学位論文要旨



No 128223
著者(漢字) 小林,由佳
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ユカ
標題(和) カプセル内視鏡検査の診断能に関する検討
標題(洋)
報告番号 128223
報告番号 甲28223
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3882号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 多田,稔
 東京大学 准教授 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【背景】2001年にカプセル内視鏡検査が臨床応用され始めてから、小腸の検査は飛躍的に進歩し、現在も発展途上中である。カプセル内視鏡検査は、飲み込むだけで消化管内腔の撮影ができ、非常に低侵襲である。

小腸用カプセル内視鏡検査の診断能に関しては、本邦では多施設共同研究による報告(N = 135)があるが、症例数をさらに重ねた当院における検査成績が同様であるのか、検討する意義があると考えた。またカプセル内視鏡検査の診断補助機能として近年Flexible Spectral Imaging Color Enhancement (FICE)が登場したが、その有用性についての検討は不十分である。さらに、カプセル内視鏡検査は小腸用・食道用・大腸用が臨床応用されているが、胃用は臨床応用されていない。そこで、本邦におけるカプセル内視鏡検査の有用性を評価し(検討1)、カプセル内視鏡診断の補助診断法であるFICEの有用性を検討し(検討2)、更にカプセル内視鏡検査の新たな展開として、胃病変診断能を解析すること(検討3)に意義があると考え、本研究を行った。

検討1:本邦における、カプセル内視鏡検査の小腸疾患診断能に関する検討

【方法】2007年1月から2011年10月までに、当院でカプセル内視鏡検査を施行した354例(男性220例、平均年齢63.6 ± 14.9歳)を対象とし、カプセル内視鏡検査の有所見率と、小腸有意病変(腫瘍、ポリープ、血管異形成、潰瘍、びらん、憩室、活動性出血)に限った場合の有所見率を算出した。またカプセル内視鏡検査複数回施行症例における、カプセル内視鏡検査施行意義についても検討した。

【結果】カプセル内視鏡検査の有所見率は79%(278/354例)であり、小腸有意病変に限ると、44%であった。有意病変の中で最多だったのが潰瘍・びらんで69例、続いて血管異形成53例であった。カプセル内視鏡検査複数回施行症例は35例であり、小腸疾患治療後のフォローアップに有用であった症例や、2回目以降のカプセル内視鏡検査施行時に小腸有意病変が初めて指摘できた症例、最終的に小腸外病変が出血源と判明した症例が含まれていた。

【考察】原因不明の消化管出血患者における小腸用カプセル内視鏡検査の診断能は、有意病変に限ると42~56%と報告されている。本研究でも小腸有意病変の有所見率は44%と欧米諸国や本邦の既報と同程度であり、本邦の既報同様、本邦においてもカプセル内視鏡検査は小腸疾患診断において有用といえる。

検討2:カプセル内視鏡検査におけるFlexible Spectral Imaging Color Enhancement (FICE)の有用性に関する検討

【方法】対象症例は24例(男性15例、女性9例、平均年齢61.8 ± 11.2才)で、2006年7月から2009年12月までに当院および関連施設で施行されたカプセル内視鏡検査の症例から抽出した。内訳は腫瘍性病変5例、血管性病変6例、潰瘍性病変9例、有意な病変のない症例5例である。全てのカプセル内視鏡画像を、標準モードとFICEの3つのモード(FICE 1モード(赤 595nm, 緑 540nm, 青 535nm)、FICE 2モード(赤 420nm, 緑 520nm, 青 530nm)、FICE 3モード(赤 595nm, 緑 570nm, 青 415nm))で、ランダムな順序で読影した。なおFICEは、胆汁の影響を軽減したり赤色を強調するように設定されている。カプセル内視鏡検査の最終診断は、3人のカプセル内視鏡読影結果を照合し、小腸内視鏡検査結果や手術の結果等を総合的に考慮したものをgold standardとした。小腸病変検出能を標準モードと各FICEモード間で比較した。

【結果】症例単位の検討では、腫瘍性病変は、標準モードで感度が93.3%と最も高かったが、FICEモードとの間に有意差はなかった(標準 vs FICE 1, FICE 2, FICE 3; P = 0.11, 0.27, 0.15)。血管性病変に関しては、感度・特異度ともにいずれのモードでも非常に高かった。潰瘍性病変に関しては、FICE 1モードで感度88.9%、特異度93.3%とともに最も高かったが、有意差は認めなかった(感度: 標準 vs FICE 1; P = 0.42、特異度: 標準 vs FICE 1; P = 0.43)。

病変単位の検討では、腫瘍性病変は、FICEモードより標準モードで多く検出された(標準 vs FICE 1, FICE 2, FICE 3; P = 0.003, 0.11, 0.053)。一方、血管性病変はFICE 1モードで最も多く検出され、標準モードとの間に有意差を認めた(標準 vs FICE 1; P = 0.005)。潰瘍性病変もFICE 1モードで最も病変が多く検出されたが、有意差には至らなかった(P = 0.06)。FICE 2モードとFICE 3モードは、いずれの小腸病変も検出能は改善しなかった。

【考察】腫瘍性病変と血管性・潰瘍性病変におけるFICE 1モードの検出能の違いの理由として、カプセル内視鏡検査において血管性・潰瘍性病変は主に色調の変化として認識される一方、腫瘍性病変は色調の変化だけでなく形態異常としても認識されることがあげられる。FICEでは色のコントラストが強調されるが、画質は標準モードより劣るため、FICE併用カプセル内視鏡検査は、背景粘膜と色調の違いがあるような病変の検出には有用だが、形態変化のある病変、特にその中でも周囲粘膜と同様の色調を持つような病変の検出には適さないと推測される。

FICEによる視覚化の改善が、理論的には感度の改善につながると考えられたが、そのような結果が得られなかった理由として、まず標準モードでの読影に慣れていることが考えられる。また本研究の症例数が相対的に少ないことが挙げられ、今後さらに対象症例数を増やして検討する必要があるといえる。

カプセル内視鏡検査におけるFICEの有用な使用法はまだ確立されていない。血管性・潰瘍性病変が標準モードよりFICE 1で多く検出されたことから、FICE 1は血管性・潰瘍性病変の病変検出に有用であるといえる。したがって、FICE 1は、血管性・潰瘍性病変の経過観察ツールとして活用できると考えられる。しかし初回のカプセル内視鏡検査時には、腫瘍性病変の検出能が最も高かった標準モードで読影するべきである。また、FICE 2/3はいずれの小腸疾患の検出能も向上させず、設定の変更も検討する必要があるといえる。

検討3:カプセル内視鏡検査による胃病変診断能の検討

【方法】2007年1月から2008年3月までに、当院で施行された原因不明の消化管出血または鉄欠乏性貧血に関する前向き臨床試験に参加した55例(男性33例、女性22例、平均年齢63.8±13.3才)を対象とした。上下部消化管内視鏡検査で明らかな進行胃癌、活動期の胃十二指腸潰瘍、活動性出血を伴う血管性病変や大腸憩室が認められた症例は適応外とした。

胃炎、diffuse antral vascular ectasia (DAVE)、胃びらん、治癒期または瘢痕期の胃潰瘍、早期胃癌、胃ポリープを解析対象とし、びまん性病変(胃炎、DAVE)と局在性病変(びらん、潰瘍、癌、ポリープ)の2つに分類した。上部消化管内視鏡検査の所見をgold standardとし、胃びまん性病変・局在性病変それぞれに対するカプセル内視鏡検査の感度と特異度を検討した。また胃通過時間を3群に分け(グループA(18例):0-14分、グループB(18例):15-54分、グループC(18例):55分以上)、胃びまん性病変・局在性病変の検出率を比較した。

【結果】上部消化管内視鏡検査では、胃びまん性病変を38病変(胃炎33例、DAVE 5例)、胃局在性病変を25病変(びらん14例、潰瘍2例、癌2例、ポリープ9例)認めた。胃癌の2例は、1例が0-IIaの早期胃癌で、1例が胃癌術後の残胃に生じた4型進行胃癌であった。

胃びまん性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は70%、特異度は82%であった。一方、胃局在性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は28%、特異度は63%であった。胃びまん性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は、胃局在性病変における感度と比較して有意に高かった(P = 0.002)。

また胃通過時間と、胃病変における上部消化管内視鏡検査とカプセル内視鏡検査の一致率の関連性を検討したが、胃びまん性病変については、グループBでの一致率は78%であり、グループAと比較して有意に高かった(P = 0.04)。胃局在性病変でもグループBの方がグループAより一致率が高い傾向が見られた(P = 0.09)。

【考察】我が国の健診で広く行われている胃透視検査は、胃癌に対する感度が68-88%、特異度が81-92%であり、今回の結果からは、現存の小腸用カプセル内視鏡を用いた場合には胃スクリーニングとしての実現可能性は低いといえる。ただし、胃びまん性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は比較的高く、胃癌や胃潰瘍のような局在性病変は大部分が胃炎を伴っているため、カプセル内視鏡検査で胃炎を検出することにより胃癌のハイリスク群の拾い上げができる可能性も考えられた。

また、胃通過時間とカプセル内視鏡検査の胃病変検出能の関連性についての検討では、胃通過時間が0-14分と短いグループで、カプセル内視鏡検査と上部消化管内視鏡検査の所見一致率が低い傾向が見られた。胃に15分以上カプセル内視鏡が留まるのが望ましいと考えられ、鎮痙剤の使用や体位の工夫によって胃通過時間を長くできると推測される。

そのほか、カプセル内視鏡検査の胃病変診断能を向上させるための改善点として、視野角が154°とさらに広い次世代のPillcam(R)SB2を使用すること・カメラが両側に内蔵されたようなカプセル内視鏡を使用することなどが挙げられる。

【総合考察】

検討1の結果から、本邦においてもカプセル内視鏡検査が小腸疾患診断に有用な検査であるといえる。診断補助機能FICEは、検討2においてFICE 1モードが潰瘍性・血管性病変の検出能を改善させる可能性が示唆され、さらなるFICEの設定や画質の改良により小腸用・食道用・大腸用それぞれのカプセル内視鏡検査の診断能はさらに向上すると推測されるが、活用方法についてはさらなる検討が必要である。また、カプセル内視鏡検査による胃病変診断能に関する検討では、カプセル内視鏡自体の改良や胃通過時間を長くするような工夫が診断能を向上させることが示唆され、胃用カプセル内視鏡検査の臨床応用への最初の一歩となったと言えるかもしれない。

カプセル内視鏡検査は、各種消化管検査の中でも最も低侵襲な検査である。生検や治療は行えないが、その簡便性からはスクリーニング検査として最適な検査と考えられる。各消化管臓器のスクリーニング検査として広く使用される時代が遠からず来ることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、カプセル内視鏡検査の診断能を明らかにするために3つの検討(検討1:本邦における、カプセル内視鏡検査の小腸疾患診断能に関する検討、検討2:カプセル内視鏡検査におけるFlexible Spectral Imaging Color Enhancement (FICE)の有用性に関する検討、検討3:カプセル内視鏡検査による胃病変診断能の検討)を行い、下記の結果を得ている。

検討1:小腸疾患診断における、カプセル内視鏡検査の有用性に関する検討

1. 当院で小腸用カプセル内視鏡検査を施行した354例の結果を解析したところ、カプセル内視鏡検査の有所見率は79%であり、小腸有意病変(腫瘍、ポリープ、血管異形成、潰瘍、びらん、憩室、活動性出血)に限った場合は44%であった。小腸有意病変の有所見率は欧米諸国や本邦の既報(N = 135)と同程度であり、本邦の既報と同様、本邦においてもカプセル内視鏡検査は小腸疾患診断において有用といえた。

2. 小腸有意病変の中で最多だったのが潰瘍・びらんで69例、続いて血管異形成53例であった。既報との比較から、最多病変は欧米では血管性病変、本邦では潰瘍性病変である傾向がみられ、疾患毎の頻度が欧米と本邦で異なる可能性が示唆された。

3. カプセル内視鏡検査複数回施行症例は35例であり、小腸疾患治療後のフォローアップに有用であった症例や、2回目以降のカプセル内視鏡検査施行時に小腸有意病変が初めて指摘できた症例、最終的に小腸外病変が出血源と判明した症例が含まれていた。

検討2:カプセル内視鏡検査におけるFlexible Spectral Imaging Color Enhancement (FICE)の有用性に関する検討

4. 小腸腫瘍性病変、血管性病変、潰瘍性病変、有意な病変のない症例計24例のカプセル内視鏡画像を、3人の内視鏡医が標準モードとFICE1,2,3モードの計4モードで読影した。症例単位の検討では、腫瘍性・血管性・潰瘍性病変のいずれも、標準モードとFICEモードとの間に有意差は認めなかった。病変単位の検討では、腫瘍性病変は、FICE 1モードより標準モードで有意に多く検出されたが、血管性病変と潰瘍性病変はFICE 1モードで最も多く検出され、血管性病変の検出数は標準モードとFICE 1モードの間に有意差を認めた。FICE 2, 3モードでは、いずれの小腸病変も検出能は改善しなかった。FICE 1モードは血管性・潰瘍性病変の病変検出に有用であり、FICE 1モードが血管性・潰瘍性病変の経過観察ツールとして活用できると考えられた。しかし初回のカプセル内視鏡検査時には、腫瘍性病変の検出能が最も高かった標準モードで読影するべきと考えられた。また、FICE 2/3はいずれの小腸疾患の検出能も向上させず、設定の変更も検討する必要があると考えられた。

検討3:カプセル内視鏡検査による胃病変診断能の検討

5. 原因不明消化管出血または鉄欠乏性貧血にて小腸用カプセル内視鏡検査を施行した55例について、胃びまん性病変(胃炎、diffuse antral vascular ectasia (DAVE))・胃局在性病変(胃びらん、治癒期または瘢痕期の胃潰瘍、胃癌、胃ポリープ) におけるカプセル内視鏡検査の感度と特異度を検討した。胃びまん性病変38症例におけるカプセル内視鏡検査の感度は70%、特異度は82%であり、胃局在性病変25症例においては感度28%、特異度63%であった。胃びまん性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は、胃局在性病変における感度と比較して有意に高かった(P = 0.002)。現存の小腸用カプセル内視鏡を用いた場合には胃癌スクリーニングとしての実現可能性は低いが、胃びまん性病変におけるカプセル内視鏡検査の感度は比較的高く、胃癌や胃潰瘍のような局在性病変は大部分が胃炎を伴っているため、カプセル内視鏡検査で胃炎を検出することにより胃癌のハイリスク群の拾い上げができる可能性も考えられた。

6.胃通過時間を3群に分け(グループA:0-14分、グループB:15-54分、グループC:55分以上)、胃びまん性病変・局在性病変の検出率を比較した。胃びまん性病変では、グループBでの所見一致率は78%であり、グループAと比較して有意に高かった(P = 0.04)。胃局在性病変でもグループBの方がグループAより所見一致率が高い傾向が見られた。胃に15分以上カプセル内視鏡が留める工夫(鎮痙剤の使用や体位)が有効と考えられた。

以上、本論文は、カプセル内視鏡検査の現時点での有用性と問題点を明らかにした。今後のカプセル内視鏡検査のさらなる進展に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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