学位論文要旨



No 128171
著者(漢字) 隈丸(國島),加奈子
著者(英字)
著者(カナ) クママル(クニシマ),カナコ
標題(和) 急性肺塞栓症における放射線科医及びCT画像の臨床的寄与の解析
標題(洋)
報告番号 128171
報告番号 甲28171
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3830号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 國松,聡
 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 准教授 中川,恵一
 東京大学 講師 山下,尋史
 東京大学 講師 本村,昇
内容要旨 要旨を表示する

I.背景と目的

急性肺塞栓症の無治療死亡率は30%に達する。一方で、治療が適切に施行された場合には死亡率が2~8%まで低下するため、塞栓とそれに付随する右心負荷を迅速に診断し、早急に治療を開始することが極めて重要である。

急性肺塞栓症の確定診断は通常、造影CTによってなされる。マサチューセッツ州ボストンにあるBrigham and Women's Hospital(BWH)では、急性肺塞栓症のような直ちに生命に危険を及ぼすような画像所見を見つけた場合は、60分以内に診断を主治医チームに口頭で連絡することを、放射線科医に義務付けている。また、その後作成する読影レポートも、9時間以内に公開するよう推奨している。これらのルール設定には、放射線科医の読影が推奨期限内に主治医に伝達されることが臨床上有益である、という仮定が暗に前提とされている。しかし、放射線科医のより早いCT所見伝達が患者の臨床的な利益、例えば死亡率減少や入院期間短縮につながるのかどうかは、過去の研究上、確認されていない。

さらに、BWHでは急性肺塞栓症の造影CT画像から心臓4腔像を再構成し、右室と左室の最大短径比(RV/LV比)を、翌日までに担当医へ電子メールにて通達している。これは、RV/LV比が右心負荷の指標として、急性肺塞栓症患者の30日以内死亡や合併症発症を予測すると報告されているためである。メールには "A RV / LV diameter ratio > 0.90 has been associated with an increased risk of 30-day mortality after acute PE" という文章を付記し、主治医がリスク評価に利用できるよう配慮されている。しかし心臓4腔像の再構成を伴うRV/LV比の測定、そしてその値の主治医へ報告に、本当にその手間に見合った臨床的な利益があるのかどうかは、検証されていない。

本研究では急性肺塞栓症例を用い、次の2つの仮説を検証する。

仮説1:放射線科医から主治医へのCT所見伝達が、病院が規定する推奨時間内に 行われた症例は、患者の死亡率が低く入院期間も短い

仮説2:CT元画像から心臓4腔像を再構成し測定ツールを用いて定量したRV/LV比は、視覚的に判断した右室拡大よりも、患者の予後予測精度が高い

これらの仮説の検証を通じて、放射線科医によるCT画像読影・画像解析の臨床的有益性の検討を目指す。

II.研究1

放射線科医から主治医へのCT所見伝達の早さと、急性肺塞栓症患者の臨床アウトカムとの関連の解析

A.方法

2006年2月-2010年3月の期間にBWHにて肺塞栓プロトコルによる造影CT検査を平日に施行し、急性肺塞栓症と診断された患者のうち、CT撮像の際に入院中であった、もしくは撮像直後にBWHに入院しかつ退院時主診断が急性肺塞栓症であった患者、計452例を対象とした。

前述のとおりBWHの放射線科医は、急性肺塞栓症を発見した場合、まず(1)診断を口頭で担当医に連絡し、次いで(2)読影レポートを作成・公開し、最後にCT元画像から心臓4腔像を再構成し(3)RV/LV比を測定してそれを主治医にメールで送信している。CT撮像からこれら3種類の所見伝達までの時間をそれぞれT1、T2、T3と定義し、アウトカムとの関連を解析した。

解析に際して、病院の推奨期限を基に上記T1は60分、T2は9時間、T3は24時間をカットオフとして2値化し、推奨期限以内に所見が伝達された群と伝達されていない群の間で、背景因子の比較やアウトカム(CT撮像後30日以内の死亡と入院期間)との関連を解析した。T1-3と30日以内死亡率の関連分析にはロジスティック回帰モデルを、自然対数をとった入院期間(Log-LoS)との関連分析には線形回帰モデルを用いた。多変量解析の際は、事前に設定した交絡因子(患者の年齢、性別、人種、医療保険の種類、合併症の有無(癌、心不全、 慢性肺疾患)、血栓溶解・除去療法の施行、肺塞栓の重症度(広範・亜広範・非広範)、CT撮像の年・曜日及び時間帯)の調整を行った。

B.結果

1.T1-3と背景因子

T1、T2、T3の中央値はそれぞれ61分、4時間、18時間であった。推奨時間内に所見伝達された群と比較し、T1>60分の症例(n=204)ではCT上のRV/LV比、血栓溶解・除去療法施行率が低く、T2>9時間(n=134)の症例では癌保有率が高く、T3>24時間 (n=75)の症例では非広範型の割合が低く、血栓溶解・除去療法施行率が高いという特徴があった。その他、CT撮像の年・曜日・時間帯にもT1-3の2値化カテゴリ間で差異を認めた。

2.T1-3と30日以内死亡の関連

CT撮像後30日以内の死亡は42 例(9.3%)であった。T1>60分の症例群はT1≦60分の症例群と比較して30日以内死亡率が有意に高く(13.7% vs. 4.1%、p=0.001)、事前に設定した交絡因子を調整した多変量ロジスティック回帰分析でも、T1>60分群で死亡に対するオッズの有意な上昇を認めた(調整後オッズ比3.87、95%CI:1.53 -9.78、p=0.004)。その他、年齢、人種、肺塞栓の重症度、癌の保有などが、多変量解析にて死亡と有意な相関を示した。2値化したT2・T3は死亡と有意な相関を示さなかった。

3.T1-3と入院期間の関連

入院期間の中央値は3日(範囲: 1 -48日)であった。T3>24時間の症例群はT3≦24時間の症例群と比較して有意に入院期間が長く(中央値5日 vs. 3日、p=0.012)、Log-LoSとT3の単変量線形回帰分析においても2変量は有意な正の相関を示した。しかし、交絡因子を加えた多変量線形回帰分析では、有意な相関は見られなかった。多変量回帰分析では、肺塞栓の重症度、血栓溶解・除去療法の施行、慢性肺疾患の保有などが、Log-LoSとの有意な相関を示した。2値化したT1・T2はLog-LoSと有意な相関を示さなかった。

III.研究2

急性肺塞栓症例におけるCT心臓4腔像上で測定されるRV/LV比と、視覚的に判断された右室拡大の患者予後予測能力の比較

A.方法

2009年2月-3月の期間にBWHでCTにて診断した200例の急性肺塞栓症例を対象とした。平均年齢は 60±16歳 (範囲 22 -89歳)、43.5%が男性であった。

一般内科医(評価者1)と放射線科医(評価者2)の2名が独立に、右室拡大の有無をCT画像上で視覚的に(測定ツールを用いずに)判断した。また、別の放射線科医が再構成心臓4腔像上でRV/LV比を測定した。加えて、RV/LV比のInter-observer variability解析のため、画像解析助手が同様の方法で30例のRV/LV比を測定した。

評価者1、評価者2、及びRV/LV比の3つのデータ間で、右室拡大の判定に関する一致度及びCohenのκvalueを算出した。更に、30日以内の肺塞栓による死亡及び「複合イベント」発症の予測感度・特異度を、3つのデータ間で比較した。なお「複合イベント」は30日以内の肺塞栓による死亡もしくは集中治療の施行を指し、集中治療は心肺蘇生、人工呼吸器の装着、カテコラミン投与、血栓溶解または除去療法のいずれかと定義した。

B.結果

評価者1、評価者2、RV/LV比の間での右室拡大判定の一致度は良好であり(一致度80 - 92%、κvalue 0.59 -0.83)、RV/LV比のInter-observer agreementも良好であった(r = 0.920、p<0.001)。

評価者1、評価者2、及びRV/LV比の患者予後の予測感度は、3者間で統計学的有意差を認めなかった(30日以内死亡:70%、74%、78%、複合イベント:79%、81%、83%)。評価者1の特異度(30日以内死亡:63%、複合イベント:68%)は、評価者2(55%、59%)及びRV/LV比(50%、53%)よりも有意に高かった。

IV.考察

放射線科医から主治医への口頭診断連絡がCT撮像後60分以内に行われた症例は30日以内死亡率が有意に低く、我々の仮説1と矛盾しない結果となった。本研究は観察研究であり、例えば合併症である癌の重症度といった未調整の交絡因子の存在は否定できず、また、因果関係を直接議論することは適切ではない。しかし、調整後の高いオッズ比3.87は、早期口頭連絡による臨床的予後への何らかの影響を伺わせる結果と言える。その機序としては、早期の連絡により治療の開始が早まった等が考えられる。

読影レポート、RV/LV比通知メールの早期送信は30日以内死亡率の低さ・入院期間の短さと有意な相関を持たなかった。診断そのものはレポート公開に先んじて口頭で主治医に伝達されているため、レポートに関する結果は予想の範囲内であった。一方で、レポートが最初の所見伝達となるような状況においては、臨床予後に対する寄与が期待され、今後そのような状況下での再検討が期待される。RV/LV比メールに関しては、心エコー施行率が64%と高いことや、内科医の視覚的な右室拡大評価はRV/LV比に劣らないという研究2の結果などを総合的に考えると、メールを受け取るまでもなく、主治医が右心拡大の有無を「知って」おり、メールの早期送信がアウトカムと相関しなかった可能性が高いと推測される。

これらの結果はあくまでBWHにおける、急性肺塞栓症を対象とした場合のものであり、容易に一般化することはできない。しかしBWHの病院システムや疾病の位置づけを理解した上で、日本の病院においても類似の疾患分野、医療環境において応用は十分に可能と考える。

研究2からは、患者予後の予測感度・特異度に関しては、CT画像上で視覚的に判定された右室拡大は、心臓4腔像を再構成し測定ツールを用いて計算したRV/LV比を基に判定した右室拡大に劣らないという、我々の仮説2に反する結果が得られ、ある程度の経験を有する医師が視覚的に右室拡大を判断すれば、心臓4腔像上で厳密に測定するRV/LV比は必要ないことが示唆された。

V.結論

単一施設の急性肺塞栓症症例群を用いた後ろ向き観察研究において、放射線科医から主治医への60分以内の口頭診断伝達が、より低い30日以内死亡率と相関があることが示された。一方で、CTレポートの早期公開やRV/LV比通知メールの早期送信は、良好なアウトカムとの有意な相関は認められなかった。また、CT元画像から心臓4腔像を再構成して測定するRV/LV比に関しては、患者の予後予測における臨床的利益が明らかでないことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Brigham and Women's Hospital(BWH)で診断された急性肺塞栓症例を用いて、仮説1:放射線科医から主治医へのCT所見の伝達が、BWHが規定する推奨時間内に行われた症例は、患者の死亡率が低く入院期間も短い、及び仮説2:CT元画像から心臓4腔像を再構成し測定ツールを用いて定量したRV/LV比は、視覚的に判断した右室拡大よりも、患者の予後予測精度が高い、という2つの仮説の検証を通じて、急性肺塞栓症に関わる放射線科業務の臨床的有益性を検討した。得られた結果は下記のとおりである。

研究1:放射線科医から主治医へのCT所見伝達の早さと、急性肺塞栓症患者の臨床アウトカムとの関連の解析

1. BWHで急性肺塞栓症と診断された452例を用い、CTを撮像してから、診断を口頭で担当医に連絡するまでの時間をT1と定義し、T1と30日以内死亡率及び対数化した入院期間との相関を多変量ロジスティック回帰モデル・線型回帰モデルを用いて調べたところ、病院の規定する推奨期限である60分を超えて伝達された症例(T1>60分)では、死亡に対するオッズの有意な上昇を認めた(調整後オッズ比3.87、95%CI:1.53 -9.78、p=0.004)。

2.CTを撮像してから、CT読影レポートを作成して公開するまでの時間をT2と定義し、上記と同様の対象・方法で30日以内死亡率及び対数化した入院期間との相関を調べたところ、病院の規定する推奨期限である9時間を超えるか否かは、アウトカムと有意な関連を認めなかった。

3.CTを撮像してから、CT上で測定した心臓右室と左室の最大短径比(RV/LV比)を主治医にメールで送信するまでの時間をT3と定義し、上記と同様の対象・方法で30日以内死亡率及び対数化した入院期間との相関を調べたところ、推奨される期限である24時間を超えるか否かは、アウトカムと有意な関連を認めなかった。

4.上述の多変量解析の際は、事前に設定した交絡因子(患者の年齢、性別、人種、医療保険の種類、合併症の有無(癌、心不全、 慢性肺疾患)、血栓溶解・除去療法の施行、肺塞栓の重症度(広範・亜広範・非広範)、CT撮像の年・曜日及び時間帯)で調整を行ったが、多因子調整モデルにおいて年齢、人種、肺塞栓の重症度、癌の保有が30日以内死亡と、肺塞栓の重症度、血栓溶解・除去療法の施行、慢性肺疾患の保有が対数化した入院期間と、有意な相関を示した。

研究2:急性肺塞栓症例におけるCT心臓4腔像上で測定されるRV/LV比と、視覚的に判断された右室拡大の患者予後予測能力の比較

1. BWHで診断された200例の急性肺塞栓症例を対象とし、評価者1、2が独立に、右室拡大の有無をCT画像上で視覚的に判断したところ、CT画像から再構成した心臓4腔像上で測定したRV/LV比と比較して、30日以内の肺塞栓による死亡および複合イベント(30日以内の肺塞栓による死亡もしくは入院中の集中治療の有無)を予測する感度は、統計学的有意差を認めなかった(30日以内死亡:70%、74%、78%、複合イベント:79%、81%、83%)。

2.評価者1の特異度(30日以内死亡:63%、複合イベント:68%)は、評価者2(55%、59%)及びRV/LV比(50%、53%)よりも有意に高かった。

以上、本論文は、BWHの推奨する60分という期限を守って主治医に診断を口頭連絡することは、低い死亡率と有意な相関があることを示した。また、CT元画像から心臓4腔像を再構成してRV/LV比を測定することは、患者の予後予測における臨床的利益が明らかでないことを示した。本研究は、これまであまり検証されてこなかった、放射線科業務の臨床的有益性に関する検討であり、今後の放射線科業務の改善において重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。

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