学位論文要旨



No 128195
著者(漢字) 末永,文子
著者(英字)
著者(カナ) スエナガ,フミコ
標題(和) マウス同種造血幹細胞移植に伴うリンパ節障害に関する研究
標題(洋)
報告番号 128195
報告番号 甲28195
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3854号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 大迫,誠一郎
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 講師 新谷,香
内容要旨 要旨を表示する

同種造血幹細胞移植(allogeneic hematopoietic stem cell transplantation,allo-HSCT)は、患者(レシピエント)の異常な造血器系を除去した後、提供者(ドナー)の正常な造血幹細胞を移植することで、正常な造血器系を再構築する治療法である。対象疾患は造血器悪性疾患、骨髄不全、免疫代謝疾患などであり、これらの疾患に対する標準的治療法として急速に普及してきている。さらに、移植前処置の改善、HLAの適合と免疫抑制による移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease,GVHD)予防・治療、さらにドナーの拡大により、allo-HSCTは造血器系疾患に対する比較的安全かつ強力な治療法としてだけでなく、形質細胞性腫瘍や固形腫瘍、膠原病などの造血系疾患以外の疾患への治療法としても実施件数が増加傾向にある。

しかし、allo-HSCT後の5年生存率は未だ50%程度であり、死亡例に占める再発を除く治療関連死は60%にのぼる。なかでも治療関連死の約30%を占める感染症に対しては、免疫グロブリン製剤や抗生剤の投与などの治療が施されるものの、複数の合併症の末に感染が生じる事例が多く、死亡例の上位を占める。したがって、allo-HSCTの更なる安全性向上ならびに適応拡大には、致死的感染症の克服が大きな課題となる。

allo-HSCT後の患者は、放射線照射および大量化学療法などの移植前処置により移植前の獲得免疫を喪失しており、さらに免疫抑制剤やGVHDの影響により免疫不全状態にある。加えて、allo-HSCT後に急性および慢性GVHDを発症した患者では、T細胞・B細胞再構築が遅延することが知られている。そのため移植後の患者は易感染性であり、いかにして免疫再構築を促進し、ワクチンの再接種による獲得免疫成立を早期に達成するかが重要となる。

所属研究室における最近のMHCクラス1/11不一致マウスGVHDモデル(B6→BDF1)の解析により、ドナーCD4+T細胞が骨髄造血ニッチを障害することでB細胞分化が重度に抑制される「骨髄GVHD」が、T細胞・B細胞の再構築遅延の一因であることが明らかになった。しかし、GVHDを経験した患者では、末梢におけるT細胞・B細胞数が回復した後にも、易感染性やワクチンへの不応性の原因となる液性免疫不全が遷延するという報告もあり、この場合、骨髄および胸腺といった一次リンパ組織の障害による血球産生数の低下では移植後の免疫不全は説明することができない。このような血球数と獲得免疫の回復における乖離については骨髄GVHDモデルにおいても認められており、移植後早期の抗CD4抗体投与により骨髄GVHDの原因となるドナーCD4+T細胞を除去し、レシピエントマウス体内に残留するドナーT細胞をCD8+T細胞のみにした場合、T細胞・B細胞の再構築とともにIgM抗体の産生が回復する一方、糞便中IgAおよび血清IgGの回復が遅延する。これらクラススイッチを必要とする免疫グロブリンサブタイプの回復遅延の原因として申請者は、クラススイッチを伴う強力な獲得免疫応答誘導の場であるリンパ節がCD8+T細胞により障害されるという可能性を考えた。

この仮説を検証するために、主要組織適合抗原(major histocompatibility complex,MHC)またはマイナー組織適合抗原(mHA)不一致のドナーおよびレシピエントの組み合わせで種々のallo-HSCTモデルを用いて、コントロール群(BMT群)およびGVHD誘導群(GVHD群)におけるリンパ節障害の有無を検討した。移入するT細胞をCD4+T細胞のみ、あるいはCD8+T細胞のみとしてリンパ節の障害を評価したところ、CD8+T細胞単独でリンパ節障害を発症しうること、またメジャーミスマッチの場合はCD4+T細胞によっても軽度のリンパ節障害を発症するケースがあることが明らかになった。重度のリンパ節障害を呈したCD8+T細胞依存的GVHD発症マウスでは、GVHDスコアはほとんど上昇しなかったものの、移植後40日目の解析では、リンパ節の著明な萎縮が肉眼的に観察でき、移植後200日以降もこの状態が持続することを確認した。さらにH&E染色において、リンパ節の委縮、細胞数低減、実質領域減少を認めた(図1)。この時、骨髄B細胞・胸腺細胞の数はいずれもBMT群とGVHD群は同等もしくは軽度の減少であったのに対し、GVHD群のリンパ節総細胞数はBMT群の1/50~1/100ほどと極めて少なくなっていた。これらの結果から、CD8+T細胞依存的なGVHDを発症したマウスでは、不可逆的なリンパ節障害が起きることが明らかとなった。

移植後40日目のリンパ節を蛍光免疫組織染色によりさらに解析したところ、BMT群では明瞭なT細胞・B細胞領域、髄質領域を認めるなど正常なリンパ節構築を呈しており、血流からのリンパ球の入り口である高内皮細静脈(High endothelial venule,HEV)、HEVおよびT細胞領域ストローマ細胞が産生するケモカインCCL21の発現の回復も認めた。しかしながら、GVHD群では細胞密度が疎であり、正常なリンパ節構築、HEVは認めず、CCL21の発現も不均一かつ低レベルであった。さらに電子顕微鏡によりHEVを解析したところ、GVHD群では正常なHEVを認めず、組織内には細胞の残骸と思われる細胞内小器官などを多数認め、全領域にわたって細胞密度は疎であった。以上の結果からCD8+T細胞依存的なGVHDを発症したレシピエントでは、獲得免疫の誘導に必要なリンパ節の機能的構造、すなわちT細胞への抗原提示の場であるT細胞・B細胞領域への抗原提示ならびに増殖・分化の場である濾胞領域、T-B間相互作用の場であるT-B境界領域が失われること、またリンパ節への血行性細胞流入に必須であるHEVが重度の障害を受けることが明らかになった。

病理学的解析により示されたリンパ節の機能的構造障害が、実際にリンパ節機能にどれほどの障害を与えているかを、移植後40日目のBMT群およびGVHD群におけるT細胞依存的なモデル抗原NP-OVAの皮下免疫またはコレラ毒素の経口免疫に対する抗体産生応答の評価、ならびにサルモネラ経口感染モデルにおける生存率を指標に解析したところ、GVHD群において抗体産生応答および感染防御が著しく減弱化していた。これらの結果から、CD8+T細胞依存的なGVHDを発症したマウスのリンパ節は、機能的にも十分なIgA/IgG抗体応答および所属リンパ節におけるフィルタリング機能に依存する感染防御を担保出来ないことが明らかとなった。

最後に、発症機序に基づく予防法について検討を行った。GVHDによるリンパ節障害はCD8+T細胞依存的に起こると考えられたため、移植後2日目からの抗CD8抗体投与によるCD8+T細胞の除去を試みたが、予防効果は見られなかった。そこで、GVHDによる組織障害に重要な役割を果たすことが報告されている、移植前処置として行うX線照射やFas ligand(FasL)-Fas細胞傷害経路の関与を検証するため、X線非照射GVHDモデルおよびFasL変異(FasL(gld))マウス由来CD8+T細胞を用いたGVHDモデルにおけるリンパ節障害の有無を解析したところ、X線非照射GVHDモデルではリンパ節障害を認める一方、FasL(gld)CD8+T細胞を移入した群ではリンパ球数低下の軽減とT細胞領域におけるT細胞の集積を認めた(図2)。以上の結果より、CD8+T細胞依存的なGVHDにおける不可逆的なリンパ節障害は、X線照射非依存的であり、ドナーCD8+T細胞によるFasL-Fas細胞傷害経路が関与していることが明らかとなった。さらに、移植後の抗体投与によるCD8+T細胞の除去ではリンパ節障害の予防・治療は困難であるが、ドナーCD8+T細胞上のFasLを阻害することで、リンパ節障害を軽減できる可能性が示唆された。

本研究結果から、ドナーCD8+T細胞によって引き起こされるGVHDによって、リンパ節が不可逆的な機能障害を被ることが明らかとなった。このようなリンパ節障害が誘導されたマウス個体では、液性免疫応答の誘導ならびに感染防御に重度の不全を認めたことから、GVHDによるリンパ節障害が、allo-HSCT患者においてリンパ球回復後も年単位で持続するワクチン不応答性、易感染性を説明する重要な機序となっていることが強く示唆される。また、マウスallo-HSCTモデルでは、GVHDスコアが軽度の症例においても線維化を伴う重度のリンパ節障害が認められたことから、明確なGVHD症状を認めない患者においてもリンパ節障害が発症している可能性がある。これらを踏まえて、今後、allo-HSCT患者に対して抗腫瘍効果を残した状態でのFasL阻害による、あるいは、より効果的な予防標的の探索により、重度なリンパ節障害の予防と、X線体軸断層撮影装置などの画像診断を駆使してリンパ節萎縮を非侵襲的かつ早期に評価することで、患者のリンパ節障害に合わせたより有効なワクチン接種および感染リスクへの対処が実現されることを期待している。

図1CD8+T細胞依存的GVHDを発症したマウスにおけるリンパ節障害

B6CD8+T→BDFI GVHDモデルマウスの移植度40日口の鼠径リンパ節のH&E染色像。GVHD群における重度の萎縮およびリンパ球細胞数の著減が認められた。

図2 FasL(gld)CD8+T細胞依存的GVHD)を発症したマウスにおけるリンパ節障害B62FasL(gld)CD8T

→BDF1GVHDモデルマウスの移植後40日目の鼠径リンパ節を(左)B220/TCRβ/IV型コラーゲン、(右)Lyve-1〔緑;リンパ管内皮細胞)Panendothetial cell antibody(赤;内皮細胞)IV型コラーゲンに対する抗体で蛍光免疫染色した。FasL(gld)CD8+T細胞移入群はWtCD8+T細胞移入群よりも萎縮、T細胞領域喪失、リンパ管障害が軽度で、部分的なT細胞の集積およびT-B境界の回復が認められた。髄質領域が右側になるよう各図を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、血液系疾患の強力な治療法である同種造血幹細胞移植(allo-HSCT)後の免疫不全、特に既報論文では説明できない、末梢血中のTおよびB細胞数の回復後の液性免疫不全の原因を明らかにするために、allo-HSCT・移植片対宿主病(GVHD)モデルマウスを用いて、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. B6マウスをドナー、BDF1マウスをレシピエントにしたallo-HSCTマウスモデル(B6 to BDF1)を用いて、T細胞除去骨髄(TCD BM)を移植したコントロール群と、TCD BMに加えてCD8+ T細胞を移植したGVHD群を作成した。末梢T、B細胞数がほぼ回復する移植後40日目に、フローサイトメトリー(FACS)を用いたリンパ球数解析、および、ヘマトキシリン-エオシン(H&E)染色を用いた病理学的解析を行った。その結果、GVHD群で、末梢T、B細胞数がBMT群とほぼ同等に回復した一方、リンパ節が重度に萎縮することが明らかになった。

2. ドナーとレシピエントの間の組織適合抗原(HA)不一致の組み合わせが異なる5種類のallo-HSCTモデルマウスを用いて、CD4+ TあるいはCD8+ T細胞依存的GVHD発症モデルマウスを作製し、それぞれ移植後40日目のリンパ球数および構造をFACSとH&E染色により解析した。その結果、重度の萎縮を伴うリンパ節障害は、主にCD8+ T細胞依存的に発症することが示された。

3. リンパ節の構造変化を蛍光免疫染色および電子顕微鏡により解析した。その結果、T細胞への抗原提示の場である傍皮質領域、B細胞への抗原提示ならびに増殖・分化の場である濾胞領域、T-B細胞間相互作用の場であるT-B境界領域が失われていることが明らかになった。また、リンパ節への血行性細胞流入に必須であるHEVが重度の障害を受け、抗原フィルタリングを担う髄質領域が失われること、ならびにリンパ管を介したリンパ球の正常な流入および流出が滞っている可能性が示された。

4. Allo-HSCT後40日目のレシピエントにT細胞依存的なモデル抗原NP-OVAを皮下免疫し、1、2、3週間後のNP特異的IgG1抗体価を、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)を用いて解析した。その結果、BMT群では2週目以降に抗体価を検出できたが、GVHD群の抗体価はいずれも検出限界以下であった。

5. Allo-HSCT後40日目のレシピエントにNP特異的B細胞受容体ノックインB細胞(B1-8)を免疫前日に移入後、4と同様にNP特異的IgG1抗体価を解析した。その結果、B1-8細胞を移入しなかったレシピエントと同じく、BMT群では2週目以降に抗体価を検出できたが、GVHD群の抗体価はいずれも検出限界以下であった。皮下免疫に伴うB細胞の活性化、T-B間相互作用依存的なクラススイッチならびにaffinity maturation がいずれも強く抑制されることが示された。

6. Allo-HSCT後40日目のレシピエントにコレラ毒素(CT)を経口投与し、IgGおよびIgA抗体産生応答を、ELISAを用いて解析した。GVHD群においてCT結合性IgA、IgG抗体ならびに中和抗体の産生が重度に減弱化されることが示された。

7. Allo-HSCT後40日目のレシピエントに大量のサルモネラ菌(1×109 cfu)を経口感染させ、その後の生存率を測定することで粘膜防御の評価を行った。その結果、GVHD群はBMT群と比較して優位に生存率が低いことが示された。GVHD群において腸管膜リンパ節のフィルタリング機能に依存する感染防御が減弱化されることが示された。

8. Allo-HSCT後の抗CD8抗体の投与によるCD8+ T細胞の除去で、リンパ節障害の予防・治療が可能であるかどうかを、FACSによる細胞数解析により評価した。Allo-HSCT後2、4、7あるいは14日目のいずれの時期から抗体投与を開始した場合も、コントロールIgG投与群と同様に重度のリンパ節萎縮が認められた。Allo-HSCT後2日目以降の抗体投与ではリンパ節萎縮を抑制できないことが明らかとなった。

9. 放射線非照射レシピエントにallo-HSCT(B6 to BDF1)を実施し、FACSおよびH&Eを用いてリンパ節障害を解析した。その結果、放射線照射したレシピエントにallo-HSCTした場合と同様にリンパ節障害が認められた。リンパ節障害は放射線照射に依存することなく、免疫学的機序のみで発症し得ることが示された。

10. CD8+ T細胞の持つ細胞傷害経路の内、Fas/Fas ligand(FasL)経路の関与を検証した。FasLの機能欠損ミュータント(FasLgld/gld)マウスから採取したCD8+ T細胞を用いて、Fas/FasL経路の阻害によるリンパ節障害抑制効果を、FACSおよび蛍光免疫染色法を用いて解析した。その結果、リンパ節の萎縮及び構造破壊の部分的な軽減が見られたことから、リンパ節障害機序にFas/FasL経路が部分的に関与することが示された。

以上、本論文はこれまで不明であったallo-HSCT後のGVHD患者に遷延する免疫不全、特に液性免疫不全の原因について、従来注目されていなかったリンパ節がallo-HSCT後のCD8依存的GVHDによって不可逆的な障害を受けることが原因の一つであることを示した。本研究はallo-HSCT後の免疫不全の早期治療および克服に向け重要な知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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