学位論文要旨



No 128215
著者(漢字) 岡本,朋子
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,トモコ
標題(和) 大腸憩室出血における動脈硬化関連疾患の関与に関する臨床的検討
標題(洋)
報告番号 128215
報告番号 甲28215
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3874号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 講師 多田,稔
内容要旨 要旨を表示する

・背景・目的

大腸憩室症は先進国では日常診療でしばしば遭遇する疾患である。有病率は加齢により増加し、欧米の報告では40歳では10%、80歳では60%といわれている。また大腸憩室の成因として食物繊維量減少との関連も報告されており、近年本邦においても食生活の欧米化に伴い増加してきていると考えられている。大腸憩室症患者の80%は無症状で生涯を終えるが、患者によっては憩室症に伴う合併症を発症する。最も重篤な合併症は穿孔、閉塞、膿瘍形成、瘻孔形成などである。次いで重篤なものは急性の大腸憩室出血であり、憩室患者の3%-15%に見られる。大腸憩室出血の大部分、およそ70-90%は自然止血が得られ、侵襲的治療を必要としない。一方、大量の持続的出血のため生命の危険な状態となり、輸血、内視鏡的治療や血管造影による止血を必要とする患者も存在する。また、中には憩室出血再発を繰り返す者が存在し、一度出血を起こした後の再出血率は13.8%から38%との報告がある。

憩室出血は憩室近くの変性した直細血管の急性破裂によると考えられているが、血管破裂の危険因子についてはほとんど知られていない。しかし最近になって高血圧や肥満との関連を示唆する報告が見られるようになっている。一方で主要な出血疾患である脳血管出血に関しては非常に研究が進んでおり、動脈硬化が重要な要因であることが知られている。そこで、大腸憩室出血においても脳血管出血と同様に高血圧、高脂血症、糖尿病といった動脈硬化と関連のある疾患が何らかの関与を及ぼしている可能性を考えた。

そこで、(1) 症例対照研究の手法を用いて、大腸憩室出血患者と非出血大腸憩室症患者の間で各種因子につき比較検討し、大腸憩室出血の危険因子を明らかにする、(2) 上記の大腸憩室出血症患者に対しコホート研究を行い、大腸憩室出血の再出血率及び再出血の危険因子を明らかにする、(3) 大腸憩室出血患者における動脈硬化所見を頸動脈エコーにより検討する、ため東京大学消化器内科に憩室出血に対して入院加療を受けた患者及び東京大学消化器内科で大腸内視鏡検査を行った患者を対象に以下の検討を行った。

・方法

(1)大腸憩室出血の危険因子に関する症例対照研究

2006年1月から2010年9月までに大腸憩室出血で当科に入院した患者連続62人を対象とした。大腸憩室出血は大腸憩室からの活動性出血を認める場合、もしくは大腸内に血液を認めかつ終末部小腸には血液を認めない症例で憩室以外に出血を来たす病変を認めない場合、と定義した。各症例について、年齢、性、内視鏡所見、併存疾患、内服薬、などの情報を収集した。大腸憩室症を認め2010年9月までの時点で出血歴のないものを非出血大腸憩室症例として、大腸憩室出血症例に対し年齢 (±3歳) 、性別、大腸憩室の分布 (左側型、右側型、両側型) 、高血圧の有無を一致させた非出血大腸憩室症例2例を大腸内視鏡検査のデータベースから抽出し対照群においた。特に併存疾患としては高脂血症、糖尿病、血管性疾患 (虚血性心疾患または脳血管性疾患) 、内服薬としては抗凝固薬 (低用量アスピリンを含む) 、NSAIDsの有無を調べた。

(2) 大腸憩室再出血の危険因子に関するコホート研究

大腸憩室再出血の再出血率と再出血の危険因子とを解析するために上記症例群に対して後ろ向きコホート研究を施行した。コントロールされていない悪性疾患や終末期の心血管疾患や脳血管疾患、憩室出血を治療するために結腸切除術を施行した患者を除外した53人のコホートを調査した。コホートの全ての症例において2011年9月の時点で予後を確認した。全ての症例は一旦出血後1年以上の観察がなされている (平均観察期間は2.4年 (1.0-5.5年) ) 。

(3) 大腸憩室出血患者における頸動脈エコー所見の検討

2010年4月から2011年10月までに憩室出血に対して入院治療を受けた連続した34人について頸動脈エコー所見を含めて再出血の危険因子を検討した。

・結果

(1)大腸憩室出血の危険因子に関する症例対照研究

出血群では62人中44人が男性、平均年齢は71.6±9.9歳、高血圧の有病率は81%であった。対照群124人において、上記項目はマッチさせた。両群を比較すると、併存疾患の割合は糖尿病が出血群で28/62例 (45%) 、対照群で23/124例 (19%) 、高脂血症が出血群で29/62例 (47%) 、対照群で32/124例 (26%) 、血管性疾患 (虚血性心疾患または脳血管性疾患) が出血群で27/62例 (44%) 、対照群で13/124例 (10%) と何れも出血群で有意に高率であった (それぞれP=0.0002、P=0.0045、P<.0001) 。また内服薬については、抗凝固薬内服者の頻度は出血群で36/62例 (58%) 、対照群で29/124例 (23%) 、NSAIDsは出血群で11/62例 (18%) 、対照群で7/124例 (6%) と出血群で有意に高率であった (それぞれP<.0001、P=0.0110) 。多重ロジスティック回帰法による多変量解析では糖尿病 (オッズ比 (OR) ) 2.40、95%信頼区間 (CI) 1.11-5.18、P=0.026) 、血管性疾患 (OR4.24、95%CI1.65-11.32、P=0.0026) 、NSAIDs (OR3.73、95%CI1.26-11.60、P=0.018) が有意な危険因子であった (表1) 。

また、血管性疾患患者においては、抗凝固薬の使用が出血に関与した可能性が考えられるが、抗凝固薬の使用の有無により層別化した検討を行った結果、抗凝固薬の使用に係わらず心・脳血管性疾患の患者は、憩室出血の高危険群であることが示された。

(2)大腸憩室再出血の危険因子に関するコホート研究

対象53人中22人が、観察期間中に再出血を来たした。カプラン・マイヤー法に基づいて各因子別に再出血のリスクをログランク検定により検討すると、NSAIDs内服患者において、有意に再出血のリスクが高かった (P=0.005) 。コックスの比例ハザード法により多変量解析を行うと、NSAIDs内服が再出血の独立した危険因子であった (ハザード比6.18、95%CI 1.73-20.70、P=0.0065) 。

また初回の憩室出血から1年未満の再出血をエンドポイントとした検討では、1年未満に再出血を来たした患者は53人中11人であった。単変量解析では、1年未満で再出血を来たした11人全員が高血圧を有していた。また、各患者において高血圧 (HT) 、高脂血症 (HL) 、糖尿病 (DM) の疾患を合併している数 (0個~3個) を因子として取り入れたところ、1年未満に再出血を来たした人ではこれらの疾患を2個以上合併している症例が有意に多かった (1年未満出血群10/11例 (91%) 、非出血群19/42例 (45%) 、P=0.0075) 。年齢、性別、HT/HL/DM合併数、血管性疾患、抗凝固薬、NSAIDs、クリップ止血、の因子を含めた多重ロジスティック回帰分析を行ったところ、HT/HL/DM合併数 (OR3.45、95%CI1.33-10.91、P=0.0098) が独立した危険因子であった。

平均観察期間28.8カ月の間に22人が再出血を来たし、再出血率は1年で21%、2年で40%、3年で47%であった (図1) 。

(3)大腸憩室出血患者における頸動脈エコー所見の検討

測定した34人中、過去に出血の既往があった再出血群が10人、既往のない対照群が24人であった。両群で各因子を比較したところ、単変量解析では総頸動脈の内膜中膜複合体厚の最大値の左右平均値 (CCA,maxIMT 平均) は再出血群1.47±0.77mm、対照群が1.13±0.45mmと再出血群で高い傾向がみられたが、統計学的有意に至らなかった (P=0.11) 。年齢、HT/HL/DM合併数、抗凝固薬/NSAIDs内服の有無、CCA,maxIMTの4項目で多変量解析を行うと、CCA,maxIMTのオッズ比4.23、P=0.064と再出血群でIMTが厚い傾向を認めた。

・考察

本研究では糖尿病、血管性疾患、NSAIDsが大腸憩室出血の独立した危険因子であることが示された。これまでのところ、本研究が憩室出血と糖尿病及び血管性疾患との関連を示した初めての論文である。

動脈硬化関連の危険因子として、肥満や高尿酸血症が憩室出血の危険因子とする既報があり、また当科からも高血圧が憩室出血の危険因子であると報告している。またアスピリンや他のNSAIDsが憩室出血のリスク増加と関連しているとの既報がある。本研究では抗凝固薬とNSAIDsは憩室出血の患者で有意に多く使用されていたが、層別解析では、血管性疾患は抗凝固薬の使用とは独立した憩室出血の危険因子であることが示された。

大腸憩室出血後の再出血率に関して、本研究では、累積出血率は1年で21%、2年で34%、3年で40%であった。既報では年率再出血率は4.4%-8.6%と報告されており、本研究での再出血率は既報に比して高い結果であった。理由は明らかではないが、東大病院全体においては動脈硬化関連疾患を有する患者が多く、抗凝固薬やNSAIDsを使用している患者も多くみられる。すなわち憩室出血のリスクが高い患者の割合が多いために、本研究での再出血率は高くなった可能性がある。

クリップによる内視鏡的止血術が即時及び長期的な成功率が高く、効果的かつ安全であるとの既報がある。しかしながら、本研究の結果ではクリップ法による止血が憩室出血再出血を予防するのに有効かどうかは明らかではなかった。ただし、特にリスクの高い憩室に関して出血点が同定され、止血術がなされたとも考えられ、今回の結果のみではクリップ法が有効ではないと結論付けることはできない。

本研究ではNSAIDsと高血圧・糖尿病・高脂血症の動脈硬化関連疾患が憩室出血再出血の危険因子として考えられた。全体での再出血の危険因子としてはNSAIDsのみが挙げられたが、再出血の中でも1年未満の再出血に限定して検討を行うと動脈硬化関連疾患が挙げられた。1年未満の再出血に対しては動脈硬化の関与が非常に強い一方で、NSAIDsは時間の長短に係わらず持続的に再出血の因子として働いている可能性がある。

表1.憩室出血の危険因子に関するロジスティック回帰分析

図1.再出血に対するKaplan-Meier曲線

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大腸憩室出血の危険因子、大腸憩室再出血の危険因子、大腸憩室出血の再出血率、を明らかにするため、症例対照研究及びコホート研究により解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. 大腸憩室出血の危険因子に関する症例対照研究

i) 2006年1月から2010年9月までに大腸憩室出血で入院治療を受けた62人を出血群とし、症例1例に対し対照群を2例抽出した。62人中44人が男性であり、平均年齢は71.6±9.9歳であった。

ii) 単変量解析では、糖尿病、高脂血症、血管性疾患(虚血性心疾患または脳血管性疾患)、の有病率が対照群よりも出血群で有意に高かった (それぞれP=0.0002、P=0.0045、P<.0001) 。また、出血群では対照群と比較して抗凝固薬とNSAIDsの内服率が有意に高かった (それぞれP<.0001、P=0.0110) 。

iii) 多変量解析では、糖尿病 (OR2.40、95%CI1.11-5.18、P=0.026) 、血管性疾患 (OR4.24、95%CI1.65-11.32、P=0.0026) 、NSAIDs (OR3.73、95%CI1.26-11.60、P=0.018) 、が憩室出血の独立した危険因子であった。

iv) 症例群と対照群を合わせて抗凝固薬の使用の有無と血管性疾患の有無により層別化し、憩室出血のリスクを比較したところ、抗凝固薬内服の有無にかかわらず血管性疾患の患者においては大腸憩室出血のリスクが高かった。

2. 大腸憩室再出血の危険因子に関するコホート研究

i) 上記で用いた出血群のうちコントロールされていない悪性疾患などの患者を除外した53人に対して後ろ向きコホート研究を施行した。全ての患者は一旦出血後1年以上の観察がなされている。(平均観察期間は2.4年 (1.0-5.5年) )

ii) 平均観察期間28.8カ月の間に53人中22人が再出血を来たした。Kaplan-Meier法による再出血率は1年で21%、2年で40%、3年で47%であった。

iii) Kaplan-Meier法に基づいて各因子別に再出血のリスクをログランク検定により検討するとNSAIDs内服患者において有意に再出血のリスクが高かった (P=0.005) 。

iv) 多変量解析を行うと、NSAIDs内服が再出血の独立した危険因子であった (HR6.18、95%CI1.73-20.70、P=0.0065) 。

v) 初回の憩室出血から1年未満の再出血をエンドポイントとした検討では、1年未満に再出血を来たした患者は53人中11人であった。高血圧・高脂血症・糖尿病の疾患を合併している数が0-1個の群と2-3個の群の2群に層別化したところ、1年未満に再出血を来たした人ではこれらの疾患を2-3個有している率が有意に高かった (P=0.0075) 。

vi) 多変量解析では高血圧・高脂血症・糖尿病合併数が1年未満に再出血を来たす独立した危険因子であった (OR3.45、95%CI1.33-10.91、P=0.0098) 。

3. 大腸憩室出血患者における頸動脈エコー所見の検討

2010年4月から2011年10月までに憩室出血に対して入院治療を受けた連続した 34人に頸動脈エコーを施行し、総頸動脈の内膜中膜複合体肥厚(IMT)を含めて解析を行ったところ、有意差は認めないものの再出血群(10人)が単回出血群(24人)よりIMTが厚い傾向を認めた (OR4.23、P=0.064) 。

以上、本論文は糖尿病及び血管性疾患が大腸憩室出血の危険因子であること、大腸憩室再出血においても動脈硬化関連疾患が危険因子であること、を明らかにした。本研究は憩室出血と糖尿病及び血管性疾患との関連を示した初めての研究であり、大腸憩室出血及び再出血の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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