学位論文要旨



No 128183
著者(漢字) 石川,治
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,オサム
標題(和) ミニブタを用いたステント評価モデルの確立とその応用 : ステント内狭窄の経時的な解析
標題(洋)
報告番号 128183
報告番号 甲28183
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3842号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 教授 安原,洋
 東京大学 教授 小野,稔
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患に対する治療は、外科的治療に比べた低侵襲性や高い利便性の点から、ステント治療が広く普及している。しかし、ステント留置後の合併症には未解決のものが多い。1990年代から使用されている金属ステント(BMS;bare metal stent)は、留置後3-6ヶ月目に生じる新生内膜増殖を主体とする再狭窄が課題である。一方、2000年代になり登場した細胞増殖抑制作用をもつ薬剤を用いた薬剤溶出性ステント(DES;drug-eluting stent)は、BMSと比べ著明な再狭窄抑制効果を示した。しかし、使用した薬剤の作用によりステントが内皮などの組織で被覆されないため、ステント内に血栓が形成されステント血栓症という致死的な合併症が生じることや、薬剤を包むポリマーにより局所的に高度な炎症が引き起こされ、慢性期に再狭窄を来すことなどが問題となっている。このような再狭窄およびステント血栓症という問題は、前臨床試験の検証では明らかにされず、臨床応用後に初めて判明したという経緯がある。

ステントの前臨床試験で用いられるモデルとしては、血管のサイズや走行、ステント留置後の反応などがヒトと類似しているためブタ冠動脈モデルが汎用されてきた。実験の方法は、冠動脈3本のうち1-3本にステントを留置し、再狭窄のピークと推定されている4週目にステントの効果判定を行うものであり、長期的な評価を行う場合は留置後3ヶ月目や6ヶ月目などの時点での観察を追加するというものである。すなわち、ステント留置後の狭窄率は、各時点での血管撮影あるいは血管内超音波(IVUS;intravascular ultrasound)を参考にはするが、あくまで各時点での病理標本による測定が中心であり、それによりステントの有効性を評価してきた。しかし、ブタ冠動脈は3本それぞれの血流が異なり、またステント留置後の新生内膜増殖は経時的に変化し、しかもその過程は個体差が大きいことから、上記のブタ冠動脈モデルでステントの有効性を正確に評価することは困難といわれる。BMS留置後の新生内膜は、急性期に増殖し慢性期に軽度の退縮を示し、DES留置後は慢性期になり新生内膜が増殖し始める可能性があるため、各ステントの経過を経時的に追う必要があると考えられる。本研究では、ステント留置の条件を可能な限り均一にしたうえで、同一個体に繰り返しIVUS測定を行うことにより、各ステントの狭窄率の経過を経時的に比較検討できる新たな動物モデルの作製を試みた。同時に、現在開発中のステントの有効性を評価することにより、本動物モデルの妥当性を検証した。

【方法と結果】

本研究では、体格が一定で長期的な観察に適したミニブタ(ゲッチンゲン系ミニブタ、平均体重約23kg、月齢15ヶ月)を用いた。実験のバイアスを最小限に抑えるため、抗血小板薬は内服させていない。2種類のステントをblindにしたうえでミニブタの左右対称な外腸骨動脈および内腸骨動脈に留置することで、血管径や血流などの背景因子の均一化を図った。主に左総頚動脈からアプローチして、1頭あたり4本のステントを留置した。使用した頚動脈は結紮せず温存して繰り返し使用できるよう工夫して、留置後2週間毎にIVUSを用いてステント内狭窄の経時的変化および観察期間中の狭窄率のピーク値を評価した。

ミニブタ8頭に対して2週間間隔で12週目までの評価を行い、12週目のIVUS終了後にミニブタを安楽死し、病理標本を採取した。また、急性期の病理評価を補足するために2週群(2頭)、4週群(2頭)を追加し、各々の病理標本を作製した。本研究における主な評価項目および結果を示す。経時的変化の比較は2-way repeated measure ANOVAにより検討し、2群間の比較にはWilcoxon signed-rank testを適用した。

1) 繰り返しのIVUSがミニブタの健康状態に与える影響について

2週間間隔で全身麻酔や頚動脈処置、IVUS検査を繰り返し施行するため、ミニブタの健康状態が悪化し、新生内膜増殖に影響をもたらす可能性がある。そのため実験期間中、ミニブタ健康スコア(Score 0-21)による評価や、2週毎のIVUS測定時に血液検査を実施し、健康状態をモニターした。実験期間中のミニブタの活気や食欲、栄養状態、姿勢保持、四肢の運動などに関して観察したが、処置翌日を除いて全期間スコア0と良好であり、体重もほぼ一定であった。また、血算値や肝機能、腎機能、凝固系機能にも異常所見を認めなかった。

2) ステント内狭窄の経時的変化

繰り返しのIVUS測定により、ステント留置後の狭窄の進行から、ピークを過ぎると退縮するまでの連続的な変化を、12週間の観察期間のなかで確認することができた。これにより各ステントの代表値である狭窄率のピーク値が同定され、比較検討することが可能となった。

3) F-DLC coated stent vs. BMSの結果(12週フォローアップ群)

BMSをコントロールとし、評価対象として現在開発中のフッ素添加DLC(diamond-like carbon)コーティングステント(F-DLC coated stent)を用いた。両側の外腸骨動脈および内腸骨動脈に、左右それぞれ異なるステントを留置したが、F-DLC coated stentとBMSの間で、留置前の血管径や使用したステントのサイズ、ステント拡張圧、留置直後のステント血管径比(留置後のステント径/留置前の血管径)は差を認めず、ステント留置の条件はステント間で同様であった。

IVUSによる狭窄率は、ステント全体の3次元的な狭窄率である新生内膜体積狭窄率(%VO:percent in-stent volume obstruction)と、最も狭小化している横断面における面積狭窄率(%AS at MLA:percent area stenosis at minimal lumen area)の2項目を評価した。外腸骨動脈および内腸骨動脈の双方において、狭窄率2項目の経過パターンはF-DLC coated stentがBMSに比べて有意に低かった(p<0.05)。狭窄率ピーク値の比較では、外腸骨動脈(%VO; F-DLC coated stent vs. BMS = 22.8±14.7 % vs. 40.4±24.2 %; p=0.031: %AS at MLA; 31.5±20.3 % vs. 48.8±24.4 %; p=0.016)、内腸骨動脈(%VO; 24.3±15.9 % vs. 32.9±13.6 %; p=0.039: %AS at MLA; 32.0±17.7 % vs. 43.1±15.5 %; p=0.016)においてF-DLC coated stentがBMSに比べて有意に低値であった。12週後の病理標本による狭窄率の比較では、F-DLC coated stentの狭窄率が外腸骨動脈では有意ではないが低値となる傾向を認め(34.2±20.1 vs. 44.3±28.7; p=0.09)、内腸骨動脈では有意に低値であった(34.7±17.3 vs. 40.9±15.5; p=0.039)。炎症スコアは内腸骨動脈においてF-DLC coated stentが低値となる傾向を認めたが有意ではなかった(0.01±0.02 vs. 0.07±0.06; p=0.09)。また、全てのステントにおいて明らかな血栓付着を認めなかった。

4) F-DLC coated stent vs. BMSの結果(2週、4週フォローアップ群)

急性期群の病理評価でも、全てのステントに血栓を認めなかった。F-DLC coated stentの炎症スコアは急性期においても低値であり、BMSと同様であった。F-DLC coated stentの組織被覆化はBMSと同様に早期に認め(2週間目で約94%)、F-DLCコーティングによる組織被覆化の障害を認めなかった。

【考察】

ミニブタの腸骨動脈にステントを留置し、繰り返しIVUSを用いて測定したところ、各ステントの狭窄率の変化を経時的に評価することができた。その結果、従来の動物モデルでは同定困難であった狭窄率のピーク値を捉えることが可能となった。本動物モデルは、同一個体の両側に比較対象のステントを置いて経時的に評価することで、個体差や観察時期によるデータのバラツキを解消することができる。また、本研究では繰り返しの処置によりミニブタの健康状態は悪化せず、実験モデルとして安定した評価が可能であった。動物の健康状態に与える影響については今後さらなる検証が必要ではあるが、本動物モデルは各種ステント開発に応用可能と考えられる。

開発中のステントの有効性を評価する実験で、F-DLC coated stentはBMSと比して、ステント留置後の狭窄率が低く、また優れた抗血栓性や抗炎症性が示唆され、F-DLC coated stentのストラットはBMSと同様早期に組織被覆化が認められた。臨床使用においてもF-DLC coated stentはBMSより高い再狭窄抑制効果を持ち、DESと比較してステント血栓症のリスクが低くなることが期待される。ステントの製品化過程においてブタ冠動脈を使用した安全性評価試験は必須であるが、莫大な費用を投じて行われる。有効性が不明確のまま安全性評価が先行して行われることが多く、本研究のように動物内での有効性を予め評価しておくことは、研究開発費の節約にもつながると考えられる。このF-DLC coated stentは本研究により有効性が確認されたため、ステントの製品化へ向けたステップを促進することが決定し、今後ブタ冠動脈を用いた安全性試験を予定している。

【結論】

本研究のミニブタ腸骨動脈モデルは、ステントの有効性を経時的に評価する動物モデルとして有用と考えられる。本モデルが今後の各種ステント開発における有用な前臨床評価モデルになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、経時的に変化するステント内狭窄の状態を詳細に解析するために、従来の動物実験のように予め決められた観察時期の病理標本による評価だけではなく、同じ動物に対して繰り返し狭窄率の測定を行うことにより、ステント内狭窄の経時的な変化を評価する方法に関して十分に検討している。また本研究は、新規ステントと従来ステントの留置の条件を均等にするために、これらを左右対称な腸骨動脈に別々に留置し、その有効性を比較検討している。本研究の結果により、以下の知見が得られた。

(1)ミニブタの腸骨動脈にステントを留置し、ステント内狭窄をステント留置後2週間間隔に12週目まで血管内超音波(IVUS:intravascular ultrasound)を用いて繰り返し測定した結果、個々のステントにおける新生内膜の増殖から軽度退縮までの経時的な変化を解析することが可能となった。

(2)経時的変化の評価により、これまで同定が困難であった狭窄率のピーク時期が正確に決定でき、その狭窄率のピーク値をステント間で比較することが可能となった。

(3)実験期間中、ミニブタの体重はほぼ一定であり、血液検査や健康スコアによる評価の結果、ミニブタは繰り返しの手術操作に耐え得る動物であることが示された。

(4)ミニブタの総頚動脈から繰り返し血管内へアプローチすることにより、繰り返しの測定が可能であることが示された。カテーテル操作に必須な血管内へのアプローチのルートとして、ミニブタの総頚動脈の有用性が示され、たとえ閉塞しても脳神経などへの有害事象は認められず安定した操作が可能であった。

(5)血流が左右対称である外腸骨動脈および内腸骨動脈に、新規開発中のフッ素添加ダイヤモンドライクカーボンコーティングステント(F-DLC coated stent:fluorinated diamond-like carbon coated stent)と従来の金属ステント(BMS:bare metal stent)を左右対称に留置して比較した結果、F-DLC coated stentはBMSと比して有意な再狭窄抑制効果を認め、抗血栓性や抗炎症性が示唆され、両者とも早期の組織被覆化を認めた。

以上、本研究は従来のステント評価動物実験において行われていなかった同一個体での繰り返しの測定を、様々な実験方法の工夫により実践して、狭窄率の経時的な変化が評価可能であることを明らかにした。さらに本モデルを用いて開発中のステントであるF-DLC coated stentとBMSを左右対称な血管に留置して、F-DLC coated stentの有効性を確認した。本研究の動物モデルは、今後各種ステントの研究開発に対して大きく寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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