学位論文要旨



No 128209
著者(漢字) 青山,倫久
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,トモヒサ
標題(和) 脂肪細胞における遠位エンハンサーを介したPPARγによるC/EBPα遺伝子の転写制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 128209
報告番号 甲28209
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3868号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 講師 小川,純人
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 准教授 伊藤,晃成
内容要旨 要旨を表示する

【背景】脂肪細胞の分化は転写因子のカスケードにより調節され、マスターレギュレーターであるPPARγ(peroxisome proliferator activated receptor γ)やC/EBPα(CCAAT/enhancer binding protein α)が相互に転写活性化するポジティブフィードバックループが中心的な役割を果たすと考えられている。C/EBPαによるPPARγ遺伝子の転写制御に関しては、PPARγ遺伝子の近位プロモーター領域にC/EBPが結合し制御し得る領域が同定されているが、PPARγ によるC/EBPα遺伝子の転写制御領域に関しては現在まで同定されていなかった。

近年開発された高速シークエンサーと、特異抗体を用いた クロマチン免疫沈降(ChIP)を組み合わせたChIP-seqにより、転写因子の結合領域やヒストン・DNAの修飾領域の「全ゲノムレベル」での解析が可能となった。ゲノムワイドな転写因子の結合領域やヒストン修飾領域の解析から、遺伝子発現の制御領域が、通常のプロモーター解析が行われる近位プロモーター領域以外にも、イントロンや遺伝子間といった遺伝子から遠く離れた遠位領域など、広範囲にゲノム上に分布しており、これらの遠位エンハンサーの重要性が明らかになりつつある。本研究で私は、3T3-L1脂肪細胞におけるPPARg/RXRαのChIP-seqを用いて、PPARγによるC/EBPα遺伝子の転写制御機構を検討した。

【結果】まず3T3-L1細胞においてPPARγによるC/EBPα遺伝子の発現制御を検討したところ、C/EBPα遺伝子の発現はPPARγアゴニストであるRosiglitazoneの添加により亢進した。この発現亢進はPPARγの標的遺伝子であるFABP4と同様に3時間という比較的に短時間で見られることから、PPARγによる直接の転写制御であることが示唆された。また、C/EBPα遺伝子の発現はPPARγの過剰発現で有意に増加し、逆にPPARγのノックダウンにより低下を認めることからも、C/EBPα遺伝子の発現がPPARγにより制御されることが示唆された。

脂肪細胞におけるPPARγ/RXRαのChIP-seqによるゲノムワイド解析では、PPARγ/RXRα結合部位は、通常のプロモーター解析が行われる-5kb上流に存在するものは13%であり、イントロン34%、遠位領域28%などとゲノム上に広範囲に分布しており、PPARγ/RXRα結合部位の大多数は今まで考えられていた以上に、遺伝子から遠く離れた遠位領域に存在することが示唆された。また、PPARγ/RXRα結合部位数と標的遺伝子の発現の関係をゲノムワイドに検討すると、分化に伴う遺伝子発現変化が強い程、1遺伝子あたりのPPARγの結合数が多く、また1遺伝子あたりのPPARγ の結合数が多い程、標的遺伝子の発現上昇が多く認められ、制御領域の「数」が標的遺伝子の発現制御の程度を規定する重要な因子の一つであることが示唆された。

次にC/EBPα遺伝子領域におけるPPARγ/RXRαの結合部位に注目すると、通常のプロモーター解析が行われる近位プロモーター領域にはPPARg/RXRα結合部位は存在せず、C/EBPα遺伝子の転写開始点下流の遠位領域に+3,+19,+22,+24,+50,+53kbの複数のPPARγ/RXRα結合ピークを認めた(図1A)。同部位にはPPAR応答配列であるDR1様モチーフが複数個存在し、ゲルシフト解析でPPARγ/RXRαヘテロダイマーと結合を認め、ルシフェラーゼ解析にてPPARγアゴニストであるRosiglitazone依存的に転写活性化能を有することから、PPAR応答配列として機能し得ることが示唆された。

PPARγによる標的遺伝子の発現制御機構としては、PPARγにリガンドが結合することにより転写活性共役因子(コアクチベーター)複合体が結合し、ヒストン修飾やクロマチン構造変化を伴ってRNAポリメラーゼIIが活性化され、標的遺伝子の転写が促進されると考えられている。今回同定したC/EBPα遺伝子領域のPPARγ/RXRα結合部位にこの様なヒストン修飾の状態の変化やクロマチン構造変化がみられるかどうかを検討する目的で、活性型のエンハンサーやプロモーター領域に認められるヒストンアセチル化抗体(H3K27Ac及びH3K9Ac)を用いたChIP-qPCRや、オープンクロマチン構造を検出するFAIRE (formaldehyde-assisted isolation of regulatory elements) -qPCRを行ったところ、脂肪細胞分化前では、C/EBPα遺伝子のプロモーター領域のクロマチンは開いた状態であるがヒストンアセチル化は少なく、遠位のPPARγ/RXRα結合部位では開いたクロマチン構造を認めず、ヒストンアセチル化も少ない。脂肪細胞分化にともなうPPARγの発現上昇に従って、遠位のPPARγ/RXRα結合部位ではヒストンのアセチル化の増加、開いたクロマチン構造への変化を認め、プロモーター領域でもヒストンアセチル化の増加が起こり、これらのヒストン修飾やクロマチン構造の変化によりC/EBPαのmRNA転写が促進されると考えられた(図1B)。

離れた転写制御領域による遺伝子発現制御機構として、遠位転写制御領域とプロモーター領域がループを形成し直接空間的に近接して相互作用するという「 ルーピングモデル」 が,有力なメカニズムとして提唱されている。一方、インシュレーター結合タンパク質であるCTCF(CCCTC-binding factor)は転写活性/抑制、インスレーション、インプリンティング、X染色体不活性化などの様々な制御を行うことが知られているが、最近、WeiらによりES細胞においてCTCFを介したクロマチンループの全ゲノム解析が行われ、CTCFの新しい作用様式としてエンハンサー・プロモーター間のルーピングを促す様式が提唱されている。3T3-L1脂肪細胞におけるCTCF結合領域のChIP-seqのデータをC/EBPα遺伝子領域で解析すると、プロモーター領域、及び+50kb(CTCF1とする)、+53kb(CTCF2とする)においてCTCF結合ピークを認め、+50kbの結合部位(CTCF1)はPPARγ/RXRα結合部位とオーバーラップしていた。CTCF抗体を用いたChIP-qPCRにおいても、これらのプロモーター領域及びCTCF1、CTCF2にCTCFの結合が確認され、更にこれらの領域の塩基配列解析で同部位にそれぞれ複数個のCTCF結合モチーフ候補を認めた。次にC/EBPα遺伝子領域におけるプロモーターとCTCF1/CTCF2間の相互作用を検討する目的で、Chromatin Conformation Capture(3C)による解析を行った結果、プロモーター領域とCTCF1/CTCF2を含むゲノム領域の間にシグナルが検出され、C/EBPαのプロモーター領域と遠位のCTCF1/CTCF2の間で相互作用している可能性が示唆された。CTCFの発現は脂肪細胞の分化前後で認められ、同領域間の相互作用も分化前後で認められた。実際にPPARγによるC/EBPα遺伝子の転写制御にCTCFが関与するかを検討する目的で、3T3L1脂肪細胞においてCTCFのノックダウンを行ったところ、C/EBPα遺伝子の発現に抑制を認め、更にヒストンアセチル化抗体(H3K27Ac)に対するChIP-qPCR でPPARg/RXRa結合部位のヒストンアセチル化に減弱を認めた。

【結論】今回の脂肪細胞での検討で、ゲノムワイドChIP-seqによる解析が、既存のアプローチでは明らかでなかったC/EBPα遺伝子領域の複数の遠位エンハンサーの同定に有効であった。またC/EBPα遺伝子のプロモーター領域と遠位のPPARγ/RXRα結合部位の間にクロマチン相互作用を認めた。分化においてこれらの領域はダイナミックなヒストンのアセチル化やオープンクロマチン構造の変化を伴っており、PPARγによる遠位エンハンサーを介したC/EBPα遺伝子の転写制御において、最近提唱されたCTCFによるエンハンサー・プロモーター間のルーピングが重要な役割を果たす可能性が示唆された(図2)。

図1. C/EBPα遺伝子の遠位のPPARg/RXRα結合部位と分化に伴うヒストン修飾・クロマチン構造変化

A:C/EBPα 遺伝子領域におけるPPARg/RXRα結合部位ピーク

B:PPARgによるC/EBPα遺伝子の発現制御機構の模式図

脂肪細胞分化前後でC/EBPα遺伝子のプロモーター領域のクロマチンは開いた状態のままであるのに対し、C/EBPα遺伝子領域遠位のPPARγ/RXRα結合部位については、分化前に比較して分化後でクロマチンがより開いていた状態に変化する。ヒストンアセチル化も分化前と比較して分化後で多く認める。Ac:ヒストンアセチル化

図2. 遠位エンハンサーを介したPPARgによるC/EBPα遺伝子の転写制御のモデル

C/EBPα遺伝子のプロモーターと遠位のPPARγ結合部位(エンハンサー)がクロマチンループにより近接することで、C/EBPα遺伝子の発現が制御される。CTCFのノックダウンにより遠位エンハンサーとプロモーターのヒストンアセチル化は低下し、C/EBPα遺伝子の発現が低下する。 Ac:ヒストンアセチル化

審査要旨 要旨を表示する

脂肪細胞の分化は転写因子のカスケードにより調節され、マスターレギュレーターであるPPARγとC/EBPαの相互の転写活性化によるポジティブフィードバックループが重要であるが、PPARγによるC/EBPαの転写制御機構は不明であった。本研究は、ChIP-seqを用いて3T3-L1脂肪細胞におけるPPARg/RXRα結合領域のゲノムワイド解析を行い、PPARγによるC/EBPα遺伝子の転写制御機構の解析を試み、以下の結果を得ている。

1.3T3-L1脂肪細胞においてC/EBPα遺伝子の発現はPPARγアゴニストであるRosiglitazoneの添加により亢進し、この発現亢進はPPARγの標的遺伝子であるFABP4と同様に3時間という比較的に短時間で見られることから、PPARγによる直接の転写制御であることが示唆された。また、C/EBPαの発現はPPARγの過剰発現にでも有意に増加し、逆にPPARγのノックダウンにより低下を認めることからも、C/EBPα遺伝子の発現がPPARγにより制御されることが示唆された。

2.脂肪細胞におけるPPARγ/RXRαのChIP-seqによるゲノムワイド解析の結果から、PPARγ/RXRα結合部位は、コンベンショナルなプロモーター解析が行われる-5kb上流に存在するものは13%であり、イントロン34%、遠位領域28%などと、ゲノム上に広範囲に分布しており、PPARγ/RXRα結合領域の大多数は今まで考えられていた以上に、遺伝子から遠く離れた遠位領域に存在することが示唆された。また、PPARg/RXRa結合部位数と標的遺伝子の発現の関係をゲノムワイドに検討すると、分化に伴う遺伝子発現変化が強い程、1遺伝子あたりのPPARγの結合数が多く、また1遺伝子あたりのPPARγ の結合数が多い程、標的遺伝子の発現上昇が多く認められ、制御領域の「数」が標的遺伝子の発現制御の程度を規定する重要な因子の一つであることが示唆された。

3.C/EBPα遺伝子領域においては、近位プロモーター領域にはPPARg/RXRα結合領域は存在せず、C/EBPα遺伝子の転写開始点下流の遠位領域に+3,+19,+22,+24,+50,+53kbの複数のPPARγ/RXRα結合ピークを認めた。同部位にはPPAR応答配列であるDR1様モチーフが複数個存在し、ゲルシフト解析でPPARγ/RXRαヘテロダイマーと結合を認め、ルシフェラーゼ解析にてPPARγアゴニストであるRosiglitazone依存的に転写活性化能を有することから、PPAR応答配列として機能し得ることが示唆された。

4. C/EBPα遺伝子領域のPPARγ/RXRα結合部位において、活性型のエンハンサーやプロモーター領域に認められるヒストンアセチル化抗体(H3K27Ac及びH3K9Ac)を用いたChIP-qPCRや、オープンクロマチン構造を検出するFAIRE (formaldehyde-assisted isolation of regulatory elements) -qPCRを行った結果、脂肪細胞分化前ではC/EBPα遺伝子のプロモーター領域のクロマチンは開いた状態であるがヒストンアセチル化は少なく、遠位のPPARγ/RXRα結合領域では開いたクロマチン構造を認めず、ヒストンアセチル化も少ない。脂肪細胞分化にともなうPPARγの発現上昇に従って、遠位のPPARγ/RXRα結合領域では、ヒストンのアセチル化の増加、開いたクロマチン構造への変化を認め、プロモーター領域でもヒストンアセチル化の増加が起こり、これらのヒストン修飾やクロマチン構造の変化によりC/EBPα遺伝子の転写が促進されると考えられた。

5.遠位エンハンサーを介した遺伝子の転写制御機構に関して、2011年にWeiらによりES細胞においてインシュレーター結合タンパク質であるCTCFを介したクロマチンループの全ゲノム解析が行われ、CTCFの新しい作用様式としてエンハンサー・プロモーター間のルーピングを促す様式が提唱されている。本研究では、3T3-L1脂肪細胞におけるCTCF結合領域のChIP-seqのデータをC/EBPα遺伝子領域で解析し、プロモーター領域、及び+50kb(CTCF1とする)、+53kb(CTCF2とする)においてCTCF結合ピークを同定し、+50kbの結合部位(CTCF1)はPPARγ/RXRα結合部位とオーバーラップしていた。CTCF抗体を用いたChIP-qPCRにおいても、これらのプロモーター領域及びCTCF1, CTCF2にCTCFの結合が確認され、これらの領域の塩基配列解析で、同部位にそれぞれ複数個のCTCF結合モチーフ候補を認めた。更にChromatin Conformation Capture(3C)による解析から、C/EBPαのプロモーター領域と遠位のCTCF1/CTCF2の間で相互作用している可能性が示唆された。CTCFの発現は脂肪細胞の分化前後で認められ、同領域間の相互作用も分化前後で認められた。3T3L1脂肪細胞においてCTCFのノックダウンを行ったところ、C/EBPα遺伝子の発現に抑制を認め、更にヒストンアセチル化抗体(H3K27Ac)に対するChIP-qPCR でPPARg/RXRa結合部位のヒストンアセチル化に減弱を認めた。

以上、本論文はゲノムワイドChIP-seqによる解析により、既存のアプローチでは明らかでなかったC/EBPα遺伝子領域の遠位に複数のエンハンサーを同定した。またC/EBPα遺伝子のプロモーター領域と遠位のPPARγ/RXRα結合部位の間のクロマチン相互作用を示した。脂肪細胞の分化においてこれらの領域はダイナミックなヒストンのアセチル化やオープンクロマチン構造の変化を伴っており、PPARγによる遠位エンハンサーを介したC/EBPα遺伝子の転写制御において、最近提唱されたCTCFによるエンハンサー・プロモーター間のルーピングが重要な役割を果たす可能性を示した。本研究は転写因子による脂肪細胞分化の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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