学位論文要旨



No 128202
著者(漢字) 内野,康志
著者(英字)
著者(カナ) ウチノ,コウジ
標題(和) 肝外転移を伴う進行肝細胞癌の予後および治療に関する研究
標題(洋)
報告番号 128202
報告番号 甲28202
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3861号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 特任准教授 加藤,直也
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 准教授 長谷川,潔
内容要旨 要旨を表示する

【背景】高危険群に対するサーベイランスの確立や治療法の進歩により、近年、肝細胞癌の予後は改善しつつある。また、肝細胞癌は根治的治療後も高頻度に肝内再発を起こすが、再発病変に対しても再治療が可能となっている。一方でその経過中に、肝外転移が発生することも知られてきた。こうした症例に対する確立した治療法は近年までなかった。しかし、2008年以降、2つの大規模無作為化比較試験の結果が報告され、マルチキナーゼ阻害薬の1つであるソラフェニブが、肝外転移を含めた進行肝細胞癌症例の予後を改善することが示され、標準治療として広く認識されるようになった。しかし、肝外転移症例の詳細な臨床経過については十分解明されておらず、その予後予測因子についてもほとんど知られていない。これらの知見は、ソラフェニブや今後開発される新規薬剤の適応を考える上でも非常に重要である。本研究ではまず、ソラフェニブ登場以前の肝外転移症例を、その臨床経過と予後予測因子について検討する。次に、ソラフェニブ登場以前、杏雲堂病院にて肝外転移症例を中心に行っていた、インターフェロン併用5-FU全身化学療法の成績についてまとめる。

研究1.肝外転移を伴う進行肝細胞癌の予後

【方法】1990年から2006年の間に2386人の肝細胞癌患者が東京大学消化器内科に入院した。2386人の肝細胞癌患者のうち、初診時より肝外転移のあった28人と、経過観察中に肝外転移が出現した314人、合計342人を解析の対象とした。剖検で初めて診断された肝外転移は除外した。最終観察日は2008年12月31日とした。予後予測スコアを作成するため、全342人を171人ずつ、training setとtesting setの2群に分けた。training setにおいて、肝外転移診断時の臨床データをCox比例ハザードモデルで解析し、予後予測因子となるかを検討した。まず単変量解析を行い、次にP値が0.05未満となった因子について多変量解析を行った。その結果をもとに予後予測因子をスコア化した。このスコアリングリングシステムをtesting setに適用し、χ二乗検定とHarrell's c-indexを用いてその妥当性を検討した。

【結果】最初の肝外転移時の平均年齢(±標準偏差)は66.9 ± 9.0歳、男女比は4:1であった。初回転移部位は、肺135例(39.5%)、リンパ節117例(34.2%)、骨87例(25.4%)、副腎30例(8.8%)、脳4例(1.2%)、脾臓2例(0.6%)、乳腺1例(0.3%)で、合計376の肝外転移が342人の患者に発生した。281例(82.2%)で肝外転移診断時に肝内病変が存在した。脈管侵襲は65例(19.0%)に存在し、門脈57例、肝静脈または下大静脈13例、胆管4例であった。performance statusは、0が229例、1が85例、2が19例、3が5例、4が4例であった。肝外転移に対する治療として、切除は、肺転移に対して19例(胸腔鏡下切除術13例を含む)、リンパ節転移に対して8例、副腎転移に対して5例、脾臓転移に対して1例行われた。経皮的局所療法は、副腎転移に対して7例、リンパ節転移に対して5例、骨転移に対して3例行われていた。動脈塞栓術は、副腎転移に対して11例、リンパ節転移に対して2例、肺転移に対して1例行われていた。放射線療法は、骨転移68例、リンパ節転移26例、脳転移2例、副腎転移1例、乳腺転移1例に対して行われた。全身化学療法は、肺転移42例、リンパ節転移27例、骨転移2例に対して行われた。レジメはシスプラチン(CDDP)単剤29例、5-FU+インターフェロン24例などであった。併存する肝内病変に対する経皮的局所療法は、肝外転移が切除や経皮的局所療法で消失、あるいは放射線療法で制御されている場合にのみ行われ、60例に対して行われていた。切除、局所療法、全身化学療法による集学的治療により、22例で肝内病変、肝外転移とも消失し、RECISTによる最良総合効果でCRが得られた。本研究の経過観察中に、301例が死亡した。死因は、273例(90.7%)が肝癌関連死、15例(5.0%)が肝癌の進行が原因となっていない肝不全死、13例(4.3%)が他病死であった。肝外転移が直接の死因となったのは、このうち23例(7.6%)であった。23例の内訳は、肺転移に伴う呼吸不全が17例、脳転移からの出血が5例、骨転移に伴う骨折から出血し肝不全が進行した症例が1例であった。肝外転移診断後の累積生存率は、1年、2年、3年、5年でそれぞれ39.3%、15.3%、7.4%、4.0%、生存期間中央値は8.1ヶ月(1日-108.7ヶ月)であった。肝外転移診断後の予後予測因子について、171例のtraining setをCox比例ハザードモデルを用いて解析を行った。単変量解析では、performance status、Child-Pugh分類、腫瘍径、腫瘍数、肉眼的脈管侵襲、肝外転移に伴う症状、AFP、治療効果判定CRが有意な因子として抽出された。次に、単変量解析で有意となった因子を用いて多変量解析を行い、ステップワイズ変数選択を行った。スコア化を簡便にするために、肝外病変診断時の肝内病変の状態は、肝内病変なし、肝内病変あるが脈管侵襲なし、脈管侵襲ありの3つに分類した。その結果、肝外病変診断時の肝内病変の有無、脈管侵襲の有無、performance statusがステップワイズ変数選択の最終モデルにおいて、独立した有意な予後予測因子として抽出された。それぞれの回帰係数をもとに、スコアを設定し、2つの因子についてのスコアの合計を予後予測スコアとした。このスコアリングシステムを用いて、171例のtesting setを層別化した。その結果、testing setのKaplan-Meierはこのスコアリングシステムによって有意差をもって分けられた(P<0.001)。testing setにおけるこのスコアリングシステムのc-indexは0.73と、良好な予後予測指標となることが示された。

【結論】肝外転移を伴う進行肝細胞癌の予後は、本研究の結果でも1年生存率40%、MST 8ヶ月と予後不良であり、その主な死因は肝内病変の進行によるものであった。予後予測因子として、肝内病変の有無、脈管侵襲の有無、performance statusが重要である。

研究2.肝外転移症例を含む進行肝細胞癌に対するインターフェロン併用5-FU全身化学療法

【方法】2004年1月からソラフェニブが日本で承認される2009年5月までに杏雲堂病院で進行肝細胞癌に対してインターフェロン併用5-FU全身化学療法を行った223例を対象とした。対象患者は切除、経皮的局所療法、肝動脈塞栓術の適応がなく、肝外転移の存在や総肝動脈の閉塞で動注化学療法も適応のない進行肝細胞癌症例が主である。動注、全身を含む化学療法を過去に受けている症例も対象に含めた。治療は1サイクル4週間で行われる。ペグインターフェロンアルファ-2a 90 μgを1、8、15、22日目に皮下注射、5-FU 1日500mgを1-5日目、8-12日目の連続5日間持続静注した。治療効果判定のCTないしMRIは、1サイクルおよび2サイクル目終了時、以降は2サイクル毎に施行した。主要評価は全生存期間とし、副次的評価項目として腫瘍縮小効果、無増悪期間、有害事象について解析した。1クール目を完遂できなかった症例も含めて解析を行った。最終観察期間は2010年6月30日とした。治療開始時の臨床データについて、Cox比例ハザードモデルを用いて予後予測因子となるか解析を行った。単変量解析でP値が0.1未満となったものを用いて多変量解析を行った。

【結果】患者背景は、男性176例、女性47例、平均年齢64.3歳であった。Child-Pugh分類A 166例(74.4%)、B 57例(25.6%)であった。肉眼的脈管侵襲は103例(46.2%)で陽性であった。肝外転移は166例(74.4%)で陽性であった。210例(94.2%)は以前に何らかの治療を受けている患者であった。本治療の治療サイクルの中央値は2サイクル(1-13サイクル)であった。全症例のうち4例が、performance statusの低下、許容範囲を超える有害事象、患者の意思により、1サイクル完遂前に中止となった。腫瘍縮小効果は、6例(2.7%)でCR、15例(6.7%)でPR、52例(23.3%)でSD、132例(59.2%)でPDであった。残りの18例(8.1%)は画像評価が行われる前に脱落した。奏効率は9.4%、病勢制御率は32.7%であった。無増悪期間の中央値は2.0ヶ月であった。Child-Pugh分類class Aとclass Bの症例では無増悪期間に統計学的有意差はなかった(中央値3.0ヶ月 vs. 2.0ヶ月, P = 0.19)。全生存期間中央値は6.5ヶ月であった。累積生存率は1年、2年、3年でそれぞれ31.2%、12.7%、7.1%であった。生存期間中央値は、Child-Pugh分類class Aでclass Bに比較して明らかに長かった(9.2ヶ月vs. 2.8ヶ月, P < 0.001)。治療効果別の生存期間中央値は、CR、PR、SD、PDでそれぞれ27.4ヶ月、24.0ヶ月、13.2ヶ月、4.4ヶ月であった(P < 0.001)。単変量解析では、performance status 0以外、Child-Pugh分類class B、肉眼的脈管侵襲陽性が予後不良因子であった。多変量解析でそれら3つの因子はいずれも独立した有意な予後不良因子であった。grade 3以上の有害事象を28例(12.6%)で認めた。頻度の高い有害事象は、白血球減少(13.9%)、血小板減少(5.8%)であった。その他の主な非血液毒性は、口内炎(6.2%)であった。

【結論】肝外転移を伴う進行肝細胞癌に対するインターフェロン併用5-FU全身化学療法は、安全に施行でき、一部の症例で腫瘍縮小効果が期待できる。そのため、進行肝細胞癌に対する全身化学療法の選択肢の1つとなりうる可能性があり、ソラフェニブとの無作為化比較試験を含め今後のさらなる検討が必要である。

【全体の総括】肝外転移を伴う肝細胞癌症例のうち、肝外転移が直接死因となったのは7.6%で、ほとんどの症例は肝外転移があっても肝内病変の進行が死因となっていた。肝外転移を伴う進行肝細胞癌の予後予測因子として、肝内病変の有無、脈管侵襲の有無、performance statusが重要であった。この結果は、肝外転移症例を含む進行肝細胞癌に対しインターフェロン併用5-FU全身化学療法を行った症例の検討でも同様であった。ソラフェニブが登場した現在でも、肝外転移症例を含めた進行肝細胞癌の予後は不良であり、インターフェロン併用5-FU全身化学療法を含め、今後も新たな治療法の開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ソラフェニブの登場により現在注目されている、肝外転移を伴う進行肝細胞癌に関する研究である。研究1として、肝外転移を伴う進行肝細胞癌症例の予後に関して検討されている。また、研究2として、進行肝細胞癌に対する全身化学療法の選択肢の一つとなりうるインターフェロン併用5-FU全身化学療法の成績を検討している。この二つの研究から下記の結果を得ている。

研究1.肝外転移を伴う進行肝細胞癌の予後

1.本研究の経過観察中に301例が死亡した。その死因は273例(90.7%)が肝癌関連死、15例(5.0%)が肝癌の進行が原因となっていない肝不全死、13例(4.3%)が他病死であった。肝外転移が直接の死因となったのは、このうち23例(7.6%)であった。23例の内訳は、肺転移に伴う呼吸不全が17例、脳転移からの出血が5例、骨転移に伴う骨折から出血し肝不全が進行した症例が1例であった。肝外転移を伴う進行肝細胞癌症例でも、肝外転移が直接の死因となる場合は少なく、ほとんどは肝内病変の進展が死因となることがわかった。

2.肝外転移診断後の累積生存率は、1年、2年、3年、5年でそれぞれ39.3%、15.3%、7.4%、4.0%、生存期間中央値は8.1ヶ月(1日-108.7ヶ月)であり、肝外転移診断後の予後は非常に厳しいことが確認された。

3.肝外転移診断時の患者背景と予後の解析から、予後予測因子として、肝内病変の有無、脈管侵襲の有無、performance statusが重要であることが示された。また、この結果をもとに作成した予後予測スコアリングシステムにより、肝外転移症例の予後を層別化できることが示された。

研究2.肝外転移症例を含む進行肝細胞癌に対するインターフェロン併用5-FU全身化学療法

1.肝外転移症例を含む進行肝細胞癌223例にインターフェロン併用5-FU全身化学療法を行った結果、腫瘍縮小効果は、6例(2.7%)でCR、15例(6.7%)でPR、52例(23.3%)でSD、132例(59.2%)でPDで、奏効率は9.4%、病勢制御率は32.7%、無増悪期間の中央値は2.0ヶ月であった。

2.全生存期間中央値は6.5ヶ月であった。累積生存率は1年、2年、3年でそれぞれ31.2%、12.7%、7.1%であった。生存期間中央値は、Child-Pugh分類class Aでclass Bに比較して明らかに長かった(9.2ヶ月vs. 2.8ヶ月, P < 0.001)。

3.治療開始時の患者背景と予後の解析から、performance status 0以外、Child-Pugh分類class B、肉眼的脈管侵襲陽性が予後不良因子であることが示された。

4.grade 3以上の有害事象を28例(12.6%)で認めた。頻度の高い有害事象は、白血球減少(13.9%)、血小板減少(5.8%)であった。その他の主な非血液毒性は、口内炎(6.2%)であった。進行肝細胞癌患者に対する本治療の安全性が示された。

以上、本論文はこれまで詳細が明らかでなかった肝外転移を伴う進行肝細胞癌症例の予後、予後予測因子、死因を明らかにした。また、進行肝細胞癌症例に対する全身化学療法の選択肢の1つとしてのインターフェロン併用5-FU全身化学療法の治療成績の詳細が示された。本研究は、肝外転移を伴う進行肝細胞癌症例の診療上重要な臨床情報を与え、さらに今後の新たな治療法の開発に際しても貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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