No | 128233 | |
著者(漢字) | 田上,靖 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タノウエ,ヤスシ | |
標題(和) | 肝細胞に対するインスリン様成長因子Iの効果に関する検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128233 | |
報告番号 | 甲28233 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3892号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景) IGF-Iは主に肝細胞で産生され、肝硬変では肝機能の低下とともにその濃度は低値となる。IGF-I投与が肝機能を改善しうることがラット肝硬変モデル及びヒト患者において報告されているが、IGF-Iが肝に作用する機序は明確ではない。 肝細胞におけるIGF-I受容体の発現は肝星細胞や内皮細胞などと比較して少なく、これらの非実質細胞を介して作用するとの報告もある。しかし肝細胞に対するIGF-Iの直接作用に関する検討はきわめて少ない。さらに肝細胞近傍のIGF-Iの動態に関して不明な点が多い。多量のIGF-Iが肝細胞表面のIGFBP3に捕捉されるため、ある程度以上のIGF-Iを添加しない限り、in vivo同様のIGF-Iの作用は認めないと考えられる。よって、今回、使用するラットの血清及びラット初代培養肝細胞を培養した無血清培地におけるラットtotal IGF-Iを測定した。そして、それらの値を基にして、算定しうるIGF-Iの投与量をある程度の範囲を持って初代培養肝細胞に対し添加し、DNA、アルブミン、グリコーゲン合成、及び、細胞膜受容体、細胞内情報伝達系のリン酸化について検討を行った。 方法) 1.ラット初代培養肝細胞の単離 Seglenのコラゲナーゼ門脈潅流法によってSprague-Dawley系雄性ラット(6週令)肝臓より肝細胞を単離した。3種類の細胞密度(2.5×104、5.0×104、1.2×105 cells/cm2)で播種し、4時間後、血清不含有WE培地またはグルコース不含有DMEM培地に交換してさらに20時間培養し、実験に供した。 2.細胞溶解液の調製 10 cmディッシュ上の肝細胞にNP-40溶解液を加えて可溶化し、20,000×g で10分間遠心後、上清を回収した。細胞溶解液のタンパク濃度をLowry法で測定し、等量化した。 3.免疫沈降法とウエスタンブロット法 プロテインAセファロースTM CL-4Bビーズに標的とするタンパクに対する抗体を付着させ、細胞溶解液を加えて免疫沈降した。細胞溶解液、免疫沈降物をSDS-PAGEにて展開し、PVDF膜へ転写した。4 ℃で一晩一次抗体と反応させた後、horseradish peroxidase標識二次抗体と反応させ、シグナルを検出した。 4.実験 実験1 ラット血清及び初代培養肝細胞培地中のtotal IGF-I濃度に関する検討 6、14、20週のSprague-Dawley系雄性ラットより血清を採取し、血清total IGF-IをQuantikine(R) IGF-I ELISA(R&D systems Inc.)で測定した。また、96ウェルプレートに播種した肝細胞(細胞播種密度5.0×104 cells/cm2)を無血清WE培地で培養し、24時間後回収した培地中のラットtotal IGF-IをQuantikine(R) IGF-I ELISAで測定した。 実験2 肝細胞増殖能・機能に対するIGF-Iの効果に関する検討 2-1)DNA合成能の評価 96ウェルプレートに播種した肝細胞のWE培地を、IGF-I 0、100、500、1000 ng/ml及び5-Bromo-2'-deoxy-uridine (BrdU) 10 μMを添加したWE培地に交換した。24時間後、BrdU取り込み能をELISAで、培地中のアルブミン濃度をサンドイッチELISAで測定した。 2-2)グリコーゲン合成能の評価 10 cmディッシュに播種した肝細胞をグルコース不含有DMEM培地で20時間培養し、グリコーゲンを枯渇させた後、培地をIGF-I 0、100、500、1000 ng/mlを添加したWE培地に交換した。24時間後、回収した細胞の溶解液にアミログルコシダーゼを加え40 ℃で3時間振盪し、グリコーゲンの加水分解によって得られたグルコース濃度をアッセイキットで定量した。酵素処理を行わないサンプルで肝細胞中のグルコース濃度を定量し、両者の差をグリコーゲン合成量とした。 実験3 細胞膜受容体及び細胞内情報伝達系タンパクのリン酸化に関する検討 IGF-I 1000 ng/mlを添加して0、0.5、5、10、20、40、60分後に肝細胞を回収し、免疫沈降法とウエスタンブロット法を用い、細胞膜受容体及び細胞内情報伝達系タンパクのリン酸化を評価した。細胞膜受容体としては、他の細胞種においてIGF-I刺激によるリン酸化が報告されているIGF-I受容体、インスリン受容体、epidermal growth factor(EGF)受容体について評価した。細胞内情報伝達系としては、Akt、extracellular signal regulated kinase(ERK)1/2、さらにAktの下流に位置するglycogen synthase kinase(GSK)3α/β、Akt/mammalian target of rapamycin(mTOR)系の下流に位置するp70 S6 kinase (p70S6K)及びeukaryotic initiation factor 4E-binding protein 1 (4E-BP1)について評価した。 実験4 mTORとERK 1/2のアンタゴニストを用いた検討 mTORのアンタゴニストとしてrapamycin、ERK 1/2のアンタゴニストとしてPD98059を用いた。rapamycin 100 ng/mlまたはPD98059 100 μMを添加した培地で肝細胞を4時間培養した後、IGF-I 1000 ng/mlを添加し、細胞内情報伝達系タンパクのリン酸化、DNA合成、タンパク合成、グリコーゲン合成を評価した。 実験5 IGF-I受容体のアンタゴニストを用いた検討 IGF-I受容体のアンタゴニストとしてH1356(Bachem)、Picropodophyllin(PPP、CALBIOCHEM(R))を用いた。肝細胞に対するH1356、PPPの影響に関する検討は今まで行われたことはなく、他の細胞種での報告より高濃度のH1356、PPPを用いて細胞内情報伝達系のリン酸化を検討することとした。H1356 80 μg/mlまたはPPP 1 μMを添加した培地で肝細胞を4時間培養した後、IGF-Iを1000 ng/ml添加し、Akt、ERK 1/2のリン酸化を評価した。 結果と考察) 実験1 ラット血清及び初代培養肝細胞培地中のtotal IGF-I濃度に関する検討 6、14、20週のSprague-Dawley系雄性ラット血清total IGF-I濃度は674 ± 40、880 ± 19、946 ± 42 ng/ml(mean ± SEM、各々n=3)であり、既報と大きな差を認めなかった。また、5.0 × 104 cells/cm2の細胞密度で播種した初代培養肝細胞を無血清WE培地で培養し、24時間後回収した培地中のラットtotal IGF-I濃度は4.04 ± 0.39 ng/ml(mean ± SEM、n=8)であった。 実験2 肝細胞増殖能・機能に対するIGF-Iの効果に関する検討 5.0 × 104 cells/cm2の細胞密度で播種した肝細胞に500 ng/ml以上のIGF-Iを添加すると、肝細胞のBrdU取り込み能、アルブミン合成、グリコーゲン合成は促進された。また、統計上有意ではないが、IGF-I 100 ng/ml添加による、BrdU取り込み能及びグリコーゲン合成の軽度の促進効果の可能性が示唆された。 実験3 細胞膜受容体及び細胞内情報伝達系タンパクのリン酸化に関する検討 肝細胞に対するIGF-Iの刺激によりIGF-I受容体、インスリン受容体、Akt、ERK 1/2、GSK 3α/β、p70S6K、4E-BP1のリン酸化の亢進を認めた。IGF-IによるAkt、GSK 3α/β、p70S6Kのリン酸化の亢進はIGF-I添加60分後まで認められたが、ERK 1/2、4E-BP1のリン酸化の亢進はIGF-I添加20分後には有意ではなかった。 実験4 mTORとERK 1/2のアンタゴニストを用いた検討 mTORに対するアンタゴニストrapamycinは、IGF-Iによるp70S6K、4E-BP1のリン酸化亢進を抑制した。さらにmTOR系とは独立しているとされるGSK 3α/βのリン酸化も抑制した。一方、mTOR系、GSK 3α/βの上流に位置するAktのリン酸化は抑制を受けなかった。また、rapamycinはIGF-Iによる肝細胞のDNA、アルブミン、グリコーゲン合成促進効果を抑制した。 ERK 1/2に対するアンタゴニストであるPD98059はIGF-IによるERK 1/2のリン酸化亢進を抑制した。しかし、肝細胞のDNA、アルブミン、グリコーゲン合成能は影響を受けなかった。 実験5 IGF-I受容体のアンタゴニストを用いた検討 肝細胞におけるIGF-Iの効果に対するIGF-I受容体の関与を検討するため、IGF-I添加の4時間前からIGF-Iと競合、非競合的に阻害する2種類のIGF-I受容体に対するアンタゴニストを添加した培地で培養した。他の細胞種での既報より高濃度のH1356、PPPを添加したにもかかわらず、IGF-IによるAkt、ERK 1/2のリン酸化の明らかな抑制は認めなかった。 結論) IGF-Iは肝細胞のDNA合成、タンパク合成、グリコーゲン合成を促進し、IGF-IはIGF-I受容体、インスリン受容体のリン酸化、mTOR系を介して肝細胞に直接作用しうると考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は肝細胞におけるIGF-Iの作用を明らかにするため、ラット初代培養肝細胞を用い、ラット血清total IGF-I濃度を測定し、その値より算定しうるIGF-Iの投与量をある程度の範囲を持って初代培養肝細胞に対し添加し、DNA、アルブミン、グリコーゲン合成、及び、細胞膜受容体、細胞内情報伝達系のリン酸化について検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.ラット血清及び初代培養肝細胞培地中のtotal IGF-I濃度に関する検討 6、14、20週のSprague-Dawley系雄性ラット血清total IGF-I濃度は674 ± 40、880 ± 19、946 ± 42 ng/ml(mean ± SEM、各々n=3)であった。また、5.0 × 104 cells/cm2の細胞密度で播種した初代培養肝細胞を無血清WE培地で培養し、24時間後回収した培地中のラットtotal IGF-I濃度は4.04 ± 0.39 ng/ml(mean ± SEM、n=8)であった。 2.肝細胞のDNA、タンパク、グリコーゲンの合成能に対するIGF-Iの効果 5.0 × 104 cells/cm2の細胞密度で播種した肝細胞に500 ng/ml以上のIGF-Iを添加すると、肝細胞のBrdU取り込み能、アルブミン合成、グリコーゲン合成は促進された。また、統計上有意ではないが、IGF-I 100 ng/ml添加による、BrdU取り込み能及びグリコーゲン合成の軽度の促進効果の可能性が示唆された。 3.肝細胞におけるIGF-Iによる細胞膜受容体及び細胞内情報伝達系タンパクのリン酸化 IGF-IによるIGF-I受容体のリン酸化に関してはIGF-I無添加の状態でも軽度のリン酸化を示した。さらに、IGF-I添加0.5分後にリン酸化の亢進を認めたが、IGF-I添加5分後には減弱していた。一方、IGF-Iによるインスリン受容体のリン酸化に関しては、IGF-I無添加の状態では明らかなリン酸化は認めず、IGF-I添加0.5分後にリン酸化の亢進を認めたが、IGF-I添加5分後にはIGF-I受容体同様減弱していた。また、EGF受容体のリン酸化に関してはIGF-Iの添加によるリン酸化状態の明らかな変化は観察時間内には認めなかった。 次に、IGF-IによるAkt、ERK 1/2、GSK 3α/β、p70S6K、4E-BP1のリン酸化を評価した。IGF-I添加の5分後にはAkt、GSK 3α/β、p70S6K、4E-BP1のリン酸化の亢進を認め、60分後でもリン酸化の亢進状態は継続していた。ERK 1/2については、IGF-I添加の5分後にリン酸化の亢進を認めたが、それ以降はリン酸化の亢進は減弱していた。 4.肝細胞におけるIGF-Iの効果に対するmTORとERK 1/2のアンタゴニストによる影響 IGF-Iによるタンパク合成・増殖促進効果はmTORに対するアンタゴニスト(rapamycin)により抑制されたが、ERK 1/2に対するアンタゴニスト(PD98059)には明らかな影響は受けなかった。 5.肝細胞におけるIGF-Iの効果に対するIGF-I受容体のアンタゴニストによる影響 IGF-I添加の4時間前からIGF-Iと競合、非競合的に阻害する2種類のIGF-I受容体に対するアンタゴニスト(H1356、PPP)を添加した培地で培養したが、IGF-IによるAkt、ERK 1/2のリン酸化の明らかな抑制は認めなかった 以上、本論文は初代培養肝細胞に対してIGF-Iを添加する実験系から、IGF-Iが肝細胞のDNA合成、タンパク合成、グリコーゲン合成を促進し、細胞膜受容体(IGF-I受容体、インスリン受容体)のリン酸化、mTOR系を介して肝細胞に直接作用する可能性を示唆した。本研究はこれまで十分検討されてこなかった肝細胞に対するIGF-Iの作用を増殖、タンパク合成、糖代謝、細胞膜、細胞内情報伝達と複数の面から検討している。肝細胞におけるIGF-Iのautocrine、paracrineな作用の解明に関しては肝細胞近傍の微小環境におけるIGF-Iの動態のさらなる解明を必要とするが、IGF-Iの肝細胞における作用の解明やIGF-Iの今後の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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