学位論文要旨



No 128177
著者(漢字) 古田,寿宏
著者(英字)
著者(カナ) フルタ,トシヒロ
標題(和) クッパー細胞の鉄排出機能を画像化する新しいMRI診断法の開発 : 塩化ガドリニウム投与ラットおよびX線照射ラットにおけるSPIO造影MRIでの肝信号回復遅延
標題(洋)
報告番号 128177
報告番号 甲28177
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3836号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 准教授 長谷川,潔
内容要旨 要旨を表示する

<序文>

肝癌に対する治療法は、手術、ラジオ波焼灼療法、肝動脈化学塞栓療法、放射線治療、など様々あるが、いずれの治療法にも肝機能を温存しながら癌を制御することが求められる。肝癌症例の多くが肝硬変を伴い、肝予備能が低いためである。肝癌治療では癌組織の存在範囲よりも広く治療域を設定し、再発のリスクを抑える。その結果生ずる非癌部肝実質の損傷範囲を治療マージンと呼び、治療マージンを極小とすることが理想である。

MRIをはじめとする画像検査は、肝癌の存在範囲を正確に診断する技術としての有用性が確立している。一方で、治療マージンを診断する技術は未確立であるが、先行研究により、ラジオ波焼灼療法では酸化鉄を含んだ造影剤の洗い出し速度に着目した肝癌の治療マージン描出の可能性が示された。その知見を応用し、肝癌に対して局所再発のない十分な放射線治療マージンが得られているかインビボ・イメージングを用いて正確に判定するため、クッパー細胞の鉄排出機能に着目した新しいMRI診断法を開発することを目指し、本研究を行った。実験には塩化ガドリニウム(GdCl3)投与あるいは肝へのX線照射によりクッパー細胞に障害を与えた動物モデルを用い、SPIO(superparamagnetic iron oxide、本研究ではフェルカルボトランを用いた)の肝からの洗い出しが遅延するかどうか、すなわちSPIO造影MRIにおいて一旦低下した肝信号の回復が遅延するかどうかを確かめ、その原因を調べるため組織学的検討を加えた。

<塩化ガドリニウム投与ラット肝での実験的検討A>

【方法】

15匹のラットに0(Control群)、0.9-7.5(計4群)mg/kg体重のGdCl3を静注した。GdCl3の投与1日後に、8 μmol iron/kg体重のSPIOを静注し、SPIOの投与前後に肝MRIを行った。1、2、3、4週後にSPIOの追加投与なしにMRIを行った。SPIOを投与せずGdCl3のみ単回投与する群(6匹)を別に設定し、同様にMRIを4週後まで行った。これら21匹のラットから、4週後のMRIを施行した後に肝を摘出した。

上記と同様、0-7.5 mg/kg体重のGdCl3を静注し、1日後に8 μmol iron/kg体重のSPIOを静注した15匹のラットを、SPIOの投与3時間後に肝を摘出した。さらに、7.5 mg/kg体重のGdCl3を静注した3匹のラットを、1日後にSPIOを投与せず肝を摘出した。

MRIには3.0 Tesla装置を用い、麻酔下にラットを腹臥位で固定し、肝のT2*強調軸位断像を撮影した。画像解析では肝と傍脊柱筋に関心領域を設け、肝の相対信号値(肝/筋肉信号比)を求めた。摘出した肝から切片を作製し、HE染色、プルシアンブルー染色、抗CD68抗体による免疫染色を行い、顕微鏡像を検討した。各群の各時相における肝相対信号値の差と、組織内の鉄沈着数およびCD68陽性細胞数の各群の差を、それぞれTukey法を用いて検定した。

【結果】

GdCl3を投与されたラットでは、SPIOにより一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延し、SPIO投与1週後から4週後の肝の相対信号値にはGdCl3の用量依存性を認めた。組織学的検索において、SPIO投与4週後に摘出した肝では、GdCl3の投与量が多いほど、すなわち肝の相対信号値が低いほど、類洞細胞内や肝細胞内の鉄沈着数が増加した。

<塩化ガドリニウム投与ラット肝での実験的検討B>

【方法】

15匹のラットに8 μmol iron/kg体重のSPIOを静注し、投与5時間後に肝MRIを行った。SPIOの投与6時間後に0(Control群)、0.9-7.5(計4群)mg/kg体重のGdCl3を静注した。1日後、1週後、2週後、3週後、4週後にSPIOの追加投与なしにMRIを行った。4週後のMRIを施行した後に肝を摘出した。MRI、画像解析、組織学的検索および統計解析を実験的検討Aと同様の方法で行い、さらに、実験的検討AおよびBにおいてSPIO投与4週後にMRIを行い、かつ組織学的検索を行った36匹のラットについて、肝の相対信号値と、類洞細胞内の鉄沈着数、肝細胞内の鉄沈着数、CD68陽性細胞数のそれぞれとの相関を解析した。

【結果】

SPIOの投与後にGdCl3を投与した場合でも、SPIOにより一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延した。この所見は、GdCl3の投与量が最も多い群でのみ認めた。実験的検討AとBを合わせたデータで行った相関分析の結果、肝の相対信号値と類洞細胞内の鉄沈着数、肝の相対信号値と肝細胞内の鉄沈着数との間に相関を認めた。

<放射線照射ラット肝での実験的検討>

【方法】

単回照射実験:8匹のラットに20 μmol iron/kg体重のSPIOを静注し、投与10分後に肝MRIを行った。投与4時間後、4匹ずつ2群に分け、後述の方法にて照射を行った。2、4、7日後にSPIOの追加投与なしにMRIを行った。7日後のMRIの終了後に肝を摘出した。

分割照射実験:2匹のラットに20 μmol iron/kg体重のSPIOを静注し、投与10分後に肝MRIを行った。投与4時間後から、1回に4.5 Gyずつ、計10回、後述の方法にて照射を行った。2、4、7、9、11、14日後にSPIOの追加投与なしにMRIを行った。

放射線照射には160 kVpのX線照射装置を用いた。麻酔下にラットを背臥位で固定し、50 Gy(n=4)または70 Gy(n=4)の単回照射、45 Gy/10回の分割照射(n=2)を行った。各ラットとも、右上腹部以外を鉛のシールドで覆った。

MRIには9.4 Tesla装置を用い、麻酔下にラットを腹臥位で固定し、肝のT2*強調軸位断像を撮影した。画像解析では肝と傍脊柱筋に関心領域を設け、照射域と非照射域についてそれぞれ肝の相対信号値(肝/筋肉信号比)を求めた。摘出した肝から切片を作製し、HE染色、プルシアンブルー染色、抗CD68抗体による免疫染色を行い、顕微鏡像を検討した。照射域と非照射域の各時相における肝相対信号値の差と、組織内の鉄沈着数およびCD68陽性細胞数の照射域と非照射域における差を、それぞれTukey法を用いて検定した。

【結果】

SPIOの投与後に肝へのX線照射を行うと、照射域において、SPIOにより一旦低下した肝信号の回復が非照射域と比べて遅延した。MRIの軸位断画像上、X線が通過したと想定される領域のうち、肝信号の回復が遅延する領域は、肝の辺縁部に目立った。50 Gyと70 Gyの照射による回復傾向の違いは認めなかった。分割照射実験では、1 例において照射域の信号回復がわずかに遅延した。類洞細胞内の鉄沈着数は、非照射域よりも照射域で多い傾向を示した。GdCl3投与モデルとは異なり、肝細胞内には鉄沈着を認めなかった。

<考察>

GdCl3、あるいは放射線照射によるクッパー細胞の貪食機能低下をSPIO造影MRIで評価した研究はこれまでに多数あるが、本研究はクッパー細胞の貪食機能ではなく、鉄排出機能に着目した点に新規性がある。

GdCl3投与モデルの実験結果により、T2*強調MRI上、先に投与したGdCl3の量に依存して、SPIO投与後に一旦低下した肝信号の回復が遅延することが示された。また、SPIOの投与後にGdCl3を投与した場合でも、SPIOにより一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延した。GdCl3が単独でT2*強調MRI信号に影響を与えることも示唆され、GdCl3により誘導された鉄沈着の磁化率効果やガドリニウム自体の磁化率効果がその原因と考えられるが、相対信号値として0.2程度と影響は少なく、SPIO投与後に一旦低下した肝信号回復が遅延する現象を完全には説明できない。したがって、肝信号回復の遅延の原因は、SPIO由来の鉄が肝から洗い出されるメカニズムの障害と考えられる。組織学的検索において鉄沈着が類洞細胞内および肝細胞内に認められ、鉄沈着を伴う類洞細胞はその形態からクッパー細胞と考えられた。クッパー細胞内の鉄沈着のサイズは大きく、相関分析の結果、肝の相対信号値におよぼす鉄沈着1個あたりの影響も大きかった。よって、SPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延が肝信号回復遅延の最も大きな原因であると推定できる。

X線照射モデルの実験結果により、SPIOの投与後に照射を行うと、照射域ではSPIOにより一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延することが示された。単回照射実験においてSPIO投与7日後の肝組織では、鉄沈着はクッパー細胞内にのみ見られ、肝細胞内には見られなかった。照射域と非照射域における信号回復の傾向やSPIO投与7日後の鉄沈着数の差から、照射域における信号回復遅延の原因は、SPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延であると推定できる。

X線照射モデルの実験結果は、生体内での線量分布の検証が必要なことや、MRI装置の静磁場強度の違いなどの問題があり、直ちに臨床に応用できるわけではない。しかしこの手法を発展させれば、SPIOの単回投与によりクッパー細胞をラベル後、肝癌周囲の非癌部肝実質における鉄の洗い出し速度をMRIによりモニターすることで、肝癌に対して十分な照射範囲が得られたかを治療開始後の早期に判定でき、肝癌の放射線照射治療計画の最適化に貢献できる可能性がある。

<結論>

GdCl3投与あるいは肝へのX線照射により、SPIO造影MRIにおいて一旦低下した肝信号の回復が遅延することが示された。その原因は、SPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延であると推定できた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はMRI用造影剤である超常磁性酸化鉄製剤(SPIO)を用い、その肝からの洗い出し過程、すなわちMRIにおいてSPIO投与によって一旦低下した肝信号の回復過程に着目し、クッパー細胞の障害によって肝信号の回復が遅延するかどうかを調べるため、ラットに塩化ガドリニウムを投与、あるいはラット肝にX線を照射するモデルを用い、MRIの画像解析と組織学的検索を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.<塩化ガドリニウム投与モデル1>あらかじめ塩化ガドリニウムを投与したラットでは、MRI上、SPIO投与により一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延し、SPIO投与1週後から4週後の肝の相対信号値(肝/筋肉信号強度比)は、正常と比べ、塩化ガドリニウムの用量依存性に低値を示した。組織学的検索において、SPIO投与4週後に摘出した肝ではクッパー細胞内や肝細胞内に鉄沈着が見られ、塩化ガドリニウムの用量依存性に鉄沈着数が増加した。

2.<塩化ガドリニウム投与モデル2>SPIOの投与後に塩化ガドリニウムを投与したラットでも、MRI上、SPIO投与により一旦低下した肝信号の回復が正常と比べて遅延した。

3.塩化ガドリニウム投与モデル1および2において、肝の相対信号値とクッパー細胞内の鉄沈着数、肝の相対信号値と肝細胞内の鉄沈着数との間にそれぞれ相関を認めた。肝の相対信号値におよぼす鉄沈着一個あたりの影響はクッパー細胞内のものの方が大きく、クッパー細胞内の鉄沈着が、肝の相対信号値を大きく変化させる原因であると推定された。塩化ガドリニウム自体が肝信号におよぼす影響は小さく、したがって、肝信号回復遅延の原因は、SPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延であると推定された。

4.<放射線照射モデル>SPIOの投与後に肝へのX線照射を行うと、照射域において、MRI上、SPIO投与により一旦低下した肝信号の回復が非照射域と比べて遅延した。組織学的検索において、SPIO投与7日後に摘出した肝ではクッパー細胞内のみに鉄沈着が見られ、その数は非照射域よりも照射域で多い傾向を示し、照射域における肝信号回復遅延の原因は、SPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延であると推定された。この方法を発展させれば、SPIOの単回投与によりクッパー細胞をラベル後、肝癌周囲の非癌部肝実質における鉄の洗い出し速度をMRIによりモニターすることで、肝癌に対して十分な照射範囲が得られたかを放射線治療開始後の早期に判定できる可能性があると考えられた。

SPIO投与後のMRIにおける肝信号の回復過程に着目した研究は少ない。本研究により、塩化ガドリニウム投与あるいは肝へのX線照射が行われるとSPIO投与後の肝信号回復が遅延することが明らかとなった。また、肝信号回復遅延の原因はSPIOに由来する鉄の、クッパー細胞からの排出遅延であると推定された。放射線照射モデルでは、照射数日後のMRIによって鉄が残った照射部位と残らない非照射部位を区別できたので、この方法を使って、肝癌と周辺の肝組織に計画通り照射されているか判れば、肝癌の放射線治療計画の最適化に貢献できる可能性があり、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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