学位論文要旨



No 128189
著者(漢字) 高野,洋輔
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,ヨウスケ
標題(和) 機能的磁気共鳴画像を用いた、統合失調症の社会認知障害の神経基盤に関する研究
標題(洋)
報告番号 128189
報告番号 甲28189
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3848号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 小西,清貴
 東京大学 講師 後藤,順
 東京大学 講師 増谷,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景と目的】

統合失調症は内因性精神病の一つであり、思春期から青年早期にかけて、知覚過敏や引きこもりなどの非特異的な兆候や微弱な陽性症状などの前駆症状を呈したのち、幻覚・妄想などの特徴的な陽性症状を呈して顕在発症に至ることが多い。その病態生理については不明な点が多いが、発症から治療開始までの期間が短いほど残遺する症状が軽症で、予後が良好であることが知られている。近年では、精神病状態に移行しやすい群をハイリスク群(Ultra-High Risk: UHR)と定義し、包括的な支援を行い、発症の早期発見・早期治療を通じて精神病状態の未治療期間を短縮し、予後の改善を目指す取り組みが行われている。

統合失調症の臨床症状は、陽性症状、陰性症状、認知機能障害に大別されるが、近年では特に社会認知機能障害が重要視されている。社会認知機能のうち、心の理論は、他者の心的状態を読み取り、他者の行動を説明、予測する能力と定義され、特に意図や信念などの認知的側面を担うcognitive perspective-taking (CPT)と、感情理解など情動的側面を担うaffective perspective-taking(APT)とに大別される。統合失調症の陽性症状と陰性症状は、この心の理論を基礎づける過程の障害から生じるとする仮説が提唱されており、行動レベルでは、発症早期から課題の成績低下を認め、ハイリスク群においてもその障害が報告されている。他者の意図や感情の理解に関連する脳部位は、特に内側前頭前野、側頭頭頂接合部、楔前部、上側頭溝、下前頭回、島、扁桃体が重要であると考えられているが、これらの部位は、統合失調症において体積減少などの形態変化や機能異常が報告され、その一部は発症前後の時期に進行性の変化をきたすことが明らかになってきている。統合失調症患者を対象とした機能画像研究からは、上記の領域においてその認知的側面と情動的側面の両者において機能異常が示唆され、また認知的側面のみについてはハイリスク群において機能異常が示唆されているが、ハイリスク群における心の理論の情動的側面の神経基盤について、その認知的側面との対比をした研究は我々の知る限り報告されていない。

そこで、同一条件下に心の理論の認知的側面と情動的側面を検討可能な課題を作成し、これを用いてUHR群と統合失調症群、および健常対照者に対し、機能的磁気共鳴画像(functional MRI: fMRI)を撮像し、統合失調症における心の理論の障害の神経基盤について包括的な検討を行った。

【対象と方法】

はじめに、本課題施行時の脳活動の妥当性を検討するため、健常者22名を対象とした(統計解析1)。続いて、臨床病期との関連を検討するため、UHR基準を満たす17名、統合失調症発症群(SZ)16名、およびUHR群、SZ群と年齢、性別、病前推定IQ、利き手、両親の社会経済評価尺度(SES)を統制した健常対照者(NC)20名を対象とした(統計解析2)。本研究は、東京大学医学部の研究倫理審査委員会によって承認され、検査前には十分な説明を行い、対象者全員から書面での同意を得た。尚、対象者が未成年の場合にはその保護者からも書面による同意を得た。UHRの診断には、前駆症状に対する構造化面接を用いた。SZについては、精神障害の診断と統計の手引き(DSM-IV-TR)を用いた。精神症状については、陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)、生活機能評価(GAF)、妄想得点を用いて評価した。

心理課題は、「サリーとアンの課題」を元にCPT、APTおよび内容の理解を問う対照条件(CNT)の3条件から構成される新たな課題を作成した。各イベントは、4コマからなるイラストによってストーリーを提示する共通部分と、各条件について問う質問部分から構成した。共通部分では、2名の人物が登場し、1名がその場を離れた際にもう1名が状況を変化させ、最終的に登場人物2名が現在の状況に対して異なった信念を持つというストーリーを提示した。質問部分は、各条件について質問する文章の部分、および、被験者に回答を求めるイラストの部分から構成した。CPT条件では一次誤信念を質問し、APT条件では状況を変化させた人物の心情を質問し、CNT条件ではストーリーの理解に関する質問を各20問提示した。撮像前に十分にストーリーの理解を深めるため課題の練習を行った。

撮像は、東京大学医学部附属病院放射線部にて、GE社製の3テスラMR機器を用いた。fMRIの撮像条件は、繰り返し時間2000 msec、エコー時間30 msec、スライス厚 4 mm、field of view 240 mm x 240 mm、マトリックスサイズ 64 x 64、ボクセルサイズ 3.75 x 3.75、フリップアングル80°、1セッション合計時間7分40秒とし、2セッション施行した。

画像統計解析には、Statistical Parametric Mapping (SPM) 8を使用した。標準的な前処理を行い、一般線形モデルを用いて時間的信号変化をモデル化し、各条件に対応するコントラストを作成した。グループ解析においては、心の理論の認知的側面に特異的な反応を示す脳活動領域を特定するため、CPT条件とCNT条件との差分(CPT-CNT)、情動的側面を加味した判断に特異的な反応を示す脳活動領域を特定するため、APT条件とCNT条件との差分(APT-CNT)を解析した。

まず健常者のみのグループに対し、各条件(CPT-CNTおよびAPT-CNT)において1標本T検定を用いた統計的推定を全脳に対して行った(統計解析1)。有意水準は、ボクセルレベルについてFamilywise Error (FWE)による多重比較補正を採用して P < 0.05とした。続いてグループ間解析(統計解析2)では、グループを被験者間要因(NC、UHR、SZ)、条件を被験者内要因(CPT-CNTおよびAPT-CNT)として二元配置分散分析を行った。先行研究から心の理論に関連し、かつ統合失調症において脳形態・機能画像研究から変化が報告されている領域、すなわち内側前頭前野から前部帯状回、頭頂葉下部から側頭頭頂接合部および側頭極、上側頭回、下前頭回、島、扁桃体、楔前部を関心領域とした。統計解析2において有意水準は、関心領域内をボクセルレベルについてP < 0.001、かつクラスターサイズについては連続する10ボクセル以上とした。

臨床指標との相関は、グループ間の差が認められた部位のピークボクセルにおける各コントラスト(CPT-CNTおよびAPT-CNT)の偏回帰係数推定値を用いてピアソンの積率相関係数による検討を行った(P < 0.05)。

【結果】

UHR群全17名のうち8名は抗精神病薬を未服薬であり、うち6名は抗不安薬を含め向精神薬を未服薬であった。UHR群とSZ群では、臨床症状には群間差を認めず、抗精神病薬量(クロルプロマジン換算量)はUHR群が有意に少なかった(P = 0.025)。

健常者における脳活動は、CPT-CNTコントラストでは、両側の内側前頭前野、上側頭溝、背外側前頭前野および楔前部に有意な賦活を認めた。APT-CNTコントラストでは、上記領域に加え、両側の下前頭回、中側頭回、側頭極、および左下側頭回、右後頭葉に有意な賦活を認め、両側上側頭溝後部の賦活は側頭頭頂接合部まで及んでいた。

統計解析2(3群比較)では、反応時間、正答率ともグループ間の相違は認めなかった。グループ間の画像解析においては、グループと条件の交互作用は、両側の下前頭回に認めた。下位検定では、両側ともCPT-CNTコントラストでは群間の差を認めず、APT-CNTコントラストにおいて右下前頭回では、NC > UHR、SZ > UHRであり、左下前頭回では、NC > UHR、NC > SZであった(P < 0.05)。一方、グループの主効果は、両側の上側頭回に認めた。CPT-CNTコントラストにおいては、両側ともSZ > NC、SZ > UHRであり、APT-CNTコントラストにおいては、両側ともSZ > NC、UHR > NCであった(P < 0.05)。

両側の上側頭回における信号変化と症状の重症度との相関は、右上側頭回においては、UHR群においてCPT-CNT条件では総合精神病理尺度得点、APT-CNT条件ではUHR群、SZ群においてGAFと負の相関を認めた。一方、左上側頭回においては、UHR群においてCPT-CNT条件、APT-CNT条件とも陽性症状と妄想得点と正の相関を認め、APT-CNT条件で総合精神病理尺度得点と正の相関を認めた。両側の下前頭回においては、いずれの臨床指標とも有意な相関は認めなかった。

【考察】

患者群を含む3群による心の理論課題の行動データの検討では、条件間の相違は認めたが、群間差は認めなかった。これは、年齢、病前推定IQ、両親のSESなど背景情報を統制していること、さらに撮像開始前にストーリーの理解について十分に練習を行なってから実験を行なったことが影響していると考えられた。

画像解析では、本課題における健常者の脳活動は、先行研究の結果と一致する所見であった。統合失調症、ハイリスク群と健常対照群との比較においては、下前頭回において、心の理論の認知的側面の障害には関与を認めず、情動的側面の障害に関与していることを見出した。さらに、心の理論の情動的側面に関与した下前頭回の機能の相違は統合失調症群のみならず、ハイリスク群においても認められることを示した。

一方、上側頭回における機能の相違は、心の理論の認知的側面と情動的側面の両条件において認められ、ハイリスク群と比較して統合失調症群においてより相違が大きくなる傾向が認められ、臨床病期の進展に伴いこの部位の脳活動が変化する可能性が示唆された。さらに症状との相関解析の結果からは、ハイリスク群においては、左上側頭回の過活動の程度が強いほど、妄想や陽性症状の重症度が高くなるという相関を認めた。それに対し、不安や抑うつなどを含めた非特異的な精神症状の重症度は、両側の上側頭回の過活動と相関を認めた。一方、右上側頭回の過活動の程度が強いほど、ハイリスク群と統合失調症群の両者において全般的な生活機能が低いという相関を認めた。このことから、上側頭回の機能の相違は、統合失調症群やハイリスク群における他者の意図や情動の理解の困難さと関連し、被害関係妄想などの精神病症状の形成、発展に関与していることが示唆された。

【結論】

本研究は、心の理論の認知的側面と情動的側面について同一条件下において検討可能な課題を開発し、統合失調症患者とそのハイリスク群、健常対象群に対して施行し、課題遂行中の脳活動を機能的磁気共鳴画像法にて計測した。横断的な検討ではあるが、対人相互性などの社会認知において重要であると考えられている下前頭回および上側頭回は、心の理論の認知的・情動的側面のいずれも、ハイリスク群において機能の相違が存在することを初めて見出し、精神病性症状の形成に関与していることを示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は統合失調症のハイリスク群(Ultra-High Risk: UHR)における社会認知機能の障害の神経基盤を明らかにするため、心の理論の情動的側面(affective perspective-taking: APT)と認知的側面(cognitive perspective-taking: CPT)、および対照条件(CNT)を検討可能な心理課題を作成し、機能的磁気共鳴画像法を用いて健常対照群と、すでに統合失調症を発症した群の神経基盤を比較し下記の結果を得ている。

1. 健常者22名における脳活動は、CPT-CNTコントラストでは、両側の内側前頭前野、上側頭溝、背外側前頭前野および楔前部に有意な賦活を認め、APT-CNTコントラストでは、上記領域に加え、両側の下前頭回、中側頭回、側頭極、および左下側頭回、右後頭葉に有意な賦活を認め、両側上側頭溝後部の賦活は側頭頭頂接合部まで及んでいた(P < 0.05, Familywise Error corrected)。これらは、先行研究の結果と一致する所見であった。

2. UHR基準を満たすハイリスク群17名、統合失調症群(SZ)16名、および背景情報を統制した健常対照群(NC)20名の比較では、反応時間、正答率ともグループ間の相違は認めなかった。グループ間の画像解析(二元配置分散分析)においては、グループと条件の交互作用は、両側の下前頭回に認めた(P < 0.001, uncorrected, 10ボクセル以上)。下位検定では、両側ともCPT-CNTコントラストでは群間の差を認めず、APT-CNTコントラストにおいて右下前頭回では、NC > UHR、SZ > UHRであり、左下前頭回では、NC > UHR、NC > SZであった(P < 0.05)。一方、グループの主効果は、両側の上側頭回に認めた(P < 0.001, uncorrected, 10ボクセル以上)。CPT-CNTコントラストにおいては、両側ともSZ > NC、SZ > UHRであり、APT-CNTコントラストにおいては、両側ともSZ > NC、UHR > NCであった(P < 0.05)。

3. 両側の上側頭回における信号変化と症状の重症度との相関は、右上側頭回においては、UHR群においてCPT-CNT条件では総合精神病理尺度得点、APT-CNT条件ではUHR群、SZ群においてGAFと負の相関を認めた。一方、左上側頭回においては、UHR群においてCPT-CNT条件、APT-CNT条件とも陽性症状と妄想得点と正の相関を認め、APT-CNT条件で総合精神病理尺度得点と正の相関を認めた。両側の下前頭回においては、いずれの臨床指標とも有意な相関は認めなかった。これらは、統合失調症群やハイリスク群における他者の意図や情動の理解の困難さと関連し、被害関係妄想などの精神病症状の形成、発展に関与していることが示唆するものであった。

以上、本論文はハイリスク群における心の理論の情動的側面の神経基盤に、機能の相違があることを初めて見出し、臨床病期の進展に伴う精神病性症状の形成に関与している可能性を示唆した。これらの結果は、統合失調症の病態解明や発症予測、治療に関連する客観的指標の確立を目指す上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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