No | 128182 | |
著者(漢字) | 石井,雄一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシイ,ユウイチロウ | |
標題(和) | シナプス膜におけるグルタミン酸受容体動態の新規蛍光イメージング解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128182 | |
報告番号 | 甲28182 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3841号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | グルタミン酸によるシナプス伝達の長期増強 (LTP) は記憶・学習の形成に必要な素過程と考えられている。グルタミン酸受容体の一つである AMPA 型グルタミン酸受容体(AMPARs)はこの過程に重要な役割を果たしており、シナプスにおける AMPA 受容体の数の調節はシナプス伝達効率制御の重要なメカニズムの一つと考えられている。シナプスへの AMPA 受容体の輸送はエキソサイトーシス、細胞膜上での側方拡散、細胞内小胞での輸送など様々な経路が関与することが報告されている (Fig 1)。これらの複数の輸送経路を可視化するためにpH 感受性 GFP (pHluorin) や Q-dot 標識抗体による 1 分子イメージング、低分子有機蛍光色素による部位特異的標識法など、多くの手法が用いられてきたが、未だにどの輸送経路が主にシナプスでの AMPA 受容体の分子数を制御するのかよくわかっていない。特に細胞膜上に存在している AMPA 受容体の側方拡散とエキソサイトーシスによって新たに膜挿入された AMPA 受容体を区別することが困難であった。 そこで私は AMPA 受容体の複数の輸送経路を可視化するために新たなイメージング手法を確立した。私たちは酵素タグの一つである SNAP タグと基質(ベンジルグアニン誘導体の蛍光色素)の共有結合を利用した部位特異的標識方法に注目し、AMPA 受容体サブユニットの細胞外 N 末端領域にSNAP タグを挿入した変異体を作成した。また小松らによって合成された(Komatsu et al., JACS, 2011)、細胞膜非透過性で蛍光活性化機構を有するSNAP 基質を用いた新規イメージング手法を樹立した。この基質は SNAP タグと結合することにより蛍光を発する機構を備えており、リアルタイムで標識される過程が観察可能である (Fig 2)。これを用いてパルスチェイス標識を行うことで細胞膜上の既存の SNAP-AMPARs を標識した後に、2 回目の標識を行うことで新規に膜挿入された SNAP-AMPARs を区別して可視化することが可能と考えた(Fig 3)。 本研究では細胞膜非透過性の基質により標識された SNAP-GluA1 の大部分が細胞膜上に局在することを示した。また初代培養海馬神経細胞において SNAP-GluA1 が内在性 GluA1と同様に樹状突起膜およびスパイン膜に局在し、シナプスマーカー PSD95 および VGluT1 との免疫染色によりシナプス局在することを示した。また蛍光標識した細胞膜上の SNAP-GluA1 を経時観察すると、刺激のない状態において SNAP-GluA1 が小規模のクラスターを形成し、樹状突起膜上を側方拡散によりダイナミックに輸送される様子が観察され、特にスパインでも小クラスターがダイナミックに動いていた。さらに細胞外フィールド電極を用いた LTP 様高頻度刺激によって樹状突起スパイン構造の容積増大が起こるとともに、増大したスパインへ側方拡散によって SNAP-GluA1が速やかに輸送されることを示した。その後、スパイン頭部容積が減少するとともに SNAP-GluA1 も減少し、刺激前よりも容積と SNAP-GluA1 が増加した状態で安定化した。 また新規蛍光プローブ DRBG488 を用いて細胞膜上の SNAP-AMPARs を10-30 分で十分標識が可能であることを示した。さらにパルスチェイス標識を行い、刺激のない状態で240 分の間に新たに細胞内から細胞膜上へ挿入された SNAP-GluA2 が樹状突起上でクラスターを形成して存在することを示した。 これまでの多くの AMPA 受容体の可視化手法が開発されてきたが、本研究において私はSNAP タグと細胞膜非透過性基質を用いた膜表面局在標識によって、LTP 様高頻度刺激時のスパイン容積増大と AMPA 受容体数増大の同時実時間イメージングによる解析手法を樹立した。また蛍光活性化機構を有する基質と組み合わせることで、新規膜挿入 AMPA 受容体サブユニットの可視化手法を樹立し、SNAP タグを用いたケミカルバイオロジー的手法が神経科学にも有用であることを示した。今後、これまで解析が困難であった AMPA 受容体の複数のシナプス輸送経路を切り分けて解析することによって、記憶・学習の分子機構を解明するための基礎となることが大いに期待される。 Figure 1. AMPA受容体のシナプス輸送モデル (1)側方拡散、(2)エキソサイトーシス・エンドサイトーシス、(3)細胞内小胞輸送などの経路が考えられている。シナプス可塑性に伴いこれらの経路によってシナプスにおける AMPA 受容体の分子数が変化する。 Figure 2. SNAP-AMPARs と新規蛍光プローブ DRBG488 を用いた膜表面標識 DRBG488 は、蛍光団と消光団の間での FRET により消光するよう設計されているが、SNAP タグと結合することで消光団が解離して蛍光を発する。また細胞膜非透過性の構造的特徴を有するため細胞膜上の SNAP-AMPARs を特異的に標識できる。 Figure 3. パルスチェイス標識を用いたAMPA 受容体の新規の膜挿入の可視化 既存の細胞膜上の SNAP-AMPARs を標識後、新規蛍光プローブ DRBG488 を用いることで、原理的には新規の膜挿入と区別してイメージングすることができる。 | |
審査要旨 | 本研究は、グルタミン酸性シナプス伝達効率の長期増強(LTP)における AMPA 型グルタミン酸受容体のシナプス輸送のメカニズムを明らかにするため、初代培養海馬神経細胞に AMPAR サブユニットを過剰発現させて部位特異的に蛍光標識する系にて、AMPAR のシナプス膜における動態を解析したものであり、下記の結果を得ている。 1. 酵素タグである SNAP タグを AMPA 受容体サブユニットの N 末端細胞外領域に挿入した SNAP-GluA1 および SNAP-GluA2 を作製し、細胞膜非透過性 SNAP 基質によって膜特異的に蛍光標識できることが示された。また初代培養海馬神経細胞に過剰発現させると、内在性 GluA1 よりも細胞膜上のGluA1 総量が 1.9 倍程度増加するが、ポストおよびプレシナプスマーカー PSD-95、VGluT1 との免疫染色によってシナプス局在することが示された。 2・初代培養海馬神経細胞にCa2+ センサーとしてFluo4-AM または GCaMP4.1 を導入し、細胞外フィールド電極を用いて高頻度刺激 (2 sec、50 Hz ) を行うことよって、樹状突起、スパインおよび細胞体における Ca2+ 上昇が誘導され、またこの過程がNMDARを必要とすることが示された。また高頻度刺激は樹状突起スパイン構造の容積増大を引き起こし、一部のスパインでは容積増大が20分以上持続することが示された。 3. 膜特異的に蛍光標識した SNAP-GluA1 について、高頻度刺激依存的な膜上での動態を解析したところ、刺激から1-2分以内にスパイン容積の増大とともに速やかに SNAP-GluA1 が増大し、数分後、容積の減少とともに SNAP-GluA1 も減少することを示した。また一部のスパインでは容積と SNAP-GluA1 の減少が異なるkinetics で起こり、これらのスパインでは刺激前に比べて容積と SNAP-GluA1 が増加することが示された。さらにトリパンブルーを用いた表面消光実験から、増大した SNAP-GluA1 が膜上に局在していることが示された。またこの過程がNMDAR を必要とすることが示された。同様にして膜局在EGFP (gapEGFP) を用いてスパイン表面積の増加と SNAP-GluA1 の増加について相関を解析したところ、高頻度刺激直後の表面積と SNAP-GluA1 の増減は、ほぼ同様の kinetics で起こることが示された。 4.新規合成 SNAP 基質を用いたパルスチェイス解析により、初代培養海馬神経細胞に過剰発現した SNAP-GluA2 について、刺激のない状態で 240 分の間に細胞内から細胞膜上へ新たに輸送された SNAP-GluA2 の総和を可視化できることが示された。 以上、本論文は初代培養海馬神経細胞において、膜特異的にAMPAR サブユニットを蛍光標識することによって、LTP 様高頻度刺激時におけるスパイン構造の変化と GluA1 サブユニットの動態が異なる kinetics によって制御される可能性を示した。また新規蛍光基質を用いて、新規に膜挿入された AMPAR を可視化する手法を確立した。本研究は、これまで十分に解明されていない、スパイン構造の変化に対する膜上のAMPA 受容体動態の制御機構および AMPA 受容体の主要なシナプス輸送経路の解明に重要な貢献を果たすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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