学位論文要旨



No 128191
著者(漢字) 森山,葉子
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,ヨウコ
標題(和) 労働者の20歳以降の体重変化と脂質異常症発症に関する追跡研究
標題(洋)
報告番号 128191
報告番号 甲28191
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3850号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小山,博史
 東京大学 准教授 李,延秀
 東京大学 特任准教授 藤田,英雄
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 藤田,敏郎
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

高コレステロール血症、高LDLコレステロール血症、高トリグリセライド血症、低HDLコレステロール血症は、動脈硬化性疾患の危険因子であり、動脈硬化性疾患予防のためにはこれら脂質異常の対策が重要である。しかし、日本における総コレステロールやトリグリセライドの平均値は上昇傾向にある。また、脂質異常は自覚症状がなく、健康診断(健診)などの検査ではじめて治療に結びつくことが多い。従って、健診以外に脂質異常の疑いがわかる指標があれば、より早期の動脈硬化性疾患の予防に結びつけることができる。

肥満者には脂質異常が高頻度で観察され、肥満は脂質異常の発症因子の一つとして考えられている。一方で、ある時点において肥満かどうかだけではなく、そこにいたる体重の変化が脂質異常に影響するという指摘もある。また、体重変化が起きた年齢により脂質異常発症のリスクが異なる可能性が指摘され、中でも青年期以降の体重変化におけるリスクが報告されている。人間は20歳までに筋骨格系の成長は終了し、20歳以降の体重増加は主として体脂肪量の増加であり、かつ内臓に蓄積しやすいとされている。しかも、肥満による脂質異常は内臓脂肪優位の肥満に顕著であるとされている。2008年に開始された特定健康診査・特定保健指導においても、問診で20歳からの体重増加についての質問項目が挿入されるなど、青年期以降の体重増加が重視されている。

本研究の目的は、男女労働者を対象とした5年間の追跡調査をもとに、20歳時からの体重変化が、BMIおよび前年からの1年間の体重変化とは独立に、脂質異常症の発症と関連しているか検討することである。

2.方法

本研究は、ある金融保険系企業において健康管理事業の一環として行われているMYヘルスアップ研究をもとに、2004年に実施した質問票調査および2004年度~2009年度の定期健診のデータを用いて分析を行った。対象者は、質問票調査に回答した34,921人のうち、血清脂質データの精度確保のため、血液データの測定が、CDC/CRMLNの脂質標準化プログラムに参加している検査会社で行われている者のみに限定した。横断的分析では、35歳未満の者、56歳以上の者、閉経した女性、妊娠中の女性、営業職の男性、20歳時の体重が20kg以下の者、分析項目に欠損のある者、2004年度の健診で空腹時採血であることを確認できない者、2004年度の健診でトリグリセライド値が400mg/dl以上の者を除き、6,679人を対象とした。縦断的分析では、脂質異常に関する血液データが2004年度から連続してある者に限定した。2005年度から2009年度の間に、妊娠中の者、空腹時採血を確認できない者、トリグリセライド値が400mg/dl以上の者、分析項目に欠損のある者を除き、さらに、2004年度に脂質異常症である者を除き、3,596人を縦断的分析の対象者とした。

脂質異常症の定義は、血清脂質において高LDLコレステロール血症、高トリグリセライド血症、低HDLコレステロール血症のうち少なくとも1つに該当する者、または健診時問診票の病名自由記入欄に本人が脂質異常症関連疾患の病名を初めて記載した者を脂質異常症とした。血清脂質の評価には空腹時採血のデータを使用し、高LDLコレステロール血症は、Friedewaldの式(LDLコレステロール値=総コレステロール値‐HDLコレステロール値‐トリグリセライド値/5)を用いて算出したLDLコレステロール値が140mg/dl以上の者、高トリグリセライド血症は、トリグリセライド値が150mg/dl以上の者、低HDLコレステロール血症は、HDLコレステロール値が40mg/dl未満の者とした。

20歳時以降の体重変化は、各年度の健診における体重と、質問票調査における20歳時点の体重の自己申告値の差から算出した。これを以下の4つの群、1)2.5kg以上の減少、2)2.5kg未満の減少あるいは増加(参照群)、3)2.5kg以上7.5kg未満の増加、4)7.5kg以上の増加、に分類した。

脂質異常症の発症を従属変数、20歳からの体重変化を独立変数とし、ロジスティック回帰分析により、その関連を男女別に検討した。共変量として、年齢、BMI、飲酒、喫煙、運動習慣、食事の時間、睡眠時間、職業性ストレス、職種(女性のみ)、前年からの1年間の体重変化(縦断的分析のみ)を全数投入した。

3.結果

横断的分析では男性1,681人、女性4,998人のロジスティック回帰分析の結果、男性において、すべての共変量を調整した上でOR(95%CI)は、2.5kg以上の減少で0.81(0.44-1.49)、2.5kg以上7.5kg未満の増加で1.57(1.10-2.24)、7.5kg以上の増加で2.21(1.53-3.19)であり、女性においては、2.5kg以上の減少で0.82(0.61-1.11)、2.5kg以上7.5kg未満の増加で1.13(0.91-1.40)、7.5kg以上の増加で1.50(1.19-1.88)であり、男女ともに、体重増加が大きくなるとORも大きくなる傾向にあった。男性の2.5kg以上7.5kg未満および7.5kg以上の増加と、女性の7.5kg以上の増加において脂質異常症が有意に多いことが示された。

縦断的分析において男性710人(2,007人年)、女性2,886人(8,101人年)のロジスティック回帰分析の結果、男性において、すべての共変量を調整した上でOR(95%CI)は、2.5kg以上の減少で0.44(0.20-0.98)、2.5kg以上7.5kg未満の増加で1.29(0.86-1.91)、7.5kg以上の増加で1.51(0.99-2.30)であり、女性においては、2.5kg以上の減少で0.78(0.59-1.04)、2.5kg以上7.5kg未満の増加で1.13(0.91-1.39)、7.5kg以上の増加で1.35(1.06-1.71)であり、男女ともに、体重増加が大きくなるとORも大きくなる傾向にあった。男性では2.5kg以上の減少で発症が有意に少なく、女性では7.5kg以上の増加で発症が有意に多かった。

4.考察

本研究では、35歳から55歳までの日本人男女労働者を5年間追跡し、20歳時点からの体重変化が追跡期間中の脂質異常症発症と関連があるかどうかを検討した。2004年時点の横断的分析の結果から、男性においては2.5kg以上7.5kg未満および7.5kg以上の増加で、女性においては7.5kg以上の増加で、脂質異常症が有意に多かった。縦断的分析の結果からは、男性において2.5kg以上の減少で脂質異常症発症が有意に少なく、女性において7.5kg以上の増加で発症が有意に多かった。

女性では、横断的研究においても縦断的研究においても7.5kg以上の増加で脂質異常症が有意に多く、これは青年期以降の体重増加は高トリグリセライド血症や低HDLコレステロール血症が多いとする研究と一致していた。また、この結果は、20歳以降の体重の増加が主に体脂肪量であり、かつ内臓に蓄積しやすく、脂質異常症は内臓脂肪優位の肥満に顕著におこるとされていることとも一致する。

一方、男性において横断的研究では2.5kg以上の増加で脂質異常症が有意に多かったが、縦断的研究においては20歳からの体重増加と脂質異常症の発症は関連する傾向は見られるものの、有意差は認めなかった。このことの理由として、縦断的研究の男性の対象人年は女性の4分の1であったため、十分な検出力を確保できなかった可能性がある。また、追跡期間中に男性の体重は減少傾向にあった。体重減少が脂質異常を減らすことが指摘されており、20歳からの体重増加があっても、追跡期間中の体重の減少により脂質異常症の発症を防いだ可能性がある。または、縦断的研究では体重増加や共変量との因果の逆転が起こらないよう、2004年時点で脂質異常症を発症している者を除いているが、20歳からの体重増加による脂質異常症の発症は2004年時点以前に起きている可能性があり、それらの者を除いているため、20歳からの体重増加による発症者を低く見積もっている可能性がある。

本研究の縦断的分析では共変量に、BMIと前年から1年間の体重変化を含んでおり、本研究では、青年期からの体重変化と最近の体重変化を同時に分析し、比較可能にした。その結果、現在のBMIや前年から1年間の体重変化とは独立に、20歳からの体重増加が大きいほど脂質異常症発症のORは大きく、女性では7.5kg以上の増加で脂質異常症の発症が有意に高くなることを示した。前年から1年間の体重変化のOR(95%CI)は、男性で1.13(1.07-1.20)、女性で1.04(1.01-1.08)であり、BMIのOR(95%CI)は男性で1.10(1.05-1.16)、女性で1.07(1.04-1.10)であり、いずれも脂質異常症の発症と有意な関連を示した。女性では、7.5kg以上の増加によるORは1.35であり、前年から1kg太ることやBMIが1kg/m2大きいことより20歳から7.5kg以上太ることの方が発症のリスクをより高めることが示唆された。男性では、20歳からの体重増加は発症と有意な関連は認められなかった。従って、脂質異常症の予防には、前年から1年間の体重増加や現在のBMIへの注意が重要であるが、20歳以降の7.5kg以上増加による発症のORは1.51と大きいため、合わせて注意が必要と考える

5.結論

35歳から55歳の間の日本人労働者において、男性ではBMIおよび前年から1年間の体重変化とは独立して、20歳時体重から2.5kg以上減少した場合には脂質異常症発症リスクは低下し、女性では7.5kg以上体重増加した場合に脂質異常症発症リスクが高まることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は20歳以降の体重変化が、BMIや前年から1年間の体重変化の影響とは独立に、脂質異常症発症と関連するかを検証したものであり、以下の結果を得ている。

1.労働者を対象とした質問票調査および定期健康診断のデータから、35~55歳の男女6,679人(男性:1,681人、女性:4,998人)のうち、ベースライン時の脂質異常症有病者は男性829人、女性1,326人であり、有病割合は男性49.3%、女性26.5%であることを明らかにした。

2.脂質異常症の発症を従属変数、20歳時からベースライン時までの体重変化を独立変数とし、ベースライン時のBMIで調整したロジスティック回帰分析を横断的分析として男女別に行った。2.5kg未満の体重変化を参照群とし比較したところ、男性では2.5kg以上7.5kg未満の体重増加、および7.5kg以上の体重増加で脂質異常症は有意に多く、女性では7.5kg以上の体重増加で脂質異常症は有意に多いことを明らかにした。

3.5年間の追跡調査から、脂質異常症の発症を従属変数、20歳時からの体重変化を独立変数とし、BMIおよび前年からの1年間の体重変化で調整したロジスティック回帰分析を縦断的分析として男女別に行った。2.5kg未満の体重変化を参照群とし比較したところ、男性では2.5kg以上の体重減少した者において脂質異常症発症リスクが有意に減少し、女性では7.5kg以上の体重増加をした者において脂質異常症発症リスクが有意に高いことを明らかにした。

4.3の結果、女性において、20歳から7.5kg以上の体重増加者は2.5kg未満の体重変化者を参照群とした場合、脂質異常症発症のオッズ比は1.35であり、前年から1年間の体重変化(連続量)のオッズ比は1.04、BMI(連続量)のオッズ比は1.07であり、いずれも脂質異常症発症と有意な関連を示したが、20歳から7.5kg以上体重増加した者のオッズ比が一番高く、1年に1kg体重増加することやBMIが1kg/m2高いことより、脂質異常症発症リスクを高めることに寄与していることが示唆された。男性においては、7.5kg以上の体重増加者は2.5kg未満の体重変化者を参照群とした場合、脂質異常症発症と有意な関連は示さなかったがオッズ比は1.51と高かった。前年から1年間の体重変化(連続量)のオッズ比は1.13、BMI(連続量)のオッズ比は1.10であり、いずれも脂質異常症発症と有意な関連を示したため、これらの脂質異常症発症のリスクを高める影響が大きいが、20歳から7.5kg以上体重増加した者のオッズ比も高いことから注意を要する必要性を明らかにした。

以上、本研究の結果から、20歳以降の体重変化が、BMIや前年から1年間の体重変化の影響とは独立に、脂質異常症発症と関連することが示唆された。これまでに青年期以降の体重変化と脂質異常症との関連を検討した研究は少なく、いずれも発症ではなく有病者についての報告である。また、本研究では最近の短期の体重変化を調整した上で、20歳からの長期の体重変化と脂質異常症発症が関連することを明らかにした。本研究は、動脈硬化性疾患の危険因子として予防が必要な脂質異常症に対し、その発症に関与する因子の解明ならびに予防活動に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものである。

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