学位論文要旨



No 128175
著者(漢字) 萩原,良哉
著者(英字)
著者(カナ) ハギワラ,カズチカ
標題(和) 星細胞系腫瘍の組織学的悪性度に関する磁化率強調MRIを用いた検討
標題(洋)
報告番号 128175
報告番号 甲28175
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3834号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 特任准教授 稲生,靖
 東京大学 講師 山田,晴耕
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

星細胞系腫瘍は原発性脳実質腫瘍の中でも頻度が高く、また悪性度が高いものも少なくない。原発性脳腫瘍の標準的な治療法は、手術ないし生検により得られた病理組織学的な診断に基づいて選択される。組織学的診断は世界保健機構 (World Health Organization: WHO) の分類に準拠して行われることが多い。WHO分類は診断名にその悪性度 (WHO grade) を内包しているのが特長である。悪性度の高い腫瘍は、一般的に早期に再発し、生物学的な予後が不良である。

原発性脳腫瘍の予後を推定する因子には組織学的分類やその他の病理学的指標があり、なかでもWHO gradeは広くその有効性が認められている。WHO gradeでは、高悪性度を判断する病理学的な基準に、活発な細胞分裂、微小血管新生や壊死などの所見を挙げている。

他方、細胞増殖の指標とされているMIB-1 Labeling Index (LI)も悪性度の推定に有用とされており、原発性脳腫瘍やそれ以外の腫瘍においても広く用いられている。原発性脳腫瘍に関して、MIB-1 LIは、WHO gradeとは独立した予後因子であるとの報告が認められる。

これらの原発性脳腫瘍の悪性度や予後に関する病理学的指標に対して、手術や生検によらない非侵襲的な画像診断法を用いて推定することが、以前から期待されてきた。行われた検討の多くは、磁気共鳴画像法 (Magnetic Resonance Imaging: MRI)を用いた研究である。MRI脳潅流画像、MRスペクトロスコピーなど、さまざまなMRI手法による検討がなされてきており、MRI機器の性能向上に連動して、現在も同様な研究が途絶えることはない。

近年、MRI撮像法のなかでも、出血や静脈を鋭敏に画像化できる磁化率強調画像が開発された。上記のように、高悪性度の脳腫瘍は血管床の増大による血流増加があり、静脈の拡張が生じることが知られている。また、新生血管は脆弱であり腫瘍壊死に出血を伴いやすい。したがって、この静脈増多や出血が、非侵襲的画像検査を用いて定量的に評価できるならば、悪性度や予後に関する病理学的な評価指標と相関するのではないかと期待され、磁化率強調画像はこれに適した撮像法と推定される。

磁化率強調画像は、登場した当初から脳腫瘍の悪性度を評価する代用マーカーとしての役割が期待されてきた。ただし、先行研究では,磁化率強調画像における腫瘍内低信号域の大きさの定性的評価と、脳腫瘍のWHO gradeとの間の相関を調べたものが大部分であり、正の相関が見られたという結果で一致している。他方、磁化率強調画像における、腫瘍内低信号域の大きさの定量的評価を用いて、脳腫瘍悪性度との相関を検討した報告は今のところほとんどない。

また、MRIを用いたMIB-1 LIの推定に関する検討自体もいまだほとんどなく、脳潅流画像における脳腫瘍の相対的脳血液量がMIB-1 LIと正の相関を示したという報告が渉猟できるのみである。磁化率強調画像の所見とMIB-1 LIとの関連を調べた報告はいまだ見られない。

したがって、磁化率強調画像における、低信号域の大きさを定量的に評価することにより、原発性脳腫瘍、なかでも頻度の高い星細胞系腫瘍の、WHO gradeやMIB-1 LIとの関連性を調べれば、より頑強な結果を示すことができると期待される。

【目的】

星細胞系脳腫瘍を対象として、磁化率強調画像における腫瘍内低信号域を新たに定量的に評価し

(1)腫瘍内低信号の定量的評価値は、腫瘍のWHO gradeと相関する

(2)腫瘍内低信号の定量的評価値は、腫瘍のMIB-1 LIとの相関する

という、二点について検証することを目的とした。

【対象・方法】

2006年から2008年の間に東京大学医学部附属病院の脳神経外科の依頼にてMRIが撮像された22例の星細胞系脳腫瘍を対象とした。いずれの症例も、当院の病理専門医による病理学的診断による診断名ならびにWHO grade、MIB-1 LIが、診療録から参照可能であった。

汎用ソフトウェアであるImage Jを用いて計測した、磁化率強調画像における腫瘍内の低信号の体積を,T2強調画像での求めた腫瘍の体積で除することにより、腫瘍内の低信号域の体積比を求めた。

この腫瘍内低信号域の定量的な比率(以下,腫瘍内低信号率)と、WHO grade、ならびにMIB-1 LIとの間の相関の有無を検討した。

また、磁化率強調画像の特性を例示するために、T2強調画像と比べた磁化率強調画像による脳MRIにおけるヘモジデリン沈着域の検出能の確認、銅線を用いた磁化率強調画像の角度依存性の確認を、補遺として行った。

【結果】

(1)腫瘍内低信号率は、WHO gradeとの間にはSpearman順位相関係数にて統計的に有意ではないものの(p=0.073) 、0.409と緩やかな正の相関傾向があると考えられた。また、grade IVの腫瘍で腫瘍内低信号率が特に高い傾向がみられた。

(2)腫瘍内低信号率は、MIB-1 LIとの間にはSpearman順位相関係数で0.624 (p=0.003)と正の相関が見られた。

本研究では腫瘍内の磁化率強調画像での低信号域の割合を定量的に評価したが、これは過去の報告にない新しい手法である。結果として腫瘍内低信号率とMIB-1 LIと間に有意な正の相関があることを初めて明らかにした。また、磁化率強調画像を用いた先行研究では、WHO分類でgrade IIIとIVの腫瘍の判別は困難であったが、本研究では有意ではないものの両者に大きな違いを認めた。血管新生や出血などの病理学的所見は特にgrade IVで見られる特徴であり、定量的な割合の評価はこれを明瞭に反映すると推測される。

【結論】

星細胞系脳腫瘍を対象とした、磁化率強調画像における定量的な腫瘍内低信号率は、MIB-1 LIと相関が見られた。また腫瘍内低信号率は。WHO gradeとの相関は有意とはならなかったが、grade IVの腫瘍で高い傾向が見られた。本研究の結果から、磁化率強調画像は、星細胞系腫瘍の悪性度や予後の予測を目的とする非侵襲的画像検査法の一翼を担う有益な検査法となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒトの原発性脳腫瘍のなかでも頻度が高く、臨床的にも重要な、星細胞系腫瘍を対象として、以下の二点について検証を行っている。

1:磁化率強調画像における腫瘍内低信号の定量的評価値は、WHO (World Health Organization) の悪性度分類 (WHO grade) と相関する

2:磁化率強調画像における腫瘍内低信号の定量的評価値は、腫瘍の増殖能の指標であるMIB-1 Labeling Index (LI) と相関する

これらの検証を通じ、非侵襲的画像手法である磁化率強調画像における腫瘍内低信号域の大きさを定量的に評価することが、星細胞系脳腫瘍の悪性度や予後に関する組織学的指標の代用マーカーとして、臨床的有益性をもつかどうか検討している。得られた結果は下記の通りである。

1):磁化率強調画像の定量的腫瘍内低信号率とWHO gradeとの相関

2006年から2008年の間に東京大学医学部附属病院の脳神経外科の依頼にてMagnetic Resonance Imaging (MRI) が撮像された22例の星細胞系脳腫瘍を対象とし、診療録からWHO gradeを参照し記録した。MRIでの磁化率強調画像において、腫瘍内低信号域の体積を算出、また、T2強調画像において、腫瘍体積を算出、両者の体積比を定量的な腫瘍内低信号域の割合(以下、腫瘍内低信号率)とし、Spearman順位相関係数にてWHO gradeとの相関を見たところ、統計的に有意ではなかったが相関傾向を認め(0.409、p=0.073)、また、特にWHO grade IVの腫瘍では低信号域の割合が高い傾向があった。

2):磁化率強調画像の定量的腫瘍内低信号率とMIB-1 LIとの相関

1)と同様の症例を対象とし、診療録からMIB-1 LIを参照・記録し、腫瘍内低信号率との相関を見たところ、Spearman順位相関係数 0.624 (p=0.003) と正の相関関係を認めた。

以上、本論文は磁化率強調画像における、定量的な腫瘍内低信号率が、星細胞系脳腫瘍のWHO gradeとの間に有意ではないもの相関傾向、またMIB-1 LIとは有意な相関を持つことを示し、非侵襲的診断手法である磁化率強調画像が、星細胞系脳腫瘍の悪性度や予後の予測への応用可能性を示した。本研究のように磁化率強調画像において腫瘍体積と比べた腫瘍内の低信号域の比率を定量的に評価した研究は例がなく、また、磁化率強調画像とMIB-1 LIとの関連性を示した先例もない。磁化率強調画像の臨床での有益性に関し新たな知見を付与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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