学位論文要旨



No 128200
著者(漢字) 綾部(赤平),理紗
著者(英字)
著者(カナ) アヤベ(アカヒラ),リサ
標題(和) 全身性自己免疫制御における自己反応性T細胞の新たな分化経路の解明
標題(洋)
報告番号 128200
報告番号 甲28200
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3859号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 講師 高橋,倫子
 東京大学 准教授 石川(山脇),昌
内容要旨 要旨を表示する

序文

生体は多様な抗原に対して反応する獲得免疫能を有するが、それはまた同時に自己反応性リンパ球が出現するリスクの内在を意味する。しかし、自己免疫疾患を発症せずにいられるのはセルフトレランスを誘導、維持できているためと考えられる。中枢性セルフトレランスの機序として、Foxp3+制御性T細胞(Treg細胞)への分化とclonal deletionの二つが知られている。この二大機序の破綻がおこると、自己組織に対する過剰なもしくは不適切な免疫応答が生じて自己免疫疾患を発症することが明らかになっている。しかし、実際にヒトの全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、重症筋無力症などの様々な疾患において、自己反応性T細胞の出現が認められており、この二大機序の破綻や異常のみでその本態を説明できるか明らかでない。本研究では、中枢性T細胞トレランスにおける上記二つの機序、すなわちclonal deletionとTreg細胞への分化以外の新規経路の有無を確認し、その機構を解明することを目的に実験を行った。

方法と結果

RDBLSfマウスの系の樹立

全てのCD4+T細胞がOVAすなわち全身性核内自己抗原に反応し機能的Foxp3を欠くRDBLSfマウスを作製した。このマウスに出現するT細胞の挙動の解析によりclonal deletionやTreg細胞への分化以外のトレランスの新規経路を検討することが可能である。

RDBLSfマウスの組織学的評価

RDBLSfマウスは皮膚以外に臓器障害を来すことなく長期間生存可能であり、HE染色にて、唾液腺、肺、腎臓、胃、小腸、大腸などの臓器において炎症を認めなかった。RDBLSfマウスの皮膚はHE染色で真皮に炎症細胞の浸潤を認めた。

RDBLSfマウスにおける自己反応性T細胞の出現

RDBLSfマウスでは皮膚以外はトレランスが保たれているが、胸腺・末梢にCD4 single positive T 細胞が分化してきており、トレランスにおける新規経路の存在が示唆された。また、RDBLSfマウスにおいて自己抗原反応性T細胞が90%以上であることが確認された。

RDBLSfマウスT細胞に特徴的な表面分子・転写因子の同定

マイクロアレイの結果、IL-21, Helios, PD-1, CD200, ICOSがRDBLSfマウスの脾臓のT細胞で非常に強く発現しておりRDBLSfマウスの特徴的発現遺伝子と考えられた。Flow cytometryでもRDBLSfマウスの脾臓においてPD-1+CD200+ Helios+CD4+T細胞が多く認められた。

RDBLSfマウスのT細胞のサイトカイン産生能

RDBLSfマウスのPD1+CD4+T細胞はIL-4, IL-10, IL-21, IFN-γを産生するが、IL-17は産生しなかった。IL-21に関してはPD-1+CD200+CD4+T細胞の産生サイトカインとして位置づけられた。なお、IL-21産生T細胞は同時にIL-10を産生していなかった。特徴表面分子やIL-21が主要サイトカインである点などが従来のfollicular helper T細胞(Tfh細胞)と類似しているため、従来のTfh細胞の代表的表面分子の発現をRDBLSfマウスの末梢のT細胞においてflow cytometryにて検討した結果、CXCR5-ICOS+CXCR4+GL7+CD4+ T細胞であることが判明した。また、従来のTfh細胞の転写因子であるBcl-6が高発現し、そしてRDBLSfマウスの胸腺においてもIL-21産生PD1+CD200+CD4 single positive T細胞が存在していた。

RDBLSfマウスのT細胞の生体内in vivoでの増殖能

RDBLSfマウスは皮膚以外はトレランスが保たれていることからRDBLSfのT細胞は低増殖能であると仮説を立てin vivo で増殖能の実験を行った。Thy1.1+RDOSfマウスおよびThy1.2+RDBLSfマウス由来のOVA反応性TCRをもつCD4+T細胞を混合した後CFSEラベルし、核内にOVAを発現しているLd-nOVAマウスに移入した後、各々の分裂能をCFSEの蛍光強度にて評価した。移入後、Thy1.2+RDBLSfマウス由来のCD4+T細胞はThy1.1+RDOSfマウス由来のCD4+T細胞に比較して増殖しておらず、in vivoでRDBLSfマウス由来のT細胞はsplit anergyであることが分かった。また、このsplit anergyは抗PD-1抗体を生体内に投与しPD-1・PD-1-Ligands反応を阻害することにより解除された。

RDBLSfマウスのT細胞の抗体産生誘導能

RDBLSfマウスのT細胞がIL-21を産生し一部の表面分子や転写因子が従来のTfh細胞と共通していたため、RDBLSfマウスのT細胞をWTマウスのB細胞と共培養して抗体産生誘導能を検討した。RDBLSfマウスのCD4+T細胞はクラススイッチ後のIgG、IgAの抗体産生誘導能が高かった。以上よりこの新規のT細胞サブセットがIL-21産生性で抗体産生誘導能を有し、表面マーカーの多くと転写因子が従来のTfh細胞と共通し、胸腺由来であることから、natural Tfh細胞と名付けた。

DBLマウスにおけるnatural Tfh細胞の分化と自己反応性との関連

Natural Tfh細胞がRag2と機能的Foxp3を欠く特殊な条件下のみで生じるのか検討する為、核内自己抗原反応性T細胞を有するがRag2が存在しTCR改変も生じTreg細胞も存在するDBLマウスで評価したところ、PD-1+Helios+Foxp3-CD4+T細胞が出現しIL-21を産生していた。また、DBLマウスではPD-1+Foxp3-CD4+T細胞が自己反応性の強いpopulationから出現していることが判明した。さらに、DBLマウスの胸腺でCD4 single positive T細胞にIL-21産生細胞が存在し、また胸腺を欠くn/nDBLマウスの末梢にはnatural Tfh細胞が出現しなかったことから、胸腺由来であることが判明した。

Natural Tfh細胞の生体内でのgerminal center形成や抗体産生における役割

Natural Tfh細胞の生体内でのgerminal center形成や抗体産生の評価を行うため、B細胞が存在しつつnatural Tfh細胞の多いTCRα欠損DBLマウスで解析した。Flow cytometryや免疫蛍光法による検討から、germinal center形成は自己反応性が強くnatural Tfh細胞を多く有するTCRα欠損DBLマウスで著明に認められた。またELISAで測定したtotal IgG及びOVA特異的IgG産生、抗核抗体の力価に関しても、TCRα欠損DBLマウスにおいて最も亢進していた。

WTマウスにおけるnatural Tfh-like細胞の分化

特殊な遺伝子改変マウスだけでなくWTマウスの末梢においてnatural Tfh細胞と同等の表面マーカーを有する細胞(natural Tfh-like細胞)が分化していた。またRT-PCR法によりWTマウスの脾臓、胸腺においてnatural Tfh-like細胞でIL-21、Helios、Bcl-6の発現を強く認めた。

Bcl-6欠損マウスでのnatural Tfh細胞の解析

natural Tfh細胞はBcl-6WTマウスで認めるが、Bcl-6欠損マウスではほとんど認められなかった。なお、Bcl-6欠損マウスで消失しBcl-6WTマウスで出現するCD200+PD-1+ Foxp3-CD4+T細胞においてCXCR5の発現が認められなかった。以上よりBcl-6が従来のTfh細胞と同様にnatural Tfh細胞においても重要な遺伝子と考えられた。

健常ヒトにおけるnatural Tf-like細胞の解析

健常ヒトの血液でnatural Tfh-like細胞を認め、Bcl-6も高発現であり、一方CD200+ CD4+T細胞においてCXCR5の発現はほとんど認められなかった。

考察

本研究は、既知の自己反応性T細胞の制御機構であるclonal deletion、Treg細胞への分化経路とは異なる新たな経路を解明した。この経路は、胸腺における自己反応性T細胞からnatural Tfh細胞への分化経路であり、Treg 細胞への分化経路と独立にかつ並行して存在していた。このT細胞サブセットは、従来のTfh細胞と比較して、PD-1やCD200などの一部表面分子と転写因子Bcl-6やHeliosの発現、IL-21産生やB細胞の抗体産生誘導能などの機能面では共通点を有しているが、自己抗原認識、従来のTfh細胞マーカーであるCXCR5が陰性、胸腺分化の点が異なり、新規T細胞サブセットといえる。また、T細胞が自己反応性を有する遺伝子改変マウスだけでなく、WTマウス、ヒトにおいても、natural Tfh-like細胞が存在していた。Natural Tfh細胞はanergic なT細胞であり、本細胞のマスター遺伝子と考えられるBcl-6を欠損したマウスでは多臓器に炎症を認めることからもnatural Tfh細胞の自己免疫制御における重要性が示唆される。また、natural Tfh細胞の機能を考えると正常個体での生理的意義として自然抗体の形成への関与、natural Tfh細胞の病的意義として自己抗体産生への関与が示唆され、今後の検討が必要である。本研究により新たな中枢性T細胞トレランスの機序が明らかとなったが、今後この機構と全身性自己免疫疾患との関わりを検討することにより新たな治療につながる可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、中枢性T細胞トレランスにおける二つの機序、すなわちclonal deletionとTreg細胞への分化以外の新規経路の有無を確認し、その機構を明らかにするため、全てのCD4+T細胞がOVAすなわち全身性核内自己抗原に反応し機能的Foxp3を欠くRDBLSfマウスを作製し、このマウスに出現するT細胞の挙動の解析を実際に試みたものであり、下記に結果を得ている。

1.RDBLSfマウスは皮膚以外に臓器障害を来すことなく長期間生存可能であった。RDBLSfマウスでは皮膚以外はトレランスが保たれているにもかかわらず、胸腺・末梢にCD4 single positive T 細胞が分化してきており、自己抗原反応性T細胞が90%以上を占めることが確認された。このことから、中枢性T細胞トレランスにおける新規経路の存在が示された。

2.マイクロアレイの結果、IL-21、Helios、PD-1、CD200、ICOSがRDBLSfマウスの脾臓のT細胞で非常に強く発現しておりRDBLSfマウスの特徴的発現遺伝子と考えられた。Flow cytometryでもRDBLSfマウスの脾臓においてPD-1+CD200+ Helios+CD4+T細胞が多く認められた。

3.特徴的表面分子やIL-21が主要産生サイトカインである点などが従来のfollicular helper T細胞(Tfh細胞)と類似しているため、従来のTfh細胞の代表的表面分子の発現をRDBLSfマウスの末梢のT細胞においてflow cytometryにて検討した結果、CXCR5-ICOS+CXCR4+GL7+CD4+ T細胞であることが判明した。また、従来のTfh細胞の転写因子であるBcl-6が高発現し、そしてRDBLSfマウスの胸腺においてもIL-21産生PD1+CD200+CD4 single positive T細胞が存在していた。

4.RDBLSfマウスは皮膚以外はトレランスが保たれていることからRDBLSfマウスのT細胞は低増殖能であると仮説を立てin vivo で増殖能の検討を行ったところ、in vivoでRDBLSfマウス由来のT細胞はsplit anergyであることが明らかになった。また、このanergyは抗PD-1抗体を生体内に投与しPD-1・PD-1-Ligands反応を阻害することにより解除された。

5.RDBLSfマウスのT細胞がIL-21を産生し一部の表面分子や転写因子が従来のTfh細胞と共通していたため、RDBLSfマウスのT細胞をWTマウスのB細胞と共培養して抗体産生誘導能を検討した。RDBLSfマウスのCD4+T細胞はクラススイッチ後のIgG、IgAの抗体産生誘導能が高かった。以上よりこの新規のT細胞サブセットがIL-21産生性で抗体産生誘導能を有し、表面マーカーの多くと転写因子が従来のTfh細胞と共通し、胸腺由来であることから、natural Tfh細胞と名付けた。

6.Natural Tfh細胞がRag2と機能的Foxp3を欠く特殊な条件下のみで生じるのか検討する為、核内自己抗原反応性T細胞を有するがRag2が存在しTCR改変も生じTreg細胞も存在するDBLマウスで評価したところ、PD-1+Helios+Foxp3-CD4+T細胞がTreg細胞と比較してより自己反応性の強いpopulationから出現しIL-21を産生していることが判明した。さらに、DBLマウスの胸腺でCD4 single positive T細胞にIL-21産生細胞が存在し、また胸腺を欠くn/nDBLマウスの末梢にはnatural Tfh細胞が出現しなかったことから、胸腺由来であることが判明した。また、特殊な遺伝子改変マウスだけでなくWTマウスの末梢においてもnatural Tfh細胞と同等の表面マーカーを有する細胞(natural Tfh-like細胞)が分化し、RT-PCR法によりWTマウスの脾臓、胸腺においてnatural Tfh-like細胞でIL-21、Helios、Bcl-6の発現を強く認めた。

7.Natural Tfh細胞の生体内でのgerminal center形成や抗体産生の評価を行うため、B細胞が存在しつつnatural Tfh細胞の多いTCRα欠損DBLマウスで解析した。Flow cytometryや免疫蛍光法による検討から、TCRα欠損DBLマウスでgerminal center形成が著明に認められ、またELISAで測定したtotal IgG及びOVA特異的IgG産生、抗核抗体の力価に関しても、TCRα欠損DBLマウスにおいて最も亢進していた。

8.natural Tfh細胞はBcl-6WTマウスで認めるが、Bcl-6欠損マウスではほとんど認められなかった。なお、Bcl-6欠損マウスで消失しBcl-6WTマウスで出現するCD200+PD-1+ Foxp3-CD4+T細胞においてCXCR5の発現が認められなかった。以上よりBcl-6が従来のTfh細胞と同様にnatural Tfh細胞においても重要な遺伝子と考えられた。

以上、本論文は、既知の自己反応性T細胞の制御機構であるclonal deletion、Treg細胞への分化経路とは異なる新たな経路を解明した。このT細胞サブセットは、従来のTfh細胞と比較して、一部表面分子と転写因子の発現、IL-21産生やB細胞の抗体産生誘導能などの機能面では共通点を有しているが、自己抗原認識、従来のTfh細胞マーカーであるCXCR5が陰性、胸腺分化の点が異なり、新規T細胞サブセットといえる。また、natural Tfh細胞はanergic なT細胞であり自己免疫制御における重要性が示唆されること、natural Tfh細胞の正常個体での生理的意義として自然抗体の形成への関与、自己免疫疾患においては自己抗体産生への関与が示唆されることより、本研究で新規に解明されたnatural Tfh細胞への分化経路は、今後、全身性自己免疫疾患との関わりや新たな治療を検討していく上で重要であることから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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