学位論文要旨



No 128220
著者(漢字) 川久保,和道
著者(英字)
著者(カナ) カワクボ,カズミチ
標題(和) 膵管内乳頭粘液性腫瘍と発癌に関する検討
標題(洋)
報告番号 128220
報告番号 甲28220
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3879号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 長谷川,潔
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 准教授 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary-mucinous neoplasm: IPMN)は、比較的予後が良好な膵上皮性腫瘍であり、病理診断学の進歩に伴う疾患概念の周知、および、近年の画像診断機器の普及により診断される機会が増えてきている。IPMNには、診断と同時ならびに経過観察に伴う異時性に膵癌を併発することが多く、膵発癌のリスクファクターであることは知られている。一方、膵以外の他臓器癌の合併が多いという報告も散見されるが、後ろ向き研究のみであった。そこで、今回の研究では、IPMN患者を前向きに経過観察し、他臓器発癌の罹患数を調べ、年齢性別を適合させた一般日本人における期待罹患数と比較し、標準化罹患率比(standardized incidence ratio: SIR)を算出し、他臓器癌の合併が多いかどうかを検討した。1995年1月から2008年12月までに当科で診断された642人のIPMN患者を前向きに経過観察した。IPMNの診断は、各種画像検査にて主膵管と明らかに交通が確認できる分枝膵管拡張と定義した。IPMN診断時、2006年以前には、壁在結節の存在、主膵管径が7mm以上、分枝膵管(嚢胞)径が40mm以上、膵液細胞診にて悪性細胞の検出、急性膵炎の合併など有症状例、2006年以降はコンセンサスガイドラインに従い外科的切除を行った。経過観察の方法は、1年に2回の外来診察、血液検査、画像検査を行った。画像検査として、腹部超音波、CT、MRCP、超音波内視鏡のいずれかを施行した。他臓器癌の検査については、一般的に行われるような、1年に1度のスクリーニング検査を勧めた。SIRは、国立がん研究センターがん対策情報センターで公表されている地域がん登録全国推計によるがん罹患データに含まれる2003年の悪性腫瘍の年齢階級別罹患率、および厚生労働省から公表されている性・年齢階級別にみた死亡数・死亡率の年次推移を用いた表に含まれる2003年の年齢階級別死亡率を用い、年齢性別を適合させた一般日本人の期待罹患率を算出し、実際に観察された期待罹患数との比を求めることで計算した。経過観察期間平均4.8年の間に、年率1.3%で39人の患者に40の他臓器発癌が見られた。頻度が高かった癌腫、および観察罹患数は、肝細胞癌7、大腸癌6、胃癌6、肺癌5、前立腺癌4であった。それぞれの癌種につき、SIRを算出したところ、肝細胞癌2.17 (95%信頼区間 0.87 - 4.47)、大腸癌1.02 (0.34 - 2.21)、胃癌0.76(0.28 - 1.66)、肺癌0.75(0.24 -1.76)、前立腺癌1.00(0.71 - 1.29)であった。全他臓器癌でのSIRは 0.94 (0.67 - 1.29)であり、すべての癌腫および全他臓器癌でのSIRの95%信頼区間が1をまたいでおり、IPMN患者における他臓器罹患率は、年齢性別を適合させた一般日本人と同等であることが示された。他臓器発癌のリスクファクターを、コックス比例ハザードモデルを用いて解析を行ったところ、年齢のみが有意な因子として抽出された。また、同IPMN患者に、年率0.6%で17人の膵発癌を認め、SIRは10.7(6.2 - 17.1)であり、95%信頼区間が1をまたいでおらず、膵癌罹患率が有意に高いことが示された。膵発癌のリスクファクターを、コックス比例ハザードモデルを用いて解析したところ、年齢のみが有意な因子として抽出された。つまり、本研究から、IPMN患者では、膵発癌が多いが、他臓器発癌は一般日本人と比べて有意に高いとは言えないことが示された。従って、IPMN経過観察においては、膵癌のスクリーニングは重要であるが、膵以外の発癌には関与せず、他臓器癌については、一般的な年齢に応じた検診や人間ドックより侵襲性の高いスクリーニング検査を行う根拠はない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm; IPMN)の患者に、他臓器癌の合併が多いかどうかを明らかにするために、IPMN患者を前向きに経過観察し他臓器癌の罹患率を調べ、年齢、性別を一致させた一般日本人での罹患率と比較し、標準化罹患率比(standardized incidence ratio; SIR)を算出したものであり、下記の結果を得ている。

1.642人のIPMN患者を、中央値50カ月にわたり前向きに経過観察を行ったところ、39人の患者さんに40の他臓器癌、また17人に膵癌の発生を認めた。

2.年率0.6%(95%信頼区間0.4-0.9%)で17人に膵発癌を認め、SIRを解析すると10.7(95%信頼区間6.2-17.1)であり、一般日本人と比べて有意に膵癌罹患率が高いことが示された。

3.膵発癌の危険因子につき、年齢、性別、分枝膵管径、主膵管径、多発IPMN、喫煙歴、糖尿病、BMIを用い、コックス比例ハザードモデルにて多変量解析を行うと、年齢のみが有意な危険因子として抽出され、年齢が高いほど、膵発癌の危険が高いことが示された。

4.年率1.3%(95%信頼区間1.0-1.8%)で、39人の患者さんに40の他臓器発癌を認め、SIRを解析すると0.94(95%信頼区間0.67-1.29)であり、また、SIRをそれぞれの癌腫において解析すると、すべての癌腫においてSIRの95%信頼区間が1をまたいでおり、一般日本人と比べて、他臓器癌の罹患率が有意に高いとは言えないことが示された。

5.他臓器発癌の危険因子につき、年齢、性別、BMI、糖尿病、喫煙歴、拡張分枝径、主膵管径、多発IPMNを用い、コックス比例ハザードモデルにて多変量解析を行うと、年齢のみが有意な危険因子として抽出され、年齢が高いほど、他臓器発癌の危険が高いことが示された。

以上、本論文はIPMN患者を前向きに経過観察し膵癌、および他臓器癌のSIRを解析することで、IPMN患者の膵癌罹患率が一般日本人と比べて有意に高いが、膵以外の癌の罹患率は一般日本人と比べて高いとは言えないことを明らかにした。本研究により、IPMN患者の長期予後を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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