No | 128201 | |
著者(漢字) | 新野,徹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラノ,トオル | |
標題(和) | C型肝炎患者における肝発がんと血清アディポネクチン濃度との関係 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128201 | |
報告番号 | 甲28201 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3860号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【目的】近年の疫学研究から肥満が肝発癌の危険因子となることが明らかとなりつつある。そのメカニズムは不明な点が多いが、肥満やメタボリック症候群が肝発がんにどのように関係するかについては今のところよく分かっていない。しかしながら、脂肪組織から分泌されるサイトカインであるアディポカインの肥満による異常調節がその機序を解明する重要な鍵となると考えられている。脂肪細胞はレプチン、アディポネクチン、腫瘍壊死因子アルファ(tumor necrosis factor α以下TNFα)、インターロイキン6(IL-6)やレジスチンなどのような種々のアディポカインを分泌することにより、他臓器における脂質代謝を制御するのだが、内臓脂肪が増えるような肥満により、レプチン、TNFα、インターロイキン6やレジスチンなどの分泌量が増加し、アディポネクチンの量が低下する。アディポネクチンは、アディポカインの一種であり、抗炎症性やインスリン感受性サイトカインとして知られており、体重が増加するとその分泌量が低下することが知られており、低アディポネクチン血症は脂質異常や心血管関連疾患のような肥満関連の疾患の増悪に寄与しているという報告がされている。更に、低アディポネクチン血症は動物モデルにおいて肝臓の脂肪化、炎症や線維化や肝発がんを進行させるという報告もある。このような動物モデルの実験結果から特に非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis、以下 NASH)などのようなヒトの肝疾患に応用できると考えられる。確かに、NASH患者のアディポネクチン量は低く、それが肝における脂肪蓄積や壊死炎症と関連していた。NASHと同様に肥満やメタボリック症候群はC型慢性肝炎において肝発がんと関連があることが見出され、低アディポネクチン血症がC型肝炎ウイルス関連の肝発がんに関連がある可能性が考えられた。しかし肝炎ウイルス関連の肝発がんにおけるアディポネクチンの役割を調べた研究はまだ少ない。そこで今までの研究報告に基づき、低アディポネクチン血症はC型肝炎患者において将来肝細胞癌(hepatocellular carcinoma、以下HCC)になるリスク因子になるのではないかということの仮説を立てた。このことを実証するため、慢性C型肝炎患者の保存血清を用いて後ろ向きコホート研究を行い、低アディポネクチン血症が発癌を促進するか検証した。 【方法】対象は1994年1月~2002 年12月に当院を定期受診した肝癌の既往のない慢性C型肝炎患者1428人のうち、血清保存されていた325人(男性146人、女性179人、年齢中央値 60歳)とした。コントロールとなる血清は年齢と性別をマッチさせた肝疾患を有していない、健康診断を受けた70名の健常者から収集した。保存血清中アディポネクチン濃度を測定し、男女それぞれ中央値で2群に分け、血清採取日を観察開始日として累積発癌率を算出した。またその他の臨床パラメーターを加え、発癌に及ぼす影響をCox比例ハザードモデルによる単変量、多変量解析で検討した。また、アディポネクチンにはいくつかのアイソフォームが存在しており、3量体を形成している低分子量、6量体を形成している中分子量、12~18量体を形成している高分子量があり、それぞれが異なった役割がある。最近の報告として、アディポネクチンの中でも高分子量アディポネクチンがインスリン感受性に関連して生物学的に機能することが報告されており、高アディポネクチン対総アディポネクチン比(the ratio of HMW adiponectin to total adiponectin ; HMWR)がインスリン抵抗性、メタボリック症候群、心血管関連疾患発症の予測因子となることが報告されている。そのため、アディポネクチンアイソフォームとして、高分子量アディポネクチンを測定し総アディポネクチンとの差から中低分子量アディポネクチンを算出し、同様に高分子量アディポネクチンおよび中低分子量アディポネクチンについてもCox比例ハザードモデルを用いた多変量解析で評価した。またアディポネクチンの肝内の局在を調べるため、肝生検組織を用いてアディポネクチン免疫染色を行い発現量を検討した。 【結果】血清アディポネクチン中央値は、男性10.5μg/ml、女性16.7μg/mlで女性のほうが有意に高く、男女ともに健常者よりも有意に高値を示した(そのため以後の解析はすべて男女別に行った)。血清アディポネクチンは年齢と正の相関、BMIおよび血小板と負の相関を示した。平均9年の観察期間中、122人(男性67人、女性55人)が発癌したが、男女ともに高アディポネクチン群で有意に発癌率が高かった(男性p=0.032、女性p=0.01)。男性患者の低アディポネクチン群での累積発癌率は5年で21.9%、10年で37.7%であるのに対し、高アディポネクチン群では5年で41.1%、10年で51.0%であった。女性患者の低アディポネクチン群では、5年で12.4%、10年で19.3%であるのに対し、高アディポネクチン群では5年で22.2%、10年で39.2%であった。多変量解析でも男性では境界値ではあるが、女性では高アディポネクチン血症は独立した危険因子であった(男性HR 1.82、p=0.050、女性HR 2.07、p=0.031)。そのため、女性患者においてアディポネクチンアイソフォーム解析を行ったところ、高分子量・中低分子量アディポネクチンいずれもC型肝炎患者のほうが健常者より高値であったが、高分子量アディポネクチン対総アディポネクチン比は低下していた。さらに高分子量・中低分子量アディポネクチンを加えて発癌危険因子を解析した結果、中低分子量アディポネクチン高値が独立した危険因子であることが分かった。また免疫染色ではアディポネクチンは肝細胞に強く染まり、特に線維化進行例で肝細胞内に蓄積する傾向がみられた。 【結論】C型慢性肝炎患者では血清アディポネクチンが高い方が、むしろ発癌リスクが高かった。アディポネクチン(特に中低分子量)が発癌を促進する作用をもつ可能性もあるが、線維化をはじめとする肝病態のサロゲートマーカーである可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 肥満が肝発がんを促進することが判明しつつあり、肥満に伴うアディポネクチンの分泌低下が発癌を促進する要因であると推察されている。そのような背景から、本研究はアディポネクチンの役割を明らかにするため慢性C型肝炎患者325人の保存血清を用いてアディポネクチン値を計測し、その後の肝発がんとどのような関係があるのかを調べる後ろ向きコホート研究を行い、下記の結果を得ている。 1.血清アディポネクチン濃度は、男女ともに健常者(男性7.6μg/ml、女性13.1μg/ml) よりもC型慢性肝炎患者(男性10.5μg/ml、女性16.7μg/ml)の方がそれぞれ有意に高値を示した。 2.多変量解析を行ったところ、女性患者において高アディポネクチン血症は独立した肝発がんの危険因子であった。 3.アディポネクチンの局在を調べるため肝組織の免疫染色を行ったところ、アディポネクチンは肝線維化進行例で肝細胞内に蓄積していた 。 4.また独立した肝発がんの危険因子として残った女性患者においてアディポネクチンアイソフォームを評価したが、女性健常者よりも女性C型慢性肝炎患者の方が、高分子量アディポネクチン、中低分子量アディポネクチンどちらでも有意に高いが、とりわけ中低分子量アディポネクチン方がより高いことがわかった。 5.改めて多変量解析を行ったところ、中低分子量アディポネクチンの高いことが独立した肝発がんの危険因子として残った。 以上のことから、C型慢性肝炎患者でアディポネクチン濃度が高いことは肝発がんのリスクが高く、特に女性患者において高アディポネクチン血症(とりわけ中低分子量アディポネクチン)は肝発がんの独立したリスク因子であることが示された。 本研究は血清アディポネクチン濃度と肝発がんとの関係が正の相関関係であることを示した最初の研究である。アディポネクチンは何らかの発癌促進作用をもつ可能性もあるが、線維化をはじめとする発癌危険因子のsurrogate markerである可能性が示唆され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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