学位論文要旨



No 128218
著者(漢字) 勝山,修行
著者(英字)
著者(カナ) カツヤマ,ヒサユキ
標題(和) インスリン抵抗性に寄与する臨床因子の検討
標題(洋)
報告番号 128218
報告番号 甲28218
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3877号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 准教授 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

[序文] インスリン抵抗性は高血糖に至る重要な因子であるだけでなく、高血圧・脂質異常症など様々な代謝異常も引き起こし、虚血性心疾患や脳卒中などの動脈硬化疾患を惹起する病態である、特に内臓脂肪蓄積による腹部優位の肥満がインスリン抵抗性の増大に関わると考えられている。本研究は日本人を対象に、これまでインスリン抵抗性予測指標としての有用性が報告されているウエスト周囲長・ウエストヒップ比・ウエスト身長比などの身体計測項目、血糖値・HbA1c・LDLコレステロール・HDLコレステロール・中性脂肪・アディポネクチンなどの採血項目、二重エネルギーX線吸収測定法(以下DXA法)で測定した全身および局所の脂肪量、運動耐容能指標であるVO2 maxなどの臨床指標と、高インスリン正常血糖クランプ法で精確に求めたインスリン抵抗性との相関を検討し、日本人において簡便で信頼性の高いインスリン抵抗性予測因子を探索することを目的に実施した。

[方法] 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科に通院中の患者、および一般より対象者を募集し32名を対象に実施した。対象者は3回来院し、1回目の来院で身体計測・血圧測定・VO2 maxを実施し、その2週間以内の来院で血液検査を行った。さらに、2回目の来院から4週間以内の来院で高インスリン正常血糖クランプ法を実施した。

1.身体計測

被験者に対して、空腹時に立位・呼気下で身長、体重、ウエスト周囲長、ヒップ周囲長を測定した。なお、ウエスト周囲長は臍高位、ヒップ周囲長は臀部の最大周囲とした。さらに現在肥満判定に広く用いられているBody mass index (以下BMI) (体重/身長/身長kg/m2)、腹部肥満の指標として用いられているウエストヒップ比、ウエスト身長比を算出した。

2.運動耐容能試験

運動耐容能を評価するため、自転車エルゴメーターを用いて心肺運動負荷試験を行い、間接法 (Astrand法)で最高酸素摂取量VO2maxを算出した。VO2max、およびVO2maxを体重で補正したVO2max/体重を運動耐容能の指標として用いた。

3.血液検査

空腹時の採血で、血糖値、HbA1c、中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、アディポネクチンを測定した。

4.二重エネルギーX線吸収測定法 (DXA法)

DXA法により、全身、体幹、上肢、下肢に加え、腹部に相当し主に内臓脂肪を反映するとされるアンドロイド領域、臀部に相当し主に皮下脂肪を反映するとされるガイノイド領域の脂肪量を測定した。

5.高インスリン正常血糖クランプ法

インスリン抵抗性の評価法としてゴールドスタンダードと考えられている、高インスリン正常血糖クランプ法を実施した。この方法は高インスリン血症となるようにインスリンを一定量で点滴静注し、どれだけのブドウ糖を注入すれば正常血糖を保つことが可能か、ということを調べるものである。試験は空腹時に実施し、人工膵臓STG-22を用いた。試験開始から240分間にわたり速効型インスリンを一定量 (体表面積あたり120mU/m2/min) で持続投与し、血糖制御目標値90mg/dlとした。クランプ実施中は30分おきに採血を行い、血清インスリンIRIを測定した。人工膵臓が自動計算したブドウ糖注入率GIR (mg/kg/min) を求め、100分から200分のブドウ糖注入率の中間値mGIRを、100分から200分の血糖値の中間値mGLU、および90分から210分の間に30分おきに測定したIRIの中間値mIRIで補正したSIをインスリン抵抗性指標とした。

SI = mGIR / (mGLU・mIRI) ・10000

6.統計処理

身体計測項目、DXA法で求めた全身および局所の脂肪量、VO2 maxなどの臨床指標とインスリン抵抗性指標SIについて単相関分析を行った。全体での解析に加え、性差の影響を考慮して、男女別の解析も行なった。さらに、肥満度の影響も考慮し、BMI 22以上・BMI 22未満に分けて解析した。

さらに、ROC曲線を用いて、インスリン抵抗性予測因子を比較した。症例数の多い男性群22名について、SI≦6.0 (n=11)を「インスリン抵抗性」と定義し、各臨床指標についてROC曲線を描き、AUC を求めた。

[結果]

1.有害事象

本研究では有害事象は生じなかった。

2.対象者の身体的特徴・血清学的検討・VO2 maxの結果

対象者32名の内訳は男性22名、女性10名、糖尿病15名、耐糖能異常6名、正常耐糖能11名であった。糖尿病患者は男性群22名中13名、女性群10名中3名、BMI 22以上群22名中14名、BMI 22未満群10名中4名を占め、男性群およびにBMI 22以上群に糖尿病患者が多く含まれていた。また、BMI 22以上群は22例中18例が男性であったのに対し、BMI 22未満群は10例中6例が女性であった。

全体の中で、ビグアナイド薬は18.5%、アンジオテンシンII受容体拮抗薬は21.9%、HMG-CoA還元酵素阻害薬は37.5%が内服していた。男性群と女性群、およびBMI 22以上群とBMI 22未満群の間で、これらの内服状況に大きな差はみられなかった。

全体の平均年齢は55.5歳、平均BMIは23.8、最低18.4、最大31で、痩せ型から肥満を有する対象者までを含んでいた。

平均BMIは男性群24.5、女性群22.2と男性群が高値であり、男性群は女性群に比べてウエスト周囲長・ウエストヒップ比も有意に高値であった。BMI 22以上群はBMI 22未満群に比べウエスト周囲長・ウエストヒップ比・ウエスト身長比が優位に高値であった。

平均HbA1c (国際標準値)は全体の解析では6.2%程度であり、BMI別・性別でも差はみられなかった。また、男性群は女性群に比べHDL・アディポネクチンが有意に低値であった。

3.DXA法による脂肪量測定

性別の解析では、女性群は男性群に比べ全身脂肪量・上肢脂肪量・下肢脂肪量・ガイノイド脂肪量が有意に高値であったが、アンドロイド脂肪量には差はなかった。ガイノイド脂肪/全身脂肪比は女性群が有意に高く、アンドロイド脂肪/全身脂肪比は男性群で高かった。BMI 22以上群、BMI 22未満群では全身脂肪量には大きな差はみられなかったが、BMI 22以上群ではアンドロイド脂肪量、アンドロイド脂肪/全身脂肪比が高値であったのに対し、BMI 22未満群はガイノイド/全身脂肪比が高値であった。

4.正常血糖高インスリンクランプ法

インスリン抵抗性指標SIは男性群で6.31、女性群で8.91であり、男性群は女性群に比べて有意に全身のインスリン抵抗性が大きかった。また、BMI 22以上群で6.55、BMI 22未満群で8.38であり、BMI 22以上群でインスリン抵抗性が大きい傾向がみられた。

5.各パラメータとSIとの単相関分析

身体計測項目については、全体での解析ではBMI・ウエスト周囲長・ウエストヒップ比・ウエスト身長比がSIと各々同程度の有意な相関を示した (R=-0.463, p=0.00076; R=-0.433, p=0.0133; R=-0.437, p=0.0125, R=-0.430, p=0.0142)。

空腹時血糖値やHbA1cはいずれの群ともSIとの有意な相関はみられなかったが、HDLコレステロールは全体・男性群・女性群・BMI 22以上群・BMI 22未満群のいずれにおいてもSIと有意に相関した (R=0.642, p<0.0001; R=0.504, p=0.0198; R=0.640, p=0.0462; R=0.539, p=0.0117; R=0.711, p=0.0213)。

中性脂肪は全体、男性群でSIと有意な相関を示し (R=-0.450, p=0.0142; R=-0.457, p=0.0493)、女性群でも相関する傾向はみられた (R=-0.445, p=0.198)。また、BMI 22異常群でも有意な相関はみられたが (R=-0.510, p=0.0257)、BMI 22未満群では明らかな相関はみられなかった (R=-0.286, p=0.423)。

アディポネクチンは全体、男性群、およびBMI 22以上群の解析で有意な相関がみられたが (R=0.471, p=0.0065; R=0.512, p=0.0148; R=0.351, p=0.110)、女性群やBMI 22未満群では相関はみられなかった(R=0.028, p=0.939; R=-0.286, p=0.423)。

運動耐容能指標VO2 max/体重は、全体、男性群では相関する傾向はみられたが、相関の程度は身体計測項目に比べ総じて弱かった (R=0,310, p=0.102; R=0,316, p=0.163)。一方、BMI 22未満群では、VO2 max/体重はSIとよく相関した(R=0.726, p=0.0267)。

DXA法で測定した全身および局所の脂肪量の中では、アンドロイド脂肪量は全身脂肪量・体幹脂肪量・上肢脂肪量・下肢脂肪量・ガイノイド脂肪量に比べて、全体・男性群・女性群・BMI 22以上群においても最も強くSIと相関し (R=-0.561, p=0.0008; R=-0.609, p=0.0026; R=-0.589, p=0.0733; R=-0.534, p=0.0105)、BMI 22未満群でも比較的よく相関する傾向はみられた (R=-0.479, p=0.161)。

全体の解析では、体幹脂肪/全身脂肪比・上肢脂肪/全身脂肪比・下肢脂肪/全身脂肪比・ガイノイド脂肪/全身脂肪比・アンドロイド脂肪/全身脂肪比はSIと有意に相関し (R=-0.580, p=0.0005; R=0.393, p=0.0260; R=0.515, p=0.0026; R=0.536, p=0.0016; R=-0.659, p<0.0001)、特にアンドロイド脂肪/全身脂肪比は全ての臨床指標の中で最も強い相関を示した。

アンドロイド脂肪/全身脂肪比は男性群においてもアンドロイド脂肪量・体幹脂肪量に次いでSIとよく相関し (R=-0.585, p=0.0043)、女性群でも比較的強い相関がみられた (R=-0.570, p=0.0857)。さらに、BMI 22以上群でも他の臨床指標に比べてSIと強く相関し、BMI 22未満群においては下肢脂肪/全身脂肪比に次いでSIとよく相関した (R=-0.557, p=0.0071; R=-0.745, p=0.0135)。

6.アンドロイド脂肪/全身脂肪比と身体計測指標との比較

男性群22例のうち、SI≦6.0 (n=11)を「インスリン抵抗性」として定義し、各臨床指標についてROC曲線を描き、AUC を求めたところ、アンドロイド脂肪/全身脂肪比およびHDLコレステロールはウエスト周囲長に比べてAUCが高値であった (表9)。

HDLコレステロールとウエスト周囲長とは相関はみられなかったが (R=0.1774, p=0.4307)、DXA法で求めたアンドロイド/全身脂肪比およびウエスト周囲長は有意に相関し(R=0.5034, p<0.05)、メタボリックシンドロームにおける男性のウエスト周囲長の診断基準85cmに相当するアンドロイド/全身脂肪比は9.20%であった

[結論] HDLコレステロールおよびDXA法で求めたアンドロイド脂肪/全身脂肪比はSIとよく相関した。本邦で頻用されているウエスト周囲長に比べても、アンドロイド脂肪/全身脂肪比はインスリン抵抗性予測指標として優れていた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高血糖・高血圧・脂質異常症など様々な代謝異常を通じて虚血性心疾患や脳卒中などの動脈硬化疾患を惹起するインスリン抵抗性を予測する、簡便で信頼性の高い臨床指標を探索することを目的に実施した。糖尿病・正常耐糖能を含む32名に対し、ウエスト周囲長・ウエストヒップ比・ウエスト身長比などの身体計測項目、血糖値・HbA1c・LDLコレステロール・HDLコレステロール・中性脂肪・アディポネクチンなどの採血項目、二重エネルギーX線吸収測定法(以下DXA法)で測定した全身および局所の脂肪量、運動耐容能指標であるVO2 maxなどの臨床指標と、高インスリン正常血糖クランプ法で求めたインスリン抵抗性との相関を検討し、下記の結果を得ている。

1. 身体計測項目については、全体での解析ではBMI・ウエスト周囲長・ウエストヒップ比・ウエスト身長比は、高インスリン正常血糖クランプ法で求めたインスリン抵抗性指標SIと有意な相関を示したが、相関の強さは同程度であった。

2. 空腹時血糖値やHbA1cはSIと相関しなかった。

3. HDLコレステロールはSIと非常によく相関し、相関の程度は身体計測に比べ強かった。中性脂肪やアディポネクチンもSIと有意に相関したが、相関の強さは身体計測項目を上回るものではなかった。

4. 運動耐容能指標VO2 max/体重はSIと相関する傾向はみられたが、身体計測項目・HDLコレステロール・中性脂肪・アディポネクチンに比べ、相関は弱かった。

5. DXA法で測定した全身および局所の脂肪量の中では、腹部を反映するアンドロイド脂肪量は、全身脂肪量・体幹脂肪量・上肢脂肪量・下肢脂肪量・臀部を反映するガイノイド脂肪量に比べて、SIと強く相関した。

6. DXA法で求めた体幹脂肪/全身脂肪比・上肢脂肪/全身脂肪比・下肢脂肪/全身脂肪比・ガイノイド脂肪/全身脂肪比・アンドロイド脂肪/全身脂肪比はSIと有意に相関し、特にアンドロイド脂肪/全身脂肪比は全ての臨床指標の中でSIと最も強い相関を示した。

7. 男性群において、SI≦6.0と定義したインスリン抵抗性を診断する上で、アンドロイド脂肪/全身脂肪比およびHDLコレステロールはウエスト周囲長に比べて優れていた。

以上、本論文は日本人において、HDLコレステロールとDXA法で求めたアンドロイド脂肪/全身脂肪比はインスリン抵抗性予測指標として優れている可能性を示し、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク