学位論文要旨



No 128186
著者(漢字) 代田,悠一郎
著者(英字)
著者(カナ) シロタ,ユウイチロウ
標題(和) 進行性核上性麻痺及びパーキンソン病の一次運動野制御に関する研究 : 経頭蓋磁気刺激による小脳抑制及びshort-interval intracortical inhibition-facilitationの検討
標題(洋)
報告番号 128186
報告番号 甲28186
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3845号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 湯本,真人
内容要旨 要旨を表示する

神経変性疾患は、その病態が未解明であること、有効な治療に乏しいことから、神経内科領域における重要な研究課題である。本論文では、運動障害を呈する神経変性疾患の代表であるパーキンソン病(PD)・パーキンソン症候群における一次運動野(M1)の興奮性変化につき経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて検討した。TMSは非侵襲的なヒト脳刺激法であり、二発刺激法によるconditioning-test paradigmの結果から、小脳とM1との関係、M1内の抑制性・促通性神経回路の存在などが明らかにされている。Conditioning-test paradigmは、M1刺激単独における運動誘発電位(MEP)振幅を条件刺激+M1刺激の二発刺激におけるMEP振幅と比較することにより、条件刺激がM1の興奮性に与える影響を調べる手法である。二発刺激でのMEP振幅が単発刺激よりも大きければ促通性、小さければ抑制性の効果と判断される。

本論文は4部構成であり、Part I~IIIはM1内神経回路を主として扱い、Part IVでは小脳とM1との機能結合を扱った。

まず、PDと健常人でM1内制御系に差があるか否かを調べることを計画した。M1への二発刺激により調べられる現象にはshort-interval intracortical inhibition (SICI)、short-interval intracortical facilitation (SICF)、intracortical facilitation (ICF)、long-interval intracortical inhibition (LICI)などの各種抑制性・促通性の現象があり、各々固有の神経回路の機能を反映するとされている。さらに、SICIとLICIの相互作用についても、条件刺激を二発加え合計三発の刺激を用いることで研究されている。これらのうちSICFについてはPDでの結果が未だ報告されておらず、検討に値すると考えた。過去の報告では、健常人においてSICFの程度とSICIの程度とに関連があることが示唆されているため、はじめにPart Iにおいて、SICIとSICFを同時に施した際の両者の相互作用を健常人を対象として検討した。M1への単発TMSにおいては皮質脊髄路にmultiple descending volleyと呼ばれる離散的な伝導が生じることが知られており、各成分は潜時の早いものから順にI1、I2、I3 waveなどと命名される。M1に対するconditioning-test paradigmにおいては、条件刺激はI-waveごとに異なる変化を与えるとされており、特にSICIにおいてはI3 waveの抑制により、SICFにおいてはI2・I3 waveの増加によりそれぞれ抑制性、促通性の変化が生じると想定されている。Part Iにおいては、まず過去に報告されているSICIの条件刺激強度変化に対するUカーブ現象(条件刺激が弱すぎても強すぎても抑制が減弱する)を再確認し、SICFの刺激強度依存性を調べた。さらに、SICIとSICFの同時施行においては、I3 waveの増加に相当する促通がSICIの共存により消失することを示し、I3 waveの調節を介してSICIとSICFが相互作用していると考えた。厳密にはI-waveごとの調節については侵襲的な方法でしか確認できないとされるため、Part III(後述)においてはこれを通常の表面筋電図記録によるMEPから推定する方法を提案した。

PDにおいて、SICIのような二発刺激法の結果は正常であるにもかかわらずSICI + LICIの三発刺激法の結果が異常であるという報告が存在するため、二発刺激法では判然としないM1の異常がPD患者において三発刺激法を行うことで他にも発見される可能性も含め、次のPart IIの実験を計画した。ここでは、SICI/ICF、SICFに加えPart Iで検討したSICI + SICFをPD患者10名、高齢健常対照11名を対象として検討した。また、PDにおける振戦の発現に小脳の関与を重視する報告もあるため、小脳とM1の関連を調べる手法であるcerebellar inhibition(CBI)も同時に行った。その結果、SICIやCBIといった抑制性の神経回路の働きはPDでも健常人と同様であったが、SICFやICFといった促通性の神経回路の働きが亢進している傾向が見られた。PDモデル動物での検討からは、錐体路を形成するM1ニューロンの発火パターンに変化が生じてバースト状かつ同期した発火が増えるとの報告があるため、条件刺激に対する被刺激性・同期性が亢進しており促通性神経回路の機能亢進が見られたという可能性を考えた。また三発刺激法によるSICI + SICFではPart Iと同様の促通減少がPD群でも認められ、PDにおいてM1内抑制機構が正常であることを更に支持する結果と考えた。

これまでのPart I・IIでは従来と同様のMEP振幅に基づく測定パラメータ、即ちMEP ratioによりM1における興奮性の変化を判定した。しかしながら実際にはM1へのTMSにより脳から生じる出力の主たる要素は離散的なmultiple descending volleyであり、その各成分の増減を個別に検出できればより詳細な評価が可能になると考えられる。これまでに同様のことを達成するには侵襲性を伴う検査を必要としたが、非侵襲的に同等のデータを取得することを目的とし、Part IIIでは、通常MEPを測定するのと同じ表面筋電図波形からdescending volleyの成分に関する情報を得るための方法論を提案した。MEPの形成にはdescending volleyの時間的加算が重要であり、descending volley の構成成分であるI-wave同士の潜時差は1.5~2.0 ms程度であるため、少ないI-waveで生じたMEPとより多くのI-waveが加算して初めて生じたMEPとの間には1.5~2.0 ms程度(ないしその倍数)の潜時差があることが想定される。従って、表面筋電図信号の解析により時間的に1.5~2.0 ms程度異なる二つの成分が抽出できれば、これらが相対的に早期のI-wave成分と後期のI-wave成分に対応する可能性がある。

上記の仮説に基づき、因子分析と独立成分分析をMEP波形信号データセットに対して行うことで個々の波形を二つの成分に分解し、早期成分・後期成分各々の寄与度を評価した。実際のデータセットとしては、M1単発刺激において刺激強度を増してゆくリクルートカーブ、及びSICIについて健常人での検討をまず行った。過去の侵襲的な検査の結果から、リクルートカーブにおいては刺激強度を増すに従って後期I-waveの寄与が大きくなることが、またSICIにおいてはI3 waveに代表される後期I-waveが比較的選択的に抑制を受けることが示されているが、これら2点が因子分析・独立成分分析の手法により表面筋電図波形から推定された。さらに、Part IIのデータセットに対しても同様の解析を行った。すると、SICFにおける促通には後期成分の寄与増加が重要であること、SICI + SICFにおいてはやはり後期成分の寄与度が低下しておりPart Iの考察が支持されることが示された。CBIについてはこれまで直接I-waveを調べた報告はないが、早期成分の抑制が関与している可能性が示唆された。因子数推定など方法論的には更に洗練すべき点があるのも事実であるが、このような解析方法により表面筋電図波形から非侵襲的にdescending volleyに関する情報を取得しうることが示され、有用と考えた。

続いてPart IVにおいては、パーキンソン症候群の一つである進行性核上性麻痺(PSP)における小脳機能を調べた。PSPでは臨床的に小脳症状が明らかなことは少ないが、病理学的には小脳遠心系に属する歯状核に高度の変性を来すことが知られている。この潜在的な小脳機能異常を、CBIを用いて明らかにした。

CBIにおいては、条件刺激である小脳刺激が小脳半球のPurkinje細胞を興奮させることで歯状核の活動を抑制すると考えられている。歯状核は視床を介してM1に促通性の影響を与えているため、最終的には条件刺激が脱促通によりM1の興奮性を低下させると考えられている。従って、PSPにおいては歯状核病変を反映してCBI検査が異常になるとの仮説を立て、PSP患者11名の結果をPD患者11名・健常対照10名と比較した。手内筋から筋電図を記録しCBI検査を施行したところ、PD群では健常対照と同程度の抑制が見られたのに対し、PSP群では抑制が有意に減少していた。このCBI減少は年齢とは相関しなかったが、PSP群では臨床症状の重症度と有意な相関を認めた。PD群ではこの相関は見られなかった。近年になりMRIを用いてPSPの小脳異常を生前に捉えたとする報告が相次いでおり、Part IVの結果は古典的な病理所見のみならずこれらの報告にも合致する結果であった。

本論文で行ったTMSによるconditioning-test paradigmは、安静時のMEPを繰り返し計測することでM1内の抑制性・促通性神経回路、あるいは他の脳部位とM1との機能結合を比較的簡便に検査できるため、臨床現場において有用な方法である。Part Iにおいて新たな刺激パラダイムを開発し、従来の方法と併せてPart IIにおいてPD群に適用した。PD群においては抑制性回路の機能は健常人と同様であったが、促通性回路の機能が一部亢進している可能性が示唆された。動物実験の結果に合致する現象を見ている可能性があるが、促通性パラダイムに関しては疾患群での検討が未だ十分でなく、さらなる検討が必要と考えられた。また、従来の方法ではMEP振幅に基づく一次元的な指標を用いていたが、MEP形成には離散的なI-waveを成分とするmultiple descending volleyが関与していることを考え、Part IIIにおいて(I-waveの成分)×(各々の大きさ・寄与度)という二次元的な情報を非侵襲的に取得する方法論を提案した。Part IVにおいては、必ずしも臨床症状として明確でない小脳機能異常をCBIにより捉えられることを示し、パーキンソン症候群の鑑別・病態把握に資することを報告した。ここに示したような手法を活用することにより、非侵襲的刺激法であるTMSは神経変性疾患の病態解明・診断率の向上おいてこれまで以上の重要性を持つと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、運動障害を呈する神経変性疾患の代表であるパーキンソン病(PD)・パーキンソン症候群における一次運動野(M1)の興奮性変化につき経頭蓋磁気刺激(TMS)及びTMSにより誘発される筋電図反応である運動誘発電位(MEP)を用いて検討したものであり、以下の結果を得ている。

1.まず、健常人においてM1内の抑制性神経回路であるshort-interval intracortical inhibition (SICI)と促通性神経回路であるshort-interval intracortical facilitation (SICF)との間の相互作用を検討した。一定の刺激強度を用いた場合には、SICIの存在下にSICFにおける促通が一部消失することを明らかにし、MEP形成にかかわるmultiple descending volleyに固有の現象である可能性を示した。

2. 次いで、上記の結果をPDに対し応用したところ、SICIなどの抑制性神経回路の働きは健常人との間に明らかな差異を認めなかったが、SICFなど促通性神経回路の亢進傾向が見られることが明らかとなった。

3. さらに、従来のTMS-MEP実験においては評価項目がMEP振幅という一次元的な値であったことへの反省から、MEP形成にかかわるmultiple descending volleyの各成分の寄与度に相当するパラメータを、MEP波形の因子分析及び独立成分分析を用いることにより抽出した。その結果、これまでのTMS-MEP実験において侵襲的な検査から直接multiple descending volleyの成分を検討した既報告に合致する結果が得られ、本手法が非侵襲的なmultiple descending volley解析に有用であることを示した。

4. 最後に、パーキンソン症候群の一つである進行性核上性麻痺(PSP)の小脳機能を検討した。PSPにおいては臨床的に小脳症状は明らかでないものの、病理学的には小脳出力系の中継核である歯状核に高度の変性を来すことが知られている。小脳-M1二発刺激法により調べられる小脳抑制(CBI)の検討から、PSPにおける潜在的な小脳機能異常を明らかにし、病理学的に知られている小脳異常に対応する所見を電気生理学的に示した。

以上、本論文はM1内、及び小脳-M1間の神経回路を検討することで、健常人における新たなTMS検査法・解析法の開発を行い、またTMSを用いた検査がパーキンソン病・パーキンソン症候群の病態把握に有用であることを明らかにした。

本研究に示したような手法を活用することにより、非侵襲的刺激法であるTMSが神経変性疾患の病態解明・診断率の向上おいてこれまで以上の重要性を持つと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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