学位論文要旨



No 128227
著者(漢字) 柴田,宗彦
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ムネヒコ
標題(和) 心臓マクロファージは心臓圧負荷に対して保護的に作用する
標題(洋)
報告番号 128227
報告番号 甲28227
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3886号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
内容要旨 要旨を表示する

心不全とは心臓ポンプ機能低下により主要臓器の需要に見合うだけの血液量を拍出できない状態である。その結果として肺または体静脈系にうっ血を来す。一般地域住民を対象としたフラミンガム研究によると年齢ごとの慢性心不全の有病率は50-59歳で800、60-69歳で2300、70-79歳で4900、80歳以上で9100人(人口10万人あたり)と報告されている。日本では100万人前後の慢性心不全患者がいると推定されている。心不全に陥ると息切れや易疲労感を来し、その生命予後は極めて悪い。 心不全の主な原因として虚血性心疾患、高血圧性心疾患、心筋症、弁膜症、先天性心疾患が挙げられる。一方でレニン・アンジオテンシン系、自律神経系、炎症の関係も示唆されている。

近年、慢性炎症と臓器障害との関係が注目されている。肥満、耐糖能障害、発癌、動脈硬化、心房細動など様々な疾患と慢性炎症との関連が指摘されている。

心不全と炎症の関係に関して、1990年Levineらにより、初めて慢性心不全の患者血清中のTNFα濃度が健康人と比較して有意に高いという報告がなされた。その後、血中TNF後濃度が心不全の重症度と相関することやIL-6、TNFD受容体、MCP-1、IL-1、IL-18などさまざまなサイトカインの血中濃度も心不全患者において上昇することが報告された。

一方でLIF、CT-1などgp130を介するサイトカインは心臓保護的とされている。gp130は、LIF (leukemia inhibitory factor)、OSM (oncostatin M)、CNTF (ciliary neurotrophic factor)、IL-11、CT-1 (cardiotrophin-1)といったIL-6ファミリーサイトカインの受容体の共通コンポーネントである。IL-6ファミリーサイトカインは、gp130を介して、T細胞・B細胞等の免疫細胞、造血細胞、肝細胞、神経細胞に対して、増殖・分化の促進、細胞死の抑制など多様な作用を示すことが知られている。gp130ノックアウトマウスは血球異常・胎盤異常・心室低形成のために胎生致死である。このことがきっかけとなり、心臓領域におけるgp130サイトカインの研究が始まった。1999年心室筋特異的gp130ノックアウトマウスは正常な発達を見せたが圧負荷後には2日目に心機能低下が観察され、1週間後に左室拡大とともに心不全による高い死亡率(90%)を示した。

このように炎症シグナルは、心不全に対して増悪因子であるとともに、状況によっては保護的にも働くことが考えられる。何れにしても、心疾患における炎症シグナルの重要性を支持する研究成果が次々と報告されており、心筋における炎症は、今後新たな治療ターゲットとなる可能性を秘めている。今後、炎症シグナルへの介入薬剤を臨床応用するためには心不全と炎症の関係について更なるメカニズムの解明が必要と考えられる。

炎症では、間質に存在する血管や免疫細胞、線維芽細胞等が主要な役割を果たす。心臓の恒常性の維持や病態に、心筋細胞のみならず、間質細胞も寄与することが明らかになりつつある。我々は心臓間質の線維芽細胞が心臓圧負荷において重要な役割を果たしていることを報告してきた。心筋特異的KLF5ノックアウトマウスは圧負荷に対してコントロールマウスと同様に心肥大を起こすが、線維芽細胞特異的KLF5ノックアウトマウスで心肥大は減弱する。

組織間質には線維芽細胞や血管に加えて、免疫細胞も存在することが報告されている。例えば脂肪組織間質には多くのCD8 T細胞やマクロファージが存在する。心筋梗塞直後にはLy6Chigh炎症性単球/マクロファージが梗塞巣へ浸潤し、壊死巣の除去に寄与する。そして亜急性期にはLy6Clowマクロファージが心臓の線維化を起こすことが報告されている。これらマクロファージを除去した結果、心臓の線維化は抑制されるが心破裂を来しやすくなる。

以上のように従来の研究は、心不全の発症や進展に慢性炎症が寄与することを示唆するが、その詳細はまだ不明である。特に、圧負荷による心肥大や心不全における免疫細胞の寄与については、よく分かっていない。そこで、私は心臓の圧負荷への応答や心不全の発症に免疫細胞が寄与すると仮説を立て、まず、心筋組織中に存在する免疫細胞を検索した。

はじめに心臓には定常状態においても免疫細胞が存在し、とくにマクロファージは心臓全体の細胞数の1%程度を占めていることが明らかとなった。そしてその数はアンジオテンシンII負荷や心臓圧負荷により増えることが明らかとなった。TAC(大動脈縮窄術)による圧負荷では、圧負荷の程度を変えることにより、心不全を誘導することができる。心不全におけるマクロファージ機能を解析するために、以下の検討ではTACによる圧負荷を用いることとした。心臓マクロファージ機能を検討するため、私はクロドロネート‐リポソームを用い、マクロファージの除去を試みた。クロドロネートはビスフォスフォネートの一種でリポソームとともにマクロファージに取り込まれ、マクロファージにアポトーシスを誘導する。

C57BL6Jマウスにクロドロネートリポソームを1回腹腔投与した後、2日後にTACを行った。その結果、クロドロネート投与マウスでは著明な生存率の低下を認め、圧負荷後48時間以内にほぼすべて死亡した。圧負荷から4-5時間後の心機能を評価した結果、クロドロネート投与マウスでは著明な心機能低下を認めた。この結果は、マクロファージが心臓圧負荷に対して保護的な役割を果たしていることを強く示唆する。

マクロファージが心臓において保護的に作用している機序を探るため、私はメタボローム解析を行った。圧負荷なしで正常心臓とクロドロネート投与2日後の心臓を比較した。

その結果、クロドロネート投与によって正常状態と比較して心臓中のアセチルCoAの量が低下傾向にあることが分かった。一方で解糖系の代謝中間産物の量に差はなかった。したがってマクロファージは心臓中の解糖系には影響しないがピルビン酸からアセチルCoAへの移行を調節していると考えられた。ピルビン酸からアセチルCoAへの移行はPyruvate dehydogenase(PDH)によって行われるがPDHはPyruvate dehydogenase kinase (PDK)およびPyruvate dehydogenase phosphatase (PDP)により制御される。PDKはPDHを抑制し、PDPはPDHを亢進させる。クロドロネート投与群においてPDK4およびPDP2の遺伝子発現を調べたところ、コントロールと比較してPDK4の発現は亢進し、PDP2の発現は抑制されていた。従ってクロドロネート投与によって遺伝子発現もPDHを抑制する方向、すなわちアセチルCoA産生を抑制する方向に働いていた。また、NADHの産生が低下していることからクエン酸回路が十分に機能していないことが推察された。これはクエン酸回路中でアセチルCoA合流後のクエン酸からイソクエン酸までの代謝産物が低下していることからも支持された。

クロドロネート‐リポソームを用いたマクロファージの障害では薬剤そのものによる副次的な影響の可能性が否定しきれない。

心臓マクロファージのプロファイリングを行った結果、M2マクロファージ様であることが確認されたため、次に遺伝的にその機能に介入することを試みた。M2マクロファージの分化にはPPARγやSTAT6が必要であることが知られている。そこで、STAT6についての検討を行った。

マクロファージでのSTAT6の機能を解析するため、私はSTAT6ノックアウトマウスの骨髄を野生型C57BL/6Jマウスへ移植し、骨髄細胞のみでSTAT6を欠損するマウスを作製し、骨髄移植8週後にTACを施行した。TAC3日後に心機能を評価したところ、コントロールと比較して左室駆出率の低下を認めた。また心臓での遺伝子発現を評価したところ、マクロファージ障害マウスではAtp2a2 (SERCA2a)の低下、Col1a1(Collagaen, type1, alpha1)の上昇を認めた。SERCA2aは細胞質中のカルシウムイオンを小胞体内に再取り込みするのに必須のタンパクであり、不全心ではその発現が低下することが知られている。

以上の結果は、マクロファージにおけるSTAT6が、その心筋保護作用の発現に重要であることを示唆する。

ここまでの結果は、心臓においてマクロファージは圧負荷への適応応答に必須の役割を果たしていることを明らかにした。また、心臓マクロファージへの障害によって心臓代謝も影響されることから、常時心筋細胞とマクロファージの間にコミュニケーションが存在することが考えられる。このコミュニケーションを仲介する分子を同定するために、培養系の確立を試みた。

新生仔ラット初代心筋細胞と腹腔マクロファージをトランスウェル(Coster transwell 0.4μm polyester membrane)にて共培養した。下層の35mmプレートへ新生仔ラット初代心筋細胞、上層のトランスウェルへ腹腔マクロファージの非接触系で培養した結果、マクロファージと共培養した心筋細胞はコントロールと比較して心筋細胞の肥大を認めた。このことからマクロファージ由来の液性因子が心筋に対して肥大作用を生じると考えられた。

今後、マクロファージにおけるSTAT6に対するChIp-seqなどにより、マクロファージ由来保護的因子の同定を試みていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は心不全における慢性炎症の関連を明らかにするために、フローサイトメトリーを用いて心臓中の炎症細胞を解析したものである。心不全モデルとしてマウスに対する大動脈縮窄術(TAC)を用い、心臓中の炎症細胞に対する介入としてクロドロネート・リポソームを用いた。その結果として以下を得ている。

1.はじめに心臓には定常状態においても免疫細胞が存在し、とくにマクロファージは心臓全体の細胞数の1%程度を占めていることが明らかとなった。そしてその数はアンジオテンシンII負荷や心臓圧負荷により増えることが明らかとなった。

2.心臓マクロファージ機能を検討するため、クロドロネート‐リポソームを用い、マクロファージの除去を試みた。その結果、クロドロネート投与マウスでは著明な生存率の低下を認め、圧負荷後48時間以内にほぼすべて死亡した。圧負荷から4-5時間後の心機能を評価した結果、クロドロネート投与マウスでは著明な心機能低下を認めた。この結果は、マクロファージが心臓圧負荷に対して保護的な役割を果たしていることを強く示唆した。

3.マクロファージが心臓において保護的に作用している機序を探るため、メタボローム解析を行った。その結果、クロドロネート投与によって正常状態と比較して心臓中のアセチルCoAの量が低下傾向にあることが分かった。そして遺伝子発現変化もクロドロネート投与群ではPyruvate dehydogenase kinase (PDK)発現は亢進、Pyruvate dehydogenase phosphatase (PDP)発現は抑制され、いずれもPyruvate dehydogenase(PDH)が抑制され、アセチルCoAの産生が減少する方向に変化していた。

4.心臓マクロファージのプロファイリングを行った結果、M2マクロファージ様であることが確認されたため、次に遺伝的にその機能に介入することを試みた。M2マクロファージの分化にはSTAT6が必要であることが知られている。そこで、STAT6についての検討を行った。骨髄移植により骨髄細胞のみでSTAT6を欠損するマウスを作製し、骨髄移植8週後にTACを施行した。TAC3日後に心機能を評価したところ、コントロールと比較して左室駆出率の低下を認めた。また心臓での遺伝子発現を評価したところ、マクロファージ障害マウスではAtp2a2 (SERCA2a)の低下、Col1a1(Collagaen, type1, alpha1)の上昇を認めた。SERCA2aは細胞質中のカルシウムイオンを小胞体内に再取り込みするのに必須のタンパクであり、不全心ではその発現が低下することが知られている。このことは骨髄細胞のSTAT6下流の遺伝子が心不全に対して保護的に作用していることを意味する。

5.新生仔ラット初代心筋細胞と腹腔マクロファージを共培養した結果、マクロファージと共培養した心筋細胞はコントロールと比較して心筋細胞の肥大を認めた。このことからマクロファージ由来の液性因子が心筋に対して肥大作用を生じると考えられた。

以上、本論文はフローサイトメトリーを用いた心臓中の免疫細胞の解析および大動脈縮窄術におけるマクロファージに対する介入からマクロファージは心臓圧負荷に対して保護的に作用することを明らかにした。

マクロファージ由来の液性因子は心不全における新たな治療薬剤となる可能性を秘めている。本研究は心不全における慢性炎症の役割の解明に重要な貢献を成す。よって、学位の授与に値するものであると考えられる。

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