学位論文要旨



No 128173
著者(漢字) 田島,拓
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,タク
標題(和) 肝特異性造影剤 Gd-EOB-DTPAを用いたMRIにおける肝信号強度の解析と転移性肝癌の診断
標題(洋)
報告番号 128173
報告番号 甲28173
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3832号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 講師 山本,希美子
 東京大学 准教授 四柳,宏
内容要旨 要旨を表示する

近年様々な肝特異性のMagnetic Resonance Imaging(MRI)造影剤が開発および臨床使用されてきており、肝臓MRIの診断能が飛躍的に上昇している。中でもGd-EOB-DTPA(日本名:ガドキセト酸ナトリウム)は類洞側から肝細胞へ移行しその後胆汁内へと排泄される安定な化合物で、本邦でも2008年1月より臨床使用可能となった。

Gd-EOB-DTPAはT1強調画像にて信号増強を呈し、dynamic studyを行うと従来の細胞外液性Gd造影剤と同様に血行動態の把握が可能であるとされる。また造影剤投与後20分以降にて撮影される画像(肝細胞造影相)では肝細胞に特異的に造影剤が取り込まれ病変部との高いコントラストを示す。肝実質のGd-EOB-DTPA取り込み量は肝機能と相関することが予想されているが、人体での取り込み量と肝機能との関係は不明な点が多い。

まず本研究の基礎的検討として人体でのGd-EOB-DTPA投与後の肝信号強度の経時的変化、及び肝信号強度と肝機能との関係を検討した。さらに肝信号強度と生化学的データとの関連性を検討した。

方法として2008年5月から9月に当院肝胆膵外科に肝細胞癌疑い及び大腸癌異時性肝転移疑いで紹介された計48例の患者を対象とした。1.5T(テスラ) MRI装置にて高速SPGR法を用いた脂肪抑制3DT1強調画像であるliver acquisition with volume acceleration(LAVA)を造影剤投与前及び投与後5、10、15、20、25、30分に撮像し、各画像の肝実質の信号対雑音比(SNR:signal-to-noise ratio)を測定した。

患者を慢性肝障害の有無で2群に分け、両群で肝SNRの経時的変化を記録し最高値となるタイミングを決定した。結果、両群で肝SNRは造影剤投与後5分間で急唆に上昇し、その後は緩徐に上昇し、最高値は投与後30分後に認められた。当研究と以前の研究の結果から、ピークの肝信号強度はGd-EOB-DTPA投与後30分から45分後に得られると推察される。2群の造影30分後の肝SNRは正常肝機能群が有意に高く、肝細胞造影相における肝実質増強の程度が肝細胞機能を反映するという仮説を支持する結果となった。

また各患者についてプロトロンビン時間値、総ビリルビン値、コリンエステラーゼ値、アルブミン値、クレアチニン値、インドシアニングリーン15分停滞率(ICG-R15(%))、Child-Pughスコアを記録し、これらのうち造影30分後の肝SNRのピーク値と相関するものをステップワイズ法による重回帰分析にて決定した。結果ICG-R15(%)値のみが有意な説明変数として検出された。ICGクリアランステストは肝予備能を評価する上で有効な方法である。肝細胞造影相における肝信号強度の評価により、肝全体あるいは局所的な肝予備能を評価できる可能性がある。

次に臨床検討としてGd-EOB-DTPA造影MRIを用いた転移性肝腫瘍の診断について検討した。大腸癌はしばしば肝に転移し、肝転移の出現が大腸癌関連死の第一の原因となっている。Gd-EOB-DTPA造影MRIは転移性肝腫瘍の検出において既存の細胞外液性Gd造影剤を用いたMRIやCTに比し優れていると予想されている。

臨床的研究の第一段階として、大腸癌(結腸・直腸癌)からの転移性肝腫瘍を有する患者を対象として造影CT、非造影MRI、Gd-EOB-DTPA造影MRIによる大腸癌肝転移の検出感度を比較した。また、肝転移病変の大きさと検出感度の関係、放射線科医の経験年数と検出感度の関係について解析した。

方法として2008年5月から2009年2月にて当院肝胆膵外科に大腸癌異時性肝転移疑いにて紹介された28例の患者、全85病変を対象とした。全患者が当院で画像検査を施行し、外科的肝切除にて病理学的に大腸癌肝転移と診断された。MRIは1.5T MRI装置にてLAVA法を使用し、Gd-EOB-DTPA投与前後に撮像した。造影剤投与後30分の画像を肝細胞造影相とした。造影CT画像は64列MDCTを用い静脈相の画像を用いた。

4名の放射線科医が造影CT、造影前LAVA画像、Gd-EOB-DTPA注入後30分のLAVA画像の3種類の画像を読影し、肝臓の占拠性病変を全て指摘した。2人の読影医は放射線科医1年目の医師で、2人の読影医は経験10年以上の放射線科専門医であった。

結果、各画像での検出感度は、造影CTで59 - 62%、非造影MRIで61 -72%、Gd-EOB-DTPA造影MRIで74 -88%であった。非造影MRIでは造影CTよりも高い検出感度が得られたが有意差はなかった。Gd-EOB-DTPA造影MRIは非造影MRIより有意差を持って高い検出感度が得られた。この結果は、経験年数の浅い放射線科医及び経験豊富な放射線科医の両方で同様に認められた。

さらに病変を10 mm以下の群と11 mm以上の群の2群に分けて解析した所、10 mm以下の病変群では、全読影医についてGd-EOB-DTPA造影MRIでの検出感度は造影CT及び非造影MRIに比し有意に高かったが、造影CTと非造影MRIの間に有意差はなかった。11 mm以上の病変群では、一人の読影医においてGd-EOB-DTPA造影MRIでの検出感度が造影CTに比し有意に高かったが、それ以外では有意差はなかった。

特に小さな転移性肝腫瘍の検出においてGd-EOB-DTPA造影MRIは造影CTに比し優れていると考えられた。また肝細胞造影相は読影医の経験年数に関わらず高い肝転移検出能を持ち、Gd-EOB-DTPA造影MRIは転移性肝腫瘍疑いの患者に対し有用な検査であると考えられた。

さらに臨床的検討の第二段階として、Gd-EOB-DTPA造影MRIによる大腸癌肝転移の診断における拡散強調画像の意義について検討した。拡散強調画像(DWI:Diffusion-weighted image)は水の拡散運動の影響をMR信号に反映させる画像であり、腹部領域において拡散強調画像は特に癌患者の転移性肝腫瘍の検出に有用であるという報告や、Gd-EOB-DTPA造影MRIと拡散強調画像はいずれも転移性肝腫瘍の検出に有効であるという報告が近年見られる。

本研究では、1.5T MRIを用いた転移性肝腫瘍の診断において、Gd-EOB-DTPA造影MRIと拡散強調画像の診断能を正確に比較検討し、Gd-EOB-DTPA造影MRIによる大腸癌肝転移の診断における拡散強調画像の必要性を検討した。またnegative controlとして非造影MRIの診断能についても検討した。

方法として、臨床的検討第一段階と同様の方法で患者を連続的に登録し、28例の患者、計85個の転移性肝腫瘍及び計82個の良性病変を対象とした。

1.5T MRI装置を使用し、T1強調画像、脂肪抑制T2強調画像、heavy T2強調画像、拡散強調画像を造影前に撮像した。dynamic studyはLAVA法を使用した。さらに造影剤投与後30分にLAVAを撮像し肝細胞造影相の画像とした。MRI画像は次の3群((1)DWI群:非造影MRI、(2)EOB群:拡散強調画像を除いた非造影MRI及び造影MRI、(3)combined群:EOB群に拡散強調画像を追加したもの)に分けて提示され、2名の放射線科医が読影した。読影医は全ての肝占拠性病変を指摘し、診断確信度を5点スケールで評価し、診断確信度が4及び5の病変を転移性肝腫瘍として記録した。

各群で全病変検出率、感度、特異度、陽性的中率を算出した。さらに結節ベースにてalternative-free response receiver operating characteristic (AFROC) curve analysisを行い、ROC曲線下の面積(Az値)を計算した。小病変群(直径10 mm以下)についても同様の解析を行った。

結果、全病変検出率は1人の読影医でEOB群及びcombined群においてDWI群に比し有意に高く、感度についてもほぼ同様の結果が得られ、両読影医で有意差が見られた。特異度は全ての画像群で有意差はなかった。陽性的中率は両読影医でDWI群が最も高値となったが有意差はなかった。Az値は両読影医でEOB群及びcombined群でDWI群に比し高かったが有意差はなかった。

結局EOB群とcombined群との比較では全ての統計学的パラメータに有意差は見られなかった。しかし、拡散強調画像の追加提示により複数の転移性肝腫瘍が新しく検出されたことには注意すべきであり、大腸癌の転移性肝腫瘍の検出において拡散強調画像により病変の見落としを減らすことができる可能性がある。

今後の展望として、より多くの症例でGd-EOB-DTPA造影MRIの肝信号強度を評価・解析することにより、患者の肝機能に応じて最適な撮像プロトコールを用いたMRI撮像が可能になると考える。また肝信号強度が肝全体または局所の肝予備能の予測に有用であると考えられることから、外科的肝切除術において局所的な肝予備能を考慮したより良い術式の選択が可能となるかもしれない。今後主役を担い得るGd-EOB-DTPA造影MRIによる転移性肝腫瘍の画像評価については、拡散強調画像を含めた撮像法の改良や今後の新しい撮像法の開発により、より高い検出力と正診率の実現が可能となると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は近年開発された肝特異性のMagnetic Resonance Imaging(MRI)造影剤であるGd-EOB-DTPA(日本名:ガドキセト酸ナトリウム)を用いたMRIに関する研究である。まず基礎的検討として人体でのGd-EOB-DTPA投与後の肝信号強度の経時的変化、及び肝信号強度と肝機能との関係、さらに肝信号強度と生化学的データとの関連性を検討している。また臨床的研究の第一段階として、大腸癌(結腸・直腸癌)からの転移性肝腫瘍を有する患者を対象として造影CT、非造影MRI、Gd-EOB-DTPA造影MRIによる大腸癌肝転移の検出感度を比較している。さらに第二段階として、Gd-EOB-DTPA造影MRIによる大腸癌肝転移の診断における拡散強調画像の意義について検討しており、下記の結果を得ている。

1.基礎的研究では、Gd-EOB-DTPA投与後のピークの肝信号強度は投与後30分から45分後に得られると推察された。造影30分後の肝SNRは慢性肝障害を有する患者群に比し正常肝機能群が有意に高く、肝細胞造影相における肝実質増強の程度が肝細胞機能を反映するという仮説を支持する結果となった。また肝SNRのピーク値と相関する生化学的指標をステップワイズ法による重回帰分析にて決定し、結果ICG-R15(%)値のみが有意な説明変数として検出された。

2.臨床的研究の第一段階では、大腸癌肝転移の検出感度は、造影CTで59 - 62%、非造影MRIで61 -72%、Gd-EOB-DTPA造影MRIで74 - 88%であった。Gd-EOB-DTPA造影MRIは造影CT及び非造影MRIより有意差を持って高い検出感度が得られ、経験年数の浅い放射線科医及び経験豊富な放射線科医の両方で同様の結果であった。さらに10 mm以下の病変群を対象とした解析でも、全読影医についてGd-EOB-DTPA造影MRIでの検出感度は造影CT及び非造影MRIに比し有意に高かった。

3.臨床的研究の第二段階では、大腸癌肝転移症例を対象とし、1.5T MRI装置を使用しMRI画像を3群((1)DWI群:非造影MRI、(2)EOB群:拡散強調画像を除いた非造影MRI及び造影MRI、(3)combined群:EOB群に拡散強調画像を追加したもの)に分け2人の読影医で読影実験を施行した。結果、全病変検出率は1人の読影医でEOB群及びcombined群においてDWI群に比し有意に高く、感度についてもほぼ同様の結果が得られ、両読影医で有意差が見られた。特異度は全ての画像群で有意差はなかった。陽性的中率は両読影医でDWI群が最も高値となったが有意差はなかった。alternative-free response receiver operating characteristic (AFROC) curve analysisによるROC曲線下の面積(Az値)は両読影医でEOB群及びcombined群でDWI群に比し高かったが有意差はなかった。結局EOB群とcombined群との比較では全ての統計学的パラメータに有意差は見られなかった。しかし、拡散強調画像の追加提示により複数の転移性肝腫瘍が新しく検出された。

以上、本論文の基礎的研究では、肝細胞造影相での肝実質増強効果の程度が肝細胞機能と関連していることがヒトにおいて初めて示され、ピークの肝信号強度が造影剤投与後30分から45分後に得られると推察されるという知見を得た。また、ICG-R15(%)値が造影30分後の肝信号強度と有意に相関するという結果を得、肝細胞造影相における肝信号強度の評価により肝全体あるいは局所的な肝予備能を評価できる可能性が示唆された。

本論文の臨床的研究では、全ての転移性肝腫瘍が病理学的検査により確認され、術中超音波(IOUS)にて残肝に転移性肝腫瘍が存在しないことが確認されており、この様な厳格なgold standardを用いた質の高い研究はこれより以前にはない。また、当院肝胆膵外科に紹介された患者を連続的に登録しているため、選出バイアスも少なく、当研究は質の高いstudyであると考える。第一段階では、特に小さな転移性肝腫瘍の検出においてGd-EOB-DTPA造影MRIは造影CTに比し優れていると考えられ、肝細胞造影相は読影医の経験年数に関わらず高い肝転移検出能を持つことから、Gd-EOB-DTPA造影MRIは転移性肝腫瘍疑いの患者に対し有用な検査であると考えられた。また第二段階は、1.5T MRI装置での大腸癌肝転移の検出における拡散強調画像の意義について検討された初のstudyであり、拡散強調画像の追加提示により複数の転移性肝腫瘍が新しく検出されており、大腸癌の転移性肝腫瘍の検出において拡散強調画像により病変の見落としを減らすことができる可能性が示唆された。

以上の成果は、Gd-EOB-DTPA造影MRIにおける肝信号強度の評価や大腸癌肝転移症例におけるGd-EOB-DTPA造影MRIや拡散強調画像の意義についてより深い知見を与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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