学位論文要旨



No 128224
著者(漢字) 坂田,道教
著者(英字)
著者(カナ) サカダ,ミチノリ
標題(和) インクレチン作用増強による膵β細胞保護作用の検討
標題(洋)
報告番号 128224
報告番号 甲28224
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3883号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 講師 小川,純人
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 特任講師 浦野,友彦
内容要旨 要旨を表示する

【目的】ノックアウトマウスの検討等から膵島IRS-2は糖代謝だけではなく、膵β細胞の増殖・代償性過形成に重要であることが報告されている。一方インクレチンには膵島増殖・保護作用があることが動物実験で示されている。インクレチン関連治療薬であるDPP-4阻害薬が膵島増殖・保護作用を発揮する際に、膵島IRS-2にどの程度寄与するのかを、2系統の膵β細胞増殖・保護に障害を来す肥満糖尿病モデルマウスを用いて検討した。

【方法】膵島でのIRS-2の作用を検討するために、膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/ob(以下βHTIRS-2-/- ob/ob)マウスを作製した。8週齢のob/obマウスならびにβHTIRS-2-/- ob/obマウスに30mg/kg のvildagliptinを経口から6週間連日で投与し、耐糖能・膵臓インスリン含量・β細胞面積を解析した。

βHTIRS-2-/- ob/obマウスは著明な高血糖を来したため、高血糖の影響を除外するためにSGLT2阻害剤であるT-1095を150mg/kg/日の割合でvildagliptinと併用し、同様の検討を行った。

続いてβHTIRS-2-/- ob/obマウスと同程度の高血糖になるが、遺伝子レベルではIrs2が存在し、糖尿病の増悪とともにIRS-2が低下する肥満2型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウス(10週齢)も用い、今までの実験と同様の検討を行った。

【結果】ob/obマウスではvildagliptin投与により経口ブドウ糖負荷後(OGTT)のインスリン分泌の増加(OGTT中インスリン0-30min AUC: ob/ob vehicle;154.2±14.36, ob/ob vilda; 241.9±35.62, P<0.05)並びに血糖値の有意な低下(OGTT 0-120min AUC: ob/ob vehicle;32.7±2.60, ob/ob vilda; 21.1±1.65, P<0.05)を認めた。βHTIRS-2-/- ob/obマウスでは血糖値の低下は認めず(OGTT 0-120min AUC: βHTIRS-2-/- ob/ob vehicle; 87.2±2.71, βHTIRS-2-/- ob/ob vilda; 86.1±2.79, P=0.77)、インスリン分泌の増加やβ細胞面積の増加も認めなかった。

βHTIRS-2-/- ob/obマウスでは随時血糖値が700mg/dl以上と高値であり、高血糖の影響でvildagliptinの薬効が示されていないのか、IRS-2が欠損しているためにvildagliptinの薬効が示されていないのかが明らかにならなかった。そこでSGLT2阻害薬であるT-1095を使用し、血糖値を低下させた状態でのvildagliptinの効果を確認することを試みた。

8週齢のβHTIRS-2-/- ob/obマウスにT-1095を150mg/kg/日で単独投与、もしくはvildagliptinを30mg/kgでT-1095と併用投与を6週間連日で行った。

T-1095単独投与群とT-1095+vildagliptin併用群で体重・随時血糖値に差は認めなかった。T-1095を使用することで随時血糖値は週齢とともに徐々に低下していたが、やはり高血糖を呈しており、T-1095を投与しても高血糖の影響を完全に除外したとは言えなかった。

OGTTにおいて、T-1095+vildagliptin併用群ではT-1095単独投与群と比較して有意に血糖値の低下を認めた(OGTT 0-120min AUC: βHTIRS-2-/- ob/ob T-1095; 88.51±2.82, βHTIRS-2-/- ob/ob T-1095+vilda; 78.8±2.06, P<0.05)が、インスリン分泌には差を認めなかった(OGTT中インスリン0-30min AUC: βHTIRS-2-/- ob/ob T-1095; 58.3±11.02, βHTIRS-2-/- ob/ob T-1095+vilda; 57.8±16.36, P=0.97)。β細胞面積・膵臓のインスリン含量にもT-1095単独投与群とT-1095+vildagliptin併用群では差を認めなかった。

βHTIRS-2-/- ob/obマウスは予想以上の高血糖を呈しており、SGLT2阻害薬を最大量使用しても血糖値は低下せず、vildagliptinによる血糖降下作用・β細胞増殖作用への膵β細胞IRS-2の寄与度は確認することができなかった。vildagliptin単独投与では血糖降下作用が認められなかったが、SGLT2阻害薬を併用投与することで、SGLT2阻害薬による血糖改善に加えて、僅かではあるがvildagliptinによる追加の血糖改善効果が認められた。そこでβHTIRS-2-/- ob/obマウスと同程度の高血糖になるが、遺伝子レベルではIrs2が存在し、糖尿病の増悪とともにIRS-2が低下する肥満2型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスを用い、今までの実験と同様の検討を行った。

10週齢のdb/dbマウスをvehicle群・vildagliptin単独投与群・T-1095単独投与群・T-1095 +vildagliptin併用投与群に群分けし、薬剤投与を6週間行い、同様の検討を行った。OGTTにおいてvildagliptin単独投与群では対照群と比較して差を認めなかったが、T-1095+vildagliptin併用群では対照群と比較して、インスリン分泌が有意に増加(OGTT中インスリン0-30min AUC: db/db vehicle; 96.7±15.7, db/db vilda; 95.3±22.1 , db/db T-1095; 119.8±15.84 , db/db T-1095+vilda; 184.3±14.9 P<0.05)し、T-1095+vildagliptin併用群は対照群と比較して有意に血糖値の低下を認めた(OGTT 0-120min AUC: db/db vehicle; 102.6±2.85, db/db vilda; 102.3±4.00, db/db T-1095; 94.5±3.76, db/db T-1095+vilda; 69.2±2.93 P<0.05)。IPGTTにおいてもT-1095+vildagliptin併用群では対照群と比較して血糖値の低下を認めた(IPGTT 0-120min AUC: db/db vehicle; 117.7±3.06, db/db vilda; 110.1±8.89, db/db T-1095; 123.4±4.49, db/db T-1095+vilda; 101.2±7.12 P<0.05)。膵β細胞面積もT-1095+vildagliptin併用群では他の三群と比較して有意に増加しており、Ki67陽性細胞/isletの有意な増加、TUNEL陽性細胞/isletの有意な減少も認めた。またT-1095+vildagliptin併用群では膵臓でのインスリン含量も他の三群と比較して有意に増加していた。膵島での血糖調節維持に重要な遺伝子の発現量には薬剤投与による差を認めなかった。膵β細胞でのGLP-1受容体の発現を確認したところ、T-1095+vildagliptin併用群でβ細胞におけるGLP-1受容体の発現は他の三群と比較して有意に増加していた。

【考察】ob/obマウスではvildagliptin投与によりOGTTにおいてインスリン分泌の増加と耐糖能の改善を認めたが、βHTIRS-2-/- ob/obマウスではvildagliptin投与による耐糖能の改善は認めなかった。βHTIRS-2-/- ob/obマウスは著明な高血糖を呈しており、その影響で薬効が示されていない可能性があり、T-1095を併用投与し、高血糖の影響を除外した状態でのvildagliptinの効果を確認することを試みた。T-1095とvildagliptinを併用することでOGTTにおいて耐糖能の改善は認めたが、β細胞面積・インスリン含量の増加は認めなかった。T-1095を投与しても十分に血糖値を低下させるには至らず、vildagliptinによる血糖降下作用・β細胞増殖作用への膵β細胞IRS-2の寄与度は確認することができなかった。

しかしβHTIRS-2-/- ob/obマウスと同程度の血糖値となり、遺伝子レベルでIrs2が存在し、糖尿病の増悪とともにIRS-2が低下するdb/dbマウスにおいてはvildagliptin単独投与では耐糖能・膵β細胞面積に差は認めなかったが、T-1095とvildagliptinを併用することで耐糖能の改善だけではなく、β細胞面積・インスリン含量の増加を認めた。高血糖の影響を除外・是正することがインクレチン作用を増強し、膵β細胞を保護する可能性が示唆され、T-1095とvildagliptin併用療法は今後有効な治療法となる可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインクレチン関連治療薬であるDPP-4阻害薬が膵島増殖・保護作用を発揮する際に、膵島IRS-2にどの程度寄与するのかを明らかにするため、2系統のβ細胞増殖・保護に障害を来す肥満糖尿病モデルマウスを用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.膵β細胞でのIRS-2の役割を検討するために、膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/obマウスを作成した。膵β細胞のIRS-2は重要な役割を担っており、それを欠損した膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/obマウスは随時血糖値700mg/dl以上と予想以上の高血糖を呈することが示された。

2.膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/obマウスとob/obマウスにDPP-4阻害薬であるvildagliptinを投与し、耐糖能・膵β細胞面積について検討した。ob/obマウスでは経口ブドウ糖負荷試験においてvildagliptin投与により、対照群と比較してインスリン分泌が有意に増加し、血糖値は有意に低下していた。しかし膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/obマウスではvildagliptin投与によっても対照群と比較してインスリン分泌・血糖値、膵β細胞面積に差を認めなかった。

3.高血糖の影響を除外するために、膵β細胞特異的IRS-2欠損ob/obマウスに膵β細胞への直接作用がないといわれているSGLT2阻害薬であるT-1095とvildagliptinを併用投与した。T-1095を併用しても随時血糖値は高値であり、高血糖の影響を完全に除外したとはいえなかった。しかしT-1095+vildagliptin併用投与群ではT-1095単独投与群と比較して、経口ブドウ糖負荷試験においてインスリン分泌に差を認めなかったが、血糖値は有意に低下していた。膵β細胞面積に差は認めなかった。

4.db/dbマウスを4群(vehicle群・vildagliptin単独投与群・T-1095単独投与群・T-1095+vildagliptin併用投与群)に分け、同様の検討を行った。vildagliptin単独投与群は対照群と比較して随時血糖・耐糖能・膵β細胞面積に差を認めなかったが、T-1095+vildagliptin併用投与群では随時血糖値は有意に低下し、インスリン分泌も有意に増加し、耐糖能も改善していた。

5.T-1095+vildagliptin併用投与群では他の三群と比較してKi67陽性細胞が有意に増加し、TUNEL陽性細胞は対照群と比較して有意に低下していた。膵β細胞面積が他の三群と比較して有意に増加し、インスリン含量は対照群と比較して有意に増加していた。

6.T-1095+vildagliptin併用投与群ではβ細胞におけるGLP-1受容体の発現が他の三群と比較して有意に増加していることが示された。

以上、本論文はDPP-4阻害薬であるvildagliptinが膵島増殖・保護作用を発揮する際に、膵島IRS-2にどの程度寄与するのかを明らかにする事はできなかったが、db/dbマウスにおいて、vildagliptinとSGLT2阻害薬であるT-1095を投与する検討から、持続する高血糖が存在するとvildagliptinの薬理作用が発揮されない可能性がある事、vildagliptinによる膵β細胞保護作用はある程度の血糖範囲で認められることを明らかにした。DPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬の併用療法は今後有用な治療法となる可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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