学位論文要旨



No 128207
著者(漢字) 明城,正博
著者(英字)
著者(カナ) ミョウジョウ,マサヒロ
標題(和) アンジオテンシンII受容体拮抗薬による血管内皮保護作用についての検討
標題(洋)
報告番号 128207
報告番号 甲28207
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3866号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 特任准教授 鈴木,亨
 東京大学 講師 山内,敏正
 東京大学 講師 本村,昇
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

Renin-angiotensin system (RAS) は血圧調節機構の1つで、動脈硬化、高血圧症、左室肥大、心筋梗塞、心不全など様々な疾患の病態生理に関与しており、高血圧症、腎疾患、心血管疾患における治療ターゲットとなっている。降圧作用以外に、ACE阻害薬とARBは様々な重症度の症例において、腎臓病進行のリスクや心血管疾患の致死率、発病率を低下させることが複数の大規模試験で報告されており、RAS阻害薬による治療が降圧作用を超えて臨床的に有用であることが示されている。RASの主要要素であるアンジオテンシンII(Ang II)は血圧上昇作用以外に、炎症、線維化、血栓形成を催起する作用もあり、それらの作用は血圧とは独立して、細胞レベル、分子レベルで調節されている。Ang IIはangiotensin II type 1(AT1)receptor(AT1R)を活性化させ、reactive oxygen species(ROS)の産生を増加させ、内皮細胞の老化、アポトーシスの惹起、血管内膜増殖の増強といった動脈硬化の進展に関与する。RAS阻害の血管新生、内皮修復への関与も知られ、ARBも降圧作用とは別に、血管内皮の再生、動脈硬化の予防など多面的効果が報告されており、ARBに共通のclass effectだけでなく、薬剤個々のdrug effectについての報告も多い。特にtelmisartanでは、peroxisome proliferator-activated receptor gamma (PPARγ)を介した脂質代謝改善作用など多くのdrug effectが報告されている。

血管内皮保護作用に関連する酵素として、AMP-activated protein kinase(AMPK)やendothelial nitric oxide synthase(eNOS)などが挙げられる。AMPKはフィブラート、スタチンなどの薬物による活性化が報告され、ぞれぞれが抗動脈硬化作用を発揮する一因と考えられている。eNOSによって産生されるNOは血管緊張の緩和だけでなく、血管の恒常性保持において重要な役割を担っており、抗動脈硬化、抗増殖、抗血栓作用を持つ。eNOSの翻訳後の機能調節には多くのキナーゼやフォスファターゼを介した複数部位のリン酸化が密接に関わっており、なかでもeNOS- Ser1177リン酸化はeNOS活性調節において最も重要と考えられている。

本実験では、ARBによる血管内皮保護作用を検討するために、薬剤によるAMPK、eNOSのリン酸化を介した活性化を中心に検討した。

<方法>

ARBのclass effectだけでなくそれぞれのdrug effectも含めた抗動脈硬化作用を検討するため、ARBでの処置による血管内皮細胞(HUVEC)におけるeNOS活性、特にeNOS- Ser1177リン酸化レベルの変化やAMPKα-Thr172リン酸化レベルの変化を観察した。また、アデノウイルス感染によるdominant negativeタンパク過剰発現や、種々のキナーゼ阻害剤、アンタゴニスト処置によるシグナル遮断を利用して、eNOS- Ser1177リン酸化レベルの変化に関与する可能性のあるカスケードについての検討も行った。それぞれのタンパクの発現はwestern blot法で確認し、アデノウイルスベクターはAd-dominant negative AMPKαを、阻害剤はphosphatidylinositol-3 kinase (PI3-K)阻害剤、protein kinase A(PKA)阻害剤、p38 mitogen-activated protein kinase(p38 MAPK)阻害剤、PPARγアンタゴニスト、PPARβ/δアンタゴニストを使用した。また、eNOS活性、NO産生亢進の指標として細胞内guanosine 3',5'-cyclic monophosphate(cyclic GMP)濃度をELISA法を用いて測定した。In vivoの実験では、valsartan、telmisartanを投与した健常マウスの大動脈の組織免疫染色を行い、phosphorylated(phospho)-eNOS(Ser1177)の染色強度を比較した。

<結果>

HUVECにvalsartan、irbesartan、telmisartanでの処置を行い、western blot法でタンパクの発現を観察したところ、telmisartanでeNOS- Ser1177リン酸化、AMPKα-Thr172リン酸化の時間依存性、濃度依存性の亢進を認めた。また健常マウスにvalsartan、telmisartanを1週間投与し、大動脈の組織免疫染色を行ったところ、telmisartan群でのみ血管内皮の抗phospho-eNOS(Ser1177)抗体での染色強度の亢進を認めた。高濃度のvalsartan前処置によるAT1阻害下でのtelmisartan処置でも同様にeNOS- Ser1177リン酸化、AMPKα-Thr172リン酸化の亢進を認めた。TelmisartanによるeNOS- Ser1177リン酸化亢進に関与する細胞内シグナルについて検討するため、PI3-K阻害剤、PKA阻害剤、PPARγアンタゴニスト、PPARβ/δアンタゴニストでの前処置下でtelmisartan処置を行ったが、いずれの前処置下でもeNOS- Ser1177リン酸化亢進を認め、アデノウイルスベクター感染によるdominant negative AMPKα過剰発現下でのtelmisartan処置でも、eNOS- Ser1177リン酸化亢進を認めた。また、eNOS- Ser1177リン酸化、AMPKα-Thr172リン酸化の他にもCREB(cAMP response element binding protein)-Ser133リン酸化、p38 MAPK-Thr180/Tyr182リン酸化の亢進が確認され、p38 MAPK阻害剤前処置によりtelmisartan処置によるeNOS- Ser1177リン酸化が抑制された。ELISA法による細胞内cyclic GMP濃度測定では、telmisartan処置により細胞内cyclic GMP濃度が上昇し、p38 MAPK阻害剤前処置によりcyclic GMP濃度上昇が抑制されることが確認された。

<結論>

Telmisartanは、血管内皮細胞においてAMPKα-Thr172リン酸化、eNOS- Ser1177リン酸化を有意に亢進させるというARBの中でも特有の作用を持ち、eNOS活性を上昇させる。このtelmisartanによるeNOS- Ser1177リン酸化は、p38 MAPK活性化を介して促進される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は降圧薬として使用が拡大しているアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)による血管内皮保護作用について、個々のARBによる差も含めて検討するため、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)に対する各種ARB処置、健常マウスに対する各種ARB投与を行い、血管内皮細胞に保護的に働く酵素の活性変化を観察したものであり、下記の結果を得ている。

1.HUVECにおける各種ARB(valsartan, irbesartan, telmisartan;いずれも10μM)処置では、telmisartan処置でAMPKα-Thr172リン酸化、eNOS-Ser1177リン酸化が有意に亢進することが確認され、亢進の程度が0.1-10μMの範囲で濃度依存性に増加することが確認された。

2.健常マウスに対するvalsartan, telmisartan投与後の大動脈内皮の組織免疫染色写真の比較では、コントロール群、valsartan投与群と比較して、telmisartan投与群で大動脈内皮のリン酸化eNOS(Ser1177)が約1.5倍に増加していることが観察された。

3.各種阻害剤、アンタゴニストでの前処置、アデノウイルス感染によるdominant negativeタンパク過剰発現によるシグナル遮断を利用して、HUVECにおけるtelmisartan処置によるeNOS-Ser1177リン酸化亢進に関与するカスケードを検討したところ、p38 MAPK阻害剤であるSB202190での前処置により、telmisartanによるeNOS-Ser1177リン酸化亢進が抑制された。

4.NO産生亢進の指標として細胞内cyclic GMP濃度をELISA法で測定し、タンパク濃度での補正を行ったところ、HUVECに対するtelmisartan(10μM)処置で補正cyclic GMP濃度が約2倍に上昇したが、p38 MAPK阻害剤前処置によってcyclic GMP濃度の上昇が抑制された。

以上、本論文は血管内皮保護効果という観点から、ARB投与による影響について薬剤による差、関与するカスケードを含めて検討を行い、血管内皮細胞におけるtelmisartanによるAMPKの活性化、eNOS活性化を明らかにし、さらにtelmisartanによるeNOS活性化につながるカスケードとしてp38 MAPKの関与を明らかにした。本研究は血管内皮保護効果という新たな側面からの降圧薬の位置付け、選択の基準の1つとして貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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