学位論文要旨



No 128225
著者(漢字) 崎谷,康佑
著者(英字)
著者(カナ) サキタニ,コウスケ
標題(和) Helicobacter pyloriによる胃炎におけるInterleukin-32の発現に関する検討
標題(洋)
報告番号 128225
報告番号 甲28225
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3884号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 池上,恒雄
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 藤井,毅
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

胃癌は全世界で部位別がん死亡者数第2位を占める重要な疾患である。胃癌の克服を目指して、胃癌の成因はよく研究されてきた。H.pyloriの感染を契機とする胃癌発癌経路のモデル、いわゆるCorreaのcancer pathwayが知られている。H.pylori感染によって炎症が惹起され、表層性胃炎、ついで萎縮性胃炎をきたし、腸上皮化生、dysplasiaを経て、分化型胃癌に至る、という経路である。胃炎や腸上皮化生は胃癌の高危険群を示す病態と考えられ、広く研究されている。我々も臨床的見地から、病理学的に胃炎や腸上皮化生が存在する患者群は、胃癌のハイリスク群であることを報告した。東京大学医学部附属病院にて上部消化管内視鏡を施行され、胃の前庭部と体部からそれぞれ粘膜組織を生検した1395人(54人の胃癌患者が含まれる)を対象とし、病理学的な腸上皮化生、胃炎(ここでは好中球浸潤によって診断)の存在と胃癌の関係につき検討したところ、胃の前庭部に病理学的に腸上皮化生を認める患者は、腸上皮化生のない患者と比較して、分化型胃癌のodds ratioが2.34(95% confidence interval: 1.08-4.96)、体部に腸上皮化生を認める患者ではodds ratioが5.84(95% confidence interval: 2.92-11.8)であった。一方、未分化型胃癌については、体部の胃炎がodds ratio 3.66(95% confidence interval: 1.02-12.2)のリスクファクターであった。

Interleukin-32(IL-32)は1992年に、NK cellにおいて、IL-2によって誘導される転写産物、NK4として発見されたが、その機能は知られていなかった。2005年に、肺癌の cell line であるA549において、IL-18の刺激によってNK4が誘導され、NK4はTNF-αやIL-8の誘導能を持つこと、転写因子NF-κBの活性化能を持つこと、といった炎症性サイトカインの性質を備えていることが明らかとなった。そこで、NK4はIL-32と再命名された。IL-32は8つのエキソンを持ち、IL-32α、IL-32β、IL-32γ、IL-32δ、IL-32ε、IL-32ζの6つのisoformを持つことがこれまでに知られている。

胃炎を惹起する微生物であるH.pyloriと炎症性サイトカインであるIL-32の関係についてはこれまでのところ言及されておらず、これを検討することを、本研究の目的とした。

<結果>

1 ヒト胃組織からのIL-32の検出

最初に、H.pylori感染陽性のヒト胃組織における、IL-32の発現について検討した。ヒト胃粘膜より抽出したタンパクを用いたウェスタンブロットを行った。正常胃粘膜2例と、胃炎患者の胃粘膜2例と、胃癌患者の胃癌組織1例を比較した。H.pylori陽性の胃炎患者の胃粘膜組織、胃癌患者の胃癌組織で、H.pylori感染のない正常な胃粘膜組織と比較して、IL-32の高発現を認めた。ヒト胃組織を用いてIL-32の免疫組織染色を行った。H.pylori陽性の胃炎患者の胃上皮細胞の細胞質がIL-32で染色され、全例(4/4)IL-32陽性となった。H.pylori陰性で胃炎のない対照群では50%(2/4)で陽性であった。ヒト胃検体から抽出したタンパクを用いたELISAを行った。正常胃粘膜12例では平均207.6pg/mg、H.pylori陽性の胃炎患者13例の胃粘膜組織では平均642.5pg/mg、胃癌患者5例では平均1651.0pg/mgのIL-32の発現を認めた。正常胃粘膜から、胃炎、胃癌へと病態が進展するに従い、IL-32の発現が増加していると考えられた。

IL-32α、IL-32β、IL-32γ、IL-32δ、IL-32ε、IL-32ζの6つのIL-32のアイソフォームのうち、ヒト胃組織で多く発現しているアイソフォームの同定を行った。H.pylori陽性の胃炎患者の胃組織から得たPCR産物を用いて、IL-32の20クローンについてsequenceを行ったところ、IL-32βが90%(18/20)を占め、IL-32εが10%(2/20)であった。その他のアイソフォームは検出されなかった。

2 胃上皮細胞からのIL-32の検出

Real time RT-PCRにて、H.pylori と共培養したAGSのcell lysateで、IL-32とIL-8のmRNAの発現上昇を確認した。H.pyloriと共培養したAGSのcell lysateと上清でのIL-32の発現をウェスタンブロットにて検討した。上清中のIL-32はウェスタンブロットでは確認できなかった。IL-32の発現の局在を確認するために、AGSにおいてIL-32の免疫細胞染色を行った。細胞質でIL-32陽性となった。

次に、H.pyloriと24時間共培養したAGSのcell lysateと上清でのIL-32の発現をELISAにて検討した。cell lysateのELISAでは、H.pyloriの刺激がない場合には877pg/mlのIL-32の発現を認め、H.pyloriで刺激した場合には1484 pg/mlとIL-32の発現上昇を認めた。一方で、上清のELISAではIL-32の発現量は測定感度以下であった。freeze-thawを5回施行した、H.pyloriと24時間共培養したAGSの上清からはIL-32がELISAにて検出された。

recombinant IL-32 10ng/mlをAGS細胞の培養液中に添加し、細胞内シグナルの誘導を検討した。0.5時間から4時間まで経時的に検討した範囲では、IL-32の刺激によるAGS細胞におけるpIκBα、pJNK、pP38、pERKの変化は認めなかった。

3 IL-32を誘導するシグナル

NF-kBの活性化能が低い、遺伝子改変を行ったH.pylori(ΔcagPAI、ΔcagE)と共培養したAGSにおいては、wild typeのH.pyloriと比較してIL-32の発現が低下していることがウェスタンブロットにて示された。

IKKβの阻害薬SC-514を添加した場合に、H.pyloriと共培養したAGSのIL-32の発現に影響を与えるか検討した。SC-514を添加すると、IL-32のmRNAの発現が抑えられることを、real-time RT-PCRで確認した。さらに、IKKβ siRNAをAGSにトランスフェクションした場合に、H.pyloriと共培養したAGSのIL-32の発現が減少した。

4 胃上皮細胞におけるIL-32の役割

AGS IL-32安定ノックダウン株における、IL-8の発現を検討した。real time RT-PCRにて、AGS IL-32安定ノックダウン株とH.pyloriを共培養した場合のcell lysateでは、コントロールのcell lineと比較して、IL-8のmRNAの発現が低下した。

続いて、IL-8の発現が低下したAGS IL-32安定ノックダウン株(AGS siIL-32-7)に、同株を樹立する際に用いたpsiRNA IL-32-7のIL-32 標的部分にmutationを挿入したプラスミドを用いてIL-32を過剰発現させ、IL-8誘導の回復が得られるか検討した。ルシフェラーゼアッセイにて、IL-8の発現がrescueされた。

5 AGS IL-32安定ノックダウン株における細胞内シグナル

AGS IL-32安定ノックダウン株では、細胞内シグナルがコントロールと比較してどのように変化しているかウェスタンブロットにて検討した。AGS IL-32安定ノックダウン株ではH.pyloriによる刺激を行っても、pIκBαの発現がコントロールと比較して少なく、NF-κBの活性が低下していた。また、ルシフェラーゼアッセイにて、AGS IL-32安定ノックダウン株(AGS siIL-32-7)ではNF-κBの活性が低下していた。

<結論>

今回の検討において、まず、ヒトの胃炎でIL-32が発現していることを発見した。続いてin vitroのモデルで、IL-32が誘導されるメカニズムを検討した。H.pyloriの病原因子別の解析、シグナルの阻害薬やsiRNAを用い、IL-32の誘導はNF-κBを介していることを示した。さらに、IL-32安定ノックダウン株の検討で、IL-32がNF-κBを介して、IL-8を誘導している可能性を示した。

ヒトの胃でのIL-32の発現は、正常胃、胃炎、胃癌の組織の免疫染色で確認され、組織のELISAで定量的な検討を行うと正常胃(平均207.6pg/ml、n=12)、胃炎(642.5 pg/ml、n=13)、胃癌(1651.0 pg/ml、n=5)の順にその発現が増強することが分かった。正常、炎症、癌と病態が進行するにつれ、IL-32の発現も上昇している。IL-32の発現は病態の進行の指標として考えることができる。その一方で、マーカーとしての意味合いにとどまらず、IL-32が病態の進行に寄与しているとも考えられる。NF-κBの活性化がH.pylori による胃炎、胃癌発癌に重要であることは広く知られている。今回の検討でH.pylori によるIL-32の誘導は転写因子NF-κBの活性化を介することを示した。また、IL-32がNF-κBの活性化を誘導する可能性についても示した。すなわち、IL-32の発現が、NF-κBの活性化を増強するループを形成し、病態の進行に寄与している可能性も考えられる。

図1 ヒト胃検体のELISA

病態の進展に伴うIL-32の発現増加

図2 AGS IL-32安定ノックダウン

IL-32を過剰発現するとIL-8がrescueされた

図3 H.pylori によるIL-32の誘導はNF-κBの活性化を介する。IL-32のノックダウンによってNF-κBやIL-8の発現が低下することから、炎症を亢進させるループの存在が考えられる

審査要旨 要旨を表示する

本研究は胃癌発生において重要なHelicobacter pylori感染と胃炎におけるInterleukin-32の役割を明らかにするため、ヒトの胃検体を用いた検討、培養細胞AGSを用いた検討を行い、下記の結果を得ている。

1.H.pylori感染陽性のヒト胃組織に対するwestern blot、免疫染色、ELISAを行い、胃炎、胃癌ではIL-32が高発現していた。

2.胃上皮細胞AGSとH.pyloriを共培養するin-vitroの感染モデルで、western blot、免疫染色、ELISAを行い、cagPAI陽性のH.pylori による、主に細胞質内でのIL-32の高発現の誘導を認めた。

3.H.pyloriと共培養したAGSからIL-32が誘導されるシグナルを検討するため、IKKβの阻害薬SC-514やIKKβ siRNAを用いて転写因子NF-κBを阻害すると、IL-32の誘導が低下した。

4. H.pyloriに感染した胃上皮細胞において、real-time RT-PCR やELISAを用いた検討を行い、IL-32をノックダウンしたcell lineではIL-8、CXCL1、CXCL2、TNF-αといった他のサイトカインの誘導がコントロールのcell lineと比較して低下した。

5. IL-32をノックダウンしたcell lineでは、western blotを用いた検討で、転写因子NF-κBやJNK、P38、ERKといったmitogen-activated protein kinases(MAPKs)の活性がコントロールのcell lineと比較して低下した。

以上、本論文は、IL-32がヒト胃粘膜で発現し、胃炎、胃癌で高発現を認めることを示し、またH.pyloriがcagPAI、NF-κBに依存的にIL-32を誘導することを示した。さらにIL-32が炎症性サイトカインの発現に関与する重要な分子であることを明らかにした。本論文は胃炎の病態の理解、解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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