学位論文要旨



No 128212
著者(漢字) 植田,航希
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,コウキ
標題(和) MLL関連白血病に対するポリコーム群複合体阻害剤の腫瘍抑制効果と作用機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 128212
報告番号 甲28212
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3871号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 瀧田,順子
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要旨

ヒストンアセチル化・脱アセチル化、ヒストンメチル化・脱メチル化は、急性白血病の発症に深く関与していることが解明されつつある。しかし、ヒストンメチル化を標的とした薬剤は臨床応用されていない。私は、トリメチル化されることで遺伝子発現を抑制する方向に働くヒストンH3リジン27のメチル化酵素であるEZH2に注目した。EZH2はSUZ12・EEDとポリコーム群複合体2(PRC2)を構成し、ヒストンH3リジン27をトリメチル化すると同時に、PRC1の構成要素であるBmi1などの分子をリクルートすることで、標的遺伝子の発現低下を引き起こす。EZH2によってヒストンH3リジン27のトリメチル化(H3K27Me3)が過剰に生じた場合、がん抑制遺伝子の発現低下を介して、悪性腫瘍の病勢が加速すると考えられている。EZH2の阻害剤としては、NCIの化合物スクリーニングによって発見された3-deazaneplanocinA(DZNep)が知られている。これまで、急性骨髄性白血病に対するDZNepの効果を解析した報告が二報存在するが、生体内での作用機序は十分に解析されていない。私は、白血病マウスモデル生体内へのDZNepの投与とshort hairpin RNA(shRNA)を用いた解析を行い、Mixed Lineage Leukemia(MLL)関連白血病におけるポリコーム群複合体の役割を検討した。急性白血病には様々な病型が存在するが、染色体上の11q23に存在するMLL遺伝子の変異や転座を有するMLL関連白血病は、予後不良な一群として知られている。私は、このMLL遺伝子の転座を有する白血病細胞株においてDZNepによる増殖抑制効果が高いことを見出し、主にMLL関連白血病におけるDZNepの作用について、解析を行うこととした。

様々なヒト白血病細胞株を、DZNepを各濃度で添加した培地上で72時間培養したところ、MLL遺伝子の転座を持つMV4-11・THP1・MOLM13の各細胞株は、他の細胞株と比較して低濃度で増殖が阻害され、高濃度においてはほぼ死滅することが示された。また、マウス骨髄細胞にレトロウイルスを用いて白血病原性遺伝子を感染させた実験系においても、MLL転座を含む融合遺伝子を感染させた細胞は、正常マウス骨髄細胞やAML1/ETOを感染させた細胞と比較して、より低濃度のDZNepで増殖を阻害されることが示された。マウスのMLL/AF9白血病細胞を、DZNepを各濃度で添加した液体培地で24時間培養すると、H3K27Me3は著しく阻害された。しかし、EZH2の発現低下は、統計学的には有意であったものの20%程度であり、DZNepの効果はEZH2を転写レベルで抑制することによるものではないことが示唆された。また、既報のように、Hoxa9・Meis1の発現が低下し、p16・p19・p21・p27・FBXO32といったアポトーシスやsenescence、細胞分化に関与する遺伝子の発現が濃度依存性に増加した。一方で、p53・CyclinE・CEBPαなどの、一般にアポトーシスや細胞分化に重要と考えられる遺伝子の転写レベルでの発現には変化がなく、白血病細胞において転写レベルで発現が上昇すると報告されているTXNIPについても、10μMの高濃度を添加した場合のみ発現上昇がみられた。また、フローサイトメトリーを用いた解析にてアポトーシスを誘導されている細胞が多いことが示された。

In vivoでのDZNepの抗白血病作用の検証のため、MLL/AF9白血病細胞を二次移植したマウスに対して、2μg/g(body weight)のDZNepを週三回腹腔内投与したところ、MLL/AF9白血病モデルにおいて、生存期間の延長がみられた。生存解析に使用したものとは別に、白血病を発症した時点で解剖して解析した白血病マウスの骨髄細胞では、ヒストンH3K27Me3が阻害されていた。また、MLL/AF9腫瘍蛋白を発現している細胞であるGFP陽性細胞のみを用いてコロニーアッセイを行ったところ、DZNep投与群より採取した白血病細胞のコロニー形成能がコントロール群に有意に劣った。また、フローサイトメトリー解析において、GFPは両群ともほぼすべての細胞で陽性であったが、DZNep投与群のGFP陽性細胞中のLGMPの割合は有意に少なかった。マウスMLL関連白血病の腫瘍細胞におけるlineage-・Sca1-・cKit+・CD34+・CD16/32+分画であるLGMPには、leukemia initiating cellが濃縮されていることが知られており、LGMPの減少とコロニー形成能の低下は、DZNepの投与によって白血病細胞の総数が減少しているだけではなく、白血病幹細胞が減少していることを示唆している。また、骨髄GFP陽性細胞のqRT-PCRにおける遺伝子発現は、in vitroの実験よりも変化に乏しく、変化する傾向があった遺伝子はHoxa9の発現低下、p16の発現上昇のみであった。LGMPのみで遺伝子発現変化を検討しても同様の傾向を示したが、いずれも個体間のばらつきが大きく、統計学的有意差は得られなかった。DZNepが白血病幹細胞分画に作用していることを裏付けるため、LGMPのみを二次移植したところ、やはりDZNepの投与で生存期間の延長やcKitの発現低下、LGMP分画の減少が得られた。一方、TEL/PDGFβR-IRES-AML1/ETO(TPAE)白血病の二次移植モデルでは、DZNepの投与によって生存期間の延長は得られなかった。

前述のように、DZNepはEZH2のみを特異的に機能抑制するわけではない。このため私は、MLL関連白血病細胞に対してshRNAによるEZH2のノックダウンを行い、DZNep投与と同様の反応が起こるか否か検討し、アポトーシス・細胞分化関連遺伝子の発現比較を行った。二種類のshRNA(shEZH2-1およびshEZH2-2)を作成したが、shEZH2-1の方が、より強力にEZH2の発現をノックダウンできた。shEZH2-1ではH3K27Me3も抑制していたが、shEZH2-2では、H3K27Me3を抑制するには効果不十分であった。In vitroで培養したMLL/AF9白血病細胞でのアポトーシス解析では、shEZH2-1において、コントロールよりアポトーシスが亢進していた。また、コロニーアッセイで、shEZH2-1のコロニー数が減少した。遺伝子発現については、shEZH2-2はコントロールと大きな差が出なかったが、EZH2を強く抑制しているshEZH2-1では、p16の発現が上昇した。p19,p21,p27などに関しては、DZNep投与と異なり、発現が変わらないか低下する傾向がみられた。同様にshEZH2-1を、E2A/HLF不死化細胞および正常マウス骨髄由来cKit陽性細胞に感染させた場合、コロニーあたりの細胞数が25-50%に減少するものの、コロニーの数には大きな変化が見られなかった。しかし、p16の発現上昇はこれらの細胞でもみられた。

同じ配列のshRNAを、pSIREN ZsGreenのベクターに挿入してMLL/ENL白血病細胞に感染し、ZsGreen陽性細胞をソーティングした後、二次移植した。shEZH2-1を感染させたマウスはコントロール群と比較して大幅に生存が延長したのに対して、H3K27Me3を抑制できないshEZH2-2ではほとんど生存が延長しなかった。shEZH2-1は、in vivoでもH3K27Me3の減少を起していた。また、移植後day23でのZsGreenのキメリズムを比較すると、shEZH2-1ではコントロールよりも大幅に低く、EZH2が抑制された白血病細胞は、生着はしているものの、増殖が抑制されていることがわかった。また、白血病マウスより採取したZsGreen陽性細胞のコロニーアッセイでは、shEZH2-1において、有意にコロニーが少なかった。フローサイトメトリーによるLGMPの定量でも、ZsGreen陽性細胞中に占めるLGMPの割合はshEZH2-1で明らかに少なく、EZH2のノックダウンによって、白血病幹細胞が減少していることが示唆された。各種遺伝子発現量は、機能的に有効であったshEZH2-1とコントロールを比較したが、ZsGreen陽性細胞全体でもLGMP分画でもp16が上昇する傾向を示しており、EZH2の機能阻害によってp16の発現上昇が生じることが、MLL関連白血病に対する抗腫瘍効果の本態であることが予想された。

p16に対するshRNAを感染させたMLL/ENL白血病細胞を二次移植すると、DZNep投与によって生存期間は延長しなかった。また、EZH2とp16に対するshRNAをMLL/ENL不死化細胞に同時に感染させると、p16をノックダウンしていない場合はshEZH2によって大幅にコロニー数が減少するのに対して、コロニーの減少は50%程度に抑制された。

MLL関連白血病において最もEZH2の抑制が有効である理由は現時点では未解明である。PRC2のコンポーネントと、MLL融合蛋白が直接結合する可能性を免疫沈降にて検討したが、タンパクレベルでの直接結合は示されなかった。また、クロマチン免疫沈降にて、p16プロモーター領域のH3K27のメチル化状態は、大きな差がなかった。また、p16の遺伝子発現上昇は、EZH2抑制による増殖抑制効果が弱いE2A/HLF不死化細胞や正常cKit陽性細胞でも生じているため、現時点での仮説は、EZH2の抑制によって何らかの機序でp16の発現が上昇し、p16の上昇に対する感受性が強いMLL関連白血病が最も増殖を抑制されやすい、というものである。この仮説を証明するための実験は現在施行中である。

私の実験から、DZNepの白血病増殖抑制機序の本態はEZH2の阻害作用であり、p16の上昇が鍵になっている可能性が高いことが示された。現時点で結果が出ていない上記のような点も含め、更にDZNepの作用機序を明らかにしていくと同時に、より特異性の高いEZH2阻害剤を開発することが、ヒストンメチル化阻害剤の臨床応用に向けて重要であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ポリコーム群複合体2(PRC2)に対する阻害剤およびshort-hairpin-RNA(shRNA)を用いて、急性白血病発症におけるPRC2の役割を明らかにすることを試みた研究であり、下記の結果を得ている。

1.PRC2の主要なコンポーネントであるEZH2の阻害剤3-deazaneplanocinA(DZNep)は、MLL遺伝子転座を持つ白血病細胞株やマウス骨髄由来不死化細胞に対して、他の種類の遺伝子変異を持つ白血病細胞株や不死化細胞と比較して強い増殖抑制効果を有することが示された。

2.MLL-AF9不死化細胞に対してDZNepを添加すると、ヒストンH3リジン27のトリメチル化(H3K27Me3)が阻害され、細胞にアポトーシスを生じるが、この際p16,p18,p21,p27,FBXO32などのアポトーシス・分化関連遺伝子の発現が上昇していることが示された。

3.MLL-AF9・MLL-ENL白血病細胞を二次移植したマウスに対して、DZNepを投与すると生存期間が延長し、白血病細胞中の白血病幹細胞分画の比率が減少し、骨髄の細胞においてもHeK27Me3が抑制されていることが示された。また、白血病細胞におけるp16の発現が上昇していた。一方、TEL/PDGFβR-IRES-AML1/ETO(TPAE)白血病細胞の二次移植では、DZNep投与によってマウスの生存期間は延長しなかった。

4.EZH2に対するshRNAを感染させたMLL-ENL白血病細胞を二次移植した場合にも、DZNep投与と同様に、生存期間の延長・H3K27Me3の抑制・白血病幹細胞分画の減少・p16の発現上昇が得られることが分かった。

5.p16をノックダウンすることで、DZNepによるマウスMLL/ENL白血病モデルの生存延長効果が消失し、shEZH2によるMLL/ENL不死化細胞のコロニー数減少も、一部キャンセルされることが示された。

6.MLL関連白血病において、EZH2抑制が有効に増殖を阻害する理由は検討中である。MLL融合蛋白とPRC2の直接結合ではないことが示されたため、p16の発現上昇に対する感受性がMLL関連白血病において強い可能性が高いと考えられる。

以上、本論文はこれまで解析されていなかった、PRC2阻害剤のin vivoにおける抗白血病作用を明らかにし、特にMLL関連白血病において、PRC2が治療標的として重要であることを示した。同時に、MLL関連白血病において、EZH2がp16の抑制を介して白血病の維持に重要な役割を果たしている可能性を示唆している。本研究は、これまでin vitroの解析が主流であったPRC2阻害剤の作用をin vivo白血病モデルで詳細に解析しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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