学位論文要旨



No 128188
著者(漢字) 瀬原,慧祐
著者(英字)
著者(カナ) セハラ,ケイスケ
標題(和) げっ歯類大脳皮質カラム様回路構造に対応した2/3層神経細胞由来の局所回路構築
標題(洋) Column-Related Axonal Patterns of Layer 2/3 Neurons in the Rodent Barrel Cortex
報告番号 128188
報告番号 甲28188
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3847号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 森,憲作
内容要旨 要旨を表示する

(1) 研究の背景と目的

高次脳機能の基盤である哺乳類の大脳皮質の神経回路構築の理解は、神経科学における重要な問題である。カラム様局所回路は大脳皮質情報処理の基盤構造の一つであり、過去の電気生理学的研究からカラム様局所回路における細胞間の情報伝達の様式について多くのことが明らかにされてきた。その一方で、カラム様局所回路に関連した解剖学的な軸索投射パターンについては不明な点が多い。

げっ歯類の大脳皮質一次体性感覚野(バレル野)は、大脳皮質カラム様回路構築の理解のための重要なモデルである。バレル野4層にはマウスのひげ1本1本に対応する特徴的な解剖学的構造であるバレルが存在し(図1A)、バレルを中心として、個々のひげからの感覚入力を処理するカラム様回路構築が存在している。過去の研究から、バレル野には2種類の独立した情報入力があることが知られている (図1B)。バレル中心部では視床VPM核由来の軸索がクラスターを形成し、受動的なひげ感覚情報を伝達する。これに対して、バレルとバレルの間の領域(セプタと呼ばれる)には視床POm核由来の軸索が投射し、能動的なひげ運動感覚情報を伝達する。このように、バレル野4層には、独立した「バレル回路」と「セプタ回路」の2種類の入力がある、と考えられている。このように、末梢から大脳皮質4層へ至るまでの神経回路が詳細に明らかになってきた一方で、実際に情報処理が行われる4層以降の大脳皮質内局所回路における軸索投射パターンについては不明な点が多い。

(2) 本研究のアプローチ

不明な点が多い理由として、従来、軸索投射パターンの可視化方法として頻用されてきた軸索トレーサー局所注入法に問題があった。即ち、軸索トレーサーには「注入部位に細胞体を持つニューロンだけでなく、注入部位に樹状突起や軸索を伸ばしているニューロンの形態も可視化されてしまう」ために、様々な神経細胞の軸索がまとめて可視化されるという大きな問題点がある。このため、多くの軸索や樹状突起が複雑に混在した大脳皮質局所回路では、軸索トレーサーを用いた神経細胞特異的な軸索投射パターンを定量的・定性的に解析することは、しばしば困難であった。

そこで、本研究ではバレル野における大脳皮質内局所神経回路を正確かつ厳密に検討するために、子宮内電気穿孔法を利用した軸索投射パターンの可視化を行なった。子宮内電気穿孔法は、近年開発された大脳皮質における層選択的な遺伝子発現を可能にする遺伝子導入方法である。そこで本研究では、子宮内電気穿孔法の利点を活用して2/3層神経細胞にGFPを選択的に発現させることにより、バレル野2/3層細胞の軸索投射パターンを解析し、新たな局所軸索構築を見出した。

(3) 同側/対側バレルネットの同定

GFPで可視化された皮質2/3層錐体細胞では、細胞体および樹状突起は、皮質表層である1-3層に限局して存在する。そこで軸索のみが存在する皮質4層以下のGFPの分布を詳しく観察したところ、細胞体直下の皮質4層において、2/3層細胞由来のGFP陽性軸索分布に特徴的なパターンがあることを見出した(図2)。視床皮質軸索のマーカーであるVGLUT2の抗体染色像を共焦点顕微鏡を用いて観察したところ、GFP陽性軸索はバレル野4層においてバレルとバレルの間のセプタ領域に密集して分布していた。セプタにおけるGFP陽性軸索がバレルを取り囲む「網」のように見えたことから、この新たに見出した構造を「バレルネット」と名付けた。また、子宮内電気穿孔法を改良し、バレル野内のごく一部のみに限局して2/3層細胞を可視化したところ、少なくともバレル野内の2/3層細胞由来の軸索がバレルネットに寄与していることが示唆された。さらに本研究では、GFP陽性軸索が細胞体側のバレル野だけでなく、対側のバレル野においてもセプタ領域に選択的に分布していることを見出し、「対側バレルネット」と名付けた(図2)。対側バレルネットでは、バレル野内の位置に応じてGFP陽性軸索の密度が大きく異なっており、セプタ間でのGFP陽性軸索密度に差が見られない同側バレルネットとは明らかに異なる空間パターンを示していた。

続いてバレルネットにおけるシナプスの有無を検討した。プレシナプスに局在する蛍光タンパク融合型シナプトフィジンを発現させた結果、同側バレルネットおよび対側バレルネットの軸索上に、シナプスが存在する可能性が支持された。

(4) バレルネット形成過程の検討

バレルネットの形成時期を検討するために、時系列を追ってバレル野切片を観察した結果、2/3層神経細胞の軸索形成過程に2つの段階が存在することを見出した(図3)。最初の軸索形成段階は生後1週目以前に起こり、この段階で形成された軸索はバレル/セプタとは無関係に分布することが示唆された。2つめの軸索形成段階は生後2週目以後(バレル形成後)で、この段階で初めてバレルネットの軸索形成が起こることが示唆された。さらに、バレル形成と同側バレルネット形成との因果関係を調べる目的で、ひげ毛根を傷害してバレルの空間的パターンを変えると、同側バレルネットが、それに対応したパターンで形成された (図4)。これらの結果から、同側バレルネットの空間的パターン形成が、バレルの空間的パターンにより規定されている可能性が示唆された。

また、同側バレルネットと対側バレルネットの形成過程の比較を行なったところ、対側バレルネットでは、1つめの軸索形成段階は観察されず、2つめの軸索形成段階のみが存在する可能性が示唆された(図3)。

以上のように、本研究ではげっ歯類バレル野に存在する新たな軸索パターンと、その形成過程を明らかにした(図5, 6)。大脳皮質回路における同側および対側バレルネットの機能的意義については現時点では不明であるが、私は、「バレル回路」と「セプタ回路」の情報を、皮質4層のセプタ部分で統合する回路である可能性がある、と考えている。

図1 げっ歯類一次体性感覚野(バレル野)の局所回路構築

A,げっ歯類一次体性感覚野には、ひげ一本一本に対応した「バレル」が存在する。スケール、200μm。B,バレルと、その間にあるセプタには、2種類の独立した情報入力がある。

図2 同側バレルネットと対側バレルネット

2/3層神経細胞由来の軸索は、細胞体に対して同側でも対側でも、バレル野4層でセプタ選択的に分布した(A)が、対側でのみ、セプタ間の軸索密度の違いが顕著であった(B)。

図 3バレルネットの形成過程

同側バレルネットの形成過程には、2段階の軸索形成過程が存在した(左)。これに対して対側バレルネットの形成過程には、2つめの軸索形成段階のみが存在した(右)。

図4 バレルネットパターンの可塑性

同側バレルネットの空間的パターンは、バレルのバターンに依存して形成された。

図5 本研究のまとめ1:バレル野2/3層細胞の軸索構策

(上)バレル野2/3層細胞由来の軸索は、同側でも対側でも4層でセプタ領域選択的に分布する(バレルネット)。(下)同側バレルネットと対側バレルネットは、バレル野内で異なる空間分布を持つ。

図6 本研究のまとめ2:バレル野2/3層細胞の軸索形成

同側では、2/3層細胞の軸索形成は2段階の形成過程を経る。対側では、2段階目の形成過程のみが存在する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高次脳機能の基盤と考えられる大脳皮質カラム様神経回路構築についてより深い理解を得るために、げっ歯類のバレル野において皮質2/3層錐体細胞が持つ軸索構築を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. マウス大脳皮質において、子宮内電気穿孔法を用いて2/3層錐体細胞由来の軸索をGFPで標識し、その分布を細胞体直下の皮質4-6層で詳細に検討したところ、GFP陽性軸索はバレル野4層において、ひげの配置に関連したパターン(ひげ関連パターン)を呈していることが示された。バレル野4層に存在し、個々のひげ感覚の情報処理中枢と考えられているバレル構造との空間関係について、詳細に検討した結果、GFP陽性軸索がバレルとバレルの間の「セプタ領域」に集積していることが示された。

2. 皮質2/3層由来軸索は、細胞体に対して対側のバレル野4層でもセプタ領域に密集して分布していたことから、「セプタ領域への軸索の集積」という性質が、2/3層細胞の皮質内局所投射だけでなく皮質間投射にも存在する可能性が示唆された。

3. 子宮内電気穿孔法を利用した蛍光タンパク結合型シナプトフィジンの強制発現によって、皮質2/3層細胞由来軸索上におけるプレシナプス構造の有無を評価した結果、同側および対側バレル野においてセプタ領域に集積する皮質2/3層細胞由来軸索上に、プレシナプス構造が存在する可能性が示唆された。

4. 同側および対側バレル野における皮質2/3層由来軸索の形成過程を観察した結果、同側軸索と対側軸索の双方で、皮質2/3層細胞由来軸索のひげ関連パターンは、バレルのひげ関連パターンよりも遅れて形成されることが示された。また、これとは別の観察結果として、同側軸索の形成過程では(i)バレル/セプタ非選択的軸索形成、続いて(ii)セプタ領域への軸索集積、という2つの軸索形成段階が観察されたのに対し、対側軸索の形成過程には(i)の軸索形成段階が認められなかった。

5. 新生仔においてひげ毛根焼灼を行なったところ、皮質2/3層細胞由来軸索のひげ関連パターンは、視床由来軸索のひげ関連パターンが変化したときのみ、それに対応する形に変化して形成された。この結果から、視床由来軸索のひげ関連パターンが皮質2/3層由来軸索のひげ関連パターンを規定していることが示唆された。

以上、本論文は子宮内電気穿孔法の利点を活かして皮質2/3層神経細胞を特異的かつ大量に標識した結果、それまで報告されていなかった新規皮質内軸索構築を見出すことに成功し、その解剖学的性質および形成過程を明らかにした。本研究は皮質内神経回路の解剖学的基盤、およびその形成過程の理解に寄与すると考えられ、学位の授与に値するものであると考えられる。

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