No | 128206 | |
著者(漢字) | 道下,和也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミチシタ,カズヤ | |
標題(和) | 修飾自己抗原を用いた自己反応性B細胞を標的とする選択的自己免疫疾患治療法の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128206 | |
報告番号 | 甲28206 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3865号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 自己免疫性疾患では、自己の持つ免疫システムが外来の異物ばかりではなく、自分自身の組織にも反応し炎症や機能障害を生じる。その詳細な原因は不明であるが、特徴の一つとして自己抗体の産生が挙げられる。自己抗体産生は、関節リウマチ(RA)、全身性エリテマトーデス(SLE)、シェーグレン症候群など膠原病と呼称される全身性の病態で主に膠原病内科が扱う疾患や、特発性血小板減少性紫斑症(ITP)、バセドウ病、重症筋無力症(MG)、Goodpasture症候群など多くの科の疾患にわたり出現する。 自己抗体そのものが病原性を持つのか、疾患活動性を表す単なるバイオマーカーにすぎないのか、個々の疾患について議論が必要である。しかしMGに出現する抗AchR抗体を始めとして、多くのの自己抗体は病態に深く関与していることが判明している。したがって、病態への関与が強いと考えられるこれらの自己抗体を有する疾患では、自己抗原反応性B細胞を標的とする治療が有望であることが示されている。 CD20を細胞表面に発現するB細胞は、分化したB細胞の中でも広範な範囲で存在し、そこに抗CD20抗体が結合することによりB細胞が排除されるが、その中には病原性のない多くのB細胞の除去も含まれ、自己免疫のみならず、日和見感染、B型肝炎ウイルスの再活性化などの感染症の副作用を起こしうる。 そこで自己免疫性疾患の発症機序に深く関わっている自己抗体を標的とし、全般的なB細胞を標的とするのではなく自己免疫性疾患の発症機序に深く関わっている自己抗原反応性B細胞除去ができる方法が望まれる。以上より本研究は、特異的B細胞の選択的除去法の樹立と治療効果を、RAモデルマウスを用い検討した。 RAの動物モデルとしては、2型コラーゲン(CII)をマウスに免疫し関節炎を誘導するコラーゲン誘導関節炎(CIA)を選択した。CIIは関節軟骨の主要タンパク質であり359-370の位置にあるC1 epitope(ARGLTGRPGDA)は、CIAにおいてはシトルリン化された形でB細胞の主要なepitopeの一つとなっている。 このシトルリン化抗原に対する自己抗体が炎症滑膜や関節軟骨に沈着し、CIAを惹起することが示されている。 RAは全身性の炎症性疾患であり、原因は不明であるが、シトルリン化タンパクへの抗体(ACPA: anti-citrullinated protein antibodies)が出現し病態に深く関わっている。シトルリン化とは体内のPADI(peptidyl arginine deiminase)によりタンパク質のアルギニン残基がシトルリン残基に変換されることであるが、早期RAの血清では、シトルリン化C1 epitopeへの抗体がシトルリン化を受けていないC1 epitope抗体より多く、発症にシトルリン化タンパクの関与を示している。 そこで早期の関節炎発症にはシトルリン化されたCIIによるACPAが主に作用し、epitope spreadingによりシトルリン化を受けていないCIIへの抗体に移行することで免疫寛容が破綻し抗体産生の維持と関節炎の慢性化へとつながる仮説のもとに、シトルリン化タンパク抗体産生を制御する系を考案した。 コラーゲン誘発性関節炎マウス(Collagen-induced arthritis:CIA)に、2型コラーゲンのC1epitopeをシトルリン化したペプチドをテトラマー化し、サポリンを結合したもの(以下CIA1tetと表記)を投与してその効果を検討した。免疫後の抗CII-IgG抗体および総IgGはペプチド投与群とコントロール群(PBS投与群)で有意差はなく、両者ともに経時的な増加を認めた。 抗CIA1ペプチド-IgG抗体(以後抗CIA1抗体と表記)では、CIIの初回免疫後、CIA1tetの比較として、シトルリン化していないC1epitopeから成るCIACtetや全く関係のないペプチドから成るLKPtetを投与し、その後の抗CIA1抗体を検討した。CIA1tetを投与したもののみ抗体が低下しており、選択的にB細胞を除去したことが示された。 2型コラーゲンによる追加免疫後の、関節炎の発症率は、コントロール群(PBS投与群)とCIA1tet投与群では、追加免疫14日後の段階で、発症率に有意差が認められた。 また、CIACtet,LKPtet投与群も高い発症率を示した。関節炎の重症度を示すarthritis scoreではCIA1tet投与群のスコアが低い結果となった。 CIA1tetの投与により関節炎の発症率の低下を生じたが、CIA1tet投与にも関わらず一部のマウスは発症した。関節炎の原因が、B細胞除去が不十分なためか、CIA1以外の自己抗原が関節炎を惹起したものなのかを検討するため、CIA1tet投与群内での発症したマウスと発症していないマウスでの抗CIA1抗体を評価した。その結果、関節炎の有り無しにより抗体価に有意差を認めなかった。したがって、発症したマウスでもCIA1特異的なB細胞の除去がなされていたと考えられることから、他の自己抗原が関節炎の発症に関与していた可能性が考えられた。CIAのepitopeはCIIのC1以外にも報告があり、他の抗体出現は個体差のあることが示されている。臨床応用を考える際には、複数のepitopeを用いた治療により有効性が高まる可能性がある。関節炎の発症率の低下は、発症までの期間が遅れた可能性も否定できず、長期観察では治療群とコントロール群で発症率が同程度になる可能性が残ったが、実験プロトコールをCIA1tetの長期投与に変更するなど観察期間の長さに合わせた新たなストラテジーが必要と判断した。 追加免疫14日後における関節のH.E染色の組織標本では、コントロール群(PBS投与群)やCIACtet投与群では好中球を主体とした周辺組織への炎症細胞の浸潤が認められ、滑膜の増殖や軟骨の破壊が見られたが、CIA1tet投与群では少ない傾向にあった。病理学的スコアはInflammation, Pannus, Caltilage Score, Bone damageの4点についての総スコアで評価したところ、CIA1tet投与群は他の2群に比べ、いずれも統計学的有意差(P<0.05)を示し、CIA1tetの投与は関節炎における骨軟骨破壊も抑えることが示された。 CIA1tetのB細胞除去に対する影響が、限局的なものか広範囲かを検討するために、脾臓B細胞サブセットへの影響を評価した。DBA/1Jマウスに対し、2型コラーゲンによりday0に初回免疫、day21に追加免疫を行い、day10、day21にPBS、CIA1tetおよびCIACtet投与を行った3群のマウスの脾細胞を、Flow cytometryを用いて測定した。CIA1をepitopeとするB細胞となるdisease-initiating cellの頻度は非常に低く、flow cytometryでは検出困難であった。PBS, CIA1tet, CIACtet投与の各群において、B220陽性細胞のヒストグラムでは著明なB細胞の差は認められなかった。GL7+Fas+B220+B細胞であるgerminal center B細胞、CD21lowCD24highB細胞のT1-B細胞、CD21+CD24highB細胞のT2-B細胞、CD21+CD24low/-B細胞のMature B細胞、CD21highCD23lowB220+B細胞であるMZ-B細胞、CD138, CD38の発現を確認したが、PBS, CIA1tet, CIACtet投与の各群ともに差は認められなかった。したがってテトラマー投与により抗CD20抗体投与で確認される広範囲なB細胞の減少は起こさず全般的なB細胞サブセットの変化はなく、抗体価より、一部のB細胞に限定されたことが確かめられ、RAの治療薬としてはより感染のリスクが下げられること、免疫抑制に伴う他の合併症やワクチン接種の際のリスク回避が期待できると考えた。 今後はepitope mappingや自己抗原のoverlapping peptideを利用しペプチドを交換することにより新たにB細胞への選択性をひろげ、Toxinの部分の変更による細胞除去の強弱や別の効果付与の検証も必要となる。 またACPAはRA発症の数年前から陽性であることが報告されているが、ACPAの陰性化によるヒトRAの発症率の変化など予防的投与への応用は非常に興味深い。自己抗体の半減期は長く病原性のB細胞の数と即座に対応しないことは病勢のモニタリングに適さず、蛍光物質を結合したテトラマーを用いた自己反応性B細胞の解析によりリアルタイムな病態解析への応用が考えられる。 今回は特異的なB細胞制御法の開発と関節炎発症モデルマウスでの検討であったが、B細胞の選択にペプチドテトラマーを使用する道筋をつけた意義は大きいと考える。他疾患にはペプチド部分を交換して毒性物質との混注・撹拌操作のみで薬剤の準備が容易となり、これは将来的に抗体が原因と考えられるほぼ全てのヒトの病気への応用・展開が見込まれ、疾患治療の新しい戦略となりうると考える。 | |
審査要旨 | 本研究は膠原病の発症過程において重要な役割を演じていると考えられる病原性B細胞の選択的除去法の樹立を目的として、コラーゲンIIにより関節炎が誘導される関節リウマチモデルマウスの系にて、自己抗原epitopeを用いたテトラマーを投与することによる関節炎の治療効果の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.コラーゲン誘発性関節炎マウス(Collagen-induced arthritis:CIA)に、2型コラーゲンのC1epitopeをシトルリン化したペプチドをテトラマー化し、サポリンを結合したもの(以下CIA1tetと表記)を投与してその効果を検討した。免疫後の抗CII-IgG抗体および総IgGはペプチド投与群とコントロール群(PBS投与群)で有意差はなく、両者ともに経時的な増加を認めた。 抗CIA1ペプチド-IgG抗体(以後抗CIA1抗体と表記)では、CIIの初回免疫後、CIA1tetの比較として、シトルリン化していないC1epitopeから成るCIACtetや全く関係のないペプチドから成るLKPtetを投与し、その後の抗CIA1抗体を検討した。CIA1tetを投与したもののみ抗体が低下しており、選択的にB細胞を除去したことが示された。 2. 2型コラーゲンによる追加免疫後の、関節炎の発症率は、コントロール群(PBS投与群)とCIA1tet投与群では、追加免疫14日後の段階で、発症率に有意差が認められた。 また、CIACtet, LKPtet投与群も高い発症率を示した。関節炎の重症度を示すarthritis scoreではCIA1tet投与群のスコアが低い結果となった。 3. CIA1tetの投与により関節炎の発症率の低下を生じたが、CIA1tet投与にも関わらず一部のマウスは発症した。関節炎の原因が、B細胞除去が不十分なためか、CIA1以外の自己抗原が関節炎を惹起したものなのかを検討するため、CIA1tet投与群内での発症したマウスと発症していないマウスでの抗CIA1抗体を評価した。その結果、関節炎の有り無しにより抗体価に有意差を認めなかった。したがって、発症したマウスでもCIA1特異的なB細胞の除去がなされていたと考えられることから、他の自己抗原が関節炎の発症に関与していた可能性が考えられた。 4. 追加免疫14日後における関節のH.E染色の組織標本では、コントロール群(PBS投与群)やCIACtet投与群では好中球を主体とした周辺組織への炎症細胞の浸潤が認められ、滑膜の増殖や軟骨の破壊が見られたが、CIA1tet投与群では少ない傾向にあった。病理学的スコアはInflammation, Pannus, Caltilage Score, Bone damageの4点についての総スコアで評価したところ、CIA1tet投与群は他の2群に比べ、いずれも統計学的有意差(P<0.05)を示し、CIA1tetの投与は関節炎における骨軟骨破壊も抑えることが示された。 5. CIA1tetのB細胞除去に対する影響が、限局的なものか広範囲かを検討するために、脾臓B細胞サブセットへの影響を評価した。DBA/1Jマウスに対し、2型コラーゲンによりday0に初回免疫、day21に追加免疫を行い、day10、day21にPBS、CIA1tetおよびCIACtet投与を行った3群のマウスの脾細胞を、Flow cytometryを用いて測定した。PBS, CIA1tet, CIACtet投与の各群において、B220陽性細胞のヒストグラムでは著明なB細胞の差は認められなかった。GL7+Fas+B220+B細胞であるgerminal center B細胞、CD21lowCD24highB細胞のT1-B細胞、CD21+CD24highB細胞のT2-B細胞、CD21+CD24low/-B細胞のMature B細胞、CD21highCD23lowB220+B細胞であるMZ-B細胞、CD138, CD38の発現を確認したが、PBS, CIA1tet, CIACtet投与の各群ともに差は認められなかった。したがってテトラマー投与により全般的なB細胞サブセットの変化はなく、抗体価より、一部のB細胞に限定されたことが確かめられ、RAの治療薬としてはより感染のリスクが下げられること、免疫抑制に伴う他の合併症やワクチン接種の際のリスク回避が期待できると考えた。 以上、本論文はコラーゲン誘導関節炎マウスにおいて、自己抗原peptideテトラマー投与後の解析から、B細胞全般ではなく、ごく一部の病原性B細胞の除去が可能であることを明らかにした。本研究は、抗体が原因と考えられるほぼ全てのヒトの病気への応用・展開が見込まれ、疾患治療の新しい戦略になりうると考えられる。膠原病疾患の原因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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