学位論文要旨



No 128190
著者(漢字) 宮本,章歳
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,アキトシ
標題(和) 新規アポトーシスセンサーを用いたアポトーシス誘導における細胞内Ca2+動態の解析
標題(洋)
報告番号 128190
報告番号 甲28190
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3849号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

ホルモン、神経伝達物質、成長因子などの細胞外刺激により、ホスホリパーゼ C (PLC) の活性化を介し、細胞膜成分であるホスファチジルイノシトール4,5二リン酸が分解されイノシトール1,4,5三リン酸 (IP3) とジアシルグリセロール (DAG) が産生される。IP3は小胞体などの細胞内Ca2+ストア膜上に存在するIP3受容体 (IP3R) に特異的に結合して細胞内Ca2+ストアからのIP3誘導性Ca2+放出 (IP3 induced Ca2+ release: IICR) を引き起こし、瞬時に細胞質内Ca2+濃度を上昇させる。放出されたCa2+は直ちにsarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase (SERCA) により細胞内Ca2+ストアに取り込まれるか、plasma membrane Ca2+-ATPase (PMCA) により細胞外に排出される。IICRによる細胞内Ca2+ストアでのCa2+枯渇により、小胞体内腔のCa2+センサーであるStromal interaction molecule (STIM) が細胞膜上のCa2+チャネルOraiに結合することで、細胞外からのストア作動性Ca2+流入 (Store-operated Ca2+ entry: SOCE) が誘導される。

静止状態での細胞質内Ca2+濃度は細胞内Ca2+ストアや細胞外液に比べて約1万分の1と低く保たれており、神経伝達物質、ホルモン、成長因子などの細胞外刺激により生じる細胞内Ca2+濃度変動はセカンドメッセンジャーとして機能する。細胞質におけるCa2+放出はCa2+波やCa2+振動といった複雑な時空間的パターンを示し、受精、筋収縮、細胞分化、アポトーシスなどの様々な生命現象において重要な役割を担っている。そのため、刺激により誘導される細胞内Ca2+動態には刺激に応じた細胞応答を誘導するための情報が含まれていると考えられ、Ca2+振動の周波数がCa2+依存性酵素の活性や遺伝子発現など多彩な細胞現象を制御すると考えられている。しかしながら、生細胞内での細胞内Ca2+濃度変動は一定の振幅を持ったCa2+振動以外にも様々な形態で生じることから、Ca2+振動の頻度だけが細胞外からの情報を細胞に伝播する細胞内Ca2+動態の成分ではないと考えられている。

未成熟B細胞であるニワトリB細胞由来株DT40細胞の細胞膜上にあるB細胞抗原受容体 (BCR) に抗原が結合すると、PLCγ2 によりIP3が産生され、IICRにより細胞内Ca2+濃度が上昇する。その後、DT40細胞ではミトコンドリア膜電位の消失、シトクロームcの放出、カスパーゼ3の活性化、DNAの断片化といった典型的なミトコンドリア依存性のアポトーシスが誘導される。3種類全てのIP3Rアイソフォームが欠損したDT40細胞ではBCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇及びアポトーシスが抑制されることから、BCR刺激によるアポトーシス誘導にはIP3RからのCa2+放出が重要であると考えられている。IP3RからのCa2+放出による細胞内Ca2+ストアのCa2+枯渇はSOCEを誘導するが、SOCEもまたアポトーシス誘導に重要な役割を担っており、SOCEを構成しているタンパク質であるOrai1やSTIM1の遺伝子に変異が生じSOCEが阻害されると重度の免疫不全が引き起こされる。

BCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇がアポトーシスを引き起こす一方で、BCR刺激により誘導されたCa2+振動はカルシニューリンを介してNuclear factor of activated T-cells (NFAT) を活性化し、遺伝子発現を誘導することで細胞の生存に寄与すると考えられている。このようにCa2+は細胞の生存およびアポトーシス誘導を制御しているが、従来の研究では細胞内Ca2+動態の測定とアポトーシスの解析は別々に行われてきた。つまり、個々の細胞での細胞内Ca2+動態とアポトーシスの一対一対応は見られていなかった。しかしながら、アポトーシス誘導刺激により誘導される細胞内Ca2+動態や刺激後の細胞の運命、さらにはアポトーシスが起こる時間も個々の細胞で異なっているため、どのような細胞内Ca2+動態がアポトーシスを誘導し、また一方でどのような細胞内Ca2+動態が細胞の生存に寄与しているのか全く分かっていない。

細胞内Ca2+動態とアポトーシスの相関を調べるためには、アポトーシス誘導刺激による細胞内Ca2+動態とその後の細胞運命を個々の細胞で同時に観察することが必要である。そこで、本研究ではカスパーゼ3の活性化を指標としたアポトーシス検出のための蛍光センサーの開発により細胞内Ca2+動態と細胞の運命を個々の細胞で観察できる実験系の確立を試みた。従来用いられてきた、改変型青色蛍光タンパク質 (ECFP) と改変型黄色蛍光タンパク質 (Venus) の間の蛍光共鳴エネルギー転移 (FRET) に基づいた活性化カスパーゼ3センサーであるSCAT3は、同じECFP-Venusペアを使用したCa2+センサーであるyellow cameleon (YC) と同時に使用することが困難である。そこで、まずYCと同時に使用できる新規蛍光タンパク質FRETペア の開発を行った。FRETのドナーには、ECFPと同じ励起波長特性を持ちながらストークスシフトが大きく、570 nmに蛍光スペクトルの最大値を持つdKeima570を使用した。FRETアクセプターには、赤色蛍光タンパク質mRFP1に8箇所の遺伝子点変異を導入することで、蛍光スペクトルが長波長側にシフトし、さらにモル吸光係数が劇的に改善されたFP615を使用した。このdKeima570とFP615の蛍光タンパク質FRETペアを用いて新規活性化カスパーゼ3センサー: RACS3を開発し、Ca2+センサーであるYC3.60とRACS3を用いて、細胞内Ca2+動態とカスパーゼ3の活性化を同時観察できるデュアルFRETイメージングシステムを構築した。そして、DT40細胞でBCR刺激後1時間の間に誘導される細胞内Ca2+動態を YC3.60を用いて高サンプリング周波数 (0.2 Hz)で観察し、その後、サンプリング周波数を16.7 mHzに下げてRACS3のシグナルを14時間追跡した。BCR刺激後アポトーシスを起こした細胞 (アポトーシス細胞) と刺激後15時間生存した細胞 (生存細胞) の細胞内Ca2+動態を比較したところ、生存細胞ではBCR刺激により誘導される細胞内Ca2+動態の総Ca2+量がアポトーシス細胞に比べて有意に多いことが分かった。両細胞群共に、BCR刺激開始直後に振幅が大きい1回から数回のCa2+スパイクからなる初期Ca2+スパイクが生じるが、アポトーシス細胞では生存細胞に比べて有意に初期Ca2+スパイクの振幅が小さいことが分かった。さらに、生存細胞では初期Ca2+スパイク以降に細胞質内Ca2+濃度が静止状態に戻らずに、不規則なCa2+スパイクを伴った持続的なCa2+濃度上昇 (持続性Ca2+上昇) が生じた。

そこで次に、BCR刺激後に見られる細胞内Ca2+動態の形成メカニズムについて、細胞外からのCa2+流入と細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出の2点に着目して解析を行った。細胞外Ca2+濃度を下げた状態でBCR刺激を加えると、初期Ca2+スパイクの振幅は変化しないものの、持続性Ca2+上昇の大きさが顕著に減少した。以上の結果から、初期Ca2+スパイクは細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出により形成され、初期Ca2+スパイク以降に生じる持続性Ca2+上昇は細胞外からのCa2+流入に依存することが分かった。さらに、測定温度を室温 (25℃) と培養条件である39.5℃に調整しBCR刺激を行ったところ、持続性Ca2+上昇には温度依存性があり、室温 (25℃) では持続性Ca2+上昇が生じず、培養条件である39.5℃ では生じることが分かった。

そこで、さらにSOCE特異的な阻害剤であるDPB162-AEおよびDPB163-AEをBCR刺激後に添加し細胞内Ca2+動態を測定したところ、阻害剤により持続性Ca2+上昇が抑制された。また細胞膜上のCa2+チャネルの阻害剤であるLa3+を添加したところ、SOCE特異的阻害剤と同様に持続性Ca2+上昇が抑制されることがわかった。これらの阻害剤を用いた解析から、持続性Ca2+上昇が細胞外からのCa2+流入に依存して生じることが確かめられた。さらに、これらのCa2+流入阻害剤を添加することで、BCR誘導性アポトーシスの割合が増加することがわかった。これらの結果は、SOCEに依存して生じる持続性Ca2+上昇が、BCR刺激後の細胞の生存に相関することを示唆している。

細胞内Ca2+ストア内のCa2+濃度の減少を感知して細胞膜上のOrai1チャネルを活性化するSTIM には、STIM1とSTIM2のアイソフォームがある。DT40細胞におけるこれらのタンパク質の働きを調べるために、STIM1とSTIM2をノックアウトしたSTIM1欠損DT40細胞株 (STIM1-/-株)、STIM2欠損DT40細胞株 (STIM2-/-株)、STIM1及びSTIM2欠損DT40細胞株 (STIM1,2-/-株) を用いて、BCR刺激後の細胞内Ca2+動態を測定した。その結果、(1) STIM1-/-株では野生型DT40細胞に比べ持続性Ca2+上昇が有意に低下し、(2) STIM2-/-株では野生型DT40細胞に比べ持続性Ca2+上昇が有意に増加し、(3) STIM1,2-/-株では初期Ca2+スパイクのみ生じ、持続性Ca2+上昇が完全に消失していることが明らかとなった。次に、フローサイトメトリーを用いてBCR刺激によりアポトーシスを起こした細胞の割合を測定したところ、STIM1-/-株及びSTIM1,2-/-株では野生型DT40細胞に比べアポトーシスの割合が増加していたのに対し、STIM2-/-株ではBCR誘導性アポトーシスに耐性を示すことが分かった。以上の結果から、(1) STIM1およびSTIM2に制御されたSOCEにより形成される持続性Ca2+上昇がBCR刺激を受けた細胞の生存に相関すること、(2) STIM2はそれ自身でSOCEを誘導するもののSTIM1によるSOCEを抑制するように働いていることが示唆された。

上記のSTIM1,2-/-株を用いたCa2+イメージング実験およびフローサイトメトリーによるアポトーシス細胞の定量化実験から、BCR刺激直後に生じる初期Ca2+スパイクは主に細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出により形成されること、および初期Ca2+スパイクだけでアポトーシスが誘導されうることが示唆された。そこで、本研究で開発したデュアルFRETイメージングシステムをSTIM1,2-/-株に導入し、STIM1,2-/-株においてBCR刺激により誘導される細胞内Ca2+動態とその後の細胞の運命を個々の細胞で観察した。その結果、アポトーシス細胞では生存細胞に比べて初期Ca2+スパイクの振幅が有意に小さいことが分かった。以上の結果から、DT40細胞ではBCR刺激による細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出により初期Ca2+スパイクが形成され、Ca2+スパイクの振幅が小さい細胞でアポトーシスが誘導されることが明らかとなった。

本研究により、(1) BCR刺激により誘導されるCa2+動態は、BCR刺激直後に生じる一過的な初期Ca2+スパイクと初期Ca2+スパイク以降に生じる不規則なCa2+スパイクを伴った持続性Ca2+上昇の少なくとも2つの成分から構成されていること、(2) 刺激直後の初期Ca2+スパイクは細胞内Ca2+ストアからの放出によって主に形成されており、振幅が小さい細胞でアポトーシスが誘導されること、(3) 初期スパイク以降に生じる持続性Ca2+上昇はSTIM1およびSTIM2を介した細胞外からのCa2+流入に依存して形成され、持続性Ca2+上昇の大きさがBCR刺激後の細胞の運命に相関することが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアポトーシス誘導に相関する細胞内Ca2+動態を特定するために、細胞内Ca2+動態とアポトーシスの指標となるカスパーゼ3の活性化を同時観察できる実験系を確立し、アポトーシス誘導刺激後の細胞内Ca2+動態とその後の細胞の運命を個々の細胞で解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.改変型青色蛍光タンパク質 (ECFP) と改変型黄色蛍光タンパク質 (Venus) を使用した蛍光共鳴エネルギー転移 (FRET) に基づいたセンサー (FRETセンサー) と同時に使用できる新規蛍光タンパク質FRETペアを作製するために、赤色蛍光タンパク質 mRFP1に遺伝子点変異を導入することで、FRET受容体に適した新規赤色蛍光タンパク質FP615の作製に成功し、ECFP-Venusと同時に使用できる新規蛍光タンパク質FRETペア dKeima570-FP615の開発に成功した。

2.作製した新規蛍光タンパク質FRETペア dKeima570-FP615を使用して、新規蛍光活性化カスパーゼ3センサー: RACS3の開発に成功した。そして、ECFP-Venusを使用したCa2+センサーであるYC3.60とRACS3を用いて個々の細胞での細胞内Ca2+動態とその後のカスパーゼ3の活性化を同時に観察できるデュアルFRETイメージングシステムを構築した。

3.デュアルFRETイメージングシステムを用いて、B細胞抗原受容体 (BCR) 刺激を受けたニワトリB細胞由来DT40細胞での細胞内Ca2+動態とその後の細胞の運命を個々の細胞で観察し、BCR刺激後に生存した細胞とアポトーシスを起こした細胞での刺激後1時間の細胞内Ca2+動態を比較したところ、アポトーシスが誘導された細胞ではBCR刺激により誘導される細胞内Ca2+動態が生存した細胞に比べ少ないことが分かった。

4.BCR刺激により誘導される細胞内Ca2+動態には、BCR刺激直後に生じる振幅が大きい1回から数回のCa2+スパイクからなる一過的なCa2+スパイク (初期Ca2+スパイク) と初期Ca2+スパイク以降に生じる不規則なCa2+スパイクを伴った持続的なCa2+濃度上昇 (持続性Ca2+上昇) の少なくとも2つの成分が含まれていることが分かった。

5.Ca2+無添加溶液を用いた解析および遺伝子欠損細胞を用いた解析から、初期Ca2+スパイクが主に細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出により生じること、持続性Ca2+上昇は細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出に伴った細胞外からのCa2+流入に依存して生じることが分かった。また、イメージング温度を調整した実験から、持続性Ca2+上昇には温度依存性があり、室温 (25℃) では持続性Ca2+上昇が生じず、培養条件である39.5℃ で生じることが分かった。

6.細胞外からのCa2+流入阻害剤を用いた解析および遺伝子欠損細胞を用いた解析から、初期Ca2+スパイクがアポトーシス誘導において重要な役割を担うこと、および細胞外からのCa2+流入に依存して生じる持続性Ca2+上昇の大きさが細胞の生存に相関することが分かった。

以上、本論文はニワトリB細胞由来株DT40細胞において、細胞内Ca2+動態とカスパーゼ3の活性化を同時観察できるデュアルFRETイメージングシステムを用いた解析と、阻害剤および遺伝子欠損株を用いた解析から、アポトーシス誘導に相関した細胞内Ca2+動態およびその制御機構を明らかにした。本研究は細胞内Ca2+動態とアポトーシスとの一対一対応を明らかにした初めての論文であり、アポトーシス誘導機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク