学位論文要旨



No 128217
著者(漢字) 片寄,智規
著者(英字)
著者(カナ) カタヨセ,トモキ
標題(和) 関節リウマチにおけるCas-L/Nedd9の病態生理学的役割の解析
標題(洋)
報告番号 128217
報告番号 甲28217
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3876号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

関節リウマチ(RA)は、滑膜を炎症の主座とし主に小関節に対称性の関節腫脹を呈す慢性炎症性の病態であり、進行性に骨破壊を来し全身合併症を伴う自己免疫疾患である。病理像は、毛細血管周囲にCD4陽性主体のT細胞浸潤、続いてB細胞の浸潤が起こり、滑膜細胞の重層化と絨毛化、単球や好中球の浸潤、毛細血管の増生が引き起こされ、滑膜での炎症性肉芽であるパンヌスの形成に至る。この後、破骨細胞の活性化とプロテアーゼの産生により骨破壊へと進行していく[1]。直接的な原因は明らかではないが、RA発症におけるサイトカインやリンパ球の重要性が指摘[2, 3]されており、抗サイトカイン療法などの生物学的製剤の導入によりRAの治療予後に激的な改善効果をもたらした。しかし結核や真菌などに対する易感染性や、血液系の悪性腫瘍の発生リスクをはじめとして長期的な安全性が確立していないことが課題であり、新規治療方法の開発が期待されている。

Crk-associated substarate lymphocyte(Cas-L)は、β1インテグリンからのシグナルを受けてチロシンリン酸化される105 kDaの細胞内ドッキング蛋白質であり、共通の一次構造を有するCas-L/HEF1/Nedd9, p130Cas/BCAR1, Efs/Sin から成るCasファミリーを構成している。これらは、生物学的機能として細胞接着や細胞遊走、細胞骨格系の再構成に必須の分子である。当研究室のNishijimaらはこれまでに自然関節炎発症モデルマウスであるHTLV-I-taxトランスジェニックマウス関節滑膜の炎症局所にCas-Lが高発現していること、さらに炎症部位に浸潤したリンパ球においてCas-L発現が亢進していることを見出しており[4]、Cas-Lと関節炎病態形成との関連が示唆されている。

そこで本研究では、Cas-LがRAに対する新たな標的分子となりうる可能性を探り最終的に臨床への応用を目指し、Cas-Lノックアウトマウスを利用してCas-Lが関節炎の発症機構に果たす役割について解析を行った。まず、Cas-Lノックアウトマウス (-/-)、heteroマウス (-/+)[5]、コントロールとして野生型マウス(WT)にコラーゲン誘発関節炎モデル (Collagen-induced arthritis; CIA) を適用し、関節炎重症度と発症率、病理組織の比較検討を行った。II型コラーゲン(IIC)をFreund Complete Adjuvant とともに、1日目と21日目にCas-L(-/-)群、Cas-L (-/+)群、WT群に投与し、関節炎の発症率と重症度を評価し計56日間観察した。その結果、Cas-Lの欠損により関節炎の重症度が軽減されることが明らかとなった。レントゲンや病理組織標本の検討においても、Cas-L(-/-)群では関節炎所見に乏しく、画像学的および病理学的にもCas-L(-/-)群では関節炎が抑えられていることが示された。また、関節炎発症にかかわる細胞が幹細胞レベルでの異常かどうかを確認する目的で骨髄細胞移植実験を行った。その結果、WT群由来の骨髄細胞をCas-L(-/-)群に移植した群に対してCIAの誘導9を行ったところ、関節炎の発症を認めたが、逆にCas-L(-/-)群由来骨髄細胞を移植したWT群ではCIAの発症が抑制された。この結果は、関節滑膜の細胞よりは、免疫担当細胞におけるCas-Lの低下が、関節炎発症抑制の原因であることを示している。また、Cas-L(-/-)群ではIIC特異的なリンパ節細胞の増殖はWT群に比較し有意に低下しており、細胞性免疫に異常があることが示された。さらに、抗IIC抗体価測定の結果、Cas-L(-/-)群では抗原特異的抗体産生能の低下を認めた。CIAの発症には細胞性免疫と液性免疫がともに重要である[6-8]とされ、Cas-L(-/-)群で関節炎発症が抑制されたメカニズムには、細胞性免疫だけではなく液性免疫の異常も関与することが示唆された。しかし、Cas-L(-/-)群では重症化は抑制されたにもかかわらず、完全に発症を抑えることはできなかった。このことは、Cas-Lを介するシグナル以外に、関節炎を誘導するシグナルが関与する可能性を示している。そこでCas-L(-/-)群でT細胞活性化メカニズムに他のシグナル経路の関与を検討する目的でT細胞の共刺激実験を行った。その結果、抗CD3抗体/抗CD28抗体による共刺激では、Cas-L(-/-)群ではWT群に比べ有意に細胞取り込みが高く、刺激応答が高いことが明らかとなった。Cas-Lが欠損した結果、CD28-B7シグナル経路にT細胞活性化シグナルが入りやすくなることを示し、Cas-LはCD28-B7副シグナル分子の発現制御に関係している可能性が示唆された。次に血清中のサイトカイン産生について比較検討を行った。その結果、Th1細胞産生サイトカインであるIL-6やTNF-α、IFN-γそして炎症性サイトカインであるIL-17はCas-L(-/-)群で有意に低値であったが、Th2細胞産生サイトカインであるIL-4やIL-10はCas-L(-/-)群で有意に高値であった。また抗CD3抗体と抗CD28抗体の共刺激実験系でも、その培養上清中IL-10はCas-L(-/-)で高値であった。Cas-Lはサイトカイン産生にも関与することを示しており、特にTh2細胞の制御に関与していることが示唆された。以上の結果より、Cas-L(-/-)マウスで関節炎発症が抑制された原因として、これまでに明らかとなっている細胞遊走および細胞接着という生物学的機能によって炎症部位へ免疫担当細胞を動員・浸潤させるメカニズムが関与することのほかに、副シグナル経路の発現亢進が引き起こされT細胞を活性化させて特にTh2細胞産生サイトカインを制御することで関節炎発症を抑制するというメカニズムも関与していることが示された。

本研究では、Cas-Lノックアウトマウスを用いて、Cas-Lと関節炎の関わりについて解析を行った。その結果、Cas-Lを欠損させるとCIAでは重症度が低いこと、Cas-Lは細胞性免疫だけではなく液性免疫の制御にもかかわっている可能性があることを示した。これまでは炎症性サイトカインを制御する創薬が主体であり、確かにRA治療に著明な効果をもたらした。その反面、感染症、infusion reactionなどの重篤な有害事象や反応を示さない症例も指摘されている。抗炎症性サイトカインを標的にした治療はこうした有害事象を克服できる可能性がある。

鎌滝章央, 村上賢也, and 澤井高志, RAにおける骨・軟骨破壊の病理. リウマチ科, 2011.45(5): p. 554-559.2.Arend, W.P., Physiology of cytokine pathways in rheumatoid arthritis. Arthritis Rheum, 2001.45(1): p. 101-6.3.Senolt, L., et al., Prospective new biological therapies for rheumatoid arthritis. Autoimmun ev, 2009. 9(2): p. 102-7.4.Miyake-Nishijima, R., et al., Role of Crk-associated substrate lymphocyte type in the pathophysiology of rheumatoid arthritis in tax transgenic mice and in humans. Arthritis Rheum, 2003. 48(7): p. 1890-900.5.Seo, S., et al., Crk-associated substrate lymphocyte type is required for lymphocyte trafficking and marginal zone B cell maintenance. J Immunol, 2005. 175(6): p. 3492-501.6.Stuart, J.M. and F.J. Dixon, Serum transfer of collagen-induced arthritis in mice. J Exp Med, 1983. 158(2): p. 378-92.7.Hirofuji, T., et al., Characterization of monoclonal antibody specific for human type II collagen: possible implication in collagen-induced arthritis. Clin Exp Immunol, 1985. 62(1): p. 159-66.8.Bullard, D.C., et al., Reduced susceptibility to collagen-induced arthritis in mice deficient in intercellular adhesion molecule-1. J Immunol, 1996. 157(7): p. 3153-8.
審査要旨 要旨を表示する

本研究は、関節リウマチの発症において重要な役割を演じていると考えられているβ1インテグリン下流に位置するドッキング蛋白であるCas-L/Nedd9について、ノックアウトマウスを使用してその関節炎発症機構における病態生理学的役割について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.Cas-Lノックアウト(KO)マウスと野生型(WT)マウスにII型コラーゲンで関節炎(CIA)を誘導した結果、Cas-L KOマウスではWTマウスと比較して、発症の遅延及び重症度の低下が観察された。さらに、Cas-L KOマウスの関節滑膜の病理学的所見では、炎症細胞浸潤の程度が低下し、WTマウスに比べて滑膜の増生・肥厚、骨破壊像が軽度であった。この結果は、Cas-Lの生物学的機能として知られているリンパ球遊走能及び接着能がCas-L KOマウスでは低下していることによって生じた可能性が考えられた。

2.Cas-L KOマウスとWTマウスの血清中抗II型コラーゲン抗体価を比較した結果、Cas-L KOマウスでは抗II型コラーゲン抗体価が有意に低値であり、また、II型コラーゲン再刺激後の脾細胞の増殖反応も低下していた。また、Cas-L KOマウスでは、二次リンパ器官におけるT・B細胞数・比率の異常を認めた。

3.Cas-L KOマウスとWTマウス間での骨髄細胞移植実験では、Cas-L KOマウス骨髄を致死量の放射線を照射したWTマウスへ移植した群 [KO→WT]と、WTマウス骨髄を致死量の放射線を照射したCas-L KOマウスへ移植した群 [WT→KO]にCIAを誘導したところ、[KO→WT]では、[WT→KO]に比較して関節炎重症度の低下を認めた。この結果から、Cas-L KOマウスの関節炎重症度の低下の一因として、骨髄細胞レベルの異常が示唆された。

4.Cas-L KOマウスとWTマウスの脾臓由来CD4陽性T細胞に対し、抗CD3抗体と抗CD28抗体あるいは、抗CD3抗体とfibronectinで共刺激を行い、その細胞増殖反応を評価した。その結果、抗CD3抗体/fibronectinによる共刺激系では、Cas-L KOマウス由来CD4陽性T細胞では、WTマウスの場合に比較して、細胞増殖反応が低値であった。このことから、Cas-Lはβ1インテグリンリガンドであるfibronectinとCD3との共刺激系のシグナル伝達系において、重要な役割を果たしていることが示唆された。一方で抗CD3抗体/抗CD28抗体での共刺激ではCas-L KOマウスにおいて、WTマウスと比較して細胞増殖反応が高値であった。その機序は不明であり、今後更なる研究の進展が期待される。

5.CIAを誘導したCas-L KOマウスとWTマウスの血清中のサイトカイン濃度の測定を行った結果、Cas-L KOマウスでは、WTマウスに比較して、炎症性サイトカインであるIFN-γ、IL-1β、TNF-α、IL-6、IL-17の低値と抑制性サイトカインであるIL-4、IL-10の高値を認めた。抗CD3抗体/抗CD28抗体および抗CD3抗体/fibronectinで共刺激後の培養上清中のIL-10濃度を測定したところ、Cas-L KO群の方で高値であった。これらの結果から、Cas-Lが炎症性サイトカイン、免疫抑制性サイトカイン産生双方に影響を与えている可能性が示唆された。

以上、本研究は、Cas-Lノックアウトマウスを使用し、コラーゲン誘導関節炎発症機構の解析を行った初めての研究であり、本論文はCas-Lノックアウトマウスにおける関節炎発症低下の原因として、細胞遊走能・接着能の低下、T・B細胞の機能的異常、及びサイトカインバランスの異常が示唆された。本研究の成果は、関節リウマチの病態におけるCas-Lの役割を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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