学位論文要旨



No 128179
著者(漢字) 野田,賀大
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,ヨシヒロ
標題(和) 大うつ病性障害の左背外側前頭前野への反復性高頻度経頭蓋磁気刺激法による定量脳波増強効果についての研究
標題(洋)
報告番号 128179
報告番号 甲28179
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3838号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 講師 湯本,真人
 東京大学 講師 緒方,直史
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

経頭蓋磁気刺激法(Transcranial Magnetic Stimulation; TMS)とは、様々な条件で非侵襲的に脳を直接刺激できる方法であり、現在までに基礎から臨床に亘り、数多くのTMS研究がなされてきている。特に精神科領域では薬物治療抵抗性うつ病に対する治療法の1つとして反復性経頭蓋磁気刺激法(repetitive TMS; rTMS)が注目されてきている。うつ病に対するrTMS治療の病態改善メカニズムの背景には神経可塑的変化が想定されており、rTMSで刺激関連部位の神経可塑性をニューロモデュレートすることにより、うつ病の病的な神経ネットワークを正常化させることが重要であると考えられている。うつ病に対するrTMSによる治療効果に関しては、先行研究により既に有効であることが証明されてきているが、具体的な病態改善のメカニズムに関しては殆ど研究されておらず、明らかにされていない。

一方、健常者に対するrTMS研究は多数あり、特に運動野(M1)を刺激部位としたシングルrTMSセッション介入直後における、筋電図(electromyography; EMG)上の運動誘発電位(motor evoked potential; MEP)を指標としてrTMS介入による運動機能の変化とMEP上の変化について解析しているものが多い。またPascual-LeoneらはシングルrTMSセッション介入後、数分から1時間程度持続するMEP/EEG上の電位変化をafter effectと呼んでいるが、マルチプルrTMSセッション介入後のEEG変化に関してはまだ詳細には調べられておらず不明なままである。

先行研究では、うつ病患者の左背外側前頭前野(DLPFC)に対する高頻度rTMSのマルチプルセッション介入により、定量脳波(quantitative electroencephalography; qEEG)上にどのような変化が引き起こされ、さらにqEEG変化と臨床効果との間にどのような関係性があるのか詳細に調べられていないという問題点がある為、本研究ではそれらの問題点を解決することを期待して実施された。

【研究目的】

大うつ病性障害に対する治療効果が臨床的に示されているrTMSプロトコルが、電気生理学的にどのような脳内メカニズムの変化を引き起こしているのか、またその変化のどの成分が、rTMS治療による臨床効果と関係しているのかを明らかにすることを本研究の目的とした。

【方法】

<被験者>

薬物治療抵抗性うつ病の患者25名に対して、20 Hz-rTMSによるマルチプルセッション介入を2週間に亘り1日1回計10回施行した。大うつ病性障害の診断はICD-10及びSCIDに準拠して行った。本研究被験者では、男女比(17対8)、平均年齢(44.6±10.7歳)であった。本研究は神奈川県立精神医療センター倫理審査委員会で承認を受けた研究計画に基づき実施され、研究参加者全員から書面による説明と同意を得た。rTMS施行に際し、神経変性疾患やてんかん等の既往歴や除外基準を満たす者はいなかった。

<研究デザイン>

全9-10回のマルチプルrTMSセッション介入の前後で安静覚醒閉眼時のEEG計測及びハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)による臨床評価とウィスコンシンカードソーティングテスト(WCST)による認知機能評価を行うオープンラベルスタディとした。

<rTMSプロトコル>

rTMSは被験者の左DLPFCに対して20 Hzの高頻度刺激を行い、1train/2 sec (40 pulses)、刺激間隔28 secとし25 trains繰り返し、計1000パルス/日の刺激とした。本研究刺激プロトコルは日本臨床神経生理学会推奨のrTMS安全性ガイドラインに基づいて設定した。rTMSの刺激強度は被験者毎に安静時運動閾値(RMT)を測定し、RMTを指標に決定した。本研究のrTMS平均刺激強度は、97.8±5.9%RMTであった。刺激部位である左DLPFCの同定は、各被験者の頭部MRI画像を3次元再構成した画像情報を元に超音波ナビゲーションシステムを用いて行った。刺激コイルは空冷式の直径70 mmの8の字コイルを使用した。

<EEG計測と解析方法>

EEG計測は国際10-20法に従い、EEG記録のサンプリング周波数は400 Hzでバンドパスフィルターは0.3~70 Hzに設定した。rTMS連続セッション後のEEG計測は平均3.5時間後に施行した。EEG計測データの比較に際し、rTMS介入前のEEGベースラインを基準とした。EEG解析に関しては、目視上確認できる眼球運動や筋電図等の明らかなアーチファクトを除去した安静覚醒閉眼状態の300 sec間を解析対象とした。解析方法は各被験者のrTMS介入前後のEEGに対して、高速フーリエ変換(FFT)によるパワースペクトラム解析を用いた。本研究では0.5-3 Hzをδ帯域、4-7 Hzをθ帯域、8-13 Hzをα帯域、14-30 Hzをベータ帯域と定義し、rTMS介入前後の各周波数帯域のパワー値を計算した。

<統計計画>

統計解析については、各被験者のマルチプルrTMSセッション介入前後のパワー変化率を周波数帯域毎に計算し、分散解析(ANOVA)を行った。3元配置ANOVAで有意な主効果、交互作用が認められた場合、さらに2元配置ANOVAによる解析に進み、ANOVAで最終的に得られた所見に対してpaired T-testによるPost-hoc testを行った。他方、相関解析に関してはrTMS介入前後のF3, Fz, F4部位のEEGパワー変化率と各種心理検査所見の変化率との間での臨床相関の有無や程度を調べた。

【結果】

<臨床所見>

大うつ病性障害25名のHAM-Dスコアは、14.2 ± 6.5点から 6.4 ± 4.5点へと改善傾向を認めた。認知機能に関しては、WCSTのカテゴリー達成数の変化が1.8 ± 2.6ポイント、保続回数の変化が-4.5 ± 6.6ポイント、エラー数の変化が-9.4 ± 12.1ポイントであり、各平均ポイントは改善傾向を示した。

<ANOVA所見>

Fz, Cz, Pzの3電極を対象に、time, site, frequency bandを被験者内要因とした3元配置の反復測定ANOVAを行った。結果、timeの主効果と、time×siteの交互作用が認められた。time×siteの交互作用に関して、さらにtime, frequency bandを被験者内要因とした2元配置ANOVAを行った結果、Fz部位においてtimeの単純主効果を認め、その他の有意な単純主効果や交互作用は見られなかった。Fz部位での各周波数帯域に対するPost hoc t-testを行った結果、マルチプルrTMSセッション前後でθ帯域の有意な増高を認め、δ帯域とα帯域では増加傾向を認めた。β帯域では有意な変化は認めなかった。次に前頭前野領域の全7電極に着目し、time, site, frequency bandを被験者内要因とした3元配置の反復測定ANOVAを行った。結果、timeの主効果とtime×frequency bandの交互作用は認められたが、time×siteの交互作用は見られなかった。time×frequency bandの交互作用に関して、さらにtime, siteを被験者内要因とした2元配置ANOVAを行った結果、θ帯域(+43%) でtimeの単純主効果を認め、δ帯域(+26%)とα帯域(+31%)では増加傾向、β帯域では有意な変化は見られなかった。

<臨床相関>

rTMS刺激部位近傍のF3とその対側であるF4、及びそれらの中継部位となるFzに焦点を当て、F3, Fz, F4を対象として、それらの部位におけるθパワーの変化率とHAMD及びWCSTの検査結果の変化率との間の臨床相関を調べた。その結果、F3部位のθパワーの増高とWCSTの保続の改善との間に有意な相関を認め、F4部位のθパワー増加とWCST保続の改善との間に有意な相関を認めた。

【考察】

本研究デザインではマルチプルrTMSセッション後のEEG計測を刺激終了後、平均3.5時間後に施行している為、先行研究でのシングルrTMSセッション後のafter effectsよりも、より長期的な経過時点におけるqEEG変化を捉えている。その為、本研究から得られた前頭前野定量脳波のθパワーの増高は、先行研究のafter effectsよりも持続時間が長い変化であると考えられた。その理由としては、本研究ではマルチプルrTMSセッション介入である為、先行研究のシングルrTMSセッションと比較し、刺激総パルス数が5~100倍と多く、その刺激総パルス数の差異がqEEG上の変化に蓄積効果として表れたのではないかと考えられた。

さらに本研究では前頭前野のθパワー増高とWCSTの認知機能改善との間で部分的に有意な相関を認め、機能相関が示されたことより、前頭前野のθパワー増加は非特異的な電位変化ではなく、神経可塑的変化を反映した長期増強(Long-term potentiation; LTP)様変化を示している可能性が考えられた。

またrTMS介入後の前頭前野のθパワー増強の生理学的意義としては、その出現部位や認知機能との関連から先行研究で報告されているfrontal midline theta(Fm-θ)との関連性が示唆されたが、rTMS治療によりFm-θ活動がニューロモデュレートされ、結果的に認知機能の改善がもたらされたのではないかと考えられた。(3,993文字)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大うつ病性障害患者の背外側前頭前野(DLPFC)に対する高頻度反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)が、定量脳波(qEEG)に与える影響を調べたものであり、さらにrTMS治療による臨床効果発現と定量脳波の変化との間に関連性があるかどうかについて検討を試みた。本研究により下記の結果を得ている。

1.マルチプルrTMSセッション治療後(20Hz, 25×2 s; trains, 28 s ITI, 左DLPFC, 97.8±5.9%RMT, 1000 pulses×10 sessions)に、解析対象の前頭前野領域でqEEG上のシータパワーの有意な増加が認められ、デルタパワーとアルファパワーの増加傾向が見られた。さらにこれらのqEEGパワーの増加は、先行研究におけるシングルrTMSセッションで示されている、数分~1時間程度しか持続しない後効果(after effect)よりも長時間に亘って変化していることが新たに分かった。

2.rTMS刺激の標的部位である左DLPFC近傍のF3のシータパワー増加率とウィスコンシンカードソーティングテスト(WCST)保続数の改善率との間に有意な臨床相関を認め、さらにrTMS刺激の対側部位近傍にあるF4のシータパワー増加率とWCSTエラー数の改善率との間に有意な臨床相関を認めた。うつ病に対するrTMS治療の病態改善メカニズムの重要な背景に神経可塑的変化が想定されているが、本結果は特定のqEEGパワー変化と認知機能改善との間に有意な機能相関があることを示しており、神経可塑的変化を反映したLTP様変化を示唆する所見であった。

以上、本論文は、うつ病患者のDLPFCに対するマルチプルrTMSセッション介入後のqEEG変化における各周波数の変化パターンやその持続期間及びrTMS前後の臨床症状変化との関連性について調べ、rTMS治療後、シータパワーが有意に増高し、その変化が長期間持続することを示した。さらにそのシータパワー増加は、WCSTによる認知機能改善とも相関することを示した。本研究は、先行研究では詳細には調べられていなかった、うつ病患者に対するrTMS治療による電気生理学的な病態改善メカニズムの一端を明らかにしたという点において新規性があり、今後のrTMS-EEG臨床研究の進展に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク