学位論文要旨



No 128203
著者(漢字) 木下,裕人
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ヒロト
標題(和) 胃腫瘍におけるインターロイキン6の役割
標題(洋)
報告番号 128203
報告番号 甲28203
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3862号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 畠山,昌則
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 講師 多田,稔
 東京大学 講師 藤井,毅
内容要旨 要旨を表示する

序文

胃癌は癌関連死の原因として世界第2位の疾患である。近年確立されてきた化学療法をもってしても進行胃癌の予後はいまだ不良であり、分子標的薬を含めた新規治療法の開発が望まれている。インターロイキン6(IL-6)は多様な生理活性を持つ多機能サイトカインであり、胃癌を含めた種々の腫瘍に対して促進的に作用することが報告されている。これまでの報告は胃癌臨床検体や胃癌細胞株においてIL-6の発現と腫瘍の性質との関連を解析したものや、胃癌患者の血清中IL-6レベルと予後の関連を解析したものであり、IL-6を標的とした治療の可能性を検討するためには、IL-6の作用メカニズムをさらに詳細に検討することが重要である。本研究では、胃癌臨床検体およびマウス胃化学発癌モデルの解析により、胃腫瘍におけるIL-6の役割を検討した。ヒトおよびマウスの胃腫瘍において、間質線維芽細胞がIL-6を産生すると考えられるデータを得たため、線維芽細胞と上皮細胞の相互作用の観点からIL-6の機能を解析するため、初代培養ヒト胃線維芽細胞を用いてin vitroの検討を行った。また、IL-6によるシグナル伝達において重要な転写因子Signal transducers and activator of transcription (STAT) 3の活性化やその意義に関して、胃癌細胞株およびマウスの胃腫瘍組織を用いて検討した。

ヒト胃癌組織におけるIL-6の発現

ヒト胃癌組織におけるIL-6の発現量を検討するため、胃癌組織(22例)およびコントロールとしてHelicobacter Pylori陰性の正常胃粘膜(6例)のライセートタンパク中のIL-6濃度をELISAで測定した。胃癌では86%の症例でIL-6の発現が確認できたが、正常胃粘膜では全例でIL-6は検出感度以下であった。次に、ヒト胃癌組織におけるIL-6の局在について検討するため、胃癌31症例の検体を用いてIL-6の免疫染色を行った。36%の症例において腫瘍細胞の細胞質でIL-6陽性であり、74%の症例において腫瘍の間質の細胞でIL-6が陽性であった。間質のIL-6陽性細胞の形態から、これらは線維芽細胞であると考え、線維芽細胞マーカーα smooth muscle actin (αSMA)の免疫染色を行ったところ、IL-6陽性細胞の多くがαSMA陽性であった。以上から、胃癌症例の一部ではIL-6の発現が上昇しており、また胃癌症例の一部では間質線維芽細胞がIL-6を産生していることが示唆された。

マウス胃化学発癌モデル

胃腫瘍の発生におけるIL-6の役割を検討するため、化学発癌剤N-methyl-N-nitrosourea(MNU)による胃化学発癌モデルをIL-6ノックアウト(Il-6-/-)マウスおよび野生型(WT)マウスを用いて施行した。このモデルでは、1週間おきに計5サイクル、飲料水にMNUを混じて投与すると、40週目に中等度ないし高度異型腺腫相当の胃腫瘍が形成される。WTマウスの胃腫瘍の免疫染色では、ヒト胃癌と同じく、IL-6は間質線維芽細胞で陽性であった。すべてのWTマウスで胃腫瘍が形成されたのに対し、Il-6-/-マウスでは胃腫瘍が形成されたのは56%のみであり、腫瘍数および腫瘍の最大径もIl-6-/-マウスで有意に減少していた。マウス胃化学発癌モデルにおいて、IL-6は胃腫瘍形成に関わることが示唆された。

胃線維芽細胞からのIL-6産生メカニズム

ヒト胃由来の間質線維芽細胞をin vitroで培養し、IL-6産生のメカニズムを検討した。胃線維芽細胞を通常の培養条件および胃癌細胞株の培養上清の存在下で24時間培養し、その培養液中のIL-6濃度をELISA法により測定した。通常の培養条件ではIL-6濃度は0.2 ng/ml程度であったが、胃癌細胞株の培養上清で刺激するとIL-6濃度は5~600倍に増加した。

次に、どのようなシグナルを介して胃線維芽細胞からIL-6が産生されるかを検討した。IL-6の発現に関わる転写因子としてNFκBやAP-1がよく知られており、IκBαやMAPキナーゼの活性について調べることとした。胃線維芽細胞を胃癌細胞株の培養上清で刺激し、ウエスタンブロットで解析したところ、IκBαのリン酸化とデグラデーション、JNK、p38およびERKのリン酸化が同時に起こることがわかった。

IκBα、JNKおよびp38を同時にリン酸化させるシグナル経路として、Tumor necrosis factor (TNF) receptorおよびInterleukin-1 (IL-1) receptorを介する経路が知られている。抗TNFα中和抗体およびIL-1 receptor antagonist (IL-1RA)を胃癌細胞株の培養上清に添加して胃線維芽細胞を刺激したところ、IL-6産生はIL-1RAにより著明に抑制されたが、抗TNFα中和抗体には影響されなかった。胃線維芽細胞からのIL-6産生にはIL-1が関わることが示唆された。

SH101細胞の培養上清中にわずかにIL-1α(10 pg/ml)を認めたが、その他の胃癌細胞株の培養上清中にはIL-1αおよびIL-1βは検出されず、胃癌から分泌されるIL-1αあるいはIL-1βが胃線維芽細胞を活性化するわけではないと考えた。正常の培養条件でも胃癌細胞の株培養上清による刺激後でも、胃線維芽細胞の培養上清中のIL-1αおよびIL-1βは検出感度以下であり、胃線維芽細胞自身がIL-1αあるいはIL-1βを分泌しオートクリンで作用しているわけでもないと考えた。

IL-1βは分泌型のみが活性を持つのに対し、IL-1αは膜型も活性を持つと言われており、胃線維芽細胞の胃癌培養上清に対する反応に、胃線維芽細胞自身の膜型IL-1αが関与する可能性を検討することとした。胃癌細胞株の培養上清で刺激した胃線維芽細胞のライセートを用いて、IL-1αのmRNAをリアルタイムPCRで、またIL-1αタンパクをELISAで定量したところ、IL-1α mRNAおよびIL-1αタンパク双方とも、上昇を認めた。以上の結果から、胃線維芽細胞の膜型IL-1αの発現上昇がIL-6産生に関与していることが示唆された。

IL-6の胃癌細胞への影響

IL-6が胃癌細胞に与える影響を、胃癌細胞株をIL-6で刺激することにより検討した。4胃癌細胞株(SH101、NUGC4、MKN74、AGS)をIL-6で刺激した際のSTAT3のリン酸化をウエスタンブロットにより調べたところ、AGS以外の3種ではIL-6によりSTAT3のリン酸化が増強した。次に8種の胃癌細胞株(SH101、NUGC4、MKN74、AGS、MKN1、MKN7、MKN45、TMK1)をIL-6で刺激し、72時間後までの細胞数を計測したが、IL-6刺激による細胞増殖への影響は認められなかった。また、3種の胃癌細胞株(SH101、NUGC4、MKN74)をMNUで刺激することで細胞死を誘導し、そこへIL-6を添加することにより抑制されるかどうかを検討したが、IL-6による細胞死抑制効果は認められなかった。また、IL-6刺激により胃癌細胞からのサイトカイン産生に変化があるかどうかを、胃癌細胞株NUGC4をIL-6で24時間刺激した後に回収した培養上清をサンプルとして、50種のサイトカインに対する抗体を搭載したメンブレンアレイにより解析したが、IL-6刺激は胃癌細胞からのサイトカイン産生に影響しなかった。以上から、胃癌細胞株をIL-6で刺激する実験系では、IL-6の胃癌細胞への影響は大きくないと考えられた。

胃癌におけるSTAT3活性化の意義

IL-6によるシグナル伝達において重要な転写因子STAT3の活性化について、マウス胃化学発癌モデルで採取した胃組織を用いて解析した。マウスの腫瘍部および非腫瘍部の組織を用いたウエスタンブロットにより、MNU投与後のWTマウスにおいては、コントロールのWTマウスと比しSTAT3が強くリン酸化されていたが、Il-6-/-マウスにおいてはMNUによるSTAT3の活性化が全く認められなかった。また、マウスの非腫瘍部の組織を用いてリン酸化STAT3の免疫染色を行うと、MNU投与後のWTマウスでは上皮細胞の核にリン酸化STAT3の染色を認めたが、Il-6-/-マウスではリン酸化STAT3の核への染色は全く認められなかった。以上より、マウス胃化学発癌モデルにおいて、IL-6は胃腫瘍形成過程におけるSTAT3の活性化に必要であると考えられた。

次に、胃癌細胞におけるSTAT3の活性化の意義を調べるため、通常の培養条件でSTAT3が比較的強くリン酸化している2種の胃癌細胞株(SH101、AGS)を、Janus kinase (JAK)阻害剤Pyridone 6 (P6)の存在下で培養した。P6はこれらの胃癌細胞株のSTAT3のリン酸化を減弱させるとともに、細胞増殖を優位に抑制した。以上より、STAT3の活性化は胃癌細胞の増殖に重要であることが示唆された。

結論

一部の胃癌症例では間質線維芽細胞がIL-6を産生する。上皮細胞由来の何らかの因子が、胃線維芽細胞自身の膜型IL-1αの発現上昇を介して、胃線維芽細胞のIL-6産生を増加させる。IL-6は上皮細胞のSTAT3を活性化させることで、胃腫瘍形成を促進する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、多機能サイトカインInterleukin-6 (IL-6)の胃癌における役割をあきらかにするため、(1)胃癌臨床検体を用いたELISAおよび免疫染色による解析、(2)IL-6ノックアウト(Il-6-/-)マウスを用いたN-methyl-N-nitrosourea (MNU)誘発胃化学発癌モデルの解析、(3)胃癌細胞株および初代培養ヒト胃線維芽細胞を用いたin vitroでの解析により、上皮-間質相互作用における因子としてのIL-6の重要性を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 胃癌組織のライセートタンパクを用いたELISAにより、多くの胃癌症例でIL-6の発現が上昇していた。胃癌組織を用いたIL-6の免疫染色では、一部の胃癌症例では間質の細胞でIL-6陽性であり、線維芽細胞マーカーα smooth muscle actin (αSMA)との2重染色により、間質線維芽細胞がIL-6を産生することが示唆された。

2. MNU誘発胃化学発癌モデルでは、Il-6-/-マウスでは野生型(WT)マウスと比し腫瘍発生率・1匹あたりの腫瘍数・腫瘍の最大径が減少しており、IL-6は胃腫瘍形成を促進すると考えられた。マウス胃腫瘍組織を用いたIL-6およびαSMAの免疫染色により、一部のヒト胃癌症例と同様に、間質の線維芽細胞がIL-6を産生することが示唆された。

3. 培養上清のELISAにより、胃癌培養上清の刺激により胃線維芽細胞のIL-6産生が著明に増加した。胃線維芽細胞のIL-6産生増加は、Interleukin-1 (IL-1) receptor antagonistを添加すると著明に抑制されたことから、IL-1が関与すると考えられた。胃癌細胞株はIL-1α、IL-1βとも分泌しておらず、胃癌培養上清で刺激した胃線維芽細胞もIL-1α、IL-1βとも分泌しなかった。一方、胃癌培養上清で刺激した胃線維芽細胞のライセートではIL-1αの発現が増加していた。以上より、胃癌培養上清に反応した胃線維芽細胞からのIL-6産生増加には胃線維芽細胞自身の膜型IL-1αの発現上昇が関与することが示唆された。

4. 胃癌細胞株をIL-6で刺激するin vitroの実験系では、IL-6刺激による胃癌細胞の細胞増殖、細胞死抑制、サイトカイン産生への影響を認めなかった。

5. MNU誘発胃化学発癌モデルで採取したマウス胃組織の解析では、WTマウスではMNUによりSTAT3のリン酸化が増強したが、Il-6-/-マウスではMNUによるSTAT3のリン酸化の増強を認めず、IL-6はSTAT3の活性化を介して胃腫瘍形成を促進すると考えられた。一方、通胃癌細胞株SH101およびAGSをJanus kinase (JAK)阻害剤Pyridone 6 (P6)で刺激すると、STAT3のリン酸化の減弱および細胞増殖の抑制を認め、胃癌細胞におけるSTAT3の活性化は細胞増殖に重要と考えられた。

以上、本論文は、胃線維芽細胞が上皮細胞由来の何らかの因子により刺激されると、胃線維芽細胞自身の膜型IL-1αの発現上昇を介して、IL-6を産生し、IL-6は上皮細胞のSTAT3を活性化して腫瘍形成を促進することが示唆された。本研究はこれまで十分には明らかにされていなかった、胃癌におけるIL-6の役割の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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