学位論文要旨



No 128205
著者(漢字) 水野,卓
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,スグル
標題(和) 早期膵癌発見に向けた膵癌と糖尿病の関係に関する検討
標題(洋)
報告番号 128205
報告番号 甲28205
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3864号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 特任准教授 鈴木,亨
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

膵癌は近年増加傾向にあり、日本では癌死因の第5位、米国では第4位である。膵癌は黄疸や腹・背部痛、体重減少、食欲低下などといった症状により発見されることが多いが、多くの症状が非特異的であるうえに、病期が進んでから出現するため、切除可能な症例は15%以下とも言われている。切除不能膵癌に対する化学療法においては、近年報告されている多剤併用療法により予後の延長が図られているものの、その治療成績は決して満足のいくものではない。膵癌全体の5年生存率は5%程度となっており、膵癌は現代における難治癌の代表であると言える。一方で腫瘍径1cm以下の小膵癌に対する切除例では、57%という5年生存率が報告されており、膵癌予後改善のためには、この腫瘍径1cm以下の小膵癌を、いわば「早期膵癌」の段階で発見することが必要である。

症状出現後に診断された膵癌はしばしば切除不能であるため、早期膵癌の発見には、無症状例からスクリーニングで拾い上げる戦略が不可欠である。そして効果的なスクリーニングを成立させるためには、適切な高危険群の設定が必要である。膵癌においては、糖尿病(DM)、肥満、喫煙、膵癌家族歴、慢性膵炎、intraductal papillary mucinous neoplasm (IPMN)などが危険因子と知られており、高危険群を対象としたサーベイランスも試みられているが、臨床的に実用可能なスクリーニング法は確立されていない。

膵癌の高危険群の中で、DMは近年注目を集めている1つである。膵癌が高率にDMを合併しており、更にそのDMの約半数が発症2年以内の新規発症DMであったという報告が相次ぎ、新規発症DMと膵癌との関連が特に注目を集めている。新規発症DMは膵癌の症状の1つであり、高危険群絞り込みの第1歩となりうると考えられている。しかし、一方で罹病期間の長いDMも膵癌の危険因子として以前から報告されており、膵癌の原因としてのDMと膵癌の結果としてのDMの2通りの関係が認識されるようになった。

以上のような膵癌とDMの密接な関係性から、DMは早期膵癌発見の糸口として期待されている。しかしながらDM患者全例を対象とした膵癌スクリーニングは、DMの有病率の高さ故に非効率的であり、DM患者内における更なる高危険群の絞り込み、及び、適切なスクリーニング施行時期の決定が必要である。現状では、DMに着目した具体的な膵癌の早期診断及び予後改善の方策は確立されていない。今回我々は、膵癌症例に合併したDMと、DM症例に合併した膵癌について検討し、膵癌とDMとの関係について考察を行い、その中から早期膵癌発見への糸口を探った。

本研究は、東京大学消化器内科における膵癌症例を対象に、合併したDMについて検討したcase seriesである研究1と、朝日生命成人病研究所におけるDM症例を対象に、合併した膵癌について検討したcase-control studyである研究2とからなる。

<研究1>

【方法】

1993年11月から2011年1月までに、東京大学消化器内科にて診断した膵癌症例540例を対象とした。膵癌症例におけるDM合併率について、発症2年以内のNew-onset DMと2年以上のLong-standing DMに分けて検討した。またDM合併の有無及び、合併するDMの罹病期間によって臨床像と予後を比較した。更に、膵癌の診断契機に着目し、新規DMの発症及び既往DMの増悪を契機に診断されたDM関連診断群の臨床像と予後を、その他の理由を契機に診断された症例と比較した。

【結果】

膵癌症例に合併したDMについて検討した研究1では、DMの合併率は48%と高率で、膵癌病期や原発腫瘍径との関係は認められなかった。DM合併例の内訳は、New-onset DMが59%、Long-standing DMが41%という比率であった。New-onset DMの中では、半数以上(63%)が膵癌診断時にDMも診断された同時診断例であった。DMを合併した2群では、Non DMに比べて膵癌診断時に黄疸や腹痛などの症状を認めない無症状診断例が多かったが、原発腫瘍径・部位、病期、治療法に差は見られず、予後にも差は見られなかった。

膵癌診断時の診断契機について検討すると、他疾患に対する画像検査で偶然に診断された症例や検診発見症例、膵嚢胞を契機に発見された症例など、無症状診断例が3割を占めていた。これら無症状診断例は、腹痛・背部痛や黄疸などにより診断された有症状診断例に比べて、原発腫瘍径が小さく、早い病期で診断されていた。切除率も40%と、有症状例の19%と比較して高値で、その結果予後も良好であった。この無症状診断例の中で、新規DMの発症や既往DMの増悪といった、DMに関連して診断された症例は無症状診断例の24%、全体の7%であった。DM関連診断群では、その他の理由を契機に診断された群と比べて、原発腫瘍径や病期に差は認められず、切除率は変わらないものの、化学療法を施行された症例が多く、best supportive careとなった症例が少ない傾向を認めた。その結果、DM関連診断群の予後は、その他契機診断群に比べて有意に良好であった(生存期間中央値20.2か月 vs 12.2か月、P = 0.03)。

<研究2>

【方法】

1999年3月から2011年5月までに、朝日生命成人病研究所附属病院に通院中のDM患者で膵癌合併を診断された膵癌群40例と、同院通院中のDM患者(最終受診日は2009年7月から2011年5月)でDM発症後に悪性腫瘍の合併のない120例を無作為に選択し、対照群とした。膵癌群と対照群の間のDM発症時の年齢分布の違いに着目し、DM発症時年齢が55歳未満のEarly-onset DMと55歳以上のLate-onset DMに分類し、それぞれで膵癌合併の危険因子を検討した。また膵癌診断から遡って2年間の体重、糖尿病コントロールの状況を対照群と比較し、膵癌合併の徴候を探った。

【結果】

DM症例に合併した膵癌について検討した研究2では、DM発症時年齢の分布を検討した結果、対照群に比べて膵癌群で二峰性の分布がより顕著となることが明らかとなった。膵癌群ではDM発症時年齢の分布に40~45歳と60~65歳の2つのピークを認めた。またDMの発症時年齢と罹病期間の関係についてみてみると、両群で負の相関、すなわち若年発症のDMは罹病期間が長く、高齢発症のDMは罹病期間が短いという関係が認められたが、膵癌群でより強い相関が認められた。

これらの検討より、膵癌を合併するDMには、若年発症で、膵癌を合併するまでに長い経過のある群と、高齢発症で、DM発症後間もなく膵癌と診断される群の2つのグループが存在する可能性が示唆された。そこで、DM発症時年齢が55歳未満のEarly-onset DM群(平均発症時年齢39歳、平均罹病期間26年)と55歳以上のLate-onset DM群(平均発症時年齢65歳、平均罹病期間9年)の2つに分けて、その臨床像を比較した。Early-onset DM群は全例が男性で(100% vs. 57%; P <0.01)、DM発症から膵癌診断まで2年以内の症例はいなかった(0% vs. 33%; P <0.01)。

Early-onset DM群とLate-onset DM群のそれぞれについて、膵癌合併の危険因子を検討した。多変量解析の結果Early-onset DM群では、DM家族歴(オッズ比 [odds ratio, OR], 3.60)とインスリン使用(OR, 3.52)が有意な危険因子であった。一方、Late-onset DM群ではDM発症時年齢(OR, 1.12)と複数人のDM家族歴(OR, 6.13)が有意な危険因子であった。

膵癌群において膵癌診断日を、対照群においては最終受診日を基準日とし、基準日から遡って2年間のbody mass index (BMI)、随時血糖(casual plasma glucose, CPG)、及びHbA1c(JDS値)の経時的変化を比較し、膵癌合併の徴候が認められないか検討した。対照群ではBMIとCPGは2年間の間に有意な変化は認められず、HbA1c(JDS値)は緩やかな低下傾向が認められた。一方、膵癌群では基準日の12か月前からBMIの低下が認められ、CPGとHbA1c(JDS値)は上昇が認められた。これらの経時的変化の傾向は、Early-onset DM群とLate-onset DM群に分けて検討しても、同様に認められた。

【考察】

本研究では、糖尿病に関連して診断された膵癌患者の予後が、他に比べて良好であることが示され、糖尿病患者を膵癌スクリーニングの対象とすることで膵癌予後を改善できる可能性が示唆された。効率的なスクリーニングためには、対象を絞り込むことが必要であるが、糖尿病の罹病期間でなく発症時年齢に着目することで、糖尿病患者における膵癌合併の時期と危険因子が明らかとなった。Late-onset DMでは膵癌合併が多く、DM診断後早期に膵癌が診断されていることから、全例をスクリーニングの対象とすべきであろう。よりDM発症時年齢が高齢であることがこの群における危険因子であったので、対象年齢の設定には費用対効果を含めた検討が必要である。一方、Early-onset DMでは、DM診断後早期に診断される膵癌は少なく、DM治療経過中に診断されていた。この群においては、DM家族歴・インスリン使用という危険因子に基づいて高危険群を設定し、スクリーニングを施行することが妥当であろう。特にこの群では、DM治療経過中の体重減少・DMコントロール増悪という膵癌合併の徴候を見逃さないことが重要である。このスクリーニング戦略の実施により、膵癌の早期発見・予後改善が期待されるが、有用性・費用対効果などについては、今後prospectiveな検討が必要である。

【結語】

本研究では、膵癌症例に高率にDMを合併することが確認され、新規DMの発症や既往DMの増悪というように、他の症状がなくDMのみを契機に診断された膵癌の予後は良好であり、早期膵癌診断の糸口となりうることが示された。しかし、一方で現状の診断体系ではDMに関連し膵癌が診断された症例は7%と限られており、DMに注目した膵癌診断体系の構築が必要と考えられた。

DM症例からの発癌の危険因子の検討では、DM発症時年齢に応じて特有の危険因子が明らかとなり、DM発症時年齢に応じた膵癌高危険群の絞り込みの可能性が示唆された。この危険因子と、体重減少とDMコントロール増悪という膵癌合併の徴候の組み合わせが、DMに注目した早期膵癌の診断の一助となると思われた。

今後、DM症例中の高危険群から早期膵癌を発見するためのスクリーニングの有用性を検討するprospectiveな検討が必要であり、また膵癌とDMとの関係を解明するための基礎的な研究の積み重ねも必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は難治癌である膵癌の予後改善を図るべく、膵癌の高危険群として注目されている糖尿病(DM)に焦点を当て、膵癌症例に合併したDMについて検討したcase seriesとDM症例に合併した膵癌について検討したcase-control studyにより、膵癌早期診断の糸口の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.膵癌症例に合併したDMについての検討により、膵癌症例の半数近くにDMの合併が認められ、その約60%が発症2年以内のNew-onset DMであることが確認された。DMの合併の有無によって、膵癌の予後に差は認められないことが示された。

2.膵癌の診断契機に着目した検討により、新規DMの発症や既往DMの増悪というように、DMに関連して診断された膵癌は、その他の契機で診断された症例よりも予後が良好であることが示された。DM関連診断例はその他の契機で診断された症例と比べて、腫瘍径や病期の面で早期診断されているとは言えず、切除率にも差を認めなかったが、Best supportive care (BSC)とならず化学療法を施行された症例が多いことが、予後の改善につながったと考えられた。

3.以上の検討により、DM症例を対象とした膵癌スクリーニングにより膵癌の予後が改善される可能性が示唆されたが、現状ではDM関連診断例は全体の7%に過ぎず、DMに注目したスクリーニング体制の構築により、DM関連診断例を増やすことが必要と考えられた。

4.DM症例に合併した膵癌についての検討により、膵癌を合併したDMのDM発症時年齢が二峰性の分布を呈することが示され、Early-onset DMとLate-onset DMの2群に分類できる可能性が示唆された。

5.DM発症時年齢別に膵癌危険因子をロジスティック回帰分析により検討した結果、Early-onset DMではインスリン治療とDM家族歴が、Late-onset DMではDM発症時年齢と複数人のDM家族歴を持つことが有意な危険因子として同定された。

6.膵癌診断から遡って2年間の体重変化とDMコントロールを膵癌群と対照群で比較した結果、膵癌群では膵癌診断の1年前から体重減少とDMコントロールの増悪が認められ、膵癌合併を早期に発見する徴候となると考えられた。

7.DM症例に合併した膵癌について検討したcase-control studyは、DM治療専門医療機関において行われたものであり、定型の質問票を用いた既往歴・家族歴などの聴取がなされており、DMに関する詳細な情報が収集可能であった。またDMのため定期通院している患者からの膵発癌を検討することで、体重や血糖コントロールの経時的変化を詳細に追うことが可能であった。

以上、本論文では、DM患者を膵癌スクリーニングの対象とすることで膵癌予後を改善できる可能性が示唆された。また、DMの罹病期間でなく発症時年齢に着目することで、DM患者における膵癌合併の時期と危険因子が明らかとなり、DM発症年齢に基づいたスクリーニング戦略が提示された。本研究は、予後不良な膵癌に対して、DMに着目したスクリーニング体系の構築の可能性を明らかにし、早期膵癌診断・予後改善に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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