学位論文要旨



No 128192
著者(漢字) 野口,都美
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,サトミ
標題(和) 男性労働者における歯周病と虚血性心疾患との関連:5年間の追跡研究
標題(洋)
報告番号 128192
報告番号 甲28192
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3851号
研究科 医学系研究科
専攻 社会学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 准教授 石川,ひろの
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 特任准教授 鈴木,淳一
内容要旨 要旨を表示する

1序論

歯周病は、う蝕とともに咀嚼機能の減退をもたらす口腔内の二大疾患である。しかも、人種や性別を問わず、罹患の条件さえ揃えば必ず起こりうる疾患であるため、高い有病率を維持している。歯周病は、おもに30代以降で認められ、50代では半数以上の者が有病者であるとされる。

近年、歯周病は単に口腔内病変といった概念にとどまらず、全身に影響を及ぼす可能性が指摘されている。歯周病と全身性疾患に関する報告は徐々に蓄積されており、糖尿病をはじめ循環器疾患(脳卒中または虚血性心疾患)、呼吸器疾患(誤嚥性肺炎または慢性閉塞性肺疾患)、早産や低体重児出産などとの関連が示唆されている。

歯周病の虚血性心疾患へのリスクは2倍程度であるとする先行研究が多く、この関連は60歳未満の年齢層や、男性において強くなる傾向にある。また、歯周病指標のなかでも喪失歯については、歯肉炎や歯周炎に比べて、虚血性心疾患とより強い関連が指摘されている。しかし、歯周病と虚血性心疾患の関連は弱いか、もしくは交絡因子調整後に関連が消失するといった否定的な報告もみられ、知見が一致していない。

先行研究の多くを占める症例対照研究は、対象者の規模が小さく、コホート研究においては、そのほとんどが米国国民健康栄養調査(NHANES)などの限られた大規模データベースに基づいたものであり、研究自体が少ない。いずれも、欧米における報告で占められており、日本におけるコホート研究もしくは縦断研究が必要であると考えられた。

以上を踏まえて、本研究では、企業に従事する中高年男性を対象として5年間の追跡調査を行い、歯周病と虚血性心疾患の罹患との関連を検討した。

2方法

某金融保険系企業における質問票調査と定期健康診断(以下、健診)の結果をもとに5年間の追跡調査を行った。具体的には、2004年10月に自記式の質問票調査を実施し、生活習慣や健康状態などについて尋ねた。質問票は社内便などにより送付・回収され、34,921人(男性7,277人、女性27,644人)から回答を得た。また同年4月から9月に健診データを収集した。質問票に回答しかつ健診を受診した男性7,121人について、2005年から2009年まで追跡調査を行った。

分析においては、歯周病と虚血性心疾患との関連について、2004年のベースラインにおける横断分析と、その後の5年間の追跡調査による縦断分析とを行った。横断分析対象者は、ベースライン時に健診データのある36歳から59歳までの男性職員とし、分析項目に欠損値のない者について、歯周病と虚血性心疾患との関連を検討した。縦断分析対象者は、横断分析対象者のうちベースライン時に虚血性心疾患の現病または既往のない者とし、追跡中の歯周病と虚血性心疾患罹患との関連を検討した。追跡中に退職もしくは健診データのない者、分析項目に欠損値のある者は除外した。

歯周病に関しては質問票から、(1)喪失歯が5本以上あるかどうか、(2)歯周炎があると言われているかどうか、(3)出血、歯の動揺、口臭から算出した歯周病自覚症状スコア、の3つのモデルを作成した。虚血性心疾患は心筋梗塞および狭心症として、歯周病との関連をロジスティック回帰分析により検討した。

3結果

横断分析の対象者は、2004年に実施された質問票調査に回答し、かつ健診を受診した男性職員7,121人のうち、36歳以上59歳以下で分析項目に欠損値のない4,207人であった。平均年齢は46.9歳(標準偏差7.3)、2004年のベースラインにおける虚血性心疾患の有病者は53人(1.3%)、心筋梗塞の有病者は28人(0.7%)、狭心症の有病者は32人(0.8%)であった。

縦断分析の対象者は、横断分析対象者のうち2004年のベースライン時に虚血性心疾患(心筋梗塞または狭心症)である者を除き、退職または健診未受診による脱落者を除く、3,151人(横断的分析対象者の74.9%)で、平均年齢は45.2歳(標準偏差6.4)であった。2005年から2009年までの5年間の虚血性心疾患の罹患者は36人(1.1%)、心筋梗塞の罹患者は18人(0.6%)、狭心症の罹患者は24人(0.8%)であった。

横断分析において、歯周病の虚血性心疾患に関するロジスティック回帰分析の結果、年齢、BMI、喫煙習慣、高血圧、糖尿病、高LDL-C血症で調整したオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.14(95%信頼区間: 1.20-3.82)、歯周炎ありは1.55(0.88-2.74)、歯周病自覚症状スコアは1.29(0.98-1.72)であった。歯周病の心筋梗塞に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは1.47(0.65-3.29)、歯周炎ありは2.46(1.13-5.35)、歯周病自覚症状スコアは1.50(1.03-2.18)であった。

同様に、縦断分析において、歯周病の虚血性心疾患に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.08(1.02-4.26)、歯周炎ありは1.56(0.78-3.14)、歯周病自覚症状スコアは1.35(0.94-1.93)であった。歯周病の心筋梗塞に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.28(0.86-6.07)、歯周炎ありは2.20(0.82-5.89)、歯周病自覚症状スコアは2.10(1.29-3.41)であった。

4考察

喪失歯が5本以上あることは、虚血性心疾患と有意な関連が見られ、これは横断分析と縦断分析の両方で認められ、オッズ比はそれぞれ2.14、2.08であった。喪失歯数と虚血性心疾患との機序については議論の余地があるものの、これまで(1)歯の喪失はより重篤な歯周病であると捉えることができ、細菌感染や炎症反応を経路として虚血性心疾患と関連している(2)歯の喪失が咀嚼に影響して栄養摂取が偏ることから、虚血性心疾患に関連している、といった示唆がある。海外のコホート研究においては、喪失歯数と虚血性心疾患の関連には一定の見解の一致がみられ、喪失歯数は、歯周病指標のなかでも虚血性心疾患との関連が強いと捉えることができる。

歯周炎ありの質問項目に関しては、回答の信頼度が低いことが考えられたが、横断分析においては心筋梗塞と有意な関連が見られた。また、出血、歯の動揺、口臭によって構成した歯周病自覚症状スコアは、横断分析と縦断分析ともに、心筋梗塞と有意な関連が見られた。まとめると、歯肉炎や歯周炎といった歯周病症状は心筋梗塞と関連し、オッズ比にして1.50から2.46であり、この結果は先行研究による報告と近いものとなっていた。歯周病の心筋梗塞への関与は、口腔内細菌が血管に侵入し、動脈硬化病変の形成や破裂を引き起こすという機序の他に、歯周病変部の炎症反応によってもリスクが高まることが示唆されている。

5結論

本研究から、36歳から59歳までの男性労働者において、歯周病と虚血性心疾患に関連があることが認められた。なかでも、5本以上の喪失歯は虚血性心疾患と関連し、歯周炎があることや歯周病自覚症状は心筋梗塞と関連していた。この関連は、他の主要な危険因子とは独立して認められ、歯周病が虚血性心疾患の罹患リスクを高める可能性がある。以上から、虚血性心疾患の予防として口腔ケアを啓発することが重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、欧米で指摘されつつある歯周病と虚血性心疾患との関連について、我が国においても同様に認められるのかを検討するため、金融保険系企業職員の男性を対象として、5年間の追跡調査より以下の分析を行った。

1.横断分析として、2004年の質問票調査および健診を受診した男性職員7,121人のうち欠損値のない36歳以上59歳以下の者4,207人に対し、歯周病の虚血性心疾患(狭心症と心筋梗塞)に関するロジスティック回帰分析を行った。結果より、年齢、BMI、喫煙習慣、高血圧、糖尿病、高LDL-C血症で調整したオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.14(95%信頼区間: 1.20-3.82)、歯周炎ありは1.55(0.88-2.74)、歯周病自覚症状スコアは1.29(0.98-1.72)であった。歯周病の心筋梗塞に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは1.47(0.65-3.29)、歯周炎ありは2.46(1.13-5.35)、歯周病自覚症状スコアは1.50(1.03-2.18)であった。

2.縦断分析として、2004年に虚血性心疾患(心筋梗塞と狭心症)である者を除き、5年間の追跡期間中に退職または健診未受診による脱落者を除く、36歳から59歳の男性職員3,151人に同様のロジスティック回帰分析を行った。結果より、歯周病の虚血性心疾患に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.08(1.02-4.26)、歯周炎ありは1.56(0.78-3.14)、歯周病自覚症状スコアは1.35(0.94-1.93)であった。歯周病の心筋梗塞に関する調整済みオッズ比は、喪失歯5本以上ありは2.28(0.86-6.07)、歯周炎ありは2.20(0.82-5.89)、歯周病自覚症状スコアは2.10(1.29-3.41)であった。

これより、36歳から59歳までの男性労働者において、歯周病と虚血性心疾患に関連があることが認められた。なかでも、5本以上の喪失歯は虚血性心疾患と関連し、歯周炎があることや歯周病自覚症状は心筋梗塞と関連していた。

以上、本研究から歯周病が虚血性心疾患と関連し、この関連は他の主要な危険因子とは独立して認められ、歯周病が虚血性心疾患の罹患リスクを高める可能性のあることが明らかとなった。これは、我が国における縦断的な報告としては最初のものであり、歯周病と虚血性心疾患に関する知見の蓄積に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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