学位論文要旨



No 128178
著者(漢字) 村上,直也
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ナオヤ
標題(和) 網膜芽細胞腫に対する106-ルテニウム小線源治療の基礎と臨床
標題(洋)
報告番号 128178
報告番号 甲28178
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3837号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 講師 鈴木,崇彦
 東京大学 講師 井垣,浩
 東京大学 講師 蕪城,俊克
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景】 網膜芽細胞腫は網膜の神経上皮から発生する悪性腫瘍で、小児悪性腫瘍の約3%を占め小児の眼内悪性腫瘍の中で一番多い疾患である。無治療でいると眼球外に進展し命にかかわる疾患であるが、近年の治療の進歩により生存率や眼球温存率は改善され10年生存率は90%以上、眼球温存率は約50%となった。進行期であれば今日でも標準治療は眼球摘出術だが、眼球温存の対象であれば積極的に温存治療を行うのが今日の基本的治療方針であり、早期病変に眼球摘出術がおこなわれることは少なくなっている。眼球温存治療の代表的な治療としてかつて用いられたのが外部放射線治療だが、顔面骨の発達異常や2次癌のリスクが高いため用いられる頻度は減少してきており、代わって抗がん剤治療が進行期網膜芽細胞腫の眼球温存治療の中心に位置付けられている。網膜芽細胞腫は抗がん剤の感受性が高いため非常に有効な治療ではあるが、抗がん剤単独で進行期の病変を根絶することは困難であり、縮小した腫瘍に対し何らかの局所治療を加える必要がある。網膜芽細胞腫に対する局所治療として非常に有効な治療のひとつに小線源治療があり、線量の集中性から正常組織のダメージを極力抑えつつ高い線量を腫瘍に投与できることがその特長である。残念ながら本邦では国立がん研究センター中央病院でしかこの治療ができないのが現状である。

【研究目的】今回当院で網膜芽細胞腫に対し小線源治療を行った治療成績を後方視的に解析した。これまで眼球小線源治療に関し生物学的効果線量(biological effective dose: BED)と局所制御・合併症と腫瘍・正常組織の関連を明らかにした報告はなかった。従って本研究ではBEDと局所制御・合併症の関係について検討することにした。これまで線量計算は3次元の線量分布を参照せずに腫瘍の最も厚い部位に対し十分な線量を投与できる線量を算出する形で行われてきた。しかしこの方法では腫瘍全体を想定した処方線量でカバーできる保証はない。本研究の局所制御率は他の報告に比べ低かったがそれは他の報告より進行例を対象としたことがその理由として第一に考えられた。それ以外の原因として、想定した処方線量で腫瘍全体をカバーできなかったため制御できなかったケースがある可能性が考えられた。従ってコンピューターシミュレーションを用い、局所制御ができなかった症例のうち3次元的に腫瘍全体が処方線量で十分カバーできなかったケースの有無について検討することにした。また、視神経を避ける陥凹を有すため複雑な形状をしているCOCの陥凹部の線量分布は添付文書に書かれている分布と実臨床で使用した印象に乖離があった。そこでCOCの陥凹部に関しX線フィルムによる実測とコンピューターシミュレーションの比較を行い陥凹部の深部線量分布の取得を行うとともにコンピューターシミュレーションの有用性を検討することにした。

【研究対象】1998年12月から2008年11月の間に国立がん研究センター中央病院で網膜芽細胞腫に対し小線源治療を行った85人、90眼球を対象とした。この期間に133回の小線源治療が行われたが局所制御の解析には2回目以降の治療を除いた101回を対象とした。基礎研究では形状の単純なCCBを用い、より現実に近い分布を再現可能だが膨大な時間のかかるMonte Carlo法(GEANT4)と精度は劣るが簡便なため計算速度の速いAAPM TG-43(Plaque Simulator(TM))に基づいたコンピューターシミュレーションと実測の比較を行い、それぞれのシミュレーションの実用性について検証した。COCの陥凹部の線量分布に関してはX線フィルムを用いて陥凹部の深部線量分布を取得し、Plaque Simulator(TM)による線量分布との比較を行った。

【結果】経過観察期間は中央値で72.8ヶ月(12.2-130ヶ月)だった。小線源治療時に網膜下播種、硝子体播種を有したのはそれぞれ27.7%、41.6%であり62.3%が国際分類Group C以上だった。2年局所制御率は33.7%で31腫瘍は小線源治療で制御された。経過観察期間中腫瘍の進展あるいは治療の合併症により失明に至ったのは90眼球中46眼球であった。経過中2名が脳転移を起こして死亡したため、3年全生存率は97.3%であった。局所制御に関し多変量解析を行ったところ、初診時あるいは小線源治療時に国際分類Group C以上、線量評価深のBED10 40Gy10未満は予後不良因子であった。小線源治療時に網膜下播種あるいは硝子体播種がある場合の2年局所制御率はそれぞれ19.2%、18.9%であった。6眼球(6.7%)で網膜増殖症、2眼球(2.2%)で虹彩ルベオーシス、12眼球(13.3%)で網膜剥離、34眼球(37.8%)で眼球内出血が起こり、23眼球(25.6%)で後嚢下白内障を生じそのうち6眼球で水晶体手術を要した。腫瘍の増悪が無く小線源治療を含めた眼球温存治療の合併症が原因で眼球摘出を余儀なくされたのは2眼球であった。後嚢下白内障と相関のあった因子は外照射の既往の有無のみであり、後嚢下白内障発生率は3年で外照射歴のある眼球は28.1%だったのに対し外照射歴の無い眼球は2.9%と外照射歴の無いケースでは白内障の発生率が有意に低かった(p = 0.033)。網膜増殖症・網膜剥離・虹彩ルベオーシスの発生と強膜外側面のBED3に相関が認められた。強膜外側面のBED3 1200 Gy3以上の眼球はBED3 1200 Gy3未満の眼球に比べ有意に増殖網膜症・網膜剥離・虹彩ルベオーシスの発生率が高かった(p = 0.017)。小線源治療後重複癌を生じた患者は2名で、2名とも外照射の既往があり1名は外照射の照射野内である鼻腔に横紋筋肉腫、1名は照射野外である下顎にユーイング肉腫を発症した。いずれも小線源治療に関連するような重複癌とは考えにくいものであった。コンピューターシミュレーションと実測の比較では、GEANT4と実測値は非常に合うことが示された。一方Plaque Simulator(TM)は4 mm以上の深い領域では過大評価する傾向があったものの4 mm以下の浅い領域では実測とよく合うことが示され、浅い領域ではPlaque Simulator(TM)が実臨床に使用可能であることが示唆された。Plaque Simulator(TM)を用いた局所再発例の線量分布の再現では残念ながら検出できたのはいずれも線量評価深の線量自体が不足していたケースのみで、腫瘍頂部以外の部位で線量カバーが悪かった症例を検出することはできなかった。COCの陥凹部の線量分布の実測では線源から離れるにつれ陥凹部では浅い領域よりも深い領域で高い線量がかかっている様子が捕らえられ、実臨床で経験する事象と合致する結果が得られた。Plaque Simulator(TM)によるCOCの陥凹部の線量分布の再現では、Plaque Simulator(TM)は複雑なβ線の回り込みを表現しきれていないことが示された。

【結論】本研究は進行期を対象としたため他の報告に比べ局所制御率が低かったが、進行例に対し眼球温存治療を試みても適切なタイミングで眼球摘出を行えば生存率は落ちないこと、数字は低いが進行例であっても小線源治療を含む眼球温存により腫瘍制御が期待できることが示された。また治療の合併症による眼球摘出は少なく、小線源治療を含む眼球温存治療は安全で有効な治療法であることが示された。BEDと生物学的効果の検討では線量評価深のBED10と局所制御、強膜外側面のBED3と晩期障害の間に相関があることが分かった。本研究は眼球小線源治療の分野でBEDと生物学的効果の関連を示した初めての報告である。基礎研究ではPlaque Simulator(TM)は少なくとも単純な形状の線源では浅い領域に関して実臨床に応用可能であることが示唆された。Plaque Simulator(TM)を用いた局所再発例の線量分布の検討では残念ながら線量評価深の線量自体が不足している症例しか検出できなかった。COCの陥凹部の実測では電子の回り込みの様子がよく捕らえられ、実臨床の経験と合致する結果が得られた。一方でPlaque Simulator(TM)はCOCの陥凹部の分布を十分に再現できているとは言い難いため、実臨床で使用する場合はその特性を理解した上で用いることが必要であると考えられた。小線源治療は線量勾配が急峻であり処方線量で腫瘍を適切にカバーできていないことは局所再発に繋がるため、事前に3次元的な分布を確認してから本番に臨むことは重要と考えられる。従って今後はPlaque Simulator(TM)の特性を理解した上で臨床に導入し、治療精度の向上を図りたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は本邦で国立がん研究センター中央病院でしか行われていない網膜芽細胞腫に対する眼球小線源治療の臨床成績をまとめ、生物学的効果線量と局所制御・合併症との相関について検討した。基礎的研究として局所再発した症例のうち腫瘍全体が処方線量でカバーできなかったために再発した症例の有無を、コンピューターシミュレーションを用い検討した。これに先立ち異なる2種類のシミュレーション(Monte Carlo(GEANT4)とAAPM TG-43(Plaque Simulator(TM)))と実測値を比較し、それぞれの有用性につき考察した。また、視神経を避けるため深い陥凹を有すCOCの陥凹部の線量分布は、添付文書と実臨床での経験で乖離が見られたため、その原因を明らかにするため陥凹部の深部線量分布をX線フィルムで実測した。さらにその結果とコンピューターシミュレーションを比較し、コンピューターシミュレーションの実用性につき考察を加えたものであり、下記の結果を得ている。

1. 眼球小線源治療時に網膜下播種、硝子体播種を有したのはそれぞれ27.7%、41.6%であり62.3%が国際分類Group C以上だった。小線源治療による2年局所制御率は33.7%で101腫瘍のうち31腫瘍が小線源治療で制御された。腫瘍の増悪あるいは合併症が原因で失明に至ったのは90眼球中46眼球であった。経過中2名が脳転移を起こして死亡したため、3年全生存率は97.3%だった。

2. 本研究は対象のほとんどが進行期であったため他の報告に比べ局所制御率が低かったが、進行例に対し眼球温存治療を行っても適切なタイミングで眼球摘出を行えば生存率は落ちないこと、数字は低いが進行期であっても小線源治療を含む眼球温存治療により腫瘍制御が期待できることが示された。また、治療の合併症による眼球摘出は少なく、小線源治療を含む眼球温存治療は安全で有効な治療法であることも示された。

3. 局所制御と負に相関した因子は初診時あるいは小線源治療時に国際分類Group C以上、線量評価深のBED10 40 Gy10未満であることが示された。強膜外側面のBED3 1200 Gy3以上の眼球は1200 Gy3未満の眼球に比べ網膜増殖症・網膜剥離・虹彩ルベオーシスの発生が有意に低いことが示された。

4. 単純な形状のCCBを用いた実測と異なる2種類のコンピューターシミュレーションの比較では、より現実に近い分布を再現可能なMonte Carlo法に基づくGEANT4は実測によく合った。一方計算精度は落ちるが計算速度が速く実用性の高いPlaque Simulator(TM)は4 mmを超える深い領域では過大評価する傾向があったものの4 mm以下の浅い領域では実測値とよく合った。従って、少なくとも単純な形状の線源を用いる場合、浅い領域に関してPlaque Simulator(TM)は実臨床で応用可能であることが示唆された。

5. Plaque Simulator(TM)を用いた局所再発例の線量分布の検討では残念ながら線量評価深の線量自体が不足していた症例しか検出できなかった。

6. COCの陥凹部の実測ではX線フィルムにより電子の回り込みの様子がよく捕らえられ、実臨床の経験と合致する結果を得られた。一方でPlaque Simulator(TM)はCOCの陥凹部の分布を十分に再現できるとは言い難いため、実臨床で使用する場合はその特性を理解した上で用いることが必要であると考えられた。

以上、本論文では眼球小線源治療の分野で生物学的効果線量と局所制御・合併症の相関について初めて明らかにした。また、現状実臨床で使用可能なコンピューターシミュレーションの特性につき考察し、今後コンピューターシミュレーションを用いた眼球小線源治療の治療精度の向上に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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