学位論文要旨



No 128204
著者(漢字) 髙田,朱弥
著者(英字)
著者(カナ) タカタ,アケミ
標題(和) マイクロRNA複合体構成因子DDX20の発現低下が惹起する肝発癌経路の同定
標題(洋)
報告番号 128204
報告番号 甲28204
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3863号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 特任准教授 加藤,直也
内容要旨 要旨を表示する

背景

マイクロRNA (miRNA) はタンパク質をコードしない小さなRNAであるが、miRNA複合体構成因子 (miRNP) と相互作用しRISCと呼ばれる複合体を形成する。RISC complexはメッセンジャーRNA (mRNA)の3'側非翻訳領域 (3'UTR) に相補的に結合し、mRNAの翻訳抑制や分解促進に働く。これまでmiRNAの発現量の異常は、癌の発生や進展にも関わることが明らかになっている。

本研究では、miRNPの発現量の変化を肝組織の癌部・非癌部で比較し、miRNPのひとつであるDDX20タンパク質の発現がヒト肝細胞癌においてしばしば減少していることを見い出した。さらに、DDX20の発現低下に伴うmiRNAの異常がどのように肝細胞癌の発生・進展につながるのかについて検討を加え、新しい発癌経路のひとつとしての可能性を示した。

結果

1) ヒト肝細胞癌組織ではDDX20の発現量が低下している

ヒト肝組織においてmiRNPであるDICER1, AGO2, TRBP2, DDX20, GEMIN4の発現レベルをみるため免疫組織染色を行った。その結果、ヒト肝細胞癌組織では非癌部と比較し10例中8例においてDDX20の発現が低下していた。またウエスタンブロット法では正常肝細胞と比較し、複数のヒト肝細胞癌細胞株においてDDX20タンパク質の発現低下がみられた。またヒト肝細胞癌の針生検組織においても、背景の非癌部と比較し癌部でのDDX20の発現は低下していた。さらにtissue arrayを用いた肝臓組織の免疫組織染色では70例中47例で、非癌部に比較し癌部でのDDX20の発現が低下していた。これらの結果より、DDX20の発現はヒト肝細胞癌において低下していることが多く、ヒト肝細胞癌の発癌にも関与している可能性が考えられた。

2) DDX20遺伝子領域にはLOHが認められる

肝細胞癌細胞株を用いてDDX20遺伝子が存在する染色体1p領域のヘテロ接合性の消失 (loss of heterozygosity; LOH) について検討したところ、DDX20タンパク質の発現低下が認められたHep3B、Huh7細胞においてLOHを認めた。やや発現低下がみられたPLC/PRF/5細胞においてもLOHを認めたが、HepG2、SK-Hep1細胞ではLOHを認めなかった。さらにヒト肝細胞癌組織における検討でもDDX20のLOHが報告されている。これらの結果より、肝細胞癌におけるDDX20の発現低下の原因としてLOHが関連している可能性が考えられる。

3) DDX20の発現低下によりNF-κB活性が増強する

これまでにDDX20が細胞内シグナル伝達に関与しているという報告がみられたため、DDX20が細胞内シグナル伝達にどのような影響を与えるかをレポーターアッセイで検討したところDDX20の過剰発現によりNF-κB活性の著明な低下が認められた。そこで、DDX20ノックダウン安定細胞株を樹立したところ、コントロール細胞に比べNF-κB活性が増強していた。またDDX20ノックダウン細胞株ではコントロール細胞と比較し細胞増殖に差はみられなかったが、アポトーシスには抵抗性を示した。次に、マイクロアレイを用いてDDX20の発現低下により影響を受ける遺伝子を網羅的に解析したところ、DDX20ノックダウン細胞ではコントロール細胞と比較してNF-κBにより転写が活性する癌関連遺伝子が増加していた。これらの結果から、DDX20の発現低下はNF-κBの活性増強につながる可能性が示唆された。

4) DDX20はNF-κB経路の関連分子と相互作用しない

NF-κB伝達経路関連分子のタンパク質の発現量をウエスタンブロッティング法で検討したところ、DDX20ノックダウン細胞とコントロール細胞ではNF-κB関連タンパク質の発現量は同程度であった。さらに、免疫沈降ではDDX20とNF-κB関連分子との間に結合を認めなった。以上の結果から、DDX20はNF-κB経路関連分子に直接的な作用をしているわけではないと考えられた。

5) miR-140、miR-22はNF-κBの活性を抑制する

DDX20はAGO2ともにRISCを構成する一因子であり、miRNAの機能に関わる事が示唆されている。そこでDDX20の発現低下によりmiRNAの機能不全を生じ、その結果としてNF-κB活性の増強が生じている可能性を考えた。その検討のためNF-κBが恒常的に活性化しているレポーター細胞に肝臓で発現が多い成熟型合成miRNAをリバーストランスフェクションすることで、NF-κB活性に影響を与えるmiRNAをスクリーニングし、NF-κBを抑制するmiRNAとしてmiR-22、miR-140-5p、miR-140-3pを同定した。

6) DDX20の発現低下によってmiR-140の機能が低下しNF-κB活性が増強する

レポーター活性にて検討を行ったところ、DDX20ノックダウダウン細胞ではmiR-140-3pの効果のみが減弱していた。しかし、DDX20ノックダウン細胞とコントロール細胞における成熟型miRNAの発現レベルを調べたが同等であった。このことからDDX20はmiRNAの成熟過程には影響を与えていないと考えられた。DDX20で免疫沈降するとmiR-140-3pはmiR-140-5pより多く検出され、DDX20主体のmiRNP複合体への取り込みにおいて、miR-140-3pが優先的に取り込まれ、DDX20はmiR-140-3pに特異的に作用している可能性が示唆された。このことから、DDX20ノックダウン細胞における特定のmiRNAの機能減弱は、DDX20に関連したmiRNP複合体へのmiRNAの取り込みの違いによって引き起こされた可能性が考えられた。

7) miR-140-3pはNF-κBのcoactivatorであるNRIP1を標的とする

miR-140-3pの標的遺伝子候補を検索したところ、NF-κBのcoactivatorである Nuclear receptor interacting protein 1 (NRIP1) が、その3'UTR にmiR-140-3pのシードシークエンスと相補的な配列を含んでいることを見い出した。レポーターアッセイにてmiR-140前駆体を過剰発現させるとNRIP1-3'UTRレポーターの活性は抑制され、その効果はmiR-140の相補配列に変異を入れると減弱した。さらに、miR-140前駆体を恒常的に過剰発現した細胞では、NRIP1タンパク質の発現は低下した。これらの結果から、miR-140-3pはNRIP1を直接的なターゲットにしていることが示唆された。またDDX20ノックダウン細胞では、NRIP1のタンパク質の発現は著明に増加していた。さらに、ヒト肝組織では癌部では非癌部に比べDDX20の発現が低下している一方で、NRIP1のタンパク質の発現は増加していた。一方、NRIP1を過剰発現させるとNF-κBの活性は増強したが、DDX20ノックダウン細胞において、NRIP1をノックダウンするとNF-κBの活性は減弱したことから、DDX20の発現が低下した状態ではNRIP1の発現増加を介してNF-κBの活性増強がもたらされている可能性が示唆された。以上の結果より、正常ではmiR-140-3pによってNRIP1のタンパク質の発現は抑制されているが、DDX20の発現低下によってmiR-140-3pの機能が減弱し、標的遺伝子NRIP1の発現が増加することでNF-κB活性が増強するのではないかと考えられた。

8) miR-140ノックアウトマウス肝組織ではNRIP1発現は増加している

これまでの実験結果をin vivo で検証したところ、miR-140ノックアウトマウスの肝組織においてNRIP1の発現レベルは増加していた。上記の結果から、少なくともmiR-140の標的遺伝子のひとつとしてNRIP1があることが示唆された。

考察

本研究では ヒト肝細胞癌組織でmiRNA構成因子のひとつであるDDX20の発現がしばしば低下しており、その結果、通常はNF-κB を抑制しているmiRNA機能が減弱し、NF-κB活性を増強させることを示した。miRNAライブラリーを用いたスクリーニングによって、mi-22とmiR-140-5p、miR-140-3pを肝臓におけるNF-κB活性を制御するmiRNAとして同定した。その中で特にmiR-140-3p がNF-κBのcoactivatorであるNRIP1を直接標的として発現制御していることを見い出し、DDX20の発現低下におけるNRIP1のノックダウンによって、増強していたNF-κBの活性が低下したことから、DDX20の発現低下は NRIP1の発現増加を介してNF-κB活性を増強させていることが考えられた。近年、様々な悪性腫瘍におけるNF-κB 活性の増強が報告され、NF-κBと発癌との関わりが指摘されている。本研究ではDDX20ノックダウンによりNF-κB活性が増強し、発癌に関連する遺伝子の増加や抗アポトーシス効果を認めることから、DDX20の発現低下に伴うNF-κB活性の持続的な増強が、肝細胞癌の発生・進展につながる可能性が考えられた。

本研究の結果から、肝臓におけるDDX20の発現低下によりmiR-140-3pの機能が減弱し、NF-κB活性が増強することで肝細胞癌の発生・進展に関与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肝細胞癌において、miRNAが機能を発揮するのに必要な構成因子miRNPのひとつであるDDX20の発現が低下していることを見いだし、DDX20の発現低下に伴うmiRNAの異常がどのように肝発癌につながるのかについて検討を加え、新たな肝発癌経路のひとつとしての可能性を示したものであり、下記の結果を得ている。

1. ヒト肝細胞癌の細胞株、針生検組織、tissue arrayを用いた検討では背景の非癌部と比較し癌部でのDDX20の発現は低下していた。DDX20タンパク質の発現低下が認められたHep3B、Huh7細胞株においてDDX20遺伝子が存在する染色体1p領域のヘテロ接合性の消失 (loss of heterozygosity; LOH)を認めた。

2. レポーターアッセイによる検討ではDDX20の過剰発現によりNF-κB活性の著明な低下を認め、逆にDDX20ノックダウン安定細胞株ではコントロール細胞に比べNF-κB活性が増強していた。またDDX20ノックダウン細胞株ではコントロール細胞と比較し細胞増殖に差はみられなかったが、アポトーシスには抵抗性を示した。またマイクロアレイではDDX20ノックダウン細胞ではコントロール細胞と比較してNF-κBにより転写が活性する癌関連遺伝子が増加していた。これらの結果から、DDX20の発現低下はNF-κBの活性増強につながる可能性が示唆された。しかし、NF-κB伝達経路関連分子のタンパク質の発現量はDDX20ノックダウン細胞とコントロール細胞では同程度であった。さらに、免疫沈降ではDDX20とNF-κB関連分子との間に結合を認めなった。

3.DDX20の発現低下によりmiRNAの機能不全を生じ、その結果としてNF-κB活性の増強が生じている可能性を考えた。この検討のためNF-κBが恒常的に活性化しているレポーター細胞に肝臓で発現が多い成熟型合成miRNAをリバーストランスフェクションすることで、NF-κB活性に影響を与えるmiRNAをスクリーニングし、NF-κBを抑制するmiRNAとしてmiR-22、miR-140-5p、miR-140-3pを同定した。また、DDX20の発現低下によって特にmiR-140-3pの機能が減弱しNF-κB活性が増強することがわかった。さらに、DDX20で免疫沈降するとmiR-140-3pはmiR-140-5pより多く検出され、DDX20主体のmiRNP複合体への取り込みにおいて、miR-140-3pが優先的に取り込まれ、DDX20はmiR-140-3pに特異的に作用している可能性が示唆された。

4.レポーターアッセイを用いてmiR-140-3pがNF-κBのcoactivatorであるNRIP1を標的としていることを示した。またDDX20ノックダウン細胞では、NRIP1のタンパク質の発現は著明に増加していた。さらに、ヒト肝組織では癌部では非癌部に比べDDX20の発現が低下している一方で、NRIP1のタンパク質の発現は増加していた。一方、NRIP1を過剰発現させるとNF-κBの活性は増強したが、DDX20ノックダウン細胞において、NRIP1をノックダウンするとNF-κBの活性は減弱したことから、DDX20の発現が低下した状態ではNRIP1の発現増加を介してNF-κBの活性増強がもたらされている可能性が示唆された。これまでの実験結果をin vivo で検証したところ、miR-140ノックアウトマウスの肝組織においてNRIP1の発現レベルは増加していた。上記の結果から、少なくともmiR-140の標的遺伝子のひとつとしてNRIP1があることが示唆された。

以上、本論文は肝臓におけるDDX20の発現低下によりmiR-140-3pの機能が減弱し、NF-κB活性が増強することで肝細胞癌の発生・進展に関与している可能性を明らかにした。本研究は他の腫瘍においても、miRNAの発現量の変化だけでなくmiRNPの発現量の低下に伴うmiRNAの異常について検討することが病態生理の解明に必要であることを示唆するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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