはログファイルデータ(実際の照射時のガントリ角度、マルチリーフ(MLC)位置情報、Jaw位置、線量率など)を用いたなど多くの情報を必要とする。特に照射中の角度毎の腫瘍と照射野との位置関係が投与線量に大きく影響を与えると考えられるが、その評価法が確立されていない。

【研究目的】

以上を解明すべく、次の研究を行った。

(1)320列Multi-slice CTを用いた肺腫瘍の移動についての研究

治療中の固定具・体位・呼吸法を再現した状態で320列Multi-slice CT (MSCT)連続撮像を行い、肺腫瘍の三次元的移動の解析を行い、治療計画用CTの最適な撮像法について検討した。

(2)VMAT-SRT中の四次元CBCT画像再構成手法および治療中における肺腫瘍と照射野との位置照合についての研究

kV投影像を用いて横隔膜を描出、その移動を相互相関解析し呼吸位相データを作成した。外部検出装置 AZ-733V (AZ) で得られた呼吸位相データとの比較検討を行い、またそれぞれの呼吸位相データをもとに照射中CBCTを四次元化再構成し、両者の違いを検討した。さらにCBCT四次元化再構成画像と治療ビームによる電子ポータル画像装置(EPID)を利用し、治療中の腫瘍と照射野との位置関係を検討した。

【研究対象】

2009年7月より2011年10月の間に東京大学医学部附属病院にて定位放射線治療を受けた原発性肺癌、転移性肺癌患者17症例20部位を320列MSCT撮像対象とした。320列MSCT装置を用いて20秒間の連続撮像を行い、複数の呼吸位相における肺腫瘍重心の三次元的な移動解析を行った。本研究には東京大学医学部倫理委員会の承認のもと文書での同意が得られた患者を対象とした。また回転照射型SRT患者、VMAT-SRT治療患者の照射中CBCT画像、EPID画像を用いて、治療中の腫瘍、照射野との位置関係評価を行った。

【結果・考察】

研究(1)

全症例の最大重心移動範囲は、左右方向:2.7±1.2 mm(max 5.8 mm)、腹背方向:4.7±2.0 mm(max 7.0 mm)、頭尾方向:8.4±5.8 mm(max 20.0 mm)であった。頭尾方向の移動は、下葉症例がその他と比較して有意に大きく(p< 0.001)、また下葉症例での腫瘍重心と横隔膜頂上部との頭尾方向の移動に高い相関が認められた。過去に同側肺の治療歴のある症例では三次元的な移動量が小さくなる傾向がみられた。一部の腫瘍では、腫瘍の軌跡がループ曲線を描いており、吸気-呼気あるいは呼吸毎に異なる経路を移動(ヒステリシス様運動)していたことが判明した。

治療計画用CTは腫瘍の呼吸性移動、軌跡をより正確に反映させるために四次元CT計画を用いる必要がある。またヒステリシス様運動に対応するため呼気相、吸気相だけでなく、中間呼気相、中間吸気相などのCT画像も利用して輪郭描出を行うのが良いと考えられた。さらに20秒間の撮像中に呼吸波形が大きく乱れる症例が複数存在した。SRTの治療対象として、高齢者、低肺機能患者が多く呼吸再現性が不良な場合もあるため、治療中の呼吸状態の評価、呼吸性移動量評価など治療中検証の確立が必要と考えられた。

研究(2)

kV投影像とAZ-733Vに基づく呼吸位相信号(波形)は大部分の症例で4日間とも良く一致しており、そのような症例ではそれぞれの呼吸波形から位相分けしたCBCT四次元化再構成画像にもほとんど差が認められなかった。kV投影像で横隔膜が描出されない上葉の症例の一部ではkV投影像での呼吸位相作成が困難であるため、そのような症例ではAZ-733Vを併用の上、両者の厳密な時刻合わせを行う必要があると考えられた。

PIB法を用いて照射中のCBCT画像を、呼気最大、吸気中間、吸気最大、呼気中間の4つに呼吸位相分けを行い、各CBCT画像を治療計画機上で腫瘍輪郭を描出し腫瘍の移動量を評価できた。さらにEPID画像情報を反映させてVMAT-SRT各角度での照射野と腫瘍との位置関係の評価に成功した。対象とした2症例についてはVMAT-SRT治療期間中の全日、全角度で腫瘍は照射野内に存在していることが判明した。

【今後の展望・結論】

現行の三次元原体照射による肺SRTでも治療成績は良好であるが、さらに大きなサイズの肺腫瘍や危険臓器に隣接した症例を治療対象とするためVMAT-SRTを開発、臨床導入した。VMAT-SRTでは小セグメント照射野を形成しないこと、回転照射であるという利点を生かして治療中検証手法を開発、今回照射中同時CBCT撮像、EPID画像データを抽出して治療計画機上で腫瘍と照射野との位置関係評価に成功した。今後さらにデータを集積、解析を加えることで前日の治療結果から翌日の照射野を設定しなおすなどの適応放射線治療(Adaptive radiation therapy)が実現可能である。また今回の研究成果をさらに発展させることにより、近い将来肺VMAT-SRT治療中の実投与線量分布作成の実現化が期待される。

以上、本研究により肺VMAT-SRTのさらなる精度向上に寄与できたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肺定位放射線治療のさらなる治療精度向上を目指すため、放射線治療中の体位を再現した状態で320列MSCT撮像により腫瘍の呼吸性移動の評価を行い、さらに照射中検証手段として、VMAT-SRT治療中の腫瘍と照射野との位置関係評価を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 320列MSCT撮像による肺腫瘍17症例20部位の三次元的な呼吸性移動量を算出し、腫瘍部位、対象特性ごとに評価検討した。下葉の症例で移動量が大きく、過去に同側肺の治療歴がある症例では移動量が減少する傾向が示された。

2. 腫瘍の頭尾方向の移動は横隔膜のそれと高い相関が認められた、腫瘍の頭尾方向移動は横隔膜の移動により予測可能であることが示された。

3. 治療計画用CTは腫瘍の呼吸性移動、軌跡をより再現可能な、四次元CT撮像を採用することが望ましいが、日々あるいは治療時間中の呼吸変動に対応するために治療中検証手法の確立が必要であることを確認した。

4. VMAT-SRT治療中に同時kV-X線投影撮像を行い、PIB法による呼吸波形作成を行った。市販の呼吸同期システムAZ-733Vで得られる呼吸波形との比較を行い、PIB法での高い検出率であることを確認した。

5. PIB法による呼吸波形に基づくkV-CBCT画像の四次元化再構成を行い、腫瘍の呼吸性移動量の評価を行った。さらに治療中の四次元化CBCT画像とEPID画像を用いて実際の治療時の角度毎の腫瘍と照射野情報を治療計画機で再現することに成功した。

6. 実際のVMAT-SRT 2症例で治療中撮像されたkV-CBCT画像とEPID画像を用いて治療中検証を行った結果、全ての日の全ての角度で腫瘍が照射野内に含まれていることを確認した。

以上、本論文は肺定位放射線治療のさらなる高精度化のための問題点を提示し、320列MSCTを用いた腫瘍の呼吸性移動の詳細な評価を行い、四次元CTを用いた治療計画の必要性を明らかにした。さらにVMAT-SRT治療中のCBCT画像の四次元化再構成を行うことで、治療中の照射野と腫瘍との位置関係評価を行うことにより、照射中検証にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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