学位論文要旨



No 128222
著者(漢字) 後藤,耕司
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,コウジ
標題(和) C型肝炎ウイルスの増殖を制御する新規宿主因子の解析
標題(洋)
報告番号 128222
報告番号 甲28222
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3881号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 教授 齊藤,泉
内容要旨 要旨を表示する

C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus; HCV)は血液感染を主たる感染経路とし、高率に慢性化して肝硬変・肝癌の主要な原因となっている。現行の治療では奏効率は平均して50%と満足いくものではなく、さらなるHCV治療の研究・開発が望まれるが、HCV増殖メカニズムの詳細は未だ不明な点が多い。

9.6kbからなるウイルスゲノムからは1本の長いprecursor proteinが翻訳され、宿主及びウイルス自身のプロテアーゼにより、N末端から順にcore、E1、E2、p7、NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5Bの各ウイルス蛋白にプロセシングされる。この中で、特にNS5A蛋白質は複製~粒子形成に至るまで、HCV生活環の多くの部分で中心的役割を果たしており、また、これまでにウイルス増殖過程は細胞内の膜構造上で起きていることが明らかとなってきている。そこで、今回、HCV生活環に関わる宿主因子を効率よく同定するために、このNS5A蛋白質と細胞内膜構造に注目し、NS5Aと相互作用し、膜画分に分布する宿主蛋白を検索・解析した。その結果、NS5Aと相互作用して膜画分に分布する18種の宿主蛋白質が同定され、HCV cell culture systemおよびsubgenomic replicon systemを用いたRNAiスクリーニングにより、そのうち4種の蛋白質がHCV増殖に関与する可能性が示唆された。今回は、そのうち、HCVの蛋白翻訳とRNA複製の2つの過程に関与する可能性が示唆されたembryonic lethal, abnormal vision, Drosophila-like 1(ELAVL1)について、さらに詳細な解析を行った。

ELAVL1(HuR)は3つのRNA 結合領域(RNA recognition motif: RRM1、RRM2、RRM3)とその間をつなぐhinge regionからなるRNA結合蛋白質で、広範な細胞に発現して、mRNAの安定性やmRNAからの蛋白翻訳を修飾している。これまでにELAVL1はHCV RNAの3'UTRに結合すること、monocistoronic repliconのウイルス複製に関与すること、またHCV IRESのdual reporter assayでHCV IRES依存性翻訳に関与することが報告されていたが、ウイルス蛋白との相互作用やRNA複製への関与など、詳細な機能は未だ解析されていなかった。

今回、co-immunoprecipitation assayによりELAVL1はNS5AおよびNS3と相互作用することが明らかとなり、欠失変異体を用いた解析でNS5Aとはdomain IIで相互作用し、またNS3とはhelicase領域で相互作用することが示唆された。IP-RT-PCRを用いた解析では、感染細胞内でのELAVL1とHCV RNAとの相互作用が確認された。また、ELAVL1のimmunodepletionを用いたcell-free translation assay、および全長ウイルスRNA(JFH-1株)を用いたcell-based translation assayによって、ELAVL1のHCV翻訳への関与がより明確に示された。さらにmembrane flotation assayを用いた解析でELAVL1がreplication complexに含まれ、さらにELAVL1特異抗体によりcell-freeでのHCV replicationが抑制されることから、RNA複製への関与も明らかとなった。したがってELAVL1はHCV生活環において多機能蛋白質として作用していることが解明された。

ELAVL1の欠失変異体を用いたco-immunoprecipitation assay およびbiotinylated HCV RNAを用いたRNA pulldown assayにより、ELAVL1は、NS5Aとはhinge regionで、NS3とはRRM2で、HCV RNAとはRRM1で相互作用することが示された。そこで、siRNAに抵抗性のwobble mutantの欠失変異体をELAVL1に対するshRNAを持続発現する細胞に強制発現し、gain-of-functionを観察したところ、hinge regionおよびRRM2の欠失変異体ではHCV翻訳が回復するが、RRM1の欠失変異体ではHCV翻訳の回復を認めなかった。このことから、NS5AおよびNS3との相互作用ではなく、HCV RNAとELAVL1の相互作用がHCV翻訳に重要であることが明らかとなった。一方で、hinge region、RRM2、RRM1のいずれの欠失変異体でもRNA複製は回復せず、RNA複製にはELAVL1とNS5A、NS3、HCV RNAのすべてとの相互作用が重要であることが示された。実際、membran flotation assayを用いた解析では、NS5Aと相互作用しないhinge region欠失ELAVL1(ELAVL1 dh)はreplication complexに誘導されず、ELAVL1 dhの強制発現細胞ではHCV RNAおよびNS3のreplication complexへの導入も阻害された。またHCV RNAと相互作用しないRRM1欠失ELAVL1の強制発現でも、HCV RNAのreplication complexへの分布の阻害が観察された。これまでにウイルスのNS4Bや宿主のVAP-A/Bがreplication complex形成の膜上での基盤となっていることが示唆されてきたが、今回の結果からELAVL1はHCV RNA上での安定したreplication complexの維持に関与しており、NS5Aとの相互作用を介して脂質ラフト上への分布に寄与しているものと考えられた。さらにELAVL1の細胞質-核間のshuttling 配列が存在するhinge regionにNS5Aが結合することで、ELAVL1の分布を制御していると推測された。

本研究の結果から、ELAVL1の阻害はreplication complexの維持を困難とし、RNA複製を抑制すると推測される。既にELAVL1の機能を阻害する小分子が分離・報告されており、それら小分子化合物の抗HCV効果も期待される。現在、プロテアーゼ阻害剤、ポリメラーゼ阻害剤、NS5A阻害剤などウイルスを標的とした抗ウイルス薬が多く開発途上にあるが、ウイルスの半減期はおよそ3時間、1日に1012 virionsが産生・消滅するとされ、ウイルスの高い複製効率とRNA依存性RNAポリメラーゼのproofreading活性の欠如により、ゲノムRNAの変異率は~10-3 base substitutions/ genome site/ yearと高率なため、速やかな耐性変異出現が懸念される。耐性出現の観点からは、HCV生活環に関わる宿主因子は有望な治療標的と考えられる。宿主因子を標的とした場合、常に生理作用の阻害による副作用出現が問題となるが、ELAVL1阻害剤は細胞毒性が低いことが分かっており、今後の臨床応用への期待も高い。本研究はHCV複製の新たなメカニズムを明らかとし、さらに、開発が望まれる宿主因子を標的とした新薬開発にも有用な知見を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)の生活環において中心的な役割を担うHCV NS5A蛋白質と、ウイルス複製から粒子形成の場となっている細胞内膜構造に注目し、NS5A蛋白質と相互作用して膜画分に分布する宿主因子を同定・検討することで、HCV増殖メカニズムの解析を試みたもので、以下の結果を得ている。

1.エピトープタグを付加したNS5A蛋白質を高発現する細胞の膜画分を用いて、プルダウン法によりNS5Aと特異的に共沈する宿主因子を検索し、HCV cell culture system およびHCV replicon systemを用いてRNA interferenceスクリーニングを行ったところ、HCV増殖の前期過程(蛋白翻訳からRNA複製の過程)に関与する宿主因子としてELAVL1が同定された。

2.ELAVL1特異抗体によるimmunodepletionを用いたcell-free translation assayおよびJFH-1の全長RNAを使用したcell-based translation assayの結果、ELAVL1がHCV蛋白翻訳に関与することが示された。

3.またmembrane flotation assayによりELAVL1がHCVのreplication complexに含まれることが明らかとなり、ELAVL1特異抗体によりcell-free replicationが阻害されたことから、ELAVL1がHCV RNA複製にも関与することが確認された。

4.Co-immunoprecipitation assay、IP-RT-PCR assay、RNA pulldown assayの結果、ELAVL1はNS5A以外にNS3およびHCV RNAとも相互作用することが示され、NS5Aとの相互作用にはhinge regionが、NS3との相互作用にはRRM2領域が、HCV RNAとの相互作用にはRRM1領域が重要であることが明らかとなった。

5.ELAVL1欠失変異を用いたbicistronic replicon systemでの解析から、HCV蛋白翻訳にはELAVL1とHCV RNAとの相互作用が、HCV RNA複製にはELAVL1とNS5A・NS3・HCV RNAとの相互作用が重要であることが明らかとなった。

6.さらにELAVL1欠失変異体を用いたmembrane flotation assayによる解析の結果、ELAVL1とNS5Aとの相互作用を阻害すると、ELAVL1はreplication complexに誘導されず、NS3およびHCV RNAのreplication complexへの分布も阻害されたことから、ELAVL1はHCV RNA上での安定したreplication complexの維持に関与していることが明らかとなった。

以上、本論文はNS5Aと結合して膜画分に分布する宿主因子の解析から、新たに、HCV増殖に関与する宿主因子としてELAVL1を同定し、その作用機序を明らかにした。本研究はHCV増殖メカニズムに新たな知見を与えるとともに、細胞毒性の少ないELAVL1阻害剤の報告があることから、新規治療薬開発への応用の可能性も有するものであり、学位授与に相当するものと考えられる。

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