学位論文要旨



No 128226
著者(漢字) 佐藤,雅哉
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサヤ
標題(和) C型慢性肝炎患者における発癌とIL28B遺伝子の関連
標題(洋)
報告番号 128226
報告番号 甲28226
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3885号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 准教授 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

近年、C型慢性肝炎患者に対するインターフェロン (IFN)治療への反応性が、19番染色体長腕上に存在しIFN-λをコードするIL28B遺伝子及びその遺伝子周辺に存在する複数の遺伝子多型 (Single Nucleotide Polymorphism, SNP)と関連していることが、ゲノムワイド関連解析により明らかになった。これらのSNPはC型肝炎ウィルス感染後の自然消失にも関与することが明らかになっている。ウィルスの感染が成立すると、免疫担当細胞より、IFNや他のサイトカインの分泌が起こる。C型肝炎ウィルス (Hepatitis C Virus, HCV)のようなRNAウィルスの感染に際しては、レチノイン酸誘導型遺伝子IやToll様受容体といったセンサー分子がウィルスRNA鎖を認識し、ウィルス駆除のための免疫反応の誘導が開始される。IL28B遺伝子をはじめとする免疫応答に関わる遺伝子は、生体防御系の強度や性質にも関与し、ウィルス感染の経過に影響を与えると考えられている。更に、IL28B遺伝子のコードするIFN-λは動物実験や細胞株を用いた研究により、アポトーシスの誘導や抗腫瘍効果が報告されている。

これらの報告から、IL28B遺伝子および周囲SNPは発癌を含めたC型慢性肝炎の自然経過に影響を与えると推定されるが、C型慢性肝炎患者におけるIL28B遺伝子と近傍のSNPが発癌に及ぼす影響についてはほとんど知られていない。本研究では、IFN治療歴のないC型慢性肝炎患者を対象に、日本人においてIFN治療反応性との関連が示唆されているIL28B遺伝子近傍のSNPであるrs8099917が発癌を含めたC型慢性肝炎患者の自然経過に与える影響を検討した。

本研究は1997年8月より2009年8月までの間に東京大学医学部附属病院消化器内科外来を受診した患者の中で、遺伝子解析に対する同意を書面にて取得可能であったHCV-RNA陽性患者より抽出し、2010年1月31日までに肝細胞癌 (Hepatocellular Carcinoma, HCC)に対する初回治療を当院にて施行された患者を対象とした。B型肝炎ウィルス表面抗原 (HBs-Ag) 陽性患者、胆道系疾患を合併する患者、IFNによる治療を受けた既往のある患者、飲酒量やBody Mass Index (BMI)が不明な患者を除いた351人を対象とした。本研究の主要評価項目はHCCの発症年齢であり、IL28B (rs8099917)遺伝子多型、性別、BMI、アルコール消費量といった宿主因子や、ウィルスのセロタイプがHCC発症年齢に及ぼす影響を検討した。副次評価項目として、臨床血液における生物学的マーカーや、肝線維化の進行を設定し、IL28B遺伝子を含めた宿主因子がこれらに与える影響を検討した。ベースラインでの肝生検施行例が少なく、結果を参照出来た患者が48症例と限られたため、肝線維化の指標として、AST対血小板比 (aspirate aminotransferase platelet ratio index, APRI)を適応した。APRIスコア1.5以上を肝硬変と定義した。

対象患者351人におけるIL28B (rs8099917) 遺伝子型はTT261人、TC87人、CC3人であった。メジャーアリルであるT遺伝子頻度は0.87であり、集団内にHardy-Weinberg平衡からの乖離は見られなかった (p > 0.05)。男性200人 (57.0%)、女性151人 (43.0%) であり、BMI > 25は70人 (20%) 、アルコール多飲歴のある患者は75人 (21.4%) 、HCVセロタイプは1が240人 (68.7%) 、2が91人 (25.9%) 、判定不能又は未検患者が20人 (5.7%) であった。患者の平均発癌年齢は69.3歳であった。IL28B (rs8099917) はメジャーアリルホモ接合群 (TT)とマイナーアリル陽性群 (TG/GG)にて解析を行った。IL28B (rs8099917)TT群、TG/GG群の平均発癌年齢は各々69.88±0.97歳、67.48±1.71歳であった。単変量解析(Wilcoxsonの順位和検定)ではTT群の平均HCC発症年齢はTG/GG群に比し、有意に高かった (p = 0.02) 。その他、HCC発症年齢を高くする有意な因子として、女性性別 (p < 0.001)、BMI25以下 (p = 0.02)が挙げられた。これらの因子について、AICを用いたステップワイズ変数選択によりモデルを作成して行った多変量解析でも、TT群は女性別 (p < 0.001)、BMI25以下 (p = 0.009)と共に、HCC発症年齢を高くする有意な因子として抽出された (p = 0.02)。TG、GG遺伝子型の平均HCC発症年齢はそれぞれ67.51、66.80歳であり、Jonckheere-Terpstraトレンド検定において、遺伝子型TT、TG、GGの間での有意なHCC発症年齢の低下傾向が認められた (p = 0.02)。

副次評価項目に関しては、コホート登録時の各臨床所見を用いて行った。単変量解析において、TT群は、低血小板数 (11.15 vs. 12.80, p = 0.01)、高ビリルビン (0.90 vs. 0.83, p = 0.02)、低γGTP (76.83 vs. 87.23, p=0.005)、低プロトロンビン時間(PT) (75.40 vs. 79.27, p = 0.04)と有意な相関を示した。また、TT群では、APRIスコアが1.5を超える患者の割合が多く(58.62% vs. 46.67%, p=0.07)、AST値 (77.69 vs. 69.12, p = 0.12)とALT値 (80.92 vs. 67.79, p = 0.17)が高い傾向を示した。これらの因子に対し、IL28B (rs8099917)遺伝子型とともに、コホート登録時の年齢、性別、BMI、飲酒量を用いて、ステップワイズ変数選択により行った多変量解析(APRIスコア > 1.5の患者割合の比較に関してはロジスティック回帰分析)を行うと、TT群ではAPRIスコア1.5を超える患者が有意に多く (p = 0.01)、この他TT群は低血小板数 ( p = 0.002)、高AST 値 (p = 0.02)、高ALT値 (p = 0.002)、低PT (p = 0.002)と有意な相関を示した。単変量解析で有意な相関を示したγGTPと総ビリルビン値は多変量解析では有意な因子として抽出されなかった (いずれもステップワイズ変数選択において、最終モデルを構成する変数に採択されなかった)。TT、TC、CC遺伝子型のAPRIスコアが1.5以上を示した患者の割合はそれぞれ58.6%、47.1%、33.3%であり、Cochran-Armitageの傾向検定において、Tアリル保有数の減少に伴い、APRIスコア1.5以上の患者は有意な減少傾向を示した (p = 0.04)。また、Tアリルの保有量の減少に伴い、AST値、ALT値は減少する傾向を示した (AST値, TT 77.7 vs. TC 69.6, vs. CC 56.0 IU/l ; ALT値, TT 80.9 vs. TC 68.7 vs. CC 40.0 IL/l)が、Jonckheere-Terpstraのトレンド検定ではいずれの相関も有意水準には達しなかった (AST値, p = 0.11 ; ALT値,p = 0.15)。

本研究において、IL28B (rs8099917)マイナーアリル陽性群 (TC/CC)は既知の発癌危険因子である男性性別、高BMIとともに、若年でのHCC発症の危険因子として抽出された。多量飲酒やHCVセロタイプ1は、HCC発症への関与の報告があるが、本研究では、飲酒とHCVセロタイプは発癌年齢に関与する有意な因子として抽出されなかった。Kumarら、Mikiらは、3000人以上の患者を対象とし、GWASを用いて約40万箇所のSNPに関し遺伝子型ごとの有病率を横断的に比較した症例-対照研究を行い、C型慢性肝炎 (Chronic Hepatitis C, CHC)患者におけるHCC発症に関与するSNPを報告したが、いずれの報告においてもIL28B遺伝子とその近傍のSNPはHCC発症のリスク因子として抽出されなかった。この原因として、一つには横断的な症例-対象研究は非発癌患者の未来の発癌までの期間と、発癌後患者の発癌と研究への登録までの期間が考慮されておらず、本研究の主要評価項目として設定した発癌年齢に比べ、HCC発症のリスク差を過小評価した可能性が考えられる。更に、GWASにおいては、膨大な候補 (SNP)の中から、レプリケーションスタディの候補を選出するため、本来有意でないSNPも偶然有意になってしまう第1種の過誤を多く生じることが報告されている。このため、通常のp < 0.05では十分でなく、更に低いp値が必要となる。この多重検定における対処方法の1つがBonferroniの補正であるが、この補正方法は全ての因子が独立であることが前提となっている。SNP同士は互いにハプロタイプブロックを形成しており、それぞれが互いに独立でないため、GWASにおけるBonferroniの補正は必要以上に保守的な補正となる。Kumarらの報告においても43万箇所のSNPの中からレプリケーションスタディへの候補を選出する際、当初に設定されたp値を満たすSNPはなく、基準をp < 1×10-5へと変更し8個のSNPを抽出している。このため、GWASでの多重検定においては、真に有意な因子が偶然有意となった因子とともにレプリケーションスタディの候補から棄却される危険性を孕んでおり、実際にこれら2つの報告にてHCC発症に関連するとして報告されたSNPは互いに異なっている。この多重性の問題もGWAS研究においてHCC発症のリスク因子としてIL28B遺伝子と近傍のSNPが抽出されなかった原因として考えられた。また、本研究においてIL28B(rs809917)TT群で、APRIスコアが1.5を超える患者が多く、ALT値も有意に高値であった。過去にも同様にIL28B (rs8099917,rs12979860)メジャーアリルホモ接合群において病理学的に肝硬変の進んだ症例、肝炎症の強い症例が多いとの報告や、メジャーアリルホモ接合群においてAPRIスコアの高い症例が多く、ALT値が高かったとの報告がある。Tillmannらは、HCV感染の急性期において、IL28B(rs12979860)メジャーアリルホモ接合群 (CC)を持つ患者に顕性の黄疸が多く発症し、ヘテロ接合群 (CT)においても、黄疸を発症した患者により多くのウィルス自然消失が見られることを報告した。この研究において、L28B (rs12979860)メジャーアリルホモ接合群 (CC)で急性期のHCVに対するより強い免疫応答とそれに伴う肝障害を生じたことを考慮すると、ウィルス排除が得られなかった患者においても、メジャーアリルホモ接合群において、より強い免疫応答が蓄積されたと考えられる。IFN-λを介した強い免疫応答の蓄積が、本研究でIL28B (rs8099917)メジャーアリルホモ接合群において、肝障害はより進行するが、その癌抑制作用により発癌年齢が遅らせられるという一見矛盾した結果が導かれた原因と考えられた。

又、本研究において、rs8099917のTアリルの保有数の増加は発癌年齢の上昇、APRIスコアが1.5を超える肝硬変患者の割合の上昇と有意な線形傾向を示したが、マイナーアリルホモ接合群 (GG)の症例が3例のみであったため、今後更に多くの症例の蓄積が必要である。IFN-λの坑腫瘍効果は動物実験や細胞株を用いた実験にて示されてはいるが、IFN-λを介した宿主免疫や抗腫瘍効果とその背景にあるIL28B遺伝子の関与は依然分かっていない。IL28B遺伝子とその周囲に存在するSNPがHCC発症を含めた慢性HCV感染に与える機能的役割の解明のためにはIL28Bに関与する経路の詳細や肝内遺伝子の誘導メカニズムの解明等、今後の更なる研究が必要と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

C型慢性肝炎患者において、インターフェロン (IFN)- λをコードするIL28B遺伝子近傍の遺伝子多型 (rs8099917)が、インターフェロン (IFN)への治療応答性やウィルスの自然排除に関与することが示されている。IFN-λは動物実験や細胞株を用いた研究により、抗腫瘍効果も報告されている。本研究は、IL28B遺伝子近傍の遺伝子多型 (rs8099917)が、発癌を含めたC型慢性肝炎の自然経過に及ぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.IFN治療歴のないC型肝炎ウィルス由来肝細胞癌患者351人を対象に、IL28B (rs809917)遺伝子多型 (Single Nucleotide Polymorphism, SNP)、性別、Body Mass Index (BMI)、アルコール消費量、ウィルスのセロタイプが肝細胞癌 (Hepatocellular Carcinoma, HCC)発症や臨床血液マーカー、肝線維化に及ぼす影響を検討した。肝細胞癌発症年齢は、C型慢性肝炎に対するIFN治療への高い反応性に関連するIL28B (rs8099917)メジャーアリルホモ接合群 (TT群)において、マイナーアリル陽性群(TG/GG群)に比し有意に高く、TG/GG群は既知の発癌危険因子である男性性別、BMI25以上と共に若年でのHCC発症の危険因子として抽出された。

2.IL28B (rs8099917) TG/GG群においては、肝線維化の進行を示すAST対血小板比 (aspirate aminotransferase platelet ratio index, APRI)が1.5を超える患者の割合が有意に低く、この他TG/GG群は高血小板数、低AST値、低ALT値、高PTと有意な相関を示した。従って、TG/GG群において肝線維化、肝炎症は抑制され、肝予備能は保たれていた。

3.IL28B (rs8099917) メジャーアリルホモ接合群 (TT)、ヘテロ接合群 (TG)、マイナーアリルホモ接合群 (GG)にかけて、HCC発症年齢、APRIスコア1.5以上の患者割合が低下していく傾向が見られ、トレンド検定において有意な線形傾向を示した。

4.IL28B (rs8099917) メジャーアリルホモ接合群(TT)、マイナーアリル陽性群(TG/GG)の間で、発癌時におけるAFP値や腫瘍部の病理組織におけるEdmondsonIII-IV型といった分化度の低いHCC所見を示した患者頻度に差は見られなかった。

以上、本論文は、これまで報告のなかったIFN治療歴のないC型慢性肝炎患者におけるIL28B (rs8099917)遺伝子多型の自然経過への影響を検討したものであり、IL28B (rs8099917) マイナーアリル陽性群 (TG/GG)において、肝線維化や炎症は抑制されていたが、TG/GG群はC型慢性肝炎患者における低年齢発癌の独立した危険因子であった。本研究から、従来発癌の低リスク群とされていた患者集団の中にもHCC発症の高危険群が存在し、IL28B遺伝子と周囲SNPがその囲い込みに有用である可能性、この遺伝子のコードするIFN-λに報告されている動物実験や細胞株での発癌抑制効果が、C型慢性肝炎患者におけるHCC発症にも影響しており、従来のIFN-αに替わる新たな治療法として注目されるIFN-λ維持療法による発癌抑制効果の可能性が示唆され、学位の授与に値するものと考えられる。

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