学位論文要旨



No 128174
著者(漢字) 利安,隆史
著者(英字)
著者(カナ) トシヤス,タカシ
標題(和) 中咽頭扁平上皮癌 : HPV関連腫瘍と非関連腫瘍の臨床病理学的検討
標題(洋)
報告番号 128174
報告番号 甲28174
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3833号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宇於崎,宏
 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 講師 鈴木,崇彦
 東京大学 講師 山本,希美子
 東京大学 准教授 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

頭頸部扁平上皮癌(HNSCC)は以前よりタバコやアルコールの暴露が発がん要因とされてきたが、特に中咽頭癌ではヒトパピローマウイルス(HPV)の関与が報告されてきている。近年の米国の報告では咽頭癌全体の発生率はほぼ横ばいであるのに対し、中咽頭癌は増加している。その要因は、禁煙活動の啓蒙による喫煙率の低下に伴うHPV非関連腫瘍の減少と、その減少を凌駕するHPV関連腫瘍の増加のためとされている。HPV関連HNSCCの発症は性交習慣と関与しており、生涯経腟セックスおよびオーラルセックスパートナーの数の増加がHPVの感染のリスクを有意に増加させ、その発症を増加させているとの報告もされている。HPV関連腫瘍は、放射線治療や化学療法に対し反応性がよく、予後良好であり、HPV因子は中咽頭癌にて重要な予後予測因子であるとされている。2010年の米国の報告では、中咽頭癌のHPV因子のスクリーニングを35%の施設でルーチンにて行っており、今後施行を検討している施設も増加傾向にある。本邦では、HPV関連中咽頭癌の報告は、いくつか報告されているが、まとまった報告は少なく、欧米に比べHPV関連中咽頭癌の認識も十分ではない現状にある。

目的

下咽頭癌などの他部位の頭頸部癌に比べて中咽頭癌の治療成績が良好な理由はHPV関連腫瘍が一定の割合で含まれているからだと考えられている。そのため、HPV関連腫瘍を知り、HPV関連腫瘍と非関連腫瘍を区別することは予後予測、治療方法の方向性を決める上でも有用と考えられる。今回、頭頸部領域でHPV関連腫瘍が最も多く報告されている側壁癌(扁桃癌を含む)症例を対象とし、そのHPV関連因子に関し検討を行った。その目的は、(1)中咽頭癌側壁癌におけるHPV関連腫瘍の割合とその関与するHPVタイプを検索する、 (2)HPV-DNAの検出法の検討、 (3)HPV関連腫瘍と非関連腫瘍との病理組織像の差異の検討、(4)HPV関連腫瘍と非関連腫瘍との免疫組織学的な差異の検討 である。

対象と方法

本研究では、2005年4月から2010年4月までにがん研有明病院にて放射線治療を施行した中咽頭側壁癌扁平上皮癌40症例を対象とした。HPVの検出とタイピングには、Clinichip RHPVの使用したLAMP法と In situ hybridization (以下ISH)を施行した。分子生物学的には、免疫組織化学検査(以下IHC)によるp16、p53、Ki67の発現パターンを解析した。病理組織像の特徴として、角化など分化度による分類に加え、異常核分裂像のHPV関連腫瘍に特異的なEctopic chromosome around centrosome(ECAC)に着目し検討した。これらの結果にもとづき、HPV検出法に関する検討、HPV因子と臨床背景因子、HPV因子と治療予後との相関について解析検討した。

結果

HPV陽性例は28例(16型26例、33型1例、35型1例)、HPV陰性例は12例であった。HPV陽性例では、p16陽性かつp53陰性が27例(96%)であり、HPV陰性例では、p16陰性かつp53陰性例が10例(83%)であった。HPV陽性例のKi67陽性細胞率は平均89%に対し、HPV陰性例のそれは74%であった。病理組織像は、HPV陽性例は、大部分が、低分化から中分化であるのに対し、HPV陰性例は高分化が大部分であった。またHPV陽性例の64%にECACを同定し、HPV陰性例には認めなかった。HPV陽性腫瘍とHPV陰性腫瘍とは明らかに異なる病理組織学的特徴を認めた。患者背景因子としては、HPV関連腫瘍は非喫煙者に有意差をもって多い傾向が確認された。治療効果、治療予後に関しては、HPV陽性群と陰性群で有意差は認めなかったが、HPV陽性群は2年粗生存率96%と非常に良好な結果が得られた。

考察

HPVの検出法は、PCRを主体とした方法とISHがあるが、いずれも利点、欠点がある。

本研究では、3例のISH陽性例をClinichip RHPVでは検出できなかった。これは腫瘍量が少ない、リンパ球浸潤が多いなどの標本の状態に起因するものと考えられた。本研究にてHPV-DNAが検出された28例は、全例p16 IHCにて陽性であった。HPV-DNA陰性かつp16陽性例は1例認めた。p16 IHCは判別が容易であり、HPV感染の有用な代用検査になりうると判断された。

p16 IHCの結果とp53 IHCの結果は逆相関の関係が認められた。また本研究では、HPV関連腫瘍におけるp53のIHCの特徴的染色パターンを認めた。それは、核が淡く染まる腫瘍細胞が瀰漫性に存在し、その中に強く核が染まる腫瘍細胞がスポット状に点在する、染色パターンであり、HPV非関連腫瘍の染色パターンとは明らかに異なっていた。このHPV関連腫瘍の染色パターンは腫瘍細胞内の野生型p53の過剰発現を見ている可能性が高いと考えられた。一方、HPV非関連腫瘍の染色パターンは、変異型p53の半減期が長く核内に長期に渡り蓄積したものを見ているものと考えられた。今までの報告ではp53 IHCの判別は、陽性細胞率を20%や30%を境に、陰性、陽性を判別することが多く、明確な染色パターンによる判別は報告されていない。中咽頭癌では異なった発癌機構にて発症した腫瘍を見るため、p53 IHCでのこのHPV関連腫瘍の染色パターンの認識は重要と考えられた。 またp53がアポトーシスを誘導する重要な蛋白であることを考えると、HPV関連腫瘍内の野生型p53の過剰発現が、その腫瘍の放射線治療や化学療法に対する反応良好性との関与している可能性が示唆された。

腫瘍細胞の中には、異常核分裂像が多く認められることが知られている。ECACも染色体不安定性の背景の中に出現した染色体異常の1つの形態と考えられるが、ECACはHPV関連の子宮頸癌に特異的に出現することが、古田らにより報告されている。本研究にて、我々は、HPV関連の中咽頭癌にも64%の頻度でECACを同定した。中咽頭癌HPV関連腫瘍にECACを同定したのは、本研究が初めてである。ECACの発見頻度は腫瘍標本サイズに影響をうけるため一定しないが、特異度が高いため、同定できた場合のHPV関連腫瘍との関連性は非常に高いと考えられるHPV関連腫瘍の病理組織像を見る場合、角化などの分化、El-Moftyらが示すHPV関連腫瘍の特徴像をとらえることで、HPV関連腫瘍と非関連腫瘍を区別することはある程度可能であるが、厳密な区別は困難と考えられた。今回我々が着目したHPV関連腫瘍に特異的な異常核分裂像の1つECACを検出することは、HPV関連腫瘍の診断において非常に有用であると考えられた。ほとんどがHPV関連腫瘍である子宮頸癌と異なり、HPV非関連腫瘍が多い頭頸部癌の領域においては、その診断的役割はさらに高く、中咽頭癌HPV関連腫瘍の有用な病理組織マーカーになると考えられた。またECACを含めHPV関連腫瘍の核分裂の状態に着目することは、その病理組織像を理解する上で、非常に重要と考えられた。

HPV関連腫瘍群はHPV非関連腫瘍群に比べ、進行症例が多い傾向を認めた。そのため、治療法も導入化学療法から開始した症例が多かった。それにもかかわらずHPV関連腫瘍群では、2年粗生存率96%と非常に良好な結果が得られた。これまでの欧米での報告と同様に、当院にてもHPV関連腫瘍の予後が良好であることが示された。また、原発T4症例3例、N2c ( 両側リンパ節転移 )2例、N3症例(6cm以上)1例の進行症例に対してもCRを認めていることは特筆すべきことであり、HPV関連腫瘍の放射線治療や化学療法への良好な治療反応性を反映していると考えられた。一方HPV陰性群も、病期はHPV陽性群に比べ早期症例が多いものの、生存率は比較的良好な結果が得られた。HPV関連腫瘍群とHPV非関連腫瘍群の2群間における生存率に、ログランク検定、Wilcoxon検定にて有意差は認めなかった。HPV非関連腫瘍死亡例の2例のうち、1例は治療中の治療関連死であり、1例は中咽頭癌以外の原因不明死であり、今回の検討では、HPV非関連腫瘍症例で有意に生存率が低いとは判断できない結果であった。他施設での報告にくらべ当院の治療成績が良い結果が得られている理由に、外科医による救済手術の体制の充実、適切な治療法の選択、研究対象が中咽頭側壁癌に限定していることなども関与している可能性が考えられた。また、経過観察期間が短く、対象患者数が少ないことも影響している可能性が考えられた。今後の慎重な経過観察が必要と考えられた。HPVによる区別なしに治療を行っている現状において、HPV関連腫瘍に対し現治療より強度を下げ、HPV非関連腫瘍に対しては強度を上げる治療が可能かどうかは、今後の検討課題である。

結語

本研究では中咽頭側壁癌の70%にHPV関連腫瘍を認め、本邦でも欧米同様に、HPV関連中咽頭癌の増加が予測された。HPV関連腫瘍と非関連腫瘍は、病理組織像、p16、p53、Ki67のIHCの発現パターンに関して明らかな相違を認めた。臨床的に中咽頭癌のHPVの検出は、もはや必要な臨床情報の1つである。今回我々が着目したHPV関連腫瘍に特異的な異常核分裂像の1つであるECACの検出は、HPV関連腫瘍の診断においてきわめて特異度が高く、非常に有用と考えられた。

本研究において、HPV関連腫瘍群はHPV非関連腫瘍群に比べ進行症例が多いが、HPV関連腫瘍群の治療予後は非常に良好であった。ECAC、HPV-DNA検査、p16、p53を組み合わせた免疫染色により、HPV関連腫瘍と非関連腫瘍の個別化が可能であった。今後それらにもとづき治療効果を予測しQOLを考慮したオーダーメイド治療を検討する必要性があると考えた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、中咽頭扁平上皮癌40症例を対象に、ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus: HPV)の検出、免疫組織学的にp16、p53、Ki67の発現、HPV関連腫瘍とHPV非関連腫瘍の病理組織像の特徴を明らかにすると共に、HPVの陽性の有無と臨床背景因子、治療予後との相関について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1、 Clinichip RHPVを用いたLAMP法にて、40例中25例に高リスクHPV-DNAが検出された。ISH法では40例中28例にHPV-DNAが検出された。Clinichip RHPVで陰性、ISHで陽性であった3例については、さらに16型、18型DNAのE6領域について、Nested PCR法を施行した結果、最終的に40例中28例にHPV-DNAを同定した。そのタイピングは26例がHPV16型、1例がHPV33型、1例がHPV35型であった。

2、 p16 IHCの染色パターンは、腫瘍細胞において瀰漫性に強く染まるか、全く染まらないかのどちらかであり、陽性、陰性の判別は容易であった。p16陽性は、40例中29例に認められた。HPV関連腫瘍28例はすべてp16陽性であった。一方HPV非関連腫瘍12例中11例はp16陰性であったが、1例はp16陽性であった。

3、 p53 IHCでは、HPV関連腫瘍28例中27例は特徴的な染色パターンを示した。それは、核が淡く染まる腫瘍細胞が瀰漫性に存在し、その中に強く核が染まる腫瘍細胞がスポット状に点在する染色パターンであった。HPV関連腫瘍28例中1例のみが、瀰漫性で強いp53染色パターンを示した。一方HPV非関連腫瘍12例中10例は腫瘍細胞内に瀰漫性に強いp53の染色が確認された。HPV非関連腫瘍12例中2例のp53染色は陰性であった。HPV関連腫瘍の染色パターンは完全に陽性と判別できるものではないが、HPV非関連腫瘍に認める瀰漫性に強い染色とは明らかに異なるパターンであった。

4、 HPV陽性28例中27例(96%)でp16陽性/p53陰性であり、HPV陰性12例中10例(83%)でp16陰性/p53陽性であった。p16とp53とは、有意差をもって逆の相関関係を認めた。

5、 HPV関連SCC 28例の分化度は、高分化1例、中分化23例、低分化3例、未分化1例であった。大部分は中分化に分類され、その病理組織像の特徴は、境界不明瞭な楕円形から紡錘状の細胞形態であり、所々で角化巣を認める像であった。一方HPV非関連SCC12例は、高分化9例、中分化2例、低分化1例で、大部分は高分化に分類され、その病理組織像は、細胞質が大きく核小体が目立ち、細胞境界明瞭であり癌真珠などの角化像が認められるのが特徴であった。分化度でHPV関連腫瘍と非関連腫瘍を区別することはある程度可能であった。

6、 HPV感染と関連の深い子宮頸癌では、ECAC(Ectopic chromosome around centrosome)と呼ばれる特殊な核分裂像が特異的に出現することが報告されている。本研究では、中咽頭癌扁平上皮癌でもHPV関連腫瘍の64%にECACが検出され、非関連腫瘍には一例もみられなかった。この結果より、HPV関連腫瘍に特異的な異常核分裂像の1つであるECACの検出は、HPV関連腫瘍の診断においてきわめて特異度が高く、非常に有用と考えられた。

7、 HPV関連腫瘍とHPV関連腫瘍の治療予後に有意差は認めなかったが、HPV関連中咽頭癌の予後良好性は明らかであった。進行症例でもHPV関連腫瘍では制御可能な例も認められた。HPV関連腫瘍では症例によっては過剰治療になっている可能性もあり、患者のQOL向上のため治療強度の低減を検討する必要性が示唆された。

以上、本論文は、本邦でのまとまった症例数の中で中咽頭側壁癌のHPV関連腫瘍の割合を示し、HPV関連腫瘍と非関連腫瘍との病理組織像、p16、p53、Ki67のIHCの発現パターンの相違を明確化した。さらに中咽頭HPV関連腫瘍の診断におけるECACの有用性を示した。中咽頭癌治療におけるHPV因子の重要性が指摘されている中、本論文は今後の中咽頭扁平上皮癌の臨床および基礎研究上有用な知見を示したと考え、学位の授与に値すると考える。

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