学位論文要旨



No 128221
著者(漢字) 小島,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ケンタロウ
標題(和) 肝癌における肝特異的microRNA-122発現低下の生物学的意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 128221
報告番号 甲28221
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3880号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学先端研究センター 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学医科学研究所 特任准教授 加藤,直也
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 青木,琢
内容要旨 要旨を表示する

肝細胞癌は,世界で3番目に死亡者数が多い癌であり,標準治療として外科的手術のほか,経皮的ラジオ波焼灼術(RFA)や経皮的肝動脈塞栓術(TAE)などが行われるが,門脈浸潤や遠隔転移を伴う進行肝癌では,これらの標準治療が適応外もしくは無効であり,その予後を厳しいものにしている。ソラフェニブなどの新規分子標的薬も登場したが,充分な予後改善効果があるとは言い難いため,肝細胞癌が悪性度を高める分子生物学期機序を明らかにした上で,肝細胞癌に対する新しい分子標的治療の開発が望まれる。

microRNA(miRNA)は20-25塩基の短い一本鎖のnon-cording RNAであり,標的遺伝子のmRNAの3'側非翻訳領域(3'UTR)に結合することにより,mRNAの分解もしくは翻訳を抑制し,その遺伝子発現を負に制御することが知られている。その結果,miRNAが細胞増殖,アポトーシス,分化,代謝,ウイルスの増殖を始め,発癌あるいは発癌抑制といった様々な生物学的機能に関与していることが分かってきた。

なかでもmicroRNA-122(miR122)は,肝臓で特異的に発現するmiRNAとして知られ,肝臓における脂質代謝や概日リズムの維持などへの関与のほか,miR122の肝細胞癌での発現低下も報告されている。高悪性度の肝癌でmiR122発現が低下することも報告されているが,その機序は充分に解明されていないのが現状である。

これらの背景から,本研究では肝癌におけるmiR122発現低下がもたらす生物学的意義について検討した。方法として,最初にmiR122のアンチセンス配列を発現するレンチウイルスベクターを用いて,miR122の機能を減弱した肝癌安定細胞株を樹立し,その生物学的表現型の変化および肝細胞分化マーカー発現,さらにそれらの変化の分子生物学的機構について検討した。また,miR122の機能を減弱したトランスジェニックマウスを作成し,その肝組織を用いて同様の検討を行った。さらに,同所異種移植モデル,ヒト肝癌臨床検体を用いて,in vivoでのmiR122発現と肝癌の悪性度の関係およびin vitroの結果から得られた表現型の変化との関連について検証した。

その結果,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株では,細胞増殖能に変化は見られなかったが,活性型RhoAの発現増加を介した浸潤能の亢進が認められた。また,他の肝細胞分化マーカーの発現にほとんど変化がない一方で,肝細胞癌に特異的な血清バイオマーカーであるAFPの著明な発現増加が認められ,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株では,タンパク質,mRNAおよび転写レベルでAFP発現が増加していた。miR122によるAFP発現制御機構を明らかにするため,AFPの発現抑制因子として報告されているp53,β-catenin,Zinc finger and BTB domain-containing protein 20(ZBTB20)について検討した結果,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株でZBTB20発現の増加が認められた。

miR122によるAFP発現制御の詳細な機序を検討するため,続いてIn silicoによるmiR122の標的遺伝子候補の探索を行い,転写調節因子であり,RhoAの活性化を介して細胞の遊走や癌においては浸潤を促進するCUX1に着目した。その結果,CUX1はmiR122の標的遺伝子として,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株で見られたAFP発現増加および浸潤能亢進という表現型の制御因子であることを明らかにした。miR122の機能を減弱した肝癌細胞株においてshRNAによるCUX1発現抑制を行った検討やChromatin Immunoprecipitation (ChIP)Assayによる解析結果から,miR122/CUX1/miR214/ZBTB20の経路を経てAFP発現の制御が,miR122/CUX1/RhoAの経路を経て肝癌における浸潤能の制御がなされていることが明らかになった。

同様に,miR122の機能を減弱したトランスジェニックマウスでも肝臓でのAFP発現増加を認め,in vitroでの検証同様にCUX1,miR214,ZBTB20の発現変化を伴っていた。また,同所異種移植モデルを用いた検討では,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株を移植したヌードマウスの肝臓で腫瘍の血管浸潤が認められ,in vivoでのmiR122発現低下による肝癌浸潤能の亢進が示された。最後に,ヒト肝癌臨床組織での検討を行い,miR122発現が低下した肝癌症例でAFPの発現増加および悪性度増大(分化度低下)が認められたことを確認した。

以上の結果,本研究において肝癌におけるmiR122の発現低下が,標的遺伝子であるCUX1を介して生物学的な癌の悪性度増加とAFP発現増加の両者に関わることが明らかにされた。臨床的にも高悪性度の肝癌ではAFP高値であることが知られており,その生物学的機構を初めて明らかにした研究結果と言え,将来的に肝癌における悪性度とAFP発現を規定する因子であるmiR122が,進行肝癌に対する治療標的となりうる可能性も示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,肝細胞癌における肝特異的mircoRNAであるmicroRNA122(miR122)発現低下の生物学的意義を明らかにするため,miR122の機能を減弱した肝癌安定細胞株およびトランスジェニックマウス,同所異種移植モデル,ヒト臨床肝癌組織を用いた検討を行い,下記の結果を得ている。

1.miR122のアンチセンスを発現するレンチウイルスベクターを用いてmiR122の機能を減弱した肝癌安定細胞株を樹立し,表現型を解析した結果,増殖能に差は見られなかったが,偽足の増加を伴う細胞形態の変化およびRT-PCR法を用いた肝細胞マーカー発現解析でAFPの著明な発現増加が認められた。

2.miR122の機能を減弱した肝癌細胞株では,Phalloidin蛍光細胞染色で線維性アクチンの増加が見られ,間葉系マーカーであるα-SMAの発現増加と上皮系マーカーであるE-cadherinの発現低下が見られた。引っ掻きアッセイおよびマトリゲル浸潤アッセイで細胞の遊走能と浸潤能の亢進が認められ,miR122機能減弱による浸潤能亢進がRhoAの活性化を通じて生じていることも明らかになった。

3.miR122の機能を減弱した肝癌細胞株でのAFP発現増加はタンパク質,mRNA,転写レベルにおいて認められ,さらにAFPの転写抑制因子であるZBTB20を介して発現調節が行われている可能性が見出された。

4.miR122によるAFP発現制御の詳細な機序を検討するため,次にin silicoでmiR122の標的遺伝子候補を検索した。その結果,RhoAの活性化を通じて細胞の遊走や癌の浸潤に関与し,転写調節因子としても働くCUX1に着目した。CUX1 3'UTRへのmiR122の結合能をレポーターアッセイで確認し,またWestern blot法にてmiR122がCUX1のタンパク質発現を制御していることを示し,CUX1がmiR122の標的遺伝子であることを示した。また,CUX1 shRNAレンチウイルスベクターを用いてmiR122の機能とCUX1の発現を減弱した肝癌細胞株を樹立し,miR122の機能を減弱した肝癌細胞株で見られた表現型がCUX1依存性であるかの検討を行ったところ,この細胞株においてAFPの発現低下と浸潤能の改善が認められた。

5.次にmiR122の機能を減弱した肝癌細胞株におけるmRNAレベルでのZBTB20発現を定量RT-PCR法にて解析したところ,発現に変化が見られなかったため,CUX1が他のmiRNAを介してZBTB20およびAFPの発現調節に関与していると考え,ZBTB20を標的遺伝子とするmiR214を同定した。レポーターアッセイでZBTB20 3'UTRに対するmiR214の結合能およびmiR214によるZBTB20のタンパク質発現の制御を確認し,CUX1 shRNAおよびCUX1強制発現レンチウイルスベクターを用いてCUX1の発現を抑制もしくはCUX1を発現する細胞株を樹立し,CUX1発現とmiR214発現が正の相関性を示すことを明らかにした。最後にChIPアッセイを行い,CUX1がmiR214の転写促進因子であることを示した。

6.miR122のアンチセンスを発現することでmiR122の機能を減弱したトランスジェニックマウスを作製し,表現型を解析した。肝組織の形態に差は見られなかったが,肝臓においてAFPの発現増加とin vitroで示されたようなCUX1,miR214,ZBTB20の発現変化が見られた。

7.in vivoでの浸潤能を評価するため,同所異種移植モデルとしてヌードマウスの肝被膜下にmiR122の機能を減弱した肝癌細胞株を移植したところ,血管浸潤が認められた。

8.最後に,ヒト肝癌臨床組織を用いてmiR122発現レベルと悪性度(分化度),AFP,CUX1,miR214,ZBTB20発現との相関性をin situ hybridization法および免疫組織染色法を用いて検討した。その結果,肝癌でmiR122の発現が低下するにつれてAFPの発現が多く,悪性度が高くなる(分化度の低い)傾向が見られた。CUX1,miR214,ZBTB20もin vitroで示されたような発現変化が見られた。

以上,本論文はmiR122の機能を減弱した肝癌安定細胞株およびトランスジェニックマウス,同所異種移植モデル,ヒト臨床肝癌組織を用いた検討から,肝癌におけるmiR122の発現低下により,標的遺伝子であるCUX1を介してAFP発現の増加および悪性度の亢進を来たすことを明らかにした。本研究は,臨床的に高悪性度の肝癌がしばしばAFP高値であることへのひとつの機構を提示したと言え,肝癌における悪性度とAFP発現を規定する因子であるmiR122が,将来的に進行肝癌に対する治療標的として考慮すべき可能性が示唆され,学位の授与に値するものと考えられる。

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